エンタメ 千一夜物語

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ハンニバル2.10 欲望の不確かな形...愛の懊悩 『中猪口』深読みネタバレ

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ハンニバルを恨み殺意を感じているのか、ハンニバルの愛を求めているのか混とんとしているウィル。愛弟子のランドール・ティア―をウィル変成のための供物としたハンニバル。殺したランドールの死体をハンニバルへの贈り物のように持ってくるウィル。2人の不可解な関係がさらに深まるエピソード、読んでみました。

 

 

 

親密な殺人の行方

前話終盤で示唆されたウィルによる獣人ランドール殺人。その悪夢のような経過が明らかに。

 外光でかすかに輝くガラス窓を押し破って、闇に覆われた部屋にランドールが飛び込んでくる。でも、ウィルにはそれがカラスの羽を持つ雄鹿に見えています。この雄鹿はウィルとハンニバルの絆の象徴。ランドールはハンニバルからの貢物であることに、ウィルの潜在意識は気づいているということでしょうか?

飛び込んだ衝撃で倒れたランドールは、ハンニバルの顔を持つウェンディゴに変化している。ウェンディゴはウィルが憎むハンニバルの殺人者としての側面。「ハンニバルを手で殺したい」という言葉通り、ウィルは構えていたライフルを捨て、襲いかかるウェンディゴを素手で押し倒し、何度も殴りかかります。ウェンディゴの顔は血を流しながら微笑むハンニバルに変わり、再びウェンディゴに戻って息絶え、その瞬間本来のランドールの死に顔に戻っていきます。

ハンニバルに向けたウィルの複雑な怒りが、親密に成就する瞬間。そして、ウィルが正当防衛と言い訳できない殺人を犯した瞬間。なので、幻視の中のハンニバルもウィルの暴力の目覚めに、ある種被虐的な喜びを感じている。そういう微笑みでしょう。

 

だから、ウィルは猟犬のように得意げに、ランドールの死体をハンニバルのところに持っていくのです。

「お互いに殺し屋を追うり合って、おあいこだ」というウィルに、「返礼だと思ってくれたまえ」なんてハンニバルは応え、いつもの禅問答に。

Will:Polite society normally places such a taboo on taking a life.
ウィル:節度ある社会は通常、命を奪うことを禁忌と見なします。

Hannibal:Without death, we'd be at a loss.
ハンニバル:死がなければ、我々は途方に暮れてしまう。
It's the prospect of death that drives us to greatness.
死の可能性こそが、我々を偉大さへと導くのだ。

「素手で殺した。親密な経験だった」というウィルの拳の傷を、慈愛に満ちた表情で優しく洗い手当てするハンニバル

殺人の興奮が冷め、初めての 自主的殺人のショックで、現実乖離を起こしそうなウィルをハンニバルは引き留めます。

Hannibal:Don't go inside, Will. You'll want to retreat... Stay with me.
ハンニバル:内向したらダメだ、ウィル。引きこもりたいようだが...私といなさい。
Will:Where else would I go?
ウィル:ここの他、どこに行くとこがあるっていうんです?

第1シーズンの最終話同様、ウィルはハンニバル意外に自分を受け入れて欲しい、受け入れてくれる友人がいないことを、やっと認めたのですね。

 「ランドールを殺した時、私を殺していると想像したかね」と、総てを見抜いているハンニバル。「ええ、彼を殺した時ほど、自分が生きてると実感したことはなかった」と、ウィルは告白します。

「じゃあ、ランドールに借りがあるってことだな」と、続けるハンニバル。ハンニバルの思考体系では、殺した相手に借りを返すとは名誉あるオマージュを捧げること。

次に何が起こるのかとお思っていると~~。

 

2人はまるで恋を語るように濃密な雰囲気。ハンニバルは殺人犯にウィルを仕立てあげて、とても満足なのでしょう。

 

ランドールの最終変成

多分、翌日の夜更け。自然史博物館を訪れたジャックの目前には、剣歯虎の大きな牙のある上顎に被せられたランドール上部頭蓋死んだランドールは、剣歯虎に変成したのです。

 

これがウィルのオマージュだと知っていながら、「侮辱の行為だねえ」なんて、顧問として現場に参加したハンニバルは、いつもどおり適当なことを言ってます。

これは侮辱じゃない。記念碑だ」と言うウィル。「この殺人鬼は犯行の結果に何の怖れも持っていない」「罪悪感も」という、ウィルとハンニバルの掛け合いを疑わしそうに見つめるジャック。

多分、潜入捜査の不祥事としてランドールへの過剰防衛はジャックに報告済みでしょう。とはいえ、残忍過ぎるディスプレイやあまりに息のあったハンニバルとウィルを目撃して、ジャックにウィルがハンニバルに取り込まれてしまった、「ミイラ取りがみいらになる」事態を疑い始めたに違いありません。

 

いつもどおり、振り子ヒュンヒュンンの想像再現を始めるウィル。殺人者は自分ですから、当然見える光景はいつもと違います。ウィルは殺したランドールがと対峙することに。剣歯虎の牙を持つようになった裸のランドールが目の前に現れます。

君が僕に殺しを強制したんだ」まるで被害者のような言い方のウィル。
それを楽しむような強制はしていない。君は僕を記念碑にしたけど...僕のためじゃなく、自分のプライドのためにやったんだ」と、ランドールは反論します。
「僕は君を...本当の君にしたんだ。やっと君は僕に見えるリアリティとマッチしたんんだ」と続けるウィル。

This is my becoming. And it's yours. これは僕の変成だし、君のでもある」というランドールに「This is my design. これは僕のデザインにすぎない」と、ウィルは言い返します。

もちろん、ランドールはウィルの潜在意識ですが、なかなか面白い会話です。

殺すことでランドールを本物の獣人に高めたと考えるウィル。ですが、殺人を犯したことで自分が変成したとは考えていない。多分、本当の変成は死を介さないと達成されないのではと、推察しました。

 

自問自答を終えたウィルは、ジャックに告げます。

これは彼を知り、理解している人間の犯行です... 病理は異なるが同じ衝動の持ち主の...妬み(による犯行)。犯人はランドール・タイヤ―が軽々と本当の自分になれることを妬んでいるんです...こういう殺しは初めての新米。これは、犯人について廻る悪夢から起きた殺人なんです
前話でウィルはランドールに対抗心を燃やしてたのを思いだしました。ハンニバルをひっかける嘘とも思えない。珍しく本心を語っているようです。こんな、「僕が嫉妬から殺りました」も同然の告白をしたら、捜査から外されて精神鑑定のやり直しなんですけど...そうはしないジャックでした。

 

マーゴ・ヴァ―ジャーの弱み

ハンニバルの心療室。

「兄さんを愛しているから殺せなかった。彼を憎みながら... 彼に物乞いして、一生暮らしていくのかね?」と、マーゴのメイスン殺害失敗を責めるかのようなハンニバル。 

「 パパはね、愛するメイスンが死去した時に男子の相続人がいなかったら、全財産は南部バプテスト連盟に行くって遺言を残しているの」

レスビアンであるマーゴにメイスンを殺せないようにする、父親の遺言。南部バプテスト連盟というのは、贖罪信仰で終末思想を持つキリスト教右派の巨大勢力。「エイズは神の裁き」なんてのたまってた伝道師ビリー・グラハムなんかを輩出しています。ここに入れ込んでるなんて、ヴァ―ジャー家の保守的嫌らしさがミエミエです。

Even in death, Mason would take everything from you.
死においても、メイスンは君から総てを奪うわけだ
One of the most powerful forces that shapes us as human beings is the desire to leave a legacy.
人間を形成する最も強大な力の一つに、遺産を残したいという渇望がある。
What legacy would you leave behind?
君はどんな遺産を残すのだね?

 いつも通り謎めいた問いかけをされて「私には遺産なんかないわ」というマーゴに
「自分でつくらないかぎりはね」と嘯くハンニバル。

つまり、ハンニバルは男子の跡継ぎを身ごもることをレスビアンのマーゴに勧めているのですね。そうすればメイスンは殺せるという、悪魔の囁きです。

 

シーン変わって、広大なヴァ―ジャー邸。乗馬から戻ったマーゴを、子豚のパヴロフを抱いてにこやかに迎えるメイスン。

世界中から珍しい豚を集めて品種改良、豚のストラディバリウスを創ったと嬉しそうに告げます。そして「豚を興奮させ、いらだたせるため」の迷路が階下に築かれ、ストラディ豚たちが追い込まれていきます。

妙な雰囲気にゾッとするマーゴ。

 「豚は死人を食べるけど、生きた人間を食べさせるには練習が必要だ」と、メイスンが差し出したのは人型をした食肉にマーゴの衣装を着せた肉人形。その人形にマーゴの香水をかけ、マーゴの叫びの録音を流しながら迷路に降ろさせるメイスン。

自分を殺そうとしたマーゴを生きたまま豚に喰わせるぞという脅し。あまりにもメイスンが楽しそうに話すので、本当にやりかねない奴だという恐怖に視聴者も駆られます。

鼻声でにこやかにメイスンを演じるマイケル・ピット。ハンニバルシリーズの悪人というより、『バットマン』シリーズのジョーカーとかペンギンんみたいな役作り。陽気なキモヴィランっぷりが、妙に浮いてて、変に迫力あります。

マーゴも、殺す算段をしなきゃあと真剣に考えましたかと。

 

ウィルの潜在意識がみるセックスの夢

ハンニバルが第5話でマシュー・ブラウンに襲われて以来、付き合うようになった彼とアラナ。

ハンニバル邸の寝室。後ろからアラナを抱きかかえるような感じで、触れずに高周波発振する楽器テルミンの使い方を教えるハンニバル。アタシのようなオールドファンには、レッドツェッペリンの『胸いっぱいの愛を』に捻じれたサイケデリック感を与えてたってことで、凄い印象深かった楽器です。

ハンニバルがアラナの手を愛撫するように誘導する。めちゃロマンティックで寝室デート。ハンニバルって恋人としてもメチャ有能です。

「なんか、心理学的な楽器ねえ」
「その通り。我々(精神科医)は同様に、触れることなく人々に働きかける」
「でも、人は楽器じゃないわ。あなたが何を演奏しているにせよ、本当は何を生み出しているのか、注意深く聞かないと

なんとも意味深な会話です。人心を操れると考えているハンニバルの驕りを諭すアラナ。今後の展開の危うさも感じられる、見事な大人の会話を続けながら、アラナにのうなじに口づけしていくハンニバル。微妙にエロですねえ。

 

一方、ウィスキーの瓶を片手にウィルの家を訪れるマーゴ。
「あなた傷ある?見せてくれたらあたしも見せてあげる」と、誘いをかける彼女に
「君好みのボディパーツはないから」 なんて牽制するウィル。

妊娠をハンニバルに示唆されたマーゴは、チョロそうなウィルを利用しに来たのですね。で、レズビアンからの誘いを妙に思ったらしく、マーゴを止めようとするウィル。結局、マーゴの身体に残るメイスンからの虐待の生々しい傷跡と、ウィルの古い銃創を見せあい、眼が死んでるマーゴとウィルは情欲に任せた感じのキスをしあうことに。

こちらのペアは、なんか殺伐としています。

 

ハンニバルがアラナの喉をつかんでベッドに横たえるシーンとマーゴがウィルをベッドに押し倒すところが重なる。ウィルが体勢を代えてマーゴを組みしだいた時、マーゴはアラナにすり替わり、情熱的に抱き合うアラナとハンニバルが映される。一体、誰が誰と何してるのか、あえて混乱させる編集なんですね。意味深とか思ってると~~。

ハンニバルと接吻したアラナが振り返るとそこにはウィルがいて、今度はウィルと接吻する。なるほど、ウィルはアラナとセックスしてると夢見ているのね。にしては、ハンニバルが出過ぎじゃないと、まだ、シーンの意図が掴めない視聴者。

なのですが、ウィルが見つめる視線の先にいたのはウェンディゴ、ハンニバルの殺人者としての側面だというのが次に明かされます。ウェンディゴが立ち上がると恍惚とするウィルの瞳。アラナと交わるウェンディゴ。次々と絶頂を迎える4人の男女。

余韻に浸るアラナの背をを愛撫しようとするウィル。と思ったら、アラナの向こうにはハンニバルがいる。

なるほど、自分がヘテロだと思ってるウィルはマーゴとセックスしながらアラナを抱く想像をしているけれども、結局彼が求めていて、彼を満足させることができるのは、殺人者のハンニバルなのだという...。

こう考えないと、意味不明に複雑なこのシーン。曲者ブライアン・フラー、上手に目くらまししたもんだと、感心しました。

 

ことが済んだらさっさと帰り支度するマーゴを見るでもなく、打ちのめされて呆然としているウィル。自分の本当の欲望に気づいているのかねえと、意地悪な気持ちになった視聴者でした。

 

ハンニバル対メイスン・ヴァ―ジャー

映画『ハンニバル』ではゲーリー・オールドマンが演じアイコニックな顔面崩壊で大敵となったメイスン・ヴァ―ジャー。このエピソードでは、TV版メイスンとマッツ・ハンニバルが初顔合わせいたします。

マーゴの精神科医に興味を持ったメイスンの招待でハンニバルがヴァ―ジャー邸を訪れます。勿論、ご自慢のストラデイ豚と迷路を見せるメイスン。豚を誉めるハンニバル。

巨大なイノシシから掛け合わせ始めた。場合により雑食でね」と、人食い豚の脅しをかけようとするメイスン。

人間と同様ですな。私も豚には詳しいので」と、いつものカニバルジョークをかますハンニバル。

マーゴが繁殖力のあるセクシャリティを選ばずに父親を激怒させたという話題から、「姉妹はいるのか?」と、急に尋ねるメイスン。

「妹がいた」と答えるハンニバル。このTVシリーズで、初めて妹ミーシャの存在が話題となった瞬間です。小説・映画の『ハンニバル・ライジング』で、幼いころにならず者たちに殺害され、その死体を食べさせられたことでハンニバルの性癖がつくられたという、ハンニバル神話のキー・パーソンです。TVシリーズではどういう扱いになるのか興味深々です。

 

マーゴがハンニバルに何を話しているのか知りたがるメイスンに、自分のセラピーを受けるように勧めるハンニバル。豚をプレゼントされて、2人は平和的に別れます。

 

フレディの暗躍と除け者のアラナ

 いつもながら、漁夫の利を狙ってこすからく暗躍する特ダネ記者のフレディ・ラウンズ。

ウィルにはハリウッドから映画化の話も来ているしと儲け話のネタ振りしながら

「チルトンが捕まったけれども...ハンニバル・レクターが本当の切り裂き魔。何で彼とセラピーを再開したのか?」と迫ります。フレディ嫌いのウィルは言葉を濁すばかり。

 

アラナには、「あんたはハンニバルと寝てるから真実が見えない」と直球なツッコミ。「グラハムがレクターに関して言ってたことは正しいし、アタシがグラハムに関して言ってることも正しいの...レクターの患者は4人も死んでるわ。元患者は3人も。(グラハムがレクターの)ところに戻ったら、元患者がもう1人死んだ。ウィルはレクターを殺せないなら仲間になった方がいいって、気づいたんじゃないの?」
もはやインタビューじゃなく、アラナに疑念を植え付けにきてます。

 

ショパンの『雨だれ』が流れるハンニバルのリヴィング。メイスンから貰った子豚の丸焼きディナー。

家長の位置にハンニバルが座し、右手にウィル、左手にアラナというかたちでテーブルにつく面々。ジャックとベラのクロフォード夫妻を迎えた時と同じ、男性が上座にくる席順。ハンニバルが伝統主義者なのがよく分かる席順です。

アラナに対して不快感を隠さないウィル。そして、アラナからの一撃が~~。

フレディ・ラウンズはあなた方の関係がパラドックスだと言ってるわ。彼女は私なぞには見えないことに気づいてるみたい。あなた方は1人じゃ彼女が描く殺人犯にならないけど、一緒だとなるかもしれないって。...彼女はお上品な真実では囲い込めないわ。一線を画すことができないのよ」

「一線を画せない人間はサイコパスか…ジャーナリストだ」と、勝ち誇ったように微笑んで言い返すウィル

一線を画せないのはフレディだけじゃないわ。あなた方の関係もよ。医師と患者なんだか、敵なのか友人なのか」と、挑戦的にウィルをにらむアラナ。

「一線を越えるのと侵犯するのは別だ」と、いつもどおりのらくらなハンニバル。

「あなた方がどういう関係なのか分からないわ」とウィルをにらみつけるアラナ。

「どういう関係か、僕らは良く分かっているよ」と大手をかけて艶然と微笑むウィル。

ウィルがアラナに思いを寄せていたらハンニバルに不快感を向けるはずですが、衝突を繰り返すのはウィルとアラナ。

結局、これはハンニバルを取り合う3角関係なのですね。ウィルとアラナの恋の鞘当てを面白そうに眺めるハンニバル。本当に人が悪いオヤジです。ウィルもめちゃビッチだと再確認しました。

 

フレディへのお仕置き

 真相に近づき過ぎたフレディは抹殺の対象。ハンニバルはキラースーツを着て彼女の家で待ちますが、フレディは帰ってきません。

 

その頃、フレディはウィルの自宅をスパイ中。鍵をピッキングして納屋に忍び込みました。最初にみつけたのは、ランドールの獣人ガジェット。不気味に思いながら撮影を始める、いつもながらのガッツ。

さらに、フリーザーの中に人間の下顎を発見。さすがのフレディもこれには驚愕。折しも、そこにはウィルの姿が。バッグから護身用のリヴォルヴァーを取り出して銃口をむけるフレディ。

「これには訳がある」と言いながら近づくウィルに向けて、やみくもに銃を発射するフレディ。弾は外れ、突進してくるウィルに催涙スプレーで応戦、なんとか納屋を脱出し、ジャック宛にケータイをオンにしながら自家用車にたどり着くフレディ。
すぐにウィルは追いつき、バールで窓を割り、抵抗し叫び声を上げるフレディを引きずり出すのでした。

フレディ嫌いなのは知ってますけど、あまりに暴力的なウィルでした。

 

ところ変わってジャックの執務室。ウィル、ハンニバル、アラナが呼び出され、フレディのケータイからの絶叫を聞かされます。

フレディの通話はウィルの住むウルフ・トラップからのもの、このすぐ後に失踪している。近隣のガソリンスタンドのセキュリティカメラに彼女の姿があったと、ウィルによる関与を示唆するジャック。

「インタビューのアポがあったが、家には来なかった」と嘘をつくウィル。

「フレディには敵が多い」とウィルを庇うハンニバル。

 

フレディはどうなったのか?この招集、どこまでウィルとジャックが仕組んだやらせなのか、怪しむ視聴者でした。

 

アダージェットが流れる2人だけのディナー

ハンニバル邸。 ディナーの食材をキッチンテーブルの上に置き、肉をラッピングした紙包みを差し出すウィル。

「何の肉だね?」と尋ねるハンニバルに、
She was a slim and delicate pig. この娘は細くデリケートな豚ですよ」なんて、自信満々の微笑みを浮かべて答えます。

てえことは、これってフレディの腿とか?フレディをウィルは殺しちまったのか?フレディを喰っちまうのか?と疑う視聴者。

少し不信を持ちながらも、「ロモサルタードをつくるから、ショウガを刻んでくれないか」と、ハンニバルは笑いかけながら鋭利なキッチンナイフをウィルに渡します。

これまでに、ハンニバルのスーシェフという名誉ある役割を与えられたのはアラナだけ。ハンニバル殺しを企んだウィルですが、スーシェフになるということは本当の意味でハンニバルに受け入れられたということ。

ランドール・ティア―を殺し、フレディ・ラウンズを手にかけたという解釈で、ハンニバルはウィルのbecoming(変成)を認めたのでしょう。

武器にもなる刃物を手渡しされ、満足気に笑むウィル。潜入捜査員としてハンニバルを出し抜いたのが嬉しいのか?アラナの地位を奪ったのが嬉しいのか?きっと、本人にも分かっていないのだと思います。

 

マーラーの『第5交響曲』から『アダージェット』が流れる中、ウィルの変成を寿ぐディナーが始まります。

マーラーはワーグナー作品の指揮者として名を挙げた人物です。不協和音を用いて西洋音楽を革命してしまったワーグナー。彼の遺産を継承し乗り越えるべき立場になってしまった作曲家としてのマーラーは、頭で考えだしたような音楽づくりをしているような作品が多いです。『アダージェット』って、その中では特殊に歌うようなメロディが満ち満ちた作品。

というのも、後に愛妻となる"魔性の女性"アルマと出会ったマーラーが、ラブレターとして彼女に捧げたものだと言われているからです。聴いていると、愛の官能と懊悩、愛する者の孤独が溢れ出してくるように感じます。

 


キッチンからディナーにかけてのハンニバルとウィル、とっても美しく撮影されてます。第2シーズンのマッツ・ハンニバルは、ビシッと髪を撫でつけて下からの照明が多く、割と不気味なオヤジに見えていいました。ここでは前髪が額にかかって、照明もやや上からなので顔立ちが柔らかくイケおじ度が増してます。衣装も玉虫っぽい濃い臙脂のドレスシャツにチャコールの三つ揃いという、ダンディっぷり。
対するヒュー・ダンシー・ウィルも青みがかったグレイのシャツに、薄地でグレイのジャケットとキマってます。彼の表情も柔らかい。そして、テーブルマナーがとても上品になってます。猫背の犬食いみたいだった第1シーズンと比較するとビックリ!まるで、ハンニバルに相応しいパートナーとして、自分をアピールしてるみたい。

ちょっとメランコリックにロモサルタードを見つめた後、肉を含むウィルの口元がアップになり、じっとハンニバルを見つめる。ハンニバルと共にあるためなら、カニバリズムも厭わないって決意なんでしょうか。
いつも通り肉感的なマッツの唇が肉を賞味する。なんともセクシーな食事シーン。

Hannibal:This animal tastes frightened. ...It's acidic.
ハンニバル:この動物は、怯えた味がする。...酸味が強いな。
Will:The meat is bitter about being dead.
ウィル:この肉は、死んでることを苦々しく思っている。

なんて、カニバル殺人ネタの会話をしながら、幸福そうに笑顔を交わし見つめ合う2人。
Hannibal:This meat is not pork.
ハンニバル:これは豚じゃないね。
Will:It's long pig.
ウィル:人肉(長い豚)ですよ。

明確な答えを知りたがって、執拗に同じ質問を繰り返すハンニバル。あきらめたように真実を語るウィル。

 

ウィルは不快そうに続けます。

You can't reduce me to... a set of influences.
僕を一連の影響に還元しないでいただきたい。
I'm not the product of anything.
僕は誰の被造物でもない。
I've given up good and evil for behaviourism.
行動主義心理学のために善悪を捨てただけなんです。

不思議な独白です。行動主義心理学というのは、"パブロフの犬"の実験のように、一定の刺激を与えることで行動パターンは作り出されるという考えの心理学です。本質論や意識といったものは、行動動機とはなりえないという考え方です。

頭の2行では「一連の影響に自分を還元するな」と、ウィルは行動主義心理学を否定しています。3行目では行動主義心理学に沿って判断基準を変えたと言っています。あきらかに矛盾する発言です。

これをどう考えるのか?少し時間がかかりました。ウィルは矛盾の塊というか、自分が何を欲しているか、いつも混乱している男です。手ひどい裏切りや深い愛情という、ハンニバルによる心理操作的刺激のために、深く混乱を起こしている

ハンニバルによる刺激に反応して価値判断は変わったけれども、自分はその影響だけの産物ではない。もっと、本質的なものに突き動かされているし、内的動因からまた変わりえる。というようなことを言いたいのではないかと推察しました

ただ、その本質が闇なのか善なのかはウィルにも分からなくなっている。だから彼はク苦しいのだと。

「(行動主義心理学を基にするのであれば)私を邪悪とはみなせない」と、ハンニバルは畳み込みます。
「あなたは破壊的だ」
「破壊は邪悪なのか?そんなに単純なら、嵐も邪悪だ。火事も雹もある。損害保険業者は、全部を"神の御手"による天災にまとめているよ」

誘惑的に屁理屈をこねるハンニバル。皮肉な様子でそれを聞くウィルでしたが、瞼を閉じて人肉を味わうウィルの顔はハンニバルの顔と融合していきます。

 

食という行為がとても官能的なこのシーン。

ハンニバルはウィルを手中のものとできたのかどうか、信じるべきか疑うべきか迷って説得を続ける。ウィルはハンニバルとの絆に身を任せたいと思いながらも、善悪判断という点から総てを受け入れることはできない。

どちらの側にも愛と懊悩があるロマンティックなディナー。

 

こんな風に抑制されつつ、激しく揺れ動くロマンスはめったにない。実に眼福と思った視聴者でした。

 

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