第1シーズンのテーマは"誘惑”だと、製作者ののブライアン・フラーは言ってます。人生には無償で手に入るものなどないのに、総てをウィルに与えるように見えたハンニバル。誘惑者を信じきって、ハンニバルがチェサピークの切り裂き魔だという事実を無視し続け、真相に近づきすぎて殺人鬼としてハメられたウィル。2人の捻じれ切った関係はどうなっていくのか?第2シーズンを読み直してみたいかと...
※「普通こんな会話しないよね」なセリフも、回が進むほどに重要な意味を持ってくるので、別色で入れ込んでいます。
- マッツ対ラリー TV史上最強の格闘シーン
- 生き延びていたカラスの羽を持つ雄鹿
- ハンニバルの抑圧された本心
- ウィルの抑圧された思い
- ウィルに成り代わるハンニバル
- ウィルが安心できるのは...
- ザクロの図像学
- 蘇る記憶と咽頭反射
- ウィルを巡る人々
- 今週の殺人は...
マッツ対ラリー TV史上最強の格闘シーン
濃い~心理劇から始まるのかと期待していたら、マッツ・ミケルセンのハンニバルとローレンス・フィッシュバーン演じるジャック・クロフォードの格闘シーンで開始した第2シーズン。
2人ともスタント使ってない!スッゴイ迫力ですねえ。
キッチンナイフに映ったジャックの影を見て異変を察知するハンニバル。銃を抜こうとするジャックにナイフを投げつけ、カウンターを飛び越して飛びかかる!
重量があるのに速くて、メチャ強いジャックフィッシュバーンは、その優位性を活かしての接近戦からボクシングスタイル。スーパーヘヴィー級のパンチをガンガン繰り出します。
対して同じように強くて速いけれども、重量が劣る分アスレチックなマッツハンニバルはアクロバット状態。さらに、冷蔵庫の扉やクッキンググッズも活用したり、倒れたふりしたりと大変な知能犯。首にガラスの破片を刺されたジャックが逃げ込んだ貯蔵室のドアに体当たりするとこなんてゾクゾクしました。
瀟洒なスーツの下に野獣のように衝動的な暴力的パワーを隠しているハンニバルとジャック。ハンニバルはそれをカニバル殺人や人心操作で浄化し、ジャックは悪を叩き潰し、部下にパワハラって解消している。なんか、抑圧された暴力衝動をひしひし感じさせます。
ハンニバルが裕福なヨーロッパ人という"人の皮"を被っているのは視聴者には明らかなのですが、ジャックは何を隠しているのでしょうか?
フィッシュバーンのジャックを"angry black man"だって、黒人コメンテーターが嬉しそうに語っていました。奴隷としてアメリカ南部に連れてこられ、社会が工業化すると安価な工場従事者として北部に移動させられ、工業生産がグローバル化したら不要な労働力となって都市の貧困地区に棄民され、教育格差で社会進出を阻まれている米国黒人層。その黒人の怒りを体現しているのが、ジャックだというのですね。そこにジャックの暴力的な衝動の根があるのか…。深い!深いアクションシーンです。
製作費2000万ドルの『ジョン・ウィック』なんかよりも、全然高度な出来に感動です~~。
マクロな意味付けは別として、仲の良いラリーとマッツ。「撮影中は若がえった気分」で、大変楽しかったというお2人ですが、「(年だから)翌日は体中が痛かった」というのもご愛敬。
で、このコンビ、とんでもグルマンでもあります。
格闘場面の後は、3か月前のハンニバル邸。「ウィルの精進落とし」みたいなこと言いながら白ワインを嗜み、向付の刺身をうまそうに喰い倒してます。
食べてるふりじゃなく、ホントに食べちゃうお2人。これも迫力だなあ。ウィルを殺人犯として追い込んだことを、本当に悔やんでいるんだか?な親父たち。
こんなに仲の良い2人が、何で死闘を繰り広げることになったのか?が、第2シーズンの縦糸となる謎ですね。
生き延びていたカラスの羽を持つ雄鹿
一方、未決囚としてボルティモア精神病院に収容されているウィル・グレアム。精神鑑定をしようとする院長チルトン(殺人鬼ギデオン医師に肝臓を無理やり切除されたのに生き残るシブトサがスゴイ)はまるで無視。
mind palace(精神のなかに築いた宮殿)にある川でフライフィッシングを楽しんでます。川辺にやってきたのは第1シーズンでお馴染みのカラスの羽を持つ雄鹿。ウィルとハンニバルの絆を象徴するウィルの想像内の動物です。
上位意識はハンニバルを恨んでも、ウィルの潜在意識はハンニバルとの絆を断ち切ろうとはしてないんですね。ただ雄鹿は逃げ去り、フライにかかったのはハンニバルのカニバル殺人鬼としての闇を象徴するウェンディゴ。
ということは、ウィルの潜在意識はハンニバルとの絆を求めているけれども、ハンニバルの闇がそれを邪魔する。第2シーズンのウィルは愛と憎しみの間で揺れ、悩むことになるのだと思わせる重要なシーンです。
そして、「あんた(チルトン)とは話さない。ハンニバルと話したい」と、ウィルは言いきるのでした。
ハンニバルの抑圧された本心
べデリアの心療室で、ウィルが会いたがっているから見舞いに行くと言い張るハンニバル。べデリアはウィルがハンニバルを操ろうとしている。もし行きたいのなら、あなたも彼を操りたいということになると、論理的な推察をするのですが、2人の会話は思わぬ方向に展開します。
Hannibal:I miss him
ハンニバル:彼がいないと寂しい
Bedelia::You are obsessed with Will Graham.
べデリア:ウィル・グレアムにご執心ね。
Hannibal:I'm intrigued.
ハンニバル:興味を惹かれているだけだ。
Bedelia::Obsessively.
べデリア:執着でしょう。
ハンニバルはウィルが友人だからと言い張りますが、べデリアは何で友人になったのかとハンニバルを問い詰めます。
Hannibal:...He sees his own mentality as grotesque but useful, like a chair of antlers.
He can't repress who he is. There's an honesty in that I admire.
ハンニバル:...彼は自分の考えが、鹿の角でできた椅子のようにグロデスクだが役に立つとみている。彼は自分を抑えられない。称賛に値するほどに誠実だ。
Bedelia:I imagine there's an honesty in that you can relate to.
What can't you repress, Hannibal?
べデリア: あなたも共感できる誠実さなのでしょう。
でも、あなたが押さえつけられない衝動は何?
さすがにべデリア。勘所を外しません。持って回った表現ですが、平たく言ってしまえば、「ウィルに夢中なんでしょ。恋心を抑圧してるわけ?」てなところです。抑圧してるのは殺人衝動でもあるので、この辺のダブルミーニング、見事というしかありません。ハンニバルも"人間の皮”が剥げかけて、感傷的になっているようです。
第1話で見破られちゃったハンニバルの恋心がどういう実を結ぶのか?もしくは悲劇を呼ぶのか?ってのが、第2シーズンの一番のキモですね。
ウィルの抑圧された思い
雄鹿の蹄の幻覚と同時にウィルの監房を訪れるハンニバル。 ハンニバルは旧交を温めようとしますが、ウィルは拒絶します。
I used to hear my thoughts inside my skull with the same tone, timbre and accent as if the words were coming out of my mouth.
前は同じ口調と響きとアクセントの声が、自分の声みたいに頭の中で響いてた。
Now my inner voice sounds like you. I can't get you out of my head.
今は、それがあなたの声だって分かる。 でも、あなたを頭から追い払えないんだ。
脳炎から回復したウィルは、ハンニバルからマインドコントロールされていたことに気づいたのですね。
「同じ口調と響きとアクセント」ってところ、日本語吹き替え版では絶対わからない感触。ハンニバルならでは壮大な言い回しに加えて、マッツのハスキーな囁き声や北ヨーロッパ(ハンニバルは東欧ですが)訛りがあってこそピンとくる、字幕版の醍醐味を伝えるセリフです。
You're not my friend. The light from friendship won't reach us for a million years.
あなたは友達じゃない。友情の星の光が僕たちに届くには何百万年もかかる。
What you did to me is in my head and I’ll find it. I’m going to remember, Dr. Lecter, and when I do, there will be a reckoning.
あなたが僕にしたことは頭の中に残ってるからそのうち思い出すよ、レクター博士。そしたら、あなたにつけを払わせて(復讐して)やる。
言葉だけ聞いてると、憎悪に満ちて物騒なんですけど...。第1シーズンでウィルは自分の本心を隠す、抑圧する傾向があると視聴者のアタシは学習しています。だから言葉だけでなく、表情も細かくチェックします。
そうすると憎しみと挑発を炸裂させたいのに、かすかに傷ついた悲哀を漂わせているのですね。他の人には無表情でもハンニバルには、気持ちをさらけ出してしまうのです。
無精ひげなのに、このヒロインオーラは何?第2シーズンのウィルの複雑な思いを表現しきるヒュー・ダンシー、素晴らしい!
ウィルに成り代わるハンニバル
FBIでは監査官ケイド・プラーネル(「セックス・アンド・ザ・シティ」のシンシア・ニクソン)が、捜査チームから犯罪者を出したジャックとアラナに処罰をちらつかせ、ついでに、ウィルの後任プロファイラーを要求します。
このKade Prurnellってのは、Paul Krendlerのアナグラム(綴りの並び替え)。ポール・クレンドラーは『羊たちの沈黙』にも出てくる憎まれ役FBI上司を女性に変えた人物です。その、正論だけど官僚的権力主義な人間の嫌らしさをシンシアが見事に演じ切ります。
後任になったのはハンニバル。証拠類に触った時に間違いのないよう、DNAや衣服の繊維チェックを受け、べデリアにはジャック対する診療時の個人情報の開示同意書を渡します。
言葉の端々にハンニバルが危険人物であることを匂わせてきたべデリアは、「また、あなたのために虚偽の情報開示をすることになるのね」と懐疑的ですが、「私のための嘘とは限らない」と返すハンニバル。2人が隠している秘密も気になるところです。
準備万端で事件現場に登場するハンニバルは興味津々。とはいえ、人が悪い性分ですから当たり障りない意見しか言いません。
ハンニバルがFBIに協力したら何が起こるのか?視聴者も興味深々です。
ウィルが安心できるのは...
ウィルの犬を預かったりして協力し、何とか彼を救おうとする精神科医のアラーナ・ブルーム。彼女が弁護案として考えているのはオートマティスム。
オートマティスムというのは、筋肉性自動作用と訳される心理学用語。何かに憑依されたような状態になって自分の意志とは関係なく一連の動作をすることを指します。ウィルの場合はプロファイリングしている殺人犯に憑りつかれてしまうわけですから、オートマティスムで殺人を犯してしまったというわけですね。
ちょっと荒唐無稽な論議ですし、殺人を犯していないと確信してるウィルにとって、殺人犯であることが前提のこの案は迷惑極まりない案です。
そんな弁論より記憶を取り戻したいウィルはアラーナの催眠療法を受けることを希望。
その要請を受けて「安全でリラックスできる場所にいると思って」とささやきかけるアラーナは、ウィルの想像の中で黒いタールになってキスしてくる。
黒いタールって、それウェンディゴじゃないの。キスしてるのはアラナなの?ウェンディゴなの?と思っていると...
催眠術にかかたウィルが見たものは、コピーキャット殺人が起こった野原のカラスの群れ。彼のいる場所は、禍々しい花々の上をヘビやタコがのたうち、ザクロが飾られたハンニバルの食卓。向かいに座るのは、他ならぬウェンディゴ。
この期に及んでもカニバルな欲望がムンムンして、毒気を放つハンニバルの食卓がウィルが一番安心できる場所なんだ。と、なかば呆れてしまいます。
ザクロの図像学
ということで、そろそろザクロの象徴的意味合いを語ってもいいかと思います。
第1シーズンの第1話、ハンニバルの初登場シーンの食卓でも、最初に映し出されたのはザクロでした。
西洋美術史上、ザクロはキリストの受難を表すっていうのが有名。ですが、もっと食卓に近い象徴としてみると、ギリシア・ローマの神話大系でザクロは冥界の食物なんですね。
大地と豊穣の女神デメテル(ローマ神話ではケレース:以下同様)の娘ペルセフォネー(プロセルピナ)を見初めた冥府の王ハーデース(プルートー)は、彼女をさらって妻にする。
デメテルの嘆きで大地が枯れ果て、ゼウス(ユーピテル)は取りなしに、ペルセフォネ―が冥府の食物を口にしていなければ地上に戻すとハーデースに約させるのですが、ペルセフォネ―は既にザクロの種を6粒(3粒説、4粒説もあり)食べてしまっていたので、1年の半分は冥界で過ご過ごすことになり、地上に冬という季節ができてしまったという神話。
プロセルピナがザクロを持つ、ロセッティの絵画も有名です。
ハンニバルが冥府の王ハーデースというのは、あまりにもピッタリな象徴です。そうなると、『ハンニバル』TVシリーズの一つの縦糸は、第1話の登場シーンを考えてもハンニバルの嫁探しということになります。
第1シーズンでは、クラリス・スターリングが嫁候補と視聴者は考えていたのですが、クラリスの使用権はMGMにあり、フラーはこの権利を譲ってもらえずにいました。
で、べデリアかミリアム・ラスがクラリスになると考えっていたのですが、ザクロのある食卓についたのウィルだったという...
『ハンニバル』はハンニバルとウィルのロマンスになることが、第2シーズンの第1話のサブテキストに埋め込まれていたんですね。
とはいえ、傲慢かつ頑固なハンニバルとウィルですから、思いっきり素直な心を抑圧しましょう。だから、簡単にロマンスが盛り上がるわけもなく...
蘇る記憶と咽頭反射
第2シーズンのキープレイヤーの1人、ボルティモア精神病院病棟勤務員のマシュー・ブラウン(ジョナサン・タッカー)も第1話で登場。シレっとした様子で、やたらまずそうな病院食を運んできます。
そのゴムみたいなハンバーグをなんとか食べようとしてオエッとなった時、シーンはモノクロになり、ウィルの記憶が蘇ってきます。
ハンニバルは意識が朦朧としているウィルの喉に太いチューブを差し込んで、切り取ったアビゲイルの耳を飲みこませたんですね。ショックでハンバーグを吐いてしまうウィル。
なんですけど、youtubeでこのシーン見た人たち、エロいってお騒ぎです。
残酷な裏切りのシーンなんですけど、マッツハンニバルはウィルの頬や髪をやさしくなで回してるし...。ウィルダンシーは妙な声出して、エクスタティックに白眼むいてるし...。なんか、ディープスロート?ウィル・グレアムは咽頭反射がないのか?みたいですよ。
撮影は何テイクもやってて、その中で、ちょっとやらかしてみました。みたいな演技があって。編集室のブライアン・フラーは大喜びで、一番ヤバいパターンを選んでる。っていう現場が目に浮かぶようです。
おっさんたち、遊び心が過激すぎでしょ?第2シーズンは、見ようによっては激エロいシーンがボコボコありますね。
まあ、おかげさまで、ラブシーンがほとんどないのに、『ハンニバル』は激エロちゅう評判もあり。ロマンスサブテキストもガッチリあるから、お見事と言うしかないかと…。
てなところで、話を元に戻して~~
ウィルを巡る人々
ウィルの面会に訪れる同僚のビヴァリー。呆れたような顔をしながら実は喜んでる様子のウィル。ですが、ハンニバルのコンサルではちっともらちが明かない事件のファイルを持って相談にきたと知って、なんだか落胆しています。
何の利害もなく自分を心配してくれる同僚はいない。ヒネクレ者として生きてきたツケ。友達を作ろうと努力しなかった自分が悪いとはいえ、寂しそうなウィルです。
ジャックも監房を訪れます。ウィルが気分はどうかと尋ねると~~
Jack:Feeling sentimental. I wanted to remind myself who you were. See if I could remember the man whose classroom I walked into.
ジャック:センチメンタルな気分だ。君がどういう人間なのか確認したい。私が足を踏み入れた教室にいた人物と同じかどうか案じていた。
Will:I remember that man. Memories are all I have.
ウィル:僕もその男のことは覚えている。今の僕には記憶しかない。
物悲しいシーンですね。ジャックはウィルが、以前の善良なFBI講師であると信じたいけれど信じられない。ウィルは記憶が戻って無実を確信しているけれども、自分の中で何かが変わってしまったことも感じている。
で、すべてはハンニバルが企んだ濡れ衣とウィルは訴えますが、頑固なジャックに証拠がないと簡単に却下されてしまい、さすがのウィルも涙目に...
孤立無援のウィル。単にプロファイラーとしてでなく、友として彼を信じ惜しんでくれる人はいない。
と思っていたら、1人だけ味方がいました。でも、それはハンニバル。
7時35分の心療室、ウィルの予約時間。ウィルがもう座っていない椅子を前に、ワインを片手に思いにふけるハンニバル。
そんなに寂しいなら、ハメたりするな!
策士策に陥るの典型。ホントに馬鹿だよ、このオヤジ。でも、この捻じれ切ったロマンスの展開が楽しみ~~と、思いました。
今週の殺人は...
こそこそっと、おまけみたいにくっついてる今週の殺人。
作業員が川から引き揚げたのは、シリコンを塗られた、さまざまな人種の大量死体。ウィルの見立てはカラーパレット。
地下鉄で肌の美しさを褒められたイケメン黒人青年は誘拐され、他の死体と縫い合わされ...恐怖の顔のアップからカメラが引いていくと、周囲に円形に並べられた死体の数々。上から俯瞰すると...死体のカラーパレットは眼球に見える。黒人青年は瞳孔の役目だったんだあああ。
捜査顧問のハンニバルはどうでるのか?
抑圧の物語の重苦しさから、何故か解放される殺人事件。
『ハンニバル』TVシリーズって、本当に歪んでます。