前エピソードでは共に人肉を料理し、味わい、絆を深めたハンニバルとウィル。どう見ても、潜入捜査のためというにはやりすぎのウィル。彼はハンニバルを罰したいのか?逮捕したいのか?それとも一緒に生きたいのか?2人の関係がさらに危うくなる、そして深淵な対話に満ちた『香の物』、読んでみました。
※「普通こんな会話しないよね」なセリフやアートすぎなイメージや音楽も、回が進むほどに重要な意味を持ってくるので、詳しく掘ってます。
- ウィルの変成を寿ぐズアオホオジロの聖餐
- フレディの焼死体
- マーゴの妊娠
- メイスンの悪癖とハンニバルの企み
- アラナに芽生えた不安
- 壊れてしまった"家族という夢"
- 破壊し創造するシヴァ神
- メイスンの反撃
- アラナの暴走とフレディの真実
- 卵巣・子宮摘出手術とウィルの企み
ウィルの変成を寿ぐズアオホオジロの聖餐
ハンニバルの顔を持つ漆黒のウェンディゴが見守る中鴉の羽を持つ雄鹿が倒れ、その体内から、胎盤のようなものに包まれて出てくるウィル。
ウェンディゴはカニバル殺人鬼としてのハンニバルの象徴。雄鹿はハンニバルとウィルの絆の象徴。ウィルは前話で殺害したランドール・ティア―の死体を解体して飾り付け、特ダネ記者のフレディ・ラウンズを襲い、人肉をギフトとして持ち込み、ハンニバルと一緒に料理して会食しました。
これの意味するところは、第1シーズンにあった信頼関係を突き崩し、殺人犯としてハメた自分への憎しみを刺激し、ウィルの殺人衝動を引き出したハンニバル。破壊し創造する神のようなハンニバルの影響で立派なカニバル殺人犯になったウィルのbecoming、変成であり新たな誕生でしょう。そのシーンに被る、ハンニバルのお気に入り楽曲、典雅なハープシコードの『ゴルトベルク変奏曲』。
ウィルの再誕を祝うかのように、絶滅危惧種のズアホオジロをアルマニャックに浸して溺死させ、羽をむしってフランベした珍味を用意するハンニバル。
「美食家の間では、ズアホオジロは退廃を極める美味と珍重されている。通過儀礼のようなもの。一口でまるごと食すべき」なんだそうです。
残酷な珍味ですね。撮影はマジパンで作った模型ですが、実際に味わっている人たちの動画を見ると本当にエグイ。小鳥の丸焼きのを頭部を持って足からまるごと咥え込む。アルマニャックの香りとテクスチャーに酔うその姿は、ほとんどグロです。
「僕はまだ、満腹させられて、溺死させられ、羽をむしって焼かれてはいませんよ」と、嫌悪感を示すウィルでしたが~~。
「これを食す間、我々は頭部を布で覆い、神から身を隠すことが、伝統的となっている。私は神から隠れたりはしないが」と、相変わらず挑発上手なハンニバル。
食する2人の唇と口内がアップになって、肉色の塊が入っていく。ウィルにはまだためらいがあるけれども、目を瞑って味わうハンニバルにつられて目をとじる。飲み込むウィルの喉元がアップになって、恍惚として目を開く2人。
ドキュメンタリーではグロかったズアホオジロ喰いが、『ハンニバル』だと激エロい。ポルノ動画の例のシーンみたいじゃないか!っと、ビックリする視聴者。
製作のブライアン・フラーと本エピ監督のブライアン・スレ―ド、確信犯ですねえ。NBCという大ネットワークで放送されたハンニバル。アメリカの常識をかいくぐり、裸にならないけどトンデモねえエロ描写で、してやったりでしょうな。
とはいえ、ここまで視聴者の足元見ると、その根性悪は伝わるものなのでこの回は195万視聴という番組始まって以来の低視聴率を記録してしまいました。
それでもやらかすブライアン、好きですねえ。
「初めてズアホオジロを食べた時、死と生に対する我々のパワーが思い起こされ、その刺激に恍惚とした」というハンニバルの述懐が、
「フレディ殺しで恍惚とした。心拍数も上がらなかった」というウィルの告白に繋がり
「低い心拍数は暴力を行使する能力の指標。君の選択は君の脳の構造を変えた」と満足するハンニバル。
誉め言葉に嬉しそう、微笑んでハンニバルを見つめるウィル。
なのですが~~。本当にフレディを殺したのか?ランドール殺害と死体損壊は事実なので、ウィルの思考パターンはどう変化するのか?と、興味深々な視聴者でした。
フレディの焼死体
車椅子に縛り付けられた死体が燃え上がり、駐車場の傾斜路を暴走していきます。
FBI行動分析課のラボでは、歯型からその死体がフレディであると確認されます。
「犯人が誰であれ、ラウンズ さんの搾取的ジャーナリズムを攻撃しているとは思われない。...これはもっと神聖な行為だ」と語るハンニバル。ズアホオジロ喰いの儀式を模していると考えているのでしょう。
「フレディ・ラウンズは燃え上がらなければならない。彼女は燃焼剤だ。炎は破壊し創造する。これは神話的だ。彼女は灰から蘇らないが、犯人は蘇る」と続けるウィル。
2人の会話を疑わしそうに聞くジャック。ウィルの潜入捜査に伴う犠牲は理解しているものの、その精神状態を疑っているのでしょう。この炎上儀式自体、ハンニバルのディナーへのお返しだし。FBI側なのか、ハンニバル側にいるのか?視聴者にとっても分かりづらいウィルなのです。
本人も分かっていないのかと...。
マーゴの妊娠
「必要なものはウィルに提供してもらったわ。テストの結果が出るまで、自分のしでかしたことの意味は分からなかったけど。誇れることじゃないわね」
セックスに誘い込み、ウィルに精子提供させて妊娠に成功したマーゴが語ります。ウィルもすぐ傍にいるのに、まるで無視してハンニバルに話しているところが、マーゴのウィルに対するリスペクトの欠如を感じさせます。
「恥じるべきだ」騙されて利用されたウィルは怒りを隠さず、「あんたも知ってたのか?」と、ハンニバルにも矛先が。
「マーゴの目的は妊娠だとは知ってたが、その手段が君とは知らなかった」ウィルとマーゴの諍いを楽しそうに眺めなら、ハンニバルは答えます。
「僕にどうして欲しいんだ?」と詰め寄られたマーゴは
「これと言って何も、お好きにどうぞ。...関わりたければ拒絶はしないわ」
3人の温度差がキョーレツです。ハンニバルに殺人犯にされそうになり、ハンニバルに救われて間もないウィル。ハンニバルの玩具にされたと思ったら、今度はハンニバルの患者の玩具にされている。知らない間に精子提供させられているなんて人権無視、コケにされた怒りが収まりません。美しいレズビアンのマーゴはウィルには何の関心もないので、冷静で計算づく。
ウィルを手中にするゲームに新しい手駒が増えて、状況が複雑になったことを楽しみ、ハンニバルは新たな企みを巡らしているのでしょう。
嫌な予感がします。
メイスンの悪癖とハンニバルの企み
ヴァ―ジャー邸の馬たちを見学する諸学生の一団。小柄な少年フランクリンにメイスンはにこやかに話しかけ、少年が母親と姉妹と猫のいる里親家庭で育てられていることを聞き出し~~
「母親が職を失ったから、もう里親として政府から認めてもらえない。来週からはよそに行かなければならない。もしかして、もう君がいらなくなっただけかもしれないねえ」と、楽しそうに告げます。
文脈からして、メイスンはフランクリン少年を苦しめるために適当な嘘をついているのが分かります。親のない子どもがよい里親家庭に巡り合うのは稀なこと、この居場所を失うことに子どもは潜在的な不安を抱いているはず。だから、これはフランクリン少年を傷つけるにはもってこいの嘘。
フランクリンが大きな瞳から流す涙を掬って、ひとかけのチョコレートを恵むメイスン。その涙をマーティニに入れ、神経を逆なでするような中東風の音楽を聴きながら飲酒を楽しみます。
原作のメイスンは小児性愛者ですが、ブライアン・フラーは心理的な虐めだけに表現を絞って、メイスンの人間としての嫌らしさ、残虐性を見事に描き出しています。
ハンニバルの忠告を受けて、彼のセラピーを受けに来たメイスン。
「父親の慈善事業である貧しい子どもたちのキャンプを引き継ぎ、そこで虐待を繰り返している」という意味のことを、心療室のカウチに勝手に寝そべって、こともなげに語る。事が公になっても、500時間の社会奉仕とセラピー受診を課されただけ。そのセラピーさえうやむやにして、巨大な財産でのうのうと罪を免れていることも自慢します。
いつもはポーカーフェースのハンニバルですが、メイスンには冷ややかな軽蔑と嫌悪を隠しません。
原作によれば、ハンニバルも肉親を殺されて孤児院にいたことがあります。彼も、貧しく飢えた孤児だったのです。ハンニバルは無礼な青少年から大人を罰するのであって、無力な孤児への虐待は彼が認めるものではありません。ハンニバルにとってメイスンは我慢がならない人物でしょう。
マーゴの虐待もよく知っているハンニバル。彼女にメイスンを殺させたいけれども、男子相続人なしで殺したら彼女を無一文にするので、簡単に手出しもできない。ここはなにかをしかけてくるだろうと思っていると、亡き"パパ"の自慢話ばかりするメイスンを戒めます。
A boy's illusions are no basis for a man's life, Mason.
少年時代の幻想は成人の人生の基盤とはならないよ、メイスン。
Margot is the only family you have left.
君には、マーゴが残されたただ一人の家族だろう。
さらに、マーゴは自分を愛していると言い張るメイスンに、微妙な突っ込みを。
She has to or she's destitute.
それは彼女には財産がないから仕方なくしていること
Vergers are noted expansionists.
ヴァ―ジャー家は拡張主義で名高いし。
「でも、僕が唯一の相続人だ」とメイスンが言い張ると
Unless biology provides another.
生物学が別の相続人を生み出さない限りは
と、毒サソリの一刺し。マーゴが妊娠できる可能性を示唆して揺さぶりをかけます。メイスンの残虐性と父権崇拝、成長できない不安を熟知しているから、微妙な揺さぶりが過激な結果を生むの見通している。ハンニバルらしい、人心操作です。
残虐なメイスンがどう対応するのか?大きな不安材料が見えてきました。
アラナに芽生えた不安
フレディの死体が燃える悪夢から目覚めるウィル。自分のしでかしたことが悪夢 として蘇ってくる程度には、ウィルの良心は残っているのですね。
フレディ殺害が明らかになり、ウィルを疑うアラナは早速、険悪な表情で彼を訪ねてきます。ウィルが犯人かどうかの押し問答の末に、
「ハンニバルが殺人犯だって言っても誰も信じなかったように、君が僕のことを犯人だって言いふらしても誰も信じないさ」と、これまでの恨みを吐き捨てるウィル。
「ハンニバルはあなたのためにならないわ。あなた方の関係は破滅的よ」と、いつも通り正論を押し通すアラナに
「ハンニバルは君のためになるの?彼は恐ろしい人間なんだって気づけよ。渡すものがある」と、やや暗鬱にウィルは言い返します。
短いけれども、重いシーン。第2シーズン序盤とは打って変わって、ウィルはアラナに、どこまでも冷たく弱みを見せません。アラナに信じてもらえなかった恨みはあるでしょう。でも、アラナから見れば、優しく傷つきやすいウィルは消えてしまい、冷たく頑固な男が残っているだけ。これがハンニバルのセラピーの成果ならば、ハンニバルはウィルを悪い人間に変えているだけ。2人揃えば殺人犯という疑いが、どんどん深まっていくようです。
ウィルが苦し気なのは、囮捜査をしていると明かせないからかとも思いましたが~~。
この後、「練習が必要だ」と言ってウィルがアラナに手渡したのは、保身用の銃。彼女を家に招き入れることもなく、目の前で扉を閉めてしまいます。
ハンニバルから身を守るように銃を渡すことで、アラナの不安は恐怖にまで高まります。ビヴァリーにハンニバルの捜査を依頼しながら、「彼に近づくな」と言ったことが逆効果になり、彼女が殺されてしまったことはウィルの記憶に新しいはず。彼女の見事な射撃の腕も、彼女を守ることはできなかった。
ハンニバルからの保身に銃など役に立たない。ウィルほどのプロファイラーなら分かっているはずです。
では、銃を渡すことに何の意味があるのか?アラナの疑念を銃と言う形で可視化することでハンニバルとアラナの分断を図り、アラナに真実を気づかせる。アラナの身の安全を犠牲にしても、真実を見せつけること、ではないでしょうか?
「自分が正しい」と証明することに対するウィルの身勝手な執念を察したシーンでした。
フレディの葬儀。埋葬に立ち会うアラナの前にウィルが現れます。
「被害者の葬儀に、殺害現場を訪れのは、殺人犯がよくあることだ」
「でも、あなたは殺人犯を見つけに来たようには見えないわ。参列者を見てないじゃない...」
「...僕の精神科医から、セラピー効果があるって言うから来ただけさ」
2人の言葉の応酬は続きます。まるで自分がフレディを殺害し、ハンニバルも事情を知っているかのような偽悪的な表現。やはり、ウィルはアラナの疑惑をハンニバルにも向けさせたいなのだと確信しました。
壊れてしまった"家族という夢"
ハンニバルの心療室で父親になる悩みを告白するウィル。
「命を奪うことばかり考えてたので... 命を生み出すことに脳が対応できない」
「父親になれば生物学的な変化が起こり、考え方も変わる」とハンニバルが語る安心材料に「殺人に対しても同じことを言ったでしょう」と、半信半疑のウィル。
「父親は殺人者にもなりうる。君はどんな父親になるのかね?」と、物憂げに問うハンニバル。いつもの謀反心でウィルに家庭を与えてしまいそうになり、後悔しているのでしょうか。「いい父親になれるかもしれない」と、からかうように答えるウィル。
「まだ存在もしてないものと、なんと急速に人は絆を築くものだろう」と言われて
「絆なんてありませんよ。ちょっと、期待してるだけです」と続けるウィル。
「我が子と関わりたいという、根深い欲求が我々にはある。この関りが、自分が何者であるか気づかせてくれるのだ」経験したような物言いのハンニバル。
「あなたは父親だったんですか?」ウィルが聞くと、思いにふけるようにハンニバルは答えます。
「私は妹の父親代わりだった。妹は私がどんな人間か教えてくれた。ミーシャという名前だった」
原作では、食糧難の冬に妹の死体を食べさせらたことで、人間性が狂ってしまったハンニバル。彼の人生を大きく変えたミーシャの名前が、TVシリーズに登場した瞬間でした。
「アビゲ―ルはミーシャを思い出させた」と述懐するハンニバルに「じゃあ、何故殺したんです?」と、追いすがるなウィル。
Hannibl:What happened to Abigail had to happen.
ハンニバル:アビゲールに起ったことは必然だった。
There was no other way.
避けようがなかった。
Will:There was. But there isn't now.
ウィル:他の手段があったでしょう。もう、どうにもならないけど。
ウィルはとても悲しそうです。第1シーズンに遡って考えると、この会話は重要なポイント。アビゲールのニコラス・ボイル殺害を隠ぺいし、彼女を容疑者と考えるFBIや世間の目から守っていたのはハンニバルでした。ウィルはアビゲールを現場に連れ出して殺人を暴き、アビゲールに危害を加えようとした。彼の単独行動がハンニバルを追い詰めたともいえるのに、ハンニバルを責めがちなウィル。なのでハンニバルは反撃します。
「生まれてくる子を守ることができるのか?アビゲールを守れなかったのに」と。
すると、ウィルは理屈を捨てて情に訴えてきます。
「今でもアビゲールの夢を見るんだ。彼女に釣りを教える夢を」
I'm sorry... I took that from you. Wish I could give it back.
すまない... 君の夢を奪ってしまって。返せるものなら返したい。
ハンニバルの眼が潤んでいます。初めてハンニバルがウィルに心から謝りました。
「So do I」おろおろと涙ぐんで、ウィルが答えます。なんと訳したらいいのでしょう?「元に戻れたらいいのに」だと思います。ハンニバルもウィルも、アビゲールを囲んで本当の家族になることを望んでいた。ウィルが欲しいのはマーゴとの子供ではなく、ハンニバルと幸せになる未来。その幸せをハンニバルが壊してしまった。だから、ハンニバルが許せないのだと、初めて気づいた瞬間です。
それでも、ウィルにとって心を許して弱さも脆さも剥き出しにできる相手はハンニバルだけ。愛も憎しみもハンニバルだけに集中しているのだと、再確認もしました。
そして、苦い表情のハンニバルの不思議な独白が...。
Occasionally, I drop a teacup to shatter on the floor. On purpose.
時々私は、床にティーカップを落として壊すんだ。わざとね。
I'm not satisfied when it doesn't gather itself up again.
壊れたティーカップが、自力で元に戻らないと満足できない。
Someday perhaps, a cup will come together.
多分、いつかは戻ることがあるかもしれない。
ここに、第1シーズンでアビゲールが落としたティーカップが元に戻る逆回しのシーンが入ります。アビゲールもウィルも、ハンニバルがわざと落としたティーカップ。自分で壊しておいて、何で自分以外を怒ることができるのか?自分に失望しているのか?
壊れてしまった家族の夢をどうやって取り戻すのだろう?と、この時は思いました。
破壊し創造するシヴァ神
夜の墓場。 埋葬されたフレディの死体が掘り起こされ、焼かれた腕を追加されて、4本の腕を持つヒンドゥー教の神シヴァのポーズで飾り付けられていいました。
派手なディスプレイから、「犯人は誰かの気を惹きたいのよ。ランドールとフレディの殺人犯は同一人物。両方の殺人に関連する人物はウィル」とアラナは鋭い洞察を巡らし、はぐらかすウィルにさらに彼そのものなプロファイリングを突き付けます。
「このサイコパスは長い間殺人ファンタジーを育んできて、自分をここまでにしたの。でなければ、誰かに育てあげられたの」
He has a benefactor who admires his destruction.
犯人には、彼の破壊を賛美するパトロンがいる。
Shiva is both destroyer and benefactor.
シヴァは破壊者でもあり、恵みの神でもある。
ウィルが殺人犯のはずと攻めてくるアラナに、ウィルはハンニバルという後ろ盾がいることを示唆したわけです。前話でハンニバルを囲むディナーをして以来、敵対心が露わになっている2人。まるで恋の鞘当てみたいな攻防です。
アラナも漸く気づきます。
Maybe Freddie's killer didn't do this... maybe his benefactor did.
(飾り付けは)犯人じゃなく... パトロンの仕業かも
It's a courtship.
これは求愛なのよ
「courtship=求愛」って、古臭い言葉ですね。古めかしい習慣なのです。例えば、ジェーン・オースティンの『高慢と偏見』など読んでますと、中流ベネット家のジェーンと貴族のビングリーは一目で惹かれ合うけれども、簡単に告白してデートなんてならず、舞踏会で踊ったり会食で語りあったりするばかり。ジェーンがビングリー邸に招かれて滞在することになっても2人きりになることはなく、常に家族の誰かが付添ってます。邪魔する人物がいるというのもあるんですけど、時間と手間をかけてお互いを知りビングリーは求婚する。この延々たるもどかしい過程がcourtshipなわけです。もどかしいほどの手間暇ってところが、『ハンニバル』のTVドラマと似てます。だからハンニバル版『高慢と偏見』みたいな2次創作をよくみかけます。もちろん、役どころはハンニバルが傲慢なダーシーでウィルが小賢しいリジーではありますが...
脱線してしまいまいたが、シヴァ神像はウィルとハンニバル、一体どちらの仕業なのか?ハンニバルの作品にしては雑なつくりなので、迷うところです。
ウィルだとしらたら、自分で壊したものが元に戻るなんて言ってるハンニバルへの嘲笑であり、ハンニバルが自分の後ろ盾だというアラナへの挑戦。
ハンニバルだとしたら、一度破壊し奪ったものをまた与えようという誓い。
どちらでしょう?どっちにしても求愛であることには変わりないですね。
再びハンニバルの心療室。いつもながらの破壊と再生の哲学を説くハンニバル。
「あらゆる創造の行為は破壊的結果ももたらすのだ、ウィル。シヴァは破壊と創造の神だ。昨日の君は捨て去られても、今日のあるべき君として立ち上がる」
「その犠牲として、どれだけの嘘が必要なのです?どれだけの良心が荒廃するのですか?」と、ウィルが問い返すと「必要なだけ」と酷薄な答えが戻ってきます。
「あなたはアビゲールを犠牲にした。僕と同じくらい彼女を大切にしてたのに」と、ウィルが責めると、
「多分、君以上だ」辛そうなハンニバル。ミーシャの代わりだと思っていたのは、嘘ではないようです。とはいえ、すぐに哲学論議に戻ります。
「だが、神はどれほどの犠牲を払ってきただろう?」
「あなたは、一体何の神に祈りを捧げるんですか?」ウィルは今にも崩れそうです。
「私は祈らない。私は神々など考慮しない。私の慎ましい行為が、神々のものに比べるとどれほど蒼ざめているかと認識する時以外はね」
ハンニバル特有の"残酷な神"という哲学にウィルはついていけません。
「僕は祈ってますよ。もう一度アビゲールに会いたいって」眼を潤ませ、泣きそうで言葉につまるウィルに、ハンニバルの硬質な心も揺らぎます。
Well, your prayer did not go entirely unanswered.
そうだな。君の祈りも全く応えてもらえないわけではなかった。
You saw part of her. Will...
彼女の一部は見ただろう、ウィル。
should the universe contract,
もし宇宙が縮み
should time reverse and teacups come together...
時が逆転し、壊れたティーカップが元に戻ったら
a place could be made for Abigail in your world.
君の世界にアビゲールの居場所もできるだろう。
ハンニバルは真摯に語っていますが、普通に考えると、何とも残酷で非常識な発言。「彼女の一部」というのはウィルがハンニバルに飲み込まされたアビゲールの耳でしょう。
3~4行目以降は量子力学からみた時間反転の理論。理論として成立する概念が現実に可能なら、アビゲールも戻ってくるということかと、この時はアタシも考えてました。
「そんな世界がどこにあるんです?」非常識オヤジに諦めたように、ウィルは涙ぐんで呟きます。
「ウィル、君は子供を亡くしたが、またひとり授かろうとしているではないか?神は、果てしなく放埓な悪意を持ち、その皮肉に並ぶものはない」まるで、ウィルの素朴な幸福への願いを嘲弄するようなハンニバル。
この時、心療室に6本の腕を持つ巨大なシヴァ神像が出現します。
人の理屈が通じない破壊と創造の神と話しているような、ウィルの心象風景なのか?それとも、ハンニバルという神が時間反転の荒業をなしとげるということなのか?
ここも迷うイメージでした。墓場のシヴァ神像はどちらの仕業なのか?わからないままです。
メイスンの反撃
ヴァ―ジャー邸の厩舎でマーゴを捕まえたメイスン。まるで妊娠に気づいているかのように、彼女の血色の良さを誉めます。
マーゴの髪を引っ張って痛めつけながら、自分の子種による相続人づくりを考えている、それはマーゴにとっても相続人だと、近親相姦での妊娠に対する希望をほのめかすようなことを言う。そして、マーゴの「秘密は何か」と探りを入れてきます。
メイスンに妊娠を悟られた恐怖で震えるマーゴ。
ハンニバルの心療室。養豚フェアで、脂肪の厚みを図るために豚にナイフを突き刺して歩いた父親の思い出を自慢げに語るメイスン。
「養豚フェアは豚の幸福に対する配慮を見せるためにあるのでは?」と、尋ねるハンニバルに「そんな配慮があったら豚を食べたりしない」と言い返すメイスン。
「マーゴへの幸福は?」という質問には「あいつの面の皮の厚さを測るにも、ナイフを突き刺す必要がある。...マーゴが僕を刺そうとしたから、僕だってダメージを与えるさ」と、人でなしな発言。
「男の相続人って遺言の抜け穴を、よく探したもんだ。...でも、僕にだって知恵がある。マーゴが妊娠してないとしても、すぐするさ。あいつはしつこいんだ」と、なんとも不穏な発言をするメイスン。
「いずれにしても、ヴァ―ジャー家を継ぐ相続人ではないか」と諫める、抜け穴をみつけた張本人のハンニバルに
「死ぬ間際にしか、相続人は必要ないね」と言いきる悪意に満ちたメイスン。彼が、マーゴの妊娠を阻むのにどんな手を打ってくるのか?実に恐ろしくなりました。
アラナの暴走とフレディの真実
ウィルから自分の判断とは違う事実を信じるよう強制されて、パラノイアになりそうとハンニバルに嘆くアラナに、ハンニバルは言います。
We'll never really be alone, will we?
私たちは2人きりになれそうもないね。
He'll always be in the room.
この部屋には、ウィルがいつも一緒にいる。
アラナは自分たちの恋愛の悩みを話にきたのではありません。ウィルとハンニバルが殺人犯であることを危惧しているのです。でもいつも通り、ハンニバルはアラナの質問を恋愛問題へとはぐらかします。
とはいえ、蘊蓄深い言葉です。ハンニバルとアラナとウィルの三角関係。通常の考えからすると、ウィルが思いを寄せるアラナをハンニバルが取ったことになる。でも、ハンニバルはアラナに恋しているわけではない。第6話で見たように、アリバイ用の駒として使っていました。
さらに注意深く見ると、ハンニバルとアラナは失ったウィルのことを語るために一緒にいたようにも思えます。
前話にあったように、ハンニバルとアラナが情を交わしていても、ウィルの想像力はその場に入り込んでくる。加えて、ウィルとアラナがハンニバルを取り合っているように見える。なんとも込み入った三角関係。
医師と患者の範疇を越えたハンニバルとウィルの奇妙な間柄に悩むアラナはついに、「あなたのセラピーでウィルは返って悪くなっている」と、本人に告白します。
「私の治療を疑うのかね?」と聞かれて、「もう何かも疑問なの。何もかもがぼんやりして主観的に見えるの。自分が空虚に感じるわ」とも言います。
長い友人関係を経て恋人付き合いを始めた相手が殺人犯だと、別の殺人犯のパトロンだと言われ、2人の親密さをいつも見せつけられている。精神科医として、プロファイラーとして、女性として、あらゆる自信が揺らいでいるのでしょう。
おまけに、愛撫でアラナの気持ちを紛らわそうとしたハンニバルに、手の甲に残った射撃練習の発射残渣を嗅ぎつけられ、ハンニバルを疑い始めたことも悟られてしまします。
心理的に追い詰められたアラナは、FBIのジャックに怒りをぶつけます。
「馬鹿にしないで。あなたは嘘をついてる。ウィルもハンニバルもあなたも、皆嘘をついてる。2人はあなたに嘘をついてるわ。嘘はやめてちょうだい」
ウィルとハンニバルが冷ややかな嘘つきで、話すほど謎が深まることに気づいてしまったアラナは、ガチンコ勝負で生きてきたジャックに賭けたのでしょう。
誤魔化しが効かないと悟ったジャックは、アラナを庁舎の一室に導きます。そこには、元気なフレディの姿がありました。
フレディ殺害の疑似餌で、ハンニバルの切り裂き魔としての動かぬ証拠をジャックとウィルが押さえようとしている事実が判明します。
なのですが、ハンニバルへの愛憎で泥沼にはまろうとしているウィルがまともに機能するのか?視聴者の疑念は、まだ残っています。
卵巣・子宮摘出手術とウィルの企み
妊娠がバレて身の危険を感じたマーゴは深夜、ヴァ―ジャー邸から車で逃げだそうとします。ところが、メイスンが雇うカルロが乗る車に追突され、気が付いたら病院と思しき場所の手術台の上。
覗き込むメイスンに気づいて、マーゴの大きな眼が恐怖に見開かれます。
「可愛そうなマーゴ。お前は勝てないよ。この誘惑を取り除かないといけないね。君の女性としての部分には問題があるそうだ。...医者から全部切除した方がいいと言われたよ」
メイスンが卵巣と子宮の摘出手術をしよとしていることに気づいたマーゴは、無言で涙を流しします。それを、いつも通り掬いとるメイスン。
メイスンの病みっぷりにゾッとし、卑怯さに腹のそこから憎しみが湧いてきた視聴者のアタシ。呪ってやる!くらい、思いましたね。
病室で眠るマーゴを見つめるウィル。
殊勝な様子で病床を訪れるハンニバル。彼に気づいて無言で立ち去るウィル。
アビゲールを奪われて、その代わりに赤子を授かるという機会を与えられ、また奪われたウィル。多分、彼はハンニバルがメイスンを唆したと気づいている。だから口もききたくない。
様々な手駒を刺激して遊んでいたら、マーゴがメイスンに徹底的に痛めつけられ、ウィルも傷つけてしいまった。メイスンの残虐性を軽く見過ぎていたと、反省している様子のハンニバル。その気持ち、ウィルには通じていないようです。
ヴァ―ジャー邸の外でカルロを襲撃、夜の養豚場で、例の音楽を聴きながらくつろぐメイスンの前にウィルが立ちはだかります。
「赤ん坊のパパ登場か。葉巻の用意がなくてすまないね」と命を奪っておきながら、悪ふざけをするメイスンをウィルがパンチします。
自分では喧嘩もできないメイスン。カルロの名を呼んで、救けを求めますが誰も来ない。人食い豚の鉄さくに追い詰められて、敵討ちで殺されてしまうのかと思ったら、大違い。ウィルは耳元で囁きます。
「相続人を産むのがマーゴの考えだったと思ってるのか?彼女からそれを取り上げるのが自分の考えだったと思ってるのか?ここに来て君を殺すのが僕の考えだと?
君と君の妹と僕に共通してるのは、あの精神科医だけだって気づかないのか?」
なるほど、ウィルの言う通りです。3人はハンニバルに心理操作されてこうなった。
「2度と嘘はつかない」と約束し、親身に相談にのるフリををしながら、またも自分を弄び、運命を踏みにじったハンニバルが許せないのですね。
だから、残酷なメイスンを利用してハンニバルを殺させようとしている。とはいえ、ウィルの復讐心はマーゴと未来の子供のために燃え上がっているのではない様子。
結局、彼の考えを締めるのは、愛するも憎むもハンニバル。そんなに執着してる相手が殺せるのかしら?と、ちょっとあきれた視聴者でした。