エンタメ 千一夜物語

もの好きビルコンティが大好きな海外ドラマやバレエ、マンガ・アニメとエンタメもろもろ、ゴシップ話も交えて一人語り・・・

ハンニバル2.03 殺人という貢物、自分を殺すという救済 『八寸』深読みネタバレ

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ハンニバルの手で殺人犯に仕立て上げられたウィル・グレアムの裁判が始まる。5件の殺人と山のような証拠品。救いたいハンニバル、ジャック、アラナ。有罪にしたいプラーネル、フレディ、チルトン。彼らはどう証言し、どう行動するのか?そしてウィルは?

 

 

自分を死刑にするウィル

壁の時計が12時に向かって逆流していく。ウィル・グレアムがスーツ姿で立っている。カメラがパンすると、顔を皮マスクで覆われレトロな電気椅子に縛り付けられたウィルがいる。分針が12時に近づくと、処刑されるウィルの身体が電気ショックで震えだす。時計が12時前までに戻ると震えは止まり、獄吏がマスクを外しに来る。

古い処刑スタイルの逆回しの表現、だから、現実でないのは明らかです。

時計が前に進み始めると、スーツ姿のウィルがマスクを外したウィルの刑執行のスイッチを上げる。恐怖と苦痛の表情で、マスクを外したウィルが再び電気ショックに襲われる。

 

なんとも印象的な悪夢から『八寸』は始まります。どういう意味の悪夢でしょう?

皮マスクは、さまざまなリアリティから目隠し状態で有罪確定と脅されている裁判に臨むウィルの現状かと...。

死刑執行人のウィルは何者でしょう?

「罪を認めず、裁判に臨めば死刑確定」と脅すケイド・プラーネル、心神喪失の弁護を展開すべきというアラナ。その2人を押し切って「無罪」を主張するウィル。この意味で、真実にこだわるウィルは自分で自分を死刑に駆り立てていると言えます。その象徴でしょうか?

ウィルが目隠しを外されたということは、誰の思惑がどうなっているのか、ウィルには真実が見えてきたということでもあります。そうなると、愚直に真実を追い求めてきたナイーヴなウィルをウィル自身が殺して再生しなければならないとも受け取れます。

 

ウィルへのハンニバルの思い

グッショリと寝汗をかいて起きたウィルに、獄吏が開廷の時間だと告げにきます。
この後も、大変に意味深いシーンが…

 

それぞれに出廷の身支度をするハンニバルとウィル。鏡の前で、見るからに極上の生地で見事に仕立て上げられたシャツをやヴェストを纏い、優雅な仕草でネクタイをしめるハンニバル。ダブダブで安手なスーツを、不器用に着ていくウィル。

2人の境遇の差が見事に描かれますが、もっと気になるなるのはBGM。モーツアルトの高名なオペラ『ドン・ジョヴァンニ』からDalla sua pace』が流れます。

ドン・ジョヴァンニに名誉を汚され、父親を殺されて復讐に燃える婚約者のドンナ・アンナを慰めようとするドン・オッターヴィオのアリアです。

カットされている前半部分で、ドン・オッターヴィオは立派な騎士のドン・ジョヴァンニが犯した恐るべき罪に半信半疑ながら、夫として恋人として真実を追求し、屈辱を晴らすべく誓いをたてます。ここは、ウィルの真実追求の意志とも被ってきますが、この解釈では」「夫として恋人として」というところが浮いてしまいます。

引用されている部分の歌詞は

Dalla sua pace la mia dipende.
Quel che a lei piace vita mi rende;
Quel che le incresce morte mi dà.

イタリア語はさっぱり分からないので英訳の又訳ですが、意味するところは

あの方の心の平安が私のすべて

あの方の幸福が私の生命となり

あの方の不快は私の死になる

ということは、裏切りにたけり狂っているウィルをドンナ・アンナに見立て、ハンニバルはドン・オッターヴィオのように身を挺して彼を救おうとしているということですか。ところが、ハンニバル自身がドン・ジョヴァンニでもあるので、実に頭が痛い1人2役と言えます。

 

ウィルの罪を否定するジャック

 キャシー・ボイル、マリッサ・シュア、ジョージア・マッチェン、ドナルド・サトクリフ医師、アビゲイル・ホッブスの殺害。「優し気な物腰のFBI講師は、"ミネソタのモズ"こと、ギャレットジェイコブ・ホッブスのプロファイリングするうちに、殺人犯の心理から逃れられなくなった」と、女性検事のマリオン・ヴェガが激しく、ウィルの殺人罪を追求します。

被告席のウィルは、苦虫を嚙み潰したような堅い表情を崩しません。ヴェガ検事がウィルを「この法廷で一番の切れ者」と評した時、ハンニバルは得意げにほくそ笑みます。

 

法廷の外では、ジャックがFBI監査官ケイド・プラーネルの到着を待ち、ウィルを断罪する自信がないと訴えます。

「情に捕らわれず、証拠に従え。FBIの人間としてふるまえ」と、プラーネルは叱責しますが…

 

証言台に立ったジャックは、

「ウィルは知的で傲慢で、自閉症傾向と純粋な共感能力がある」

He can imprint profiles on the blank slate of his mind for us to read. 我々が解読できるよう、彼は自分の精神を白紙状態にして、そこに犯人像を投影することができる」という人物評価をしますが、

「それじゃあスーパーヴィランに聞こえるわ。彼は仕事を楽しんでいたのでは?FBIといを隠れ蓑にして殺人を続けていたのでは?」とヴェガ検事が水を傾けると

断じてそんなことはない。彼は心の底からプロファイリングを嫌がっていた」と感情的にウィルを庇う発言をします。

 

怒って離席するプラーネル。根深い証拠主義を離れて自分を信じるジャックを見て、ウィルも感慨深げです。

 

ジャックの男気に感じたのか、ハンニバルは彼を自邸に招き、ブランディで労います。

裁判での証言が辞職表明なのかと問うハンニバルに、第4ステージの癌を病む妻のベラを彼女が好きなイタリアで看取りたいと、ジャックは辞意を認めます。

情に駆られて早計に動いてはいけないと諭すハンニバル。本気でジャックの身の上を案じているように見えるところが不思議です。

 

熱烈なファンの殺人という貢物

法廷のウィルと、「心神喪失」を主張する予定の弁護士ブラウアーの元に、稚拙な文字で宛名が書かれた封筒が届き、その中から不ギザギザに切断された人の耳がこぼれ落ちます。

 ウィルがアビゲールの耳を吐き出したのをなぞっているのですね。

 

行動分析課は、耳をカットしたナイフが法廷に証拠として開陳されていたウィルのものだと特定します。
そこで廷吏のアンドリュー・サイクスが被疑者として上がり、その自宅に捜査班が突入すると爆発が起こり、現場にはサトクリフのように口を裂かれ、ボイルのように鹿の角に刺し貫かれたサイクスの片耳死体が残されていました。

 

ウィルが裁かれている殺人事件の数々にオマージュを捧げるかのような殺人。

稚拙な文字や耳の切り口、ダイナマイトによる爆破というエレガンスとはほど遠い手口から見て、ハンニバルの仕業とは思えません。

 

ウィルの独房を訪れたハンニバルは「君には熱烈なファンがいる…非常識なやり方だが、彼は救いの手を差し伸べている」と告げます。

ハンニバルの真意を測りかねているウィルは

How far would you go to help me? あなたは僕を助けるためにどこまでやってくれるの?」と、皮肉に笑いかけます。
自分を陥れた張本人でありながら、ウィルのために奔走するハンニバルをからかうような態度。第1シーズンの正直でナイーヴなウィルには考えられないような小悪魔っぷり。ウィルは確実に変化しています。

「自分は耳を贈るなんて思いつかなかったが、贈り主に感謝している」と、正直に答えるハンニバル。真犯人はハンニバルと繰り返すウィルと押し問答のようになりますが、

「(サイクス殺人犯は)君のことを心配してるから、すぐに姿を現すだろう」と、ハンニバルはハメる相手を新たみつけて、ウィルを救うのに躍起です。

 

サイクス殺人事件をウィル訴追の反証とすることを、ジャックは判事デーヴィスに提案しますが、プラーネルは「弁護士がウィルの殺人までは認めているから反証は必要ない」と主張、「反証とするかどうかはブラウアーの判断」と、判事は取り合ってくれません。

 

有罪にしたいフレディーとチルトン

検察側の証人として、ウィルとは確執がある特ダネ記者のフレディ・ラウンズが召喚され、ド派手な帽子とスーツでドラマチックに出廷します。

アビゲールと親しかったと言い張るフレディ。自分はウィルに脅されていたし、アビゲールも彼を怖れていたと、確執を誇張して表現します。

アビゲールの父親は彼女の身代わりを殺害したけれど、ウィルは身代わりじゃ我慢できないって彼女から聞いたわ」と、もはや偽証状態。

弁護士ブラウアーは、フレディが名誉棄損で6回訴訟を起こされ、6回とも示談になったことを暴いて、彼女の信頼性を打ち砕きます。

 

入院患者のウィルにバカにされ、相手にもされず、誇りが傷ついているボルティモア精神病院長のチルトンも証人席に。
彼はアスペルガーや自閉症に近いと我々に思わせているにも関わらず、同時に共感障害もあると主張している...だが、誰の診断もうけたことはない」と、これまでウィルが人々を遠ざけるため言ってきた病状の食い違いを指摘。

混乱した男というグラハムの顔は虚構」と知的なサイコパス像をにおわせる発言をし、「彼は整然と人殺しをしてきたし、これからも機会があれば殺す」と断罪します。

 

詩と愛を無駄にしてはいけない

サイクス殺人の件で、ハンニバルはウィルに嘘などついていない。それを証明するため、現場写真を持ってハンニバルはウィルを訪れます。

久方ぶりにヒュ~ン、ヒュ~ンと振り子がうなり、ウィルは現場再現をして、コピーキャットキラーとは違い、サイクス殺人犯は彼と親しかったこと、銃で殺害後に死体損壊をしたことに気づき、ハンニバルとは別人であることを悟ります。

ただ、コピーキャットキラーは相手を苦しめるために生きた状態で被害者を切り刻むので、違いは明らか。反証とするには弱いことをウィルは指摘しますが、

「君の私への疑いを晴らしたかっただけ。私が君の最善を信じるように、君にも私の最善を信じて欲しい…この追従者は君に自由への道を切り開いたのだ」と、何としても新しい抗弁をしたい様子。

 

さらに、

HANNIBAL:I must admit to selfish motives. I don't want you to be here.

ハンニバル:私の動機が自己中心だと認めるよ。君をここに置いておきたくない。

WILL:I don't want me to be here, either.

ウィル:僕だって、ここにいたくない。

HANNIBAL:Then you have a choice. This killer wrote you a poem, Will. Are you
going to let his love go to waste?

ハンニバル:なら、君にも選択肢がある。この殺人者は君のために詩を書いたんだ。その愛を無駄にしていいのか?

これまた気になる発言です。コピーキャットキラーとしてハンニバルが犯してきた殺人は、ウィルの捜査を手助けする、または自分とウィルの関係を守るためのもの。

ということは、ハンニバルもウィルに捧げる詩を書き続けてきた。その愛を無駄にしてほしくないということを、サイクス殺人犯に被せて語っているようです。

ハンニバルの止まらない愛。小悪魔のような「どこまでやってくれるの」発言を鑑みると、ウィルもこれに気づいているような…。

 

却下されるアラナの証言と戦術

弁護側の証人となる前に、ブラウアーから質問攻めにされるアラナ。ウィルと恋愛関係にあったのではないかと聞かれると、

「ロマンチックな感情はないわ。職業上の関心があるだけよ」と、言い張るアラナ。

ムッとしたような表情で、「彼女は嘘をついていない」と判断するウィル。第1シーズンから換算すると3度目の拒絶。ウィルはアラナの言葉に傷ついているようです。

 

サイクス殺人事件が起こり、ハンニバルに説得されて心神喪失から無罪主張へと弁護の戦術を変えようとするウィルとブラウアーを「無謀すぎる」と、止めようとするアラナ。取り合ってもらえず、証人からも下ろされてしまいます。

 

代わって、ブラウアーが証人として呼び出したのは...ハンニバル。

 

何としてもウィルを救う決意のハンニバル

証言台に立つハンニバルが、ウィルにはウェンディゴに見えるのですが、ハンニバルはウィルの眼を見つめて証言を開始~~
ウィルとの関係を尋ねられているにも関わらず 、サイクス殺人事件の犯人の手口が、ウィルによる殺人とされているものと酷似していると、語り始めます。

「ここで捌かれている殺人の真犯人としてウィルから攻撃されているにも関わらず、彼を庇うのか?そのことで彼を非難する気はないのか?」と弁護士に疑問を投げられても、

No. Will Graham is and will always be my friend.

全くない。ウィル・グレアムは今でも、いつまでも私の友人だ。

と、ハンニバルはひるみません。

 

とはいえ、ヴェガ検事は切れ者。

「サイクス殺人は銃によるもので、ウィルが告発されている殺人はすべて刃物によるもの」と、殺害方法の根本的な違いを指摘して、サイクス殺人事件を証拠から削除することをデーヴィス判事は即決してしまいました。

 

無罪主張を選んだのに、その証拠となるサイクス殺人を却下されてしまったウィル。こうなったら、心神喪失の弁論も使えない。

絶体絶命の危機を前にした宵、サイクス殺人の現場写真に見入るジャック。

ウィルが腰かけるはずの椅子を前に、メランコリーに沈むハンニバル。

ボルティイモア精神病院独房の寝床の上でうずくまるウィル。

 

バックに流れるのは、悲しく重苦しいショパンの『プレリュード第4番』。これって、結核にかかっていたショパンが自分の葬儀で演奏してもらいたいと作曲したものだと聞いています。

もはや、ウィルを救う手立てはないのか?ハンニバルの瞳が妖しく輝きます。

 

朝が来て、法廷が開くとそこにはデーヴィス判事の華麗な殺害死体が!

法服をまとい、頭蓋をえぐり取られて目を塞がれ、手に持つ司法の象徴である秤には切除した脳と心臓が置かれている。

ハンニバルによれば意味するところは、「正義は盲目なばかりでなく、頭も心もない」無能な判事にゆだねられていたという嘲弄。

このアートな手口とブラックなユーモアセンスは、ハンニバルの犯罪ならでは!

 

ただし、判事は銃で殺されたのち、切り刻まれたことも行動分析課のプライスから語られます。

判事が亡くなったので、今回の裁判は審理無効となり、あらたに開始することになり、ウィルの命運は引き延ばされたということです。

 

ハンニバルはウィルの命を長らえさせるために、コピーキャット殺人鬼を復活させたのですね。なかなか、危険な賭けです。なんとしても、ウィルを救いたい、取り戻したいのですね。

視聴者から見ると、ハンニバルは恋人のために身を挺するドン・オッターヴィオ状態です。

 

どんどん変っていくウィル

再び、ウィルの夢。
蹄の音が響き、独房の扉が開いてウィルは廊下に出ます。廊下には、カラスの羽を持つ巨大な鹿がいてウィルを出口に誘います。

そこで「ウィル」と、ハンニバルの呼び声が。振り返るとハンニバルが独房の前立ち、戻るように促してくる。

 

どういう意味でしょう?
ウィルの潜在意識は、自分を救うのはハンニバルしかいないことに気づいています。ですが、同時にハンニバルの手助けは緩やかなので、ウィルは精神病院から出られない。ということでしょうか?
半端な手助けしかしないハンニバルへの苛立ちでしょうか?
ハンニバルの真意は自分を閉じこめておくことにあるという疑念でしょうか?

 

活路を開くために、ウィルは何をするのでしょうか?

 

面会用の個室で彼の精神状況を心配するアラナに、ウィルは無表情に答えます。

I'm numb except for dreading the loss of numbness.

何も感じないよ。この麻痺状態がなくなるんじゃないかという心配以外はね。

I walked out of that courtroom and I could hear my blood like a hollow drumming of wings.

法廷を出た時は、自分の血が空しい羽の羽ばたきみたいに、脈打つのが聞こえた。

I had the absurd feeling whoever this killer is, he walked out of that courtroom with me.

誰が犯人にせよ、奴は一緒に法廷にいて一緒に出たっていう、不条理な感覚があるんだ。

裁判を巡る連続殺人で審理無効になって、宙ぶらりんでいる犯罪者。死刑の恐怖に代わる不条理な事態への麻痺感覚があるということでしょうか?そして、犯人は近くにいると?
相変わらず、詩的な表現で心情を小難しく語るウィルです。

 

さらに、勝ち誇ったように続けます。
He's going to reach out to me. He wants to know me.

殺人犯は連絡してくるさ。僕のことをもっと知りたいんだ。

 

そして、「あなたを救いたいの」というアラナの手を優しく握ります。第1シーズンのシャイなウィルには、とてもできなかったような振舞です。

 

ハンニバルや新たな殺人鬼と渡り合って自由を獲得するためには、かつての無垢で無力なウィルを葬らなくてはならない。自分の利益になるならなんでもする、アラナのほのかな恋心も利用する人間になる必要があるのですね。

ところで、ウィルはどこまで変わろうとしているのか?

 

次の展開が待ちきれない第2シーズンです。