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ハンニバルは異形のロマンスなのだ! 第1シーズン深読み

 

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犯罪捜査物ドラマ的にスタートしたTV版『ハンニバル』。ところが、回を追うごとに猟奇殺人のアートっぷりがアップしていき、「こんな犯罪あるわけない!」なシュールで不条理な手口になっていき~~。代わって連続殺人鬼の病理が妙にリアルに描かれ、それが主人公のFBI特別捜査官ウィル・グレアムの屈折した心理に重なっていくという…とびきりに凝った展開で魅せてくれた第1シーズン、再度読み込んでみますかと…

  ※「普通こんな会話しないよね」なセリフも、回が進むほどに重要な意味を持ってくるので、別色で入れ込んでいます。

 

 

一話完結型犯罪捜査ドラマ!のフリしてるだけなんだ~~

いわゆる犯罪捜査物のフリをして始まった『ハンニバル』TVシリーズ。"いわゆる"系は、ご長寿番組だった『NYPDブブルー『LAW & ORDER:性犯罪特捜班』『クリミナル・マインド』とか、科学捜査物の元祖ともいうべき『CSI:科学捜査班』とか、シリアルキラーが捜査官の『デクスター 〜警察官は殺人鬼』とか、ですね。

若干の例外はありますが、基本として冒頭に"今週の殺人"があって、物証や証言をもとにした捜査やプロファイリングで犯人逮捕となる、一話完結型のドラマ群ですね。いずれも、捜査の過程というものに焦点が置かれていました。

 

ところが、『ハンニバル』ときたら、FBIに行動分析課はあっても分析過程はブチ飛ばされて、ヒュ~~ン、ヒュ~~ンの振り子とともに主人公ウィル・グレアムの想像力が事件を解決してしまうという、とんでもない代物。

 

おまけに、第3話で"今週の殺人"を捜査するっていうフォーマット自体を捨てちゃってるし~~~。

その代わり、ウィルとか上司のジャック・クロフォードとか、殺人犯の娘アビゲール・ホッブスとか、主要登場人物の心理描写がどんどん濃くなっていく! 

 

で、殺人犯たちの動機が主人公のウィルであり、ハンニバルの心理状況にダブルイメージのように重なっていくので、物語を読むというところにスゴいスリルがあるのです。

 

この文脈で、まずは殺人者たちの、殺人の意味付けというものが重要になっていきます。

 

孤独な殺人者たち

 『ハンニバル』に出てくる殺人の動機って、"いわゆる捜査物"とかけ離れてます。いわゆる系みたいにレイプ=性欲だったり、ギャングスタ系の金銭欲、政治物に特有の支配欲とか、○○サスペンス物で出てくる人間関係のもつれだったりとは無縁なんですね。

「ハンニバル」の殺人者たちって、人間関係が根深くもつれないんです。何故なら、彼らは社会的枠組みに入れない、枠組みから排除される孤独な人間だから。

第1話の殺人鬼ホッブスは家族はいるけれども、我が娘を愛しすぎてるというところで、常人とは相いれないものがあります。第2話のスタメッツは、サエない中年の薬剤師。第4話の女誘拐犯は家族さえいない。第5話のブディッシュは末期がんを覚悟して、家族から逃げ出している。第6話のエイブル・ギデオンは精神病院に収監された囚人。第8話では、フランクリンとトバイアスという、中流の独身男が絡み、第9話の犯人ウェルズは独居老人。第10話は死体として生きる少女ジョージアによる故殺。

という、孤独者やはみ出し者の大カタログ。

 

第1話でハンニバルはEvolutionary Origins of Social Exclusion(社会的排除の進化心理学的起源」という論文を発表していると紹介されます。

社会的排除とは、一定の個人や集団(収入とか学歴とかセクシュアリティとか民族とか)が社会機構(経済的・公共的・教育的とかもろもろ)からはじき出されることです。

もっと感覚的に言えば、"私たち"という概念からハジキだされるよそ者にしてしまうということでしょうか。

進化心理学とはヒトの心理メカニズムの多くは進化生物学的な適応であると仮定して人間心理を研究するアプローチのこと。適応主義心理学等と呼ばれることもあります。

異質な者たちを排除するメカニズムが、一定の社会的枠組みを安定させるために心理的に要請される適応、社会の変化などにつれて形をかえ進化していく適応であるとして、ハンニバルはその起源を探っていると推測されます。

そうなると、ミシェル・フーコーの『狂気の歴史』や『監獄の誕生』みたいな起源、狂気とか監獄とかは、時の社会の枠組みから派生したもので、人を永遠に束縛するような普遍的概念ではないという視点を与えてくれるのではないかと、ワクワクいたします。フーコーの著書って、アタシ的にはすごく自分が解放された、ありがた~~~いバイブルです。

 

そして、このシリーズに出てくる殺人者たちは友人の輪や平和な家庭・家族という場から、異様とされる欲望や病い、狂気によって排除された者たちや、自分自身をよそ者として排除した孤独者たちなのですね。

 

殺人は異質なものたちの反乱

人間は社会的動物です。ということは、社会の片隅においやられている異質な者たちも、つながることを求めている。満足できるつながりを築くために、誰かに、または多くの人に認知され、理解されようともがいています。

 

ホッブスは自分の娘によく似た少女たちをカニバり貪りつくすことで、愛する娘を体内に取り込んで、永遠にともにあること望んでいる。

スタメッツは、個人と個人の障壁を取り払った相互理解のネットワークを、人を菌糸の網につなぐことで造ろうとしていた。

女誘拐犯は、疑似家族をホンモノにしようと必死になっている。

ブディッシュは罪人を殺害して翼を持つ天使に変えることで、この世ならぬ天界とつながり、昇華しようとしていた。

ギデオンはチェサピークの切り裂き魔としての名声を得ようとしていた。

トバイアスは人体チェロをハンニバルへのラブレターのように飾り付け、フランクリン(彼は殺人鬼ではありませんが)はストーキングまがいの行動でハンニバルに認められ、友人になりたいと願っていた。

貧しく身寄りもないウェルズは死体のトーテムポールで自分が生きた証明、レガシーを残そうとしていた。

ジョージアは顔が判別できなかった友人の仮面を剥がして、彼女に話しかけたいだけだった。

 

孤独者たちがつながろう、認められようと極端な行動に走った時、その秘められた情念は殺人という形で噴出する殺人は、社会に適応できず、その中心からはじき出された異質なものたちの反乱なのですね。

 

そして、彼らの異形の情念は、ウィル・グレアムとハンニバル・レクターという、2人の異質な孤独者の心理、2人が絆を求める心理にシンクロしていくのです。

 

ウィル・グレアムの異質性

 主人公のウィル・グレアムは、ハンニバルに言わせると"pure empathy(純粋な共感力)"の持ち主。共感力という単純な訳語を当てていますが、心理学的意味は"自分以外の人の経験をその人の心理的枠組みの中で理解する能力、相手の立場で考えられる能力"ということになります。

共感能力が高い人物は、他人の感情や経験に影響されやすい。操られて利用される危険もあります。

そこで、本人曰く「アスペルガーや自閉症の傾向がある」と言って、眼鏡で人の視線をシャットアウトし、孤独の壁を築いて自分を守っているようです

なのですが、アスペルガーも自閉症も共感能力の欠落や低さを精神的特徴のひとつとしているので、ウィルの高共感能力とは反対の極にあるものといえます。

確かに、KYかつ失敬な態度でウィルは同僚とも親しくなれない孤独な男です。周囲の人々の人間性や行動動機も、いつも読み違っています。とはいえ、これは彼が心の壁を築いているからで、発達障害ではありません。

特異な共感能力が精神医学界の話題の的になり、さまざまな医師に脳内をいじくりまわされるというトラウマ体験があったことは察せられますが、

ウィル・グレアムは自分の都合に合わせるためには平気で嘘がつける人間だと理解するのが妥当でしょう。

 

加えて、ウィルには極端にヴィヴィッドな想像力があります。共感・想像力の振り子がヒュ~ン、ヒュ~ンと揺れ、殺人を精緻に再現することでウィルはFBI屈指のプロファイラーとなっているわけで、

殺人現場で捜査活動をすることは、残忍な悪夢やヴィジョンでウィルを悩ませ、精神の均衡を失わせていきもします。

 

ウィルの共感・想像能力は誰に対しても働いているのか?違います。連続殺人鬼たちに対して限定的に働いているのです。

殺人現場の完全再現は「This is my design これが僕のデザインだ」というウィルの名台詞とともに説明されますが、重要なのは、ウィルが殺人を、まるで美術品のようなデザインとして見ているということです。そして、ウィルの視線を通して観客が見る殺人現場は、素晴らしいグロテスク美の宝庫です。

さらに重要なは、それらのデザインは殺人者という3人称によるものではなく、my(僕の)という1人称で語られるものとなっていることです。

 

ウィルは殺人者に共感して一体化している。つまり、彼は残忍な殺人の想像に悩まされる一方、それに魅了されているのです。

 

You won't like me when I'm psychoanalyzed. 精神分析をしたら、きっと僕を嫌いになる」と、ハンニバルとの出会いでウィルは語ります。

これは、精神鑑定したら自分が殺人に惹かれる闇を抱えた人間、殺人の快楽をむさぼる人間だと見抜かれてしまうという危惧と考えられます。

だから、彼は分厚いフチの眼鏡で他人の視線をブロックする必要があるのですね。

 

そして、ウィルが最も高く評価する殺人鬼は、ハンニバルのメディア名である"コピーキャットキラー"であり"チェサピークの切り裂き魔"です。

コピーキャットキラーに関しては「知性の高いサイコパス」、切り裂き魔に対しては「彼はアーティストなんだ」と称賛するような物言いをし、捜査作業を"切り裂き魔とのデート"とまで言います。

 

そして、ウィルの潜在意識は自分の中に潜む闇に気づいています。

第5話のブディッシュは犯罪者の顔が燃え上がる幻視能力があるのですが、ウィルの想像の中でブディッシュが見るウィルの顔も燃え上がり~~

I will give you the majesty of your Becoming. あなたを神々しい完成へと導きましょうと、ブディッシュが語りかけます。

ウィルの潜在意識にとっても内に抱えた闇を開花させることが、彼の"Becoming(完成)”なのです。

 

加えて、ウィルがエンパシー(共感)をこえたシンパシー(同情)を感じる相手は、闇を抱えて傷ついている、アビゲール・ホッブスやジョージアといったアウトサイダーの少女たち。

内に秘めた闇が開花することを怖れ、傷ついている自分を彼女たちに投影しているとも考えられます。

 

いずれにしても、細かくシナリオを分析していくと、犬だけが家族な孤独でナイーヴな人物という、彼の知人たちが描くイメージとは異なる、闇を抱えた異質な人物像が浮かび上がります。

 

良き人、ノーマルな一市民でありたいという思いと抑圧された闇への渇望、周囲から異常者とみなされるのではないかという不安が、ハンニバルと出会う前のウィルを一触即発の不安定な精神状態に導いていると言えるでしょう。

 

ハンニバルの孤独

「ハンニバルは自分が今まで演じてきた中で、一番幸せな男」と、ハンニバル役のマッツ・ミケルセンは語りました。 

ヴィンテージワインんをごっそり詰め込んだセラーに、アートなアイテムぎっしりな豪邸に住んで、ベントレーを乗り回し、パテック・フィリップの時計にゴージャスなスーツでオシャレして、先祖伝来の莫大な遺産がなければ考えられないようなリッチな生活を楽しんでいる独身貴族(故郷の爵位はcount伯爵です)。

世界最優秀と言われるジョンズ・ホプキンス大学付属病院にインターンとして招聘されて外科医としての腕を磨き、精神科医に転向後はこの分野で世界的名声を確立しているという凄いキャリア。

その上に、音楽・美術・文学というあるゆるアート分野に優れた見識を持ちculinary artist(料理家)としても超一流で、そのゴージャスなディナーパーティーは皆の憧れ。巧みな話術・社交術と優雅な物腰でボルティモア社交界のスター。どうやら、恋多い男でもある、スーパーなルネッサンス男なんですね。

 

で、このダンディの最大の趣味は、臓器摘出~殺害~死体アート~カニバリ美食

一般ピーポの5手先位を読んでしまう、超天才なハンニバルにとってピーポと豚に区別がないのです。なので、失敬な豚人間は喰っちまって、役立たずな彼らを美しいアートに仕上げてやっているわけです。

人間を材料にした美食とアートなんて、究極のヘドニズムであり狂気です。

でも、ハンニバに言わせると...

Madness can be a medicine for the modern world. You take it in moderation, it’s beneficial.
狂気は現代社会を治療する薬だ。節度ある服用なら、よい効果がある。

とんでもない哲学です。

 

とはいえ、社会で機能するためには凶悪な殺人カニバルという異形であることを悟られてはいけない。かつまた、善良かつ有能な人物は気に入っている様子のハンニバルは、彼らをできるだけ盲目にしておく必要があります。

そこで、べデリアに言わせると、彼は堅固な”human suit 人の皮というスーツ"を着て、正体を誤魔化し続けているのです。

 

第1シーズンでは、聡明なべデリア以外の人たちはハンニバルの正体に気づきません。

食する他には、ハンニバルは愚民を神のように操り持て遊ぶことしか考えていない。甘い言葉でウィルを、美食でジャック・クロフォードを操り、その妻のベラの生死はコイントスで決めたり(コイントスのエピソードは第2シーズンです)します。まるで、神か悪魔のようなふるまいです。

 

ハンニバルは愚民に理解されることなど望んでいない。

 理解の代わりに、ハンニバルは人々の畏怖と称賛を望んでいます。 

I never think about living beyond that span of time. Except by reputation.
(人生の)時間の限界を超えて生きることなど私は考えない。(歴史的)評価ということをのぞいては

 だから彼は精神科医としては論文を発表しつづけ、切り裂き魔としては類まれな殺人アートを造り上げてレガシーを築き続けるのです。そして、ハンニバルのレガシーはウェルズのように潰えない。職業人としても殺人鬼としても格違いなのです。

 

人以上のものであり続けようとするハンニバルの意志はGod Complex(神コンプレックス)としか言いようがありません。

 

こんな生き方の男は孤独です。ただ、シーズン冒頭のハンニバルは孤独が生むDull Ache(鈍い痛み)を知らない。傲慢で世界一幸せな男として生きているのです。

 

ハンニバルとウィルの出会い

第1話のホッブスは「See! See! 見ろ!理解しろ!」という言葉を残して亡くなりました。第2話のスタメッツは窮極の理解とつながりを求めていました。

 

どんなに傲慢な人物でも、誰かに理解され愛されることを望んでいる。「自分の本当の姿を見極めて自分を開花させること、そんな自分を理解してくれる人物を求めること」は『ハンニバル』全シーズンを貫くテーマとなっていきます。

愚民どもに自分が理解できるわけがないと、心理的な高い壁を築き上げている異質な2人、ハンニバルとウィルも例外ではありません。

 

ウィルとの出会いをハンニバルであるマッツ・ミケルセンは「一目惚れ」と表現しています。

優れた知性と殺人鬼への共感能力を備えたウィルは、世界でただ一人自分を理解できる存在。「(自分に潜む闇を抑圧することで)病んでいるウィルを救う決意をハンニバルはしたのだ」と、マッツは続けます。

 

ウィル役のヒュー・ダンシーは「ウィルは自分にしか分からないルールで、たったひとりでやっていたチェスの相手を初めてみつけた」と、ハンニバルとの出会いを語ります。初めて自分と同等の知性を持ち、話し合える相手をみつけたわけです。

 

初対面で視線を合わせずに自分を隠そうとしても...

 I imagine what you see and learn touches everything else in your mind.
君が目にして学ぶものが、君の精神に大きな影響を与えるのは理解できる。

Your values and decency are present yet shocked at your associations, appalled at your dreams.
君の価値観や節度は君の(観念)連合にショックを受け、夢をおぞましく思う。

No forts in the bone arena of your skull for things you love.
君の頭蓋骨に構築された要塞は、君が愛する事柄には無力なのだ。 

と、共感力&創造力が生み出す闇とそれに惹かれる心理を、ウィルはハンニバルに全部言い当てられてしまいます。愚鈍な同僚や憐憫に満ちた精神科医のアラナ・ブルームとは違って、ハンニバルは誤魔化せない。ウィルはハンニバルを前に動揺して逃げ出すしかありません。

逃げ出しても朝食を手土産に追ってくるハンニバル。

「あんたには興味が持てない」と突き放しても~~

脆くて不安定な人間と思われていることで自己嫌悪に陥っているところを

「ジャックは君を脆いティーカップだと思っているが、私にはマングースに見える」と、巧みにおだてられてつい心を許してしまう。

 

そしてウィルが一番欲しい家族という居場所を、2人でホッブスの娘アビゲールの父親になるという形で示して、ハンニバルはウィルを釣りあげる最強の餌を与えるのです。

 

ハンニバルとウィルのロマンス

同僚と酒を飲むこともない、野良犬を集めて家族代わりにしている偏屈で孤独なウィルも人恋しいスタメッツや誘拐犯の女と同じよう絆を求めているのです。

なので、彼の異質さをそのまま受け入れてくれ、知性という面ではは対等に渡り合え、自分を超える知識で視野を広げてくれるハンニバルに心酔していきます。日々の思いも不安も、本来なら極秘事項であるはずの捜査内容も、なんでもかんでもハンニバルに打ち明け家の鍵まで渡して、どんどん依存するようになっていきます。

 

とはいえ、ハンニバルが企む救済は生易しくありません。

ホッブス捜査に行き詰っているウィルに与えた手がかりは~~

ホッブスの殺人手口を巧妙に真似ながら、カラスが群がる野原に巨大な鹿の角をレイアウト。その上に肺を切り取って殺した少女を飾り付けるというショッキングなもの。その劇場的で人を嘲るような手口から反対に、ホッブスには被害者への愛があるとウィルは気づき、一挙にウィルのプロファイリング精度がアップします。

ですが、同時にそのショッキングな映像はウィルの脳裏に焼き付き、カラスの羽を持つ雄鹿の幻覚を見るようになってしまいます。

 

ハンニバルの登場とともに立ち現れたカラスの羽を持つ雄鹿は、幻覚の中で時には彼を守るように、時には殺人捜査の新たな手がかりへと導くようにウィルに寄り添い続けます。

つまり、雄鹿はウィルとハンニバルの絆を象徴するもの。

さらに、この雄鹿からウィルの潜在意識は、コピーキャットキラーとハンニバルを最初から結びつけていたのが分かります。でも、上位意識はそれを認めようとしない

FBIの動向と事件の内容を熟知して欺く知性があり、サックリ臓器を摘出できる外科医の能力があり、アートな感性がある人物はハンニバルしかいない。それでも、ウィルはハンニバルと殺人鬼を結びつけることができない。

なぜなら、ハンニバルはこの世でただ一人、ウィルが絆を築くことができた人だから。

 

ウィルとなら絆を築ける。ハンニバルもその可能性に期待しています。

とはいえ、ウィルが感じている絆は人の皮を被ったレクター博士という、架空の存在との絆です。殺人カニバルであることも受け入れて、2人の絆がホンモノになるには、ウィルも押し殺している殺人衝動に身を任せなくてはならない。

だから、ハンニバルは機会あるごとにウィルが殺人を犯すように仕組み、ウィルをテストし続けます。ウィルも人を殺すと"パワフルに感じる”と告白し、ハンニバルの術中に陥っていきます。

 

これだけだと、単に師匠と弟子の関係です。それがどこで変化するのか?

大きな転換点は、第7話の『ソルベ』、第8話の『フロマージュ』にあったといえるでしょう。

ストーカーのようにハンニバルを追いかけまわして、親友だと思っているトバイアス相手にされていないことを語り、

「あなたも(ハンニバル)に拒絶されてるような気がする。お友達になりたい。(患者として)お金を払わないと会えないのは辛い」なんて言い張る患者のフランクリンに、トバイアスに性的欲望を抱いているのか?」と突然問いただすハンニバル。『ハンニバル』の世界では、友情と性愛は紙一重なのが分かります。

Being alone has a dull ache to it, doesn’t it?  
孤独って鈍い痛みを伴うものじゃないですか?

と、フランクリンは語りかける。

ウィルが予約した心療時間に現れないと、FBIまで探しにいってしまうハンニバル。自分が抱えている鈍い痛みに、彼も気づいたのが分かります。ハンニバルも冷徹なエゴイストから変化しているようです。

人間チェロの死体というラブレターを送って、ハンニバルの友人になりたいと申し出るトバイアス。殺人パートナーにふさわしいトバイアスの申し出を拒絶して~~

フランクリンに自分を投影しているのか、トバイアスにフランクリンを殺さないように諭すハンニバル。

「アラナ・ブルームにキスした」と、雪道を1時間半もかけて報告に来るウィル。それを不快に感じて、「精神状態がどんどん悪化して不安だから、支えが欲しくなったけ」とウィルの恋心を叩き潰すハンニバル。

 

2人で娘の父親になるっていうハンニバルの提案自体、『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』のレスタトとルイ的なロマンスの発想でしょ。

なんでこんなこと言うかってえと、製作者(プロデューサーで脚本も書いてます)のブライアン・フラーがこのヴァンパイア・シリーズヴァンパイアクロニクルズ』)の大ファンなんですね。一時は、原作者アン・ライスのご指名でシリーズTV化を担当するってな話し合いもありました。そんでもって、アンはレスタトとルイが養女を迎えた同性カップルだって、今では認めているんですね。

 

こうなると、2人は微妙な恋の駆け引きをしているとしか思えなくなります。

もちろん、ハンニバルはすべてを意識しているけれども、ウィルは無意識に行動しているだけではありますが…。

 

ブロマンスじゃないの!

放送当時、ジックリと映像・セリフ・筋書・音楽の意味付けを考えない、軽い視聴者の方々はハンニバルとウィルの物語は"友情と裏切り"の物語、Bromance(ブロマンス)だっていうブライアン・フラーの売り文句をそのまま信じちゃったみたいです。

 

ハンニバルの術語の中では、友情と性愛は紙一重なんだって第7話で学習できなかったのは、注意不足というしかありません。

男の友情万歳みたいなBromanceって言葉。ハンニバルとウィルに関してはBをとって、ただのRomanceっていう方が適切です。

 

BromanceとRomanceを明確に差別化するために、ジャックがいるわけですから。ハンニバルとジャックは典型的なブロマンスですよね。

職場で出会って意気投合、ことあるごとに、一緒に食事して酒を酌み交わして。で、夫婦そろって歓迎されて妻ベラとの間に亀裂が生じると、ハンニバルはジャックの気持ちを汲む方向で調整すると…。

ハンニバルの側には、ジャックを手なずけてFBIの内情を探り、末期がんの妻ベラをいかしておくことでジャックの注意を散漫にするって意図があるのはミエミエですが、表面的にはザ友情です。

 

ウィルのアラナに対する思いを粉砕してしまった時のような独占欲は出しません。だって、ただの友人関係だから。

ジャックがいることで、ハンニバルとウィルのつながりが、ただの友人関係とはほど遠いことがよくわかります。

 

ハンニバルの裏切り

でも、孤独で異質な者が絆を築こうとすると、センセーショナルな殺人と悲劇が起きるってのが、『ハンニバル』第1シーズンのお約束。

FBIプロファイラーとカニバル殺人鬼のロマンスがサクサク実るはずもありません。

 

ハンニバル は、ときどきウィルを危険に追い込みすぎて「トバイアスに殺されちゃったかも、お前ウィルを殺しただろ!ぶっ殺すぞ!でも正当防衛にみせとこう」みたいにバタつきますが、

基本的にはウィルを守っているつもりです。

 

ウィルが夢遊病や現実乖離の症状を起こしても、脳炎だという事実を隠し続け、仕事のストレスからくる認知症だとか言い張ります。つまり、抗炎症剤で治療できない難しい病気にして、ウィルを捜査現場から遠ざけようとしていたのですね。

ウィルが現場を嗅ぎまわっていたら、かならず自分の正体がコピーキャットキラーであり、切り裂き魔であることが分かってしまう。だからウィルに仕事をさせたくないのです。

 

頑固なウィルは、幻覚状態でも現場捜査を続けます。

なので、ずる賢いハンニバルはプランBも用意しています。それはコピーキャットキラーとしてウィルをハメる準備をしておくこと。

 

どう考えても、ハンニバルとウィルが絡んでいるところで殺人が起きる。

カラスの羽を持つ雄鹿を殺すと人食いの怪物ウェンディゴが生まれる夢をウィルは見ます。それもハンニバルの顔を持つウェンディゴです。
ウィルの潜在意識は、ハンニバルがカニバル殺人鬼だと気づいている。ハンニバルへの執着を断ち切らないと、殺人の真相が見えないことも気づいている。でも、ウィルの上位意識はハンニバルを疑おうとしないのです。

 

コピーキャット殺人再捜査のために連れ出したアビゲールが行方不明になり、その耳を喉から吐き出して殺人容疑者として逮捕されても、ウィルが逃げていく場所は、普通に考えれば一番あやしいハンニバルのところ。逃亡犯のくせに、ハンニバルが隣にいるとぐっすり眠ったりする、不眠症のウィル。

 

盲目的な信頼です。もう、恋は盲目というしかない。

 

捻じれ曲がりきったハンニバルの愛とウィルの盲目愛。とてつもなく異形なロマンスです。

 

 

そして、「ハンニバルにはめられた。信頼を裏切られた」と気づいたとき、ウィルの盲目愛は獰猛な怒りにとって代わられます。

だから、『ハンニバル第2シーズン』はドロドロのメロドラマになるんですね。

今年も、このドロメロをジワジワ読んでこうと思うアタシです。

 

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