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ハンニバル第2シーズン、オムファタルの誘惑に男は天の玉座から堕ちる 深読みまとめ

TVドラマ史上最高傑作と言われる『水物』で幕を閉じた『ハンニバル第2シーズン』を振り返るという難題に、取り組む気持ちがついた今日この頃。第1シーズンで、これは異形のアウトサイダーたちが愛を求めるロマンスという結論に達したのですが、よりウィルとハンニバルに焦点が充てられる第2シーズン。そのロマンスが如何なるものかを、掘ってみます。

 

 

これって、『カルメン』だわ

『水物』でハンニバルがウィルの腹を切り裂くエンディングを見ながら、そう思いましたね。

プロスペル・メリメの短編をジョルジュ・ビゼーがオペラ化した、あの有名な『カルメン』ですね。竜騎兵伍長のドン・ホセがタバコ工場の女工カルメンに誘惑されて、ケンカ騒ぎを起こして捕えられた彼女を見逃して法を破り、その愛人となってジプシーの密輸団に加わったりと人生を棒に振り、あげくは闘牛士に入れあげたカルメンに振られての踏んだり蹴ったり。最後はカルメンを刺殺してしまうという、ロマン主義期のファムファタール物の代表的作品

アタシが一番親しんでる『カルメン』はシチェドリンが編曲してアルベルト・アロンソが振り付けを担当したバレエ版です。
バレエ版のありがたいとこは、言葉がないので役柄解釈の幅が広い点。主演するプリマさんの人間性や踊りの質で、さまざまなカルメンがいるわけです。いかにも悪い女や妖婦な解釈の方もいますが、アタシの好みは「大地母神の生命力は男を喰い尽くす」みたいなマイヤ・プリセツカヤや、「男なんぞに負けてたまるか!アタシは自由に生きるんだ」なヴィクトリア・テリョーシキナのカルメンであります。

 

ファムファタールって「男たちを破滅させる女」って定義がまかり通ってます。アベ・プレヴォーの小説『マノン・レスコー』を出発点とする、ロマン主義文学の強力ジャンル。マノンの描かれ様などは、意味不明に男に害をなす、理性を越えた化け物みたい。

でも、プリセツカヤやテリョーシキナ主演版を見てると女が自由と反逆に目覚めた時、男は支配する者としての権威を失墜する。男性の権威という幻想が打ち壊されることに、最も奥深い「男の破滅」が起こるるのだなと思えて~~

ファム(女)をオム(男)のオムファタルに置き換えると、このダイナミックスは『ハンニバル第2シーズン』にもピタリと当てはまるなという考えに至りました。

 

ウィル・グレアムはヒロインなのだ!

ちょっと待った、ウィル・グレアムはヒーロー(男性主人公)でヒロインじゃない!というご意見もあるかと思いますが、彼は堂々たるヒロイン・ポジションにいるのです。

トマス・ハリス原作のサイコスリラー『ハンニバル・レクター・シリーズ』史上最強の映像作品と言えば、勿論、第64回アカデミー賞で主要5部門を受賞した『羊たちの沈黙』です。ヒロインはジョディ・フォースター演じるクラリス・スターリング

TV版の『ハンニバル』も当然、『羊たちの沈黙』へと進んでクラリス登場を目論んでいました。
が、ブライアン・フラーと並ぶ製作総指揮の故マーサ・デ・ラウレンティスは『羊たちの沈黙』の使用権を持っていなかったんですね。『レッド・ドラゴン』『ハンニバル・ライジング』など、『ハンニバル・レクター・シリーズ』他作品の版権は全部所有していたのに、『羊たちの沈黙』は持っていなかった。羊たちの沈黙だけはMGMにあった。で、MGMが交渉に応じてくれなかったので、クラリス・スターリングのキャラとストーリーラインはTVシリーズでは使えなかったのです。

 

とはいえ、ハンニバルとクラリスの孤独な魂が共振し、ハンニバルがクラリスに異様な執着を抱くようになり、原作軸だと強烈なマインドコントロールをかけられたクラリスがハンニバルと共依存となり共に暮らし、他人をカニバル間柄となる。この2人の、いわゆる、単なる恋愛を越えた、根深い共依存のダークロマンスがシリーズの情念のキモなわけです。

この共依存なくして、『ハンニバル』の世界観は完成しないのです。だから、クラリスが登場できない以上、誰かがそのポジションに入るしかない。

ハンニバルに執着され、マインドコントロールをかけられて一緒にカニバル共依存の相手といえば、TVシリーズ第2シーズンではウィル・グレアムと判明しました。だから、ウィルはクラリスの立ち位置、ヒロインポジションなのです。

 

性別なんて関係ないのです。『呪術廻戦』のヒロインは、薄幸オーラ全開、かつヒーロー含め各分野の最強4人(虎杖・五条・宿儺・甚爾)にセコムされ続ける伏黒恵と、腐でないヲタも認める昨今、問題は性別ではなく立ち位置。

ウィル・グレアムはヒロイン、オムファタル(男を破滅させる男)なのです。

 

虐げられた無垢なる者の反逆?

第2シーズン序盤のウィルは虐げられ辱められた無垢なる者として登場します。これまた、ファムファタールの対極にあるロマン主義時代の代表的ヒロイン像。ヴィクトル・ユーゴー作の『ノートルダム・ド・パリ』のエスメラルダとか、『レ・ミゼラブル』のコゼットの少女時代とか、これでもか、これでもかと踏みつけにされてます。

我々のヒロイン、ウィルはというと~~
ハンニバルの企みで脳炎が悪化し意識が混濁した上に、至近のコピーキャットキラー連続殺人の物的証拠を仕込まれ、無実の罪で逮捕され、未決囚としてボルティモア精神病院に収容されておりました(第1話『水物』)。

FBIの上司ジャックも同僚のアラナも、ウィルの無実の訴えを信じないという孤立無援状態で裁判に臨むことになる~。バチバチに虐げられる薄幸ヒロイン!
とはいえ、極貧からFBIのプロファイラー&講師にまでなったウィルの反骨精神は挫けない。脳炎の治療を受けて頭がクリアになったところで、少しずつ記憶を取り戻し、ハンニバルの残酷なマインドコントロールの過程を思いだしていきます。

幸か不幸かウィルを信じ、何に代えても彼を助けようとしているのは、自分を陥れた張本人のハンニバルだけ。泣き落としで揺さぶりをかけてその気持ちをガッチリ掴むと(第2話『先付』)、ハンニバルは裁判を審理無効にするために判事を殺害する。

逆境の中で、残酷な復讐心に目覚めたウィルは同僚のビヴァリーにハンニバルの身辺を探らせて死に追いやったり(第4話『炊き合わせ』)、精神病院の雑役夫マシュー・ブラウンを使ってハンニバル暗殺を企んだり(第5話『向付』)、無垢な被害者からは程遠い、オムファタルな人間性を開花
ウィルの教唆で殺されかけたというのに、その悪の華の開花に歓喜するハンニバルは、新しい殺人現場にコピーキャットキラーによる一連の殺人の物的証拠を新たに残し、ウィルの無罪を実証し放免に(第6話『蓋物』)。
もう、ドン・ホセ並みの涙ぐましい尽くしようです。 

 

一方、救われたとはいえ気持ちが収まらないウィルは、ハンニバル逮捕に固執するジャックに潜入捜査を行うと称して、出所後ハンニバルとのセラピーを再開(第7話『焼き物』)。だけでなく、挑発にのって、ハンニバルの一番弟子ともいうべき患者の獣人ランドール・ティア―を撲殺その上部頭蓋を切り取って自然史博物館の剣歯虎の骨格標本に飾り付ける。悪辣な特ダネ記者フレディ・ラウンズ殺害を装い、ランドールの脚肉を彼女のものに見せかけて食材としてハンニバルに贈り、2人で調理して満足げに賞味する

という、加重暴行殺人、死体損壊・遺棄、人肉嗜好という、刑法上・道徳上の罪をヘイチャラで犯してハンニバルの懐深く入り込む。潜入捜査の範囲を超えた重罪を犯し続けます(第10話『中猪口』)。

さらに、自分とマーゴ・ヴァ―ジャーとの一夜の情事から懐妊した胎児を子宮ごと切除した兄のメイスン・ヴァ―ジャーに、諸悪の根源はマーゴのセラピストハンニバルであると言い含め、再度ハンニバルの殺人を教唆土壇場で気が変わってハンニバルを救い、ハンニバルのマインドコントロールで自分の顔面を食したメイスンを罰するようハンニバルを唆し、ハンニバルが頸椎を折るのを黙認してFBIに通報もせず。と、もう、立派なマルチ犯罪者(第11話『香の物』12話『止め椀』)。

 

再三ハンニバル殺害を企みながら行動を共にし、とはいえFBIに情報を与えるでもなく、ジャックによるハンニバル逮捕の単独計画に協力するでもなく、止めるでもなく、不可解な蝙蝠状態を続けて第13話『水物』へと至るのです。

 

最初は虐げられた無垢なる者の反逆=復讐に見えていたウィルの行動は、途中からドンドン怪しくなり、第3者の視線からすると、マノン・レスコー並みに辻褄の合わないオムファタルっぷりになっていくのです。

 

人を操り、神のごとき玉座に居座る男

一方のハンニバル第1シーズンの彼は著名な精神科医として世に認められ、ベントレーを乗り回し、瀟洒な三つ揃いにパテック・フィリップの時計という贅を極めた暮らしぶり。音楽・絵画・料理に関する卓越したセンスでボルティモアの社交界に君臨。
非礼な不埒者は豚として屠殺してカニバリ、優雅な人肉料理を社交人たちに振舞って、その間抜けっぷりを陰で笑うという、なんとも豪奢なカニバル殺人ライフを謳歌する超絶自由な幸せ者として生きておりました。

優秀な精神科医ですから、人心掌握とマインドコントロールはお手の物。第1シーズンでは、孤独な独身男のフランクリンを虜にし、殺人鬼のトバイアスを夢中にさせたり、ジャックの親友となり、その病身の妻ベラの相談相手になるなど、人誑しぶりを発揮。

第2シーズンでは、壁画殺人犯を説得して、犯人自信の意志で壁画の中心に飾られる死体となるように計らったり、自己嫌悪の塊りなランドールの獣人化殺人を激励したり、マーゴに兄メイスン殺害を教唆したり、メイスンに自分の顔を食わせたり。

ハンニバルに罹れば、人間などチョロい。だから、人間は殺して喰っても問題ない豚、自分は食物連鎖で人間の上に立つ神のごとき存在という認識になるのです。

Killing must feel good to God, too. He does it all the time, and are we
not created in his image?
殺しは神にとっても気持ちいいものに違いない。神は殺戮を繰り返している。そして、人類は神の似姿として創造されたのではないかね。
ハンニバルは自分の殺人行為を神への倣いと捉え、正当化し続けます。

 

ハンニバルの超越性を誇るような、怒れる神の鉄槌のような切り裂き魔の殺人に、第2シーズン前半は満ち溢れています。
ウィルの審理を司る判事を殺害して、法の女神テミスの似姿に飾り付け、まるで自分が法を超越しているかのように振舞い(第3話『八寸』)、
ウィルの同僚ビヴァリーを薄切りにして現代アートのように飾り付け、科学捜査という行為自体を揶揄うような殺人をしたり(第5話)、
ウィルの殺人教唆を寿ぐ贈り物のように、毒ある花々を活けた男を桜の樹に生やしたり(第6話)。そうそう、この男は環境破壊を進める役人でもありました。
誘拐した切り裂き魔詐称犯ギデオンを地下で飼い、ジリジリと彼自身の四肢によるディナーを会食するよう強制(第6話)。その死体を使って宿敵チルトンを切り裂き魔に仕立て上げ、マインドコントロールした元研修生ミリアムにFBI内で狙撃させる(第7話『焼き物』)と、

なんとも人を小馬鹿にした、優越思想の殺人と犯罪の数々です。

 

加えて、ハンニバルをユダヤ・キリスト教的神に例えるイメージ群が、前半には散見されます。壁画殺人鬼がサイロの中に並べた死体を天空のはるかな高みから見下ろす、神の視座にいるようなハンニバル(第2話)。ウィルが教唆したマシュー・ブラウンによる殺人未遂の時には、ハンニバルは磔にされるキリストのような恰好をしていました(第5話)。

キリストの磔刑というイメージと人間という存在の贖罪のための自己犠牲という意味付けがが人々を惹きつける要因の1つとなり、ユダヤ教の1セクトがキリスト教という世界宗教に成長した。
第2シーズンではハンニバルが人の子として贖罪を受け入れることにより、彼がより高度な存在へと再生する?そんな未来も予見させるものでした。

 

神なる男の『マイ・フェア・レディ』

第1シーズン、神のごとき自己肯定感を持つハンニバルの前に現われたのが、一見モッサリしたコミュ障男ながら素晴らしい知能を持つプロファイラーのウィル・グレアム。自閉症でアスペルガーの気があると自己申告し、不安定な精神を持つ彼は、話すうち、殺人犯のみに共感する想像力を持ち、ハンニバルが正体であるチェサピークの切り裂き魔の殺人にエレガントな美を見出し、詩的な言葉でそれを語ることができるという異能の持ち主と分かります。
おまけに、自分が射殺した殺人犯の娘に何くれと気にかけ、共に娘の父となろうというハンニバルの誘いにのり、家族になるという夢を受け入れる善性の持ち主でもありました。

カニバル殺人鬼としての自分を理解し、その上で豊かな共感性で受け入れてくれる生涯のパートナーになりうる人物。そんなウィルとの出会いが、自分を偽り、“人の皮”を着て暮らすハンニバルに、これまでの人生が空しく孤独なものだったことを悟らせてしまい、何としてもウィルを手に入れる決意に至ったのです。

 

では、なぜウィルの脳炎を悪化させて追い込み、殺人犯に仕立て上げて精神病院にぶち込む必要がハンニバルにはあったのでしょう?
そろそろ狭まってきたFBIの包囲網を掻い潜るため、誰かを切り裂き魔の冤罪に陥れる必要があった。でも、そのための時間稼ぎとして、ウィルをコピーキャットキラーに仕立てるのは効率よくはありません。もともと、チルトンを用意していたのですから。

なぜ、ウィルを陥れる必要があったのか?
殺人願望を無意識の奥に押し込めて、中途半端な善性に縋りながら殺人のプロファイリングで満足している間は、ウィルはハンニバルのパートナーにはなれない。

第1シーズンのウィルは同僚に辛辣な嫌味を言って遠ざけたり、人里離れた野原の真ん中に一人で住んだり、人間嫌いの傾向は顕著です。

ハンニバルからしたら、プロファイリングという些末な行為で潜在的な悪意を飼い殺しにしている状態とも言えるでしょう。だから、冤罪と不遇と手酷い裏切りにより、その悪意を復讐心という形で開花させ、真の殺人者という果実を成し、本当の意味のパートナーへと導く。これが、ハンニバルの裏切りの狙いだったと、第2シーズンを観終わると思います。

栄えある、劇場的カニバル殺人鬼をハンニバルは育てているつもりでした。

なので、ウィルが自分を殺す企みをしても怒ることなく寿ぎの花束を贈り、無罪放免の努力を続ける。メイスン・ヴァ―ジャーを使った殺害計画も受け入れ、ウィルが望むメイスンへの復讐を遂げるだけ。

正当防衛になるようなせせこましい殺人は引き留め(第8話『酢肴』)、1番弟子ともいうべき獣人ランドールを貢物のように捧げ拳による暴力的な殺人へとウィルをいざなうのでした。

 

ハンニバルがヒギンズ教授、ウィルがイライザで筋書が殺人鬼育成の『マイ・フェア・レディ』ってところですね。

 

千々に思い乱れるウィル

イライザが大人しく淑女教育される代わりに、自己を確立してヒギンズから独り立ちしてしまったように、ウィルも殺人教育されるふりをしながら、潜入捜査で逮捕したい、復讐と殺害の機会を狙ってる。と、単純に言いきれないのが『ハンニバル』の醍醐味。

 

セラピー再開して心療室を訪れるときは、キレイに髪を整えて、くたびれたサーモン色のシャツに精一杯アイロンをかけてオシャレして。ハンニバルの素描にあった青年と同じポーズで後ろ向きに立って、ゆっくりと振り返る。ハンニバルの思いを知っての、キメキメの誘惑デートですよ、これは。

I have to deal with you. And my feelings about you. I think it's best if I do that directly.
あなたと向き合わないと。あなたに対する感情と向き合わないと。だから、直接向き合うのがベストだと考えたんです(第7話『焼き物』)
なんて言うウィル。これは口説き文句でしょう。 

でも、ただの手練手管だったらハンニバルは見抜けます。人を騙すときは真実を語れと言いますが、ウィルは本心を語っている。憎んでいるのに、同時に惹かれている。だから一層ややこしい。

第8話『酢肴』では、自分とパラレルのような動物愛護家ピーターと出会い、ピーターが自分の面倒を看る民生委員に陥れられて殺人犯に仕立てあげられたことで、「彼を憎んでいる」という言葉を聞き~~
憎める君がうらやましい。自分がどう感じているか分かれば、簡単になるだろう...殺すのがとまで語る。つまり、ウィルはハンニバルを憎めないのです。
で、純真なピーターは「(民生委員を)殺してない。ただ、彼に窒息するってどんなか、彼が作り出した運命を経験するのがどんなか、教えたいだけだ」と答えます。
憎悪が殺人には繋がらない世界観。そうなると何故ハンニバル殺害に自分は拘るのかという疑問が、ウィルにも出てきたと思います。

第9話『強肴』では、夢の中でハンニバルを殺しても、一番弟子ランドールに対して
How many have there been? Like Randall Tier? Like me?
何人くらいいたんです?ランドールみたいな、僕みたいな患者が?

なんて、ライバルに嫉妬しているみたいな発言をしたり、
惨殺したランドールの死体をハンニバルに届ける際には、思い切りオシャレなツイードのジャケットを着て来たり。

第10話では、マーゴとセックスしながら、ハンニバルに寝取られたアラナを想像してる。と思ったら、彼女を抱くハンニバルを幻視している

寝取られてもハンニバルを恨むことなく、アラナに冷たくなるだけ。兄から遺産を奪うためにウィルを騙してセックスしたとはいえ、一度は自分の子を孕んで堕胎させられたマーゴにも優しい言葉一つかけない。自分のせいで殺されたビヴァリーのことも、引きずりはしない。
ウィルがずっと恨み、惜しみつづけていたのは、第1シーズンでハンニバルと共に父親になって育てようとしていたアビゲールの殺害だけ。まるで、一緒に家族になろうという誓いを破ったのがハンニバルの最大の罪であるかのようです。

 

ウィルの行動パターンは不可思議です。ハンニバルは呟きます。

With all my knowledge and intrusion I could never entirely predict you.
私のあらゆる知識と君への介入をもってしても、君の行動を完全には予測できない(第10話)
ウィル自身が自分が望むものを分かっていない以上、ハンニバルに予測できるわけがないのです。

 

優越感と劣等感の塊りは信じられない。

ランドールを殴り殺して傷ついたウィルの拳を治療しながら、ハンニバルはやさしく囁きます。
Hannibal:Don't go inside, Will. You'll want to retreat... Stay with me.
ハンニバル:内向したらダメだ、ウィル。引きこもりたいようだが...私といなさい。
Will:Where else would I go?
ウィル:ここの他に、どこに行くとこがあるっていうんです?

ハンニバル意外に、ウィルの帰る場所、居場所はない。それは第1シーズンから分かっていました。ウィルは自分を慕っている。だから、自分の導き沿って開花するはず。
自分の才覚に溺れるハンニバルは確信しています。

とはいえ、甘言に溺れて恋に落ちることができるのは、自分が愛されるに値するという自己肯定感がある人間。だから、アラナや社交人たちは、簡単にハンニバルの手中に堕ちました。

 

ウィル・グレアムの自己肯定感は酷く低いし、同じだけ高い。
愛されるべき人間としては、ウィルは極端な劣等感に苛まれているようです。

母がおらず、貧しい季節労働者の父親と共にあちこちと転居し続けたウィルの少年時代。ただ一人の肉親である父への思いが、ウィルから語られることはありませんでした。多分、疎遠な2人。多分、息子への情愛を表に出さなかった父親。
労働者階級の子息にしては聡明すぎ、転校が多かったウィルが友人をつくることは難しかったでしょう。
自分が親しまれ、大切にされ、愛されるべき存在であるという自己肯定感を育むのは難しい環境だったかと…。

父親も周囲の大人たちも同級生も、ウィルの優れた頭脳が生み出す言葉を理解できない。輝かしい論理やイマジネーションに追いつくことはできない。
多分、ウィルは周囲の人間の知的レベルに、著しい軽蔑を抱きながら育ったのでしょう。
その素晴らしい頭脳で、多分一流大学の奨学金を獲得し、FBIのプロファイラー兼講師にまで這い上がった。そこでも、群を抜く知的レベルで同僚を圧倒、彼らに軽い侮蔑を感じつつ、自閉症と称して疎遠な関係性の中で生きてきた。

愛されることに関しては極端な劣等感を持ち、知的には極端な優越感の中で生きている男。それがウィル・グレアムです。難儀な男です。

 

自分自身が残忍な人殺し、人喰いに落ちているウィルは、カニバル殺人鬼というハンニバルの側面に惹かれこそすれ、嫌悪感はなくなっています。
では、何故彼はハンニバルを受け入れられないのでしょう?

その劣等感から、ウィルはどんなに大切にされ甘言を囁かれても、一度自分を裏切ったハンニバルが許せない。愛されているとうことが信じられたない。

ハンニバルの心療室でセラピーを受けるウィルの前にシヴァ神像が浮かび上がります。"創造と破壊の神”の如き存在として、ウィルもハンニバルを認識している。でも、ハンニバルの優越性を認めるわけにはいかない。

その知的優越への意志から、ハンニバルのマインドゲームに負けることを受け入れられない。何が何でも勝ちたい。

 

ハンニバル自身が言い当てています。

I can feed the caterpillar, I can whisper through the chrysalis, but what hatches follows its own nature and is beyond me.
幼虫に餌をやり、サナギに囁き続けても、虫の本性に従う孵化は私の手にはあまる。 

どんなに滋養を与え、方向付けしても、優等・劣等コンプレックスに凝り固まったウィルの精神は歪んだ形でしか育たない。だから、どう孵化するのかは予想できないのです。

 

全能の玉座に居座る男の墜落

ウィルが何度自分の殺しを企んでも、歓喜と共に受け入れてきたハンニバルですが、特ダネ記者フレディ殺しがウィルのデッチ上げだと気づいた時、それまでの寛容が深い憎悪へと変わってしまいます。

殺しがデッチ上げだということは、フレディのものだと称された人肉ギフトも偽物。ズアオホオジロの聖餐のように食という行為を宗教的儀式のごとく神聖視し、それをウィルと共有するまでに至ったハンニバル(第11話『香の物』)。そんな彼には偽物の人肉ギフトは神聖冒涜とも言える行為。
この冒涜行為はウィルがFBIのスパイであるという、究極の裏切りも意味します。

ハンニバルにとって殺人は自分と同じ高みへとウィルが昇ってくる聖なる行為。一方、FBIにハンニバルを売るということは、彼の生命であり自由を世俗の権力に売った背信行為といえるでしょう。
現に、ジャックはハンニバル捕縛の行動を起こしていました。

 

ハンニバル本来の信念は無礼者は喰ってしまうべき。ハンニバルが正しくハンニバルであれば、この時点でウィルは屠殺されていたでしょう。

そうする代わりに、ハンニバルは変身の最終段階を経たウィルがハンニバルが一生持ち続ける愛する者のimago(原型的イメージ)なのだと告白するかの如くについて語りながら、彼と最後の晩餐をし、2人で逃げることを提案しました。

この時点で、ハンニバルは殺人カニバルという神の座から恋する男に堕ちてしまったのだと思いました。

一方、ハンニバルとの逃避行かジャックへの忠誠か?ハンニバル殺害かジャック殺害か?どちらを取るか決断できないウィル。何かを決意したハンニバル。

 

翌日、ジャックが法的手続きを無視しFBIを辞してハンニバル殺害に向かった時初めてウィルは自分にとっても大事なのはハンニバルであることに気づき、「バレてるよ」と電話して、ハンニバル邸に駆けつけます。

到着した時には既に遅く、ジャックとアラナは半殺し状態。それでもアビゲールが生きていたことを知り、共に生きる希望に目覚めたかのようにハンニバルに近づくウィル。ドン・ホセがカルメンを刺殺したように、ナイフの抱擁でウィルの腹を切り裂くハンニバル。第13話『水物』の名場面。

血の海に倒れたウィルにハンニバルは詰問します。
Do you believe you could change me, the way I've changed you?
私が君を変えたように、君も私を変えられると思ったのかね?
ウィルは、少し勝ち誇ったような恨みがましいような微笑みで答えます。
I already did. 僕はもう、あなたを変えしまいましたよ。

ハンニバルはウィルを罰するために、これまで法から匿ってきたアビゲールの喉も掻き切ります。まるで、イアソンの裏切りを猛り狂い、彼との子供を自ら殺めたメディアみたい。ウィルもハンニバルも、なかなかにヒロイン気質です。

ハンニバルは自分を裏切ったウィル、アラナ、ジャックを豚として静かに屠殺し、食らう代わりに、ごく一般的な激情犯罪(crime of passion)をおかしたのです。

ハンニバルは神なる高みから人を屠る者ではなく、唯の漢になってしまったわけです。

神なる男は、人間へと墜落したのです。チェサピークの切り裂き魔は激情的犯罪者へと堕落したのです。

 

『ハンニバル第2シーズン』にロマン主義的ファムファタール文学のエッセンスを見て、その悲劇に、至福のカタルシスに酔うクライマックスでありました。

 

引き分け?水入り?

自分と周囲の生命とただひとつの愛情と引き換えに、この勝負はハンニバルを堕落させたウィルが勝ったと言えるでしょう。

とはいえ、黙って負けを認めるにはハンニバルの誇りはあまりに高い。

だから、彼はプランBも用意していました。それは、ウィルの代わりにべデリアを伴ったフランスへの逃避行。

 

こうなると、2人の愛憎の勝負は引き分けというか、水入り

 

ここまで求めあい、拗れた2人。やっと抱擁しあったと思ったら、それは殺傷と別れにしか繋がらなかった。情緒がグジャグジャになる第2シーズンのエンディング。
ウィルが生き延びたら、2人ともとんでもない喪失感が待っているはず。ハンニバルは神のような高みすら失ってしまい、ウィルは家族への望みを絶たれてしまった。

巨大な喪失と、2人はどう向き合うのか?

じっくり振り返って、第3シーズンに向き合う心構えが、アタシもやっとできました。

 

 

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