エンタメ 千一夜物語

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ハンニバルは神か悪魔か、救い主なのか?ユダなのか? 2.05『向付』深読みネタバレ

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タテに薄切りにされ、アクリル板に入れてアートのように展示された惨殺死体。アタシ的には、TV史上一番ショッキングな死体に吐きそうになった今回のエピソード。こんなことができてしまうハンニバルって、いったい何者っていう見解もさぐりつつ深読みしてみました。

 ※「普通こんな会話しないよね」なセリフやアートすぎなイメージや音楽も、回が進むほどに重要な意味を持ってくるので、詳しく掘ってます。 

 

 

朝食、ふたつの食卓

卵を炒る朝食の支度が映し出されます。

一方は、プラスチックのトレーに載せられた粗末なボルティモア犯罪者精神病院の朝食雑役夫のマシュー・ブラウンがウィルの監房に運んできます。

マシューを演じるのは『キングダム』『アメリカン・ゴッズ』など、鍛え抜かれたボディと個性派演技で、人気急上昇してるジョナサン・タッカー。要チェックです。

 

もう一方はハンニバル邸の朝食。スクランブルエッグはどうやらホタテソース仕立て、熱々のベーコンに牡蠣の殻に盛り付けたザリガニというゴージャスなプレート。一晩中ベラを看病していたジャックへのねぎらいです。

ベラの自殺未遂に触れて、死を選んだ妻に裏切られた苦しさ、救命拒否する妻を自分の勝手な思い入れで活かし続けている苦しさ、複雑な胸中をぐっとこらえ…
「彼女は君(ハンニバル)を"死刑執行人"に選んだけれど、救命してくれて感謝している」と、ジャックは告げます。

チェサピークの切り裂き魔が人命を救うとは、なんとも皮肉な展開。それを意識してか、ハンニバルは医者としては選択の余地はなかった。思索家としてはさまざまな考えがあるが...。ベラのためではなく、君のためにやったこと。私はセラピストというよりは友人なのだから」と、親友アピール。

君はベラの信頼を裏切ったが、私のは勝ち取った」と、ジャックも答えます。

第1シーズンから観察し続けた結論として、ハンニバルは事実を言葉尻で捻じ曲げるけれども、基本的に嘘はつかないことが分かっています。

ジャックを思う気持ちは本心。ジャックの信頼を利用する魂胆はミエミエですが、一見するとジャックとハンニバルって超ブロマンスなんですね。て、思ってました。

 

切断された人体のオブジェ

匿名のタレコミにより、第1シーズン第6話でミリアム・ラスの片腕がみつかった天文台に特ダネ記者のフレディ・ラウンズがやって来ます。

 いつもは非情なフレディが驚愕の表情を見せて、即FBIに通報。駆けつけたジャックに「他の部員を送り込んだら。気を確かに。あなたのチームの人だから」と、いつになく殊勝な忠告を。

中に入ったジャックの表情が変わってむせび泣く。前話のエンディングから嫌な予感に付きまとわれますが、その通り。

そこには、上の写真のように切断され、オブジェのように展示されたたビヴァリーの死体が...

百戦錬磨のジャックをたじろがせる残酷さ。報告を聞いて悲嘆にくれる行動分析課の同僚プライスとゼラー、関係する局員たち。

視聴者はハンニバルが犯人だと察しているので、ジャックへの気遣い溢れた朝食のシーンからこの残虐な死体への急降下に、動転してしまいます。親しく言葉を交わしていたビヴァリーをただの物体として扱う惨すぎる仕打ちにアタシも怒り激震しました!

ハンニバルに人間性を判断する一般的な物差しは通用しない、彼は人命と他人の心を弄ぶ。それを痛いほど感じたシーンです。

 

『羊たちの沈黙』のマスクと拘束衣の登場

事件を伝えに来たジャックとアラナに、ウィルは無表情に要望します。

I wnna see her.

現場を見たい(ビヴァリーにに会いたい) 

 

ウィルを精神病院の外に出すにあたって登場するのが、映画『羊たちの沈黙』でハンニバルが装着させられた、アイコニックなマスクと拘束衣。着せつけるのは、これまたマシュー・ブラウン。

ウィルが特に凶暴なわけでもなく、天文台に入ったらジャックが「2人だけにしてくれ」と言って脱がせてしまうので、何のために出てきたのか分からないこの衣装ですが、製作者ブライアン・フラーのお遊びってことで納得しますかと...
またもウィルの傍に居座ろうとするマシューが気になるところです。

 

ビヴァリーの幻がウィルに語ります。

「あなたに言われた通り私は証拠を分析したわ。あなたも分析して」と。

ここで、いつもの振り子ヒュンヒュンが起こり、ウィルの想像力が現場を再現。顔見知りの犯人がビヴァリーの首を絞めて殺害、死体を凍らせて切断したのです。

I pull her apart, layer by layer, like she would a crime scene. This is my design.

私は階層にわけて彼女を解体する。彼女が犯罪現場で行うように。これが私のデザインだ。

殺人の動機はビヴァリーが証拠を、犯人の正体を見つけたことにある。とはいえ、その証拠はもう存在しないとまで見抜き。犯人は切り裂き魔でありコピーキャットキラー、2人は同一人物だとジャックに知らせますが~~

それが誰なのかとジャックが尋ねると、ウィルはジャックを突き放します。

Beverly made her connection to the Ripper. You have to make your own, Jack. I can't make it for you.

ビヴァリーは自力で切り裂き魔にたどり着きました。あなたもそうしてください。僕には手伝えません」 と。

 「じゃあ、なんで連れてこさせた」と食い下がるジャックに「お別れをいうために」と、ビヴァリーを追い込んだ後悔と悲しみに泣きそうになりながらウィルは答えます。

 

それでも、ウィルはジャックに心を開かない。何度もハンニバルが犯人だと訴えても、ハンニバルとの強固な友情に囚われているジャックは取り合わなかった。ジャックとウィルの信頼関係が崩れているのだとよく分かります。

 

ハンニバルは何を企んでいるのか?

行動分析課のラボで、亡きビヴァリーに恥じない仕事をしようと誓うゼラーとプライス。

ゼラーはビヴァリーの死体の腎臓はいったん取り去られ、死後に壁画殺人犯の腎臓にすり替えられたことを発見します。つまり、壁画殺人犯を殺した第2の殺人者とビヴァリーを殺した容疑者は同一人物であると。

 

そこでシーンが変わり、自慢の台所で腎臓をミンチしてキドニーパイを作るハンニバルが映し出されます。

満足そうにほくそ笑みながら、パイをほおばるハンニバル。さらに、パイ生地はウィルが被せられた拘束マスクを模している。

失敬なビヴァリーを懲らしめた歓びでしょうか?ジャックやFBI、さらに自分の正体を暴くためにビヴァリーを送り込んできたウィルを出し抜いた勝利の微笑みなのでしょうか?
猛烈な支配欲があるハンニバルですから、当然罰を与えた満足感は高いでしょう。

 

でも、それだけのための残忍な殺人でしょうか?

ビヴァリーをその能力に相応しい芸術品に高めたという満足感もあるでしょう。

ただ、第1シーズンのハンニバルの犯行はもっと慎重でした。ウィルの捜査を助けるために始め、2人の関係を維持するために行っていた殺人はあくまでも、誰かの殺人の模倣という形で、切り裂き魔との関連性が見えないようにしていました。

今回は、壁画殺人犯の殺害とビヴァリー殺人の関連付けを進んで行っています。

ウィルから殺人犯と名指されて本来なら自重するはずのところを、反対に派手な存在主張をしている。

その目的は、内臓を切り取る殺人犯が獄外にいることを強調してウィルの冤罪を晴らそうとしていると考えるしかありません。

ハンニバルは彼なりにウィルを救おうとしているのです。

 

切り裂き魔は悪魔だとギデオンは言う

ビヴァリーを失っても、精神病院内からハンニバル捜査を続ける意志のウィル。

今度は、第1シーズン第11話でチルトンを襲いさまざまな内臓を切除して、他施設に移動になったエイブル・ギデオンの件をもちかけ~~

ギデオンもチェサピークの切り裂き魔が誰か知っている彼とウィルの名指す人物が一致すればチルトンが切り裂き魔発見の手柄を取れると、ギデオンをボルティモア犯罪者精神病院に戻すよう説得します。

 

早速手柄話にとびつき、「悲嘆とトラウマほどに人間同士をつなぐものはない」と、親し気にギデオンを迎えるチルトン。面会用の檻を2つ並べてギデオンとウィルにグループセラピーという名目でおしゃべりさせ、院長室で盗み聞きしています。

 

「ウィルと呼んでください」とギデオンを懐柔しようとしても、ウィルに銃で殺されかけたギデオンは冷ややかです。

ギデオンが自分は切り裂き魔だと言い張っていたことに触れ、ウィルは"玉座の詐称者"と皮肉りながら~~

ウィルとしては「友人を殺した男を捕えたいだけ。ギデオンもハンニバル邸を訪れた時に誰が切り裂き魔か分かったはず。ハンニバルがギデオンを殺すようウィルを仕向けたのに何故彼を庇うのか?」と問い詰めますが、

The Ripper's playing out a mannerly dance, getting close, but not too close, offering tokens of goodwill, but not giving away too much.
切り裂き魔はダンスの名手だ。近づいてきても近づき過ぎない。善意は差し出しても、与え過ぎない。
He's done nothing to me. You were happy enough to try and kill me yourself.
私をひどい目に合わせたのは彼じゃない。君が自分から喜んで殺そうとしたんだ。
You have it "in you," as they say. I'm intrigued to see what you try when I say no.
君には殺意があると皆言っている。君がやることに興味はあるが賛成はしかねる。

He's the Devil, Mr. Graham. He's smoke. You'll never "catch" the Ripper.
彼は悪魔だよ、グレアム君。彼は煙だ。君に切り裂き魔は捕まえられない。
He won't be caught. If you want him, you'll have to kill him.
彼に捕まる気はないから。どうしてもというなら、殺すしかないだろう。

 

前話で戻ってきた、ギデオンとハンニバル邸を訪れた記憶を再確認したかったのでしょうが、ウィルが仕掛けたこの勝負、ギデオンの寄り切りですね。

チルトンとの付き合いが長いギデオンですから、チルトンが盗聴して、その内容をハンニバルに告げ口するのは見えているでしょう。だから、言葉を濁す。

なぜなら、
ハンニバルはほぼ切り裂き魔だと思われるが、逮捕できる証拠はないこれほどの殺人を犯しても正体を隠し続けることができる在ハンニバルは煙のように消え去る悪魔的な存に思え、興味を惹かれる。けれども、チルトンの心理操作とはいえ、切り裂き魔のタイトルを詐称してしまった自分はハンニバルに疎まれ、消される運命にあるらしい。であれば自分はハンニバルを刺激せず、ウィルの殺意をあおって自分は静観、両者の自滅を待つのが得策...と、この時点では考えいるのだとアタシは判断していました。

 

そして、傍らで聞き耳を立てているマシューも気にかかるところ。

 

進化に対応する原初的私欲

ギデオンの推測通り、彼とウィルという話題沸騰の患者を手にしたチルトンは早速ハンニバルの反応を見に来て、内臓がまともじゃないのに、ヴィンテージのコニャックを振舞われてご満悦。本当に意地汚い男です。

 ギデオンを連れ戻したのは私欲からではないと言い張るチルトンにハンニバルは嫌味を一刺し。

Selfishness is the original sin of man, according to the JudeoChristian morality.

ユダヤ・キリスト教的倫理観では、私欲は原罪だ

この言葉、すごく違和感があります。

ユダヤ教から派生し、硬直した戒律を修正したキリスト教。その2つの宗教に共通する道徳律をユダヤ・キリスト教的倫理と19世紀くらいから称するようになったのですが、原罪という概念に基づいて倫理を構築しているのはカトリック教会です。とはいえ、その原罪の定義にも、七つの大罪の項目にも私欲(selfishness)という言葉はでてきません。

さらに調べたところ2006年刊行の "Original Selfishness: Original Sin And Evil in the Light of Evolution"という書籍にぶち当たりました。この書籍はキリスト教信仰を進化論的に考察したもので、"原罪"というのは進化によってもたらされサバイバルを強化する"原初的私欲(Original Selfishness)"が誤って解釈されたものと、述べられているそうです。

そうなると、ハンニバルの言葉はこの本を捻じ曲げた引用ということになりますかと。

進化論的見地はハンニバルの得意分野

人類から見た究極の進化論は、ニーチェが語った「神の死」と「超人の誕生」となるかと思います。ハンニバルが自分を神が死に混乱した世界に誕生した超越的存在だと考えているとしたら、進化論への執着は納得できますし、進化に対応する原初的私欲の全面的肯定というのは、実にハンニバルらしいなと思います。

この文脈で考えると、ここの会話でハンニバルが語る

We know memories, emotions and even spiritual experiences can be manipulated while under hypnotics.
記憶も感情もスピリチュアルな体験も、催眠療法で操作できるのは分かっているだろう。

という人権無視な意見も、心理操作は精神科医が超越的存在として当然行使できる権利とハンニバルの考えているからと理解され、彼の人でなし感覚の根深さが見えてくるシーンです。

 

ブリッジテーブルの悪魔

自邸で切り裂き魔の正体に関する話をしたことが気になっているのか、ゴリ押しでチルトンから許可を得て、ハンニバルは面会用の檻にギデオンを訪れます。

ハンニバルと初対面のフリをするギデオン。軽く受け流すハンニバル。2人とも、とぼけたタヌキ親父です。

ギデオンはいきなり、「I bet you're a devil at the bridge table. あなたがブリッジのテーブルの悪魔だって賭けてもいいですよ」と挨拶します。

ブリッジは2人でペアをつくり、4人で行うカードゲーム。13枚づつ配られたカードの1枚を出してより強い札を出した者が勝つ。この勝ちが多いペアが最終的に勝者となります。運だよりにならないような仕組みがあり、推理力や記憶力、集中力を駆使する必要があります。ハンニバルこのテーブルで悪魔のように相手を読み、強さを発揮する常勝のプレイヤーということででしょうか?ウィルにはハンニバルは悪魔だと明言したけれど、本人相手には婉曲な言い回しを使っています。

時に眉をしかめながら、ハンニバルの凄さと彼に対するチルトンの劣等感を一瞬で見抜くギデオン。サイキックドライヴィングが解けてからのギデオンは、とてつもなくご明察。

映画版アンソニー・ホプキンスが演じたハンニバルの、チンマリして静かな物腰を思い起こさせるエディ・イザードの名演もあって、実に味わい深いキャラクターです。

さらに、「ウィル・グラハムは腹に一物あるから注意した方がいい」と忠告します。

ハンニバルは当然のことながら、「抵抗を取り除くのが、セラピストとしての私の役目」と、ギデオンの忠告を聞く様子もありません。

 

あれ、これじゃあウィルにハンニバルを殺させる計画が台無しじゃない!と、思ったアタシ。ハンニバルの手ごわさに気づいて、恩を売っといたほうが得策とギデオンは考えたのかなと、彼の発言動機に悩み始めるアタシでした。

 

熱狂的なファン、マシュー

毛嫌いしているフレディ・ラウンズの取材を許可したウィルの元に、注意事項を伝えながら彼女を案内してくるのは、いつもながらマシュー。だらしない猫背な居ずまい、甲高くねちっこいしゃべり方が、かなりキモいマシューです。

第3話で廷吏のサイクスと判事を殺したのが同一犯で、自分の熱狂的なファンだと考えているウィルは、独占取材との交換条件にフレディのサイト『タトルクライム』を犯人からの連絡ツールとして使うことを要求します。

ここでも様子を伺っているマシュー。

 

早速、このファンの件をセンセーショナルな記事にした『タトルクライム』を読みふけるハンニバル。自分の殺人がまた横取りされてることに対して何を考えているのか?

 

この記事で行動を起こしたのはマシュー。

「インタビューを読んで、あんたに共鳴することが多かった。人は俺やあんたを理解できない。でも、俺たちは分かり合える」と、ウィルに話しかけます。

ウィルがコピーキャットキラー&切り裂き魔だと思っているマシューは~~
「精神病院に長年入院していたので、病院の雑役夫になるのは簡単だということ。
チルトンの盗聴システムを管理している自分とは内緒話が可能だということ。
廷吏サイクス殺しはウィルを無罪放免にするためにやったが、判事は殺していなこと」を打ち明けます。

 

ここで、視聴者にもサイクス殺しの犯人が明らかになるのですが、判事殺しはどう考えてもハンニバル。そこが分からないウィルは、怒りで判断力が鈍っているように見えます。

 

なんで僕を助けるんだ?」と尋ねるウィルに、「俺たちは鷹だ。だが、小鳥の集団に追い払われることもある...鷹がつるんだらどうなるか考えてくれ」と、仲間になることを示唆します。

マシューの悪党ぶりに感心したウィルは、本心を語ります。

ハンニバル・レクターを殺してくれ」と。

 

ギデオンの介入

マシューとウィルの密談を聞いていたのは、他ならぬギデオン。

大嫌いなはずのフレディに独占取材をさせたウィルの動機に不信を感じたアラナを、はぐらかし続けるウィル。そこで彼女はウィルとグループセラピーを受けているというギデオンの様子を見に行きます。 

「ウィルに撃たれたおかげで、アラナを殺さないですんでよかった」と語るギデオンに、

「どうしてアタシの住所が分かったの?」と、アラナは畳みかけますが~~

ギデオンはまた、謎のような回答をします。

A little birdie tweeted in my ear.
小鳥さんが耳元でささやいたんだ。

I imagine said birdie wanted me to kill you.
小鳥さんは私にあなたを殺させたかったのかとも思えるし

Or wanted Will Graham to have reason to kill me.
ウィル・グレアムに私を殺させたかったのかも…

Either way, you and I are equally expendable. 
どっちにしても私たちは捨て駒だねえ。

この小鳥さんとはハンニバルのこと。やはり、ギデオンは総てを察していました。

 

そして、ウィルが復讐したがっていること。親切にしてもらっているお礼として、アラナにウィルをウィル自身から救う機会を与えようと提案します。

He's in a biblical place right now. But that rage will fade.
彼は今、聖書の世界にいる。だが、いずれ怒りはおさまる。

And when it does, Will Graham will either be a murderer or he won't. Up to you.
その時ウィル・グレアムが殺人者になっているかどうかは、あんた次第。

Not with his own hands.
彼自身の手は汚さない

If only he had a little birdie who could tweet murder into a sympathetic ear.
聞き分けのいい小鳥さんの耳に、殺人を囁けばいいのだ。

こちらの小鳥さんはマシュー。黙っていれば都合よくハンニバルは死んでくれるのに、なぜかまた庇うギデオン。第1シーズンのトバイアスみたいに、彼もハンニバルファンなのか?

そういえば、第1シーズン第11話で君も私も決まった人がいるから他人とは付き合えないと、ハンニバルとウィルの友情を超えた関係を初めて示唆した人物もギデオンでした。

ここで語られた"聖書の世界"とは、怒れる神が罪人を罰する世界。ウィルを怒れる神という文脈に置いたのもギデオンが初めて

ギデオンの真意はどこにあるのか?本当に気になり始めました。

 

カニバルの磔刑

瀟洒なプール施設、自由形で泳ぐハンニバルにマシューが近づきます。ハンニバルを演じるマッツのフォームも美しいですが、マシュー役ジョナサンの腹筋割れも素晴らしい。

その筋力を誇示するように後からプールに飛び込み、猛スピードで追い抜く。マシューのハンニバルに対する競争意識が火花を飛ばす!プールサイドに手をかけたハンニバルに、マシューは麻酔銃を撃ち込みます。

 

マシューが選んだ処刑スタイルは絞首。不安定なバケツの上に首を吊って立たせ、バランスを崩したら首が絞まるようにしている。さらについでに両手首を切り裂き、出血死するか絞首かどちらが先かのゲームもしかけています。

おまけにその両手を棒に縛り付けているので、ハンニバルのヴィジュアルイメージは、まるで磔刑に処せられるキリストそのもの!!!

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※マッツが箱の上に載ってリハする写真も見ましたが、この世界一アイコニックなイメージづくりのために、長時間このポーズで耐えてくれたマッツの身体能力とプロ根性に脱帽です。

 

ハンニバルに対してマシューがかけた言葉は

Judas had the decency to hang himself in shame at his betrayals.
ユダには、裏切りを恥じて首を吊るだけの節操があった

But I thought you'd need help.
あんたには手助けが必要だな

 

マシューがバケツを倒したら首が絞まる。彼を懐柔しようとハンニバルは、
「君がウィルの熱狂的なファンなのか?だが彼は君が考えるような人間じゃない」と話し続けます。

「もうそういう人間(殺人者)になったよ。代理が実行するわけだけど」と、答えるマシュー。
ウィルを観察し続けてきたマシューは、この時点でもう、ウィルがコピーキャットキラーでも切り裂き魔でもないことを理解しているようです。

「あんたがチェサピークの切り裂き魔なのか?あんたが判事を殺したのか?」

マシューの質問にハンニバルは答えませんが、事実を質問されると瞳孔が拡大するという知識からどちらの回答もyesであるとマシューは断定し、会話は続きます。

MATTHEW:How many times have you seen someone cling on to a life not really worth living? Eking out a last few seconds. Wondering why they bother.
マシュー:一体何度、あんたは無意味な命に縋りつく人間を見てきたんだ?数秒でも長生きしたいってのは、何だろうな?
HANNIBAL:I know why. Life is precious.
ハンニバル:それは命が大切だからだ。

MATTHEW:Look at you. The Chesapeake Ripper. Wonder what they'll call me.
マシュー:切り裂き魔がいいざまだぜ。俺は、これから何て呼ばれるのかな?
The Iroquois used to eat their enemies to take their strength.
イロコイ族は敵を喰ってその力を自分らのものにするって話だが
Maybe your murders become my murders. I'll be the Chesapeake Ripper now.
あんたの殺人が俺のものになって、俺がチェサピークの切り裂き魔になれるかも。

HANNIBAL:Only if you eat me.
ハンニバル:もし、君が私をカニバることができればだ。

実に興味深い会話です。マシューのハンニバルに対する対抗意識はあらわでした。つまり、ハンニバルが切り裂き魔だと薄々気づいていた。ハンニバルを殺してタイトルを奪いたいという意図がどこかにあったのですね。

では、マシューにとってウィルは何なのか切り裂き魔が誰かを示してくれた人物ということはあるでしょう。マシューがウィルを見る眼つきは「喰っちまうぞ」的なヤバさがありました。

憎しみからとはいえ、ウィルはハンニバルのことしか眼中にないし、ハンニバルの話しかしない。まるで裏切られた恋人みたいです。

そうなると、ハンニバルを殺してウィルと結託することには、王座を簒奪して愛妾を寝取るみたいな感覚があるのかなとも勘ぐれます。

 

間一髪でアラナとジャックが駆けつけ、ジャックの射撃でハンニバルは命拾い

撃たれたマシューは死んでしまったのか?こんなネジくれた欲望を持つアヤシイ男がいなくなるのはつまらないと思ってましたら、ブライアン・フラーからマシューは死んでいないというお言葉があり、いつかマシューの本心が聞けるのじゃないかと楽しみにしていたものです。

 

ところで、このエピソードの一番気になるのは、ハンニバルと神性についての視点です。第1シーズンから、ハンニバル神コンプレックスを持ち、神のように振舞って:きたことを視聴者は覚えています。生命が貴重だと言いながら、命を破壊するのは"怒れる神"ならではのポジショニング。

第3者から見たハンニバルは、他人を巧みな言葉で誘惑し、操り、命を弄ぶ。神ではなく悪魔のポジション。ギデオンによって、それが初めて明言されました。

マシューによれば、キリストを裏切ったユダです。ということは、彼にとってはウィルががキリスト=救済者なのでしょうか?

ところが、最後に提示されたハンニバルのイメージは、磔にされたキリスト=自分の命に代えて人間の原罪を救う者です。

リサーチしても、イロコイ族のカニバリズムには敵のパワーを取り込むという意味合いはありませんでした。象徴的なカニバリズムによってパワーを共有するという儀式を現代まで持ち続けているのは、他ならぬキリスト教です。カトリックとして育ったブライアン・フラーですから、これは当然意図していたと考えられます。

ハンニバルは、神なのか?悪魔なのか?キリスト=救い主なのか?ユダ=裏切り者なのか?

 

ハンニバルになっていくウィル

一方、マシューを刺客として送ったウィルは独房で、自分の背中から黒い鹿の角が生えていき、洗面台に溜まっていく水が血に変わってあふれ出す幻覚に囚われます。

 

黒い鹿の角と言えばハンニバルの象徴。カラスの羽を持つ雄鹿の角であり、ウェイディゴの黒い角です。復讐のため殺人に手を染めたことで、ウィルも自分がハンニバルと同質のものになっていく、復讐に囚われることで血の海を、死体の山を築いていくことになるを感じているのでしょう。

 

自分の忌まわしい未来への予感でしょうか?そしてウィルもまた、キリスト=救い主なとなれるのか?ユダ=裏切り者に堕ちてしまうのか?

 

 

シーズンのが展開する中でウィルとハンニバルがどうなっていくのか、『ハンニバル』的進学の展開も併せて、非常に楽しみになるエピソードでした。