エンタメ 千一夜物語

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ラ・バヤデールが世に解き放たれた瞬間 全幕動画付き コムレワ、テレホワ

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バレエ好きの方とおしゃべりすると、『白鳥の湖』とか『くるみ割り人形』とかの話になることが多いですね。チャイコフスキー作曲だし、世界中で上演されてるし...。でも、ロシアバレエ好きからするといろんなバレエ団の垢がつきすぎて、一番好きからは遠くなってる演目。一番好きなのは『ラ・バヤデール』って言われると、アタシもアタシも!って、本当にウレシクなります。VGTRKの公式動画があるので、是非、ご覧いただきたいかと。

 

 

  

ロシアの真珠とツイスカリーゼは言った

『ラ・バヤデール(ロシア語ではバヤデルカ)』には、なぜ外部の色んな垢がつききってていないのか?

それは、1940年代のリバイバル以降20世紀の後半までキーロフ/マリインスキー劇場でしか上演されない演目だったからなのです。マリウス・プティパによるグランドバレエの傑作なのに、ボリショイですら1990年代まで上演されなかったんですね。

※1940年前の経緯とかはこちらに

最近、youtubeにニコライ・ツィスカリーゼ校長先生(ワガノワバレエ学校の校長です)のチャンネルができて、いろんなバレエ演目にまつわるお話されてますが~~

アタシとお同じで「バヤデルカが一番好き!バヤデルカこそはロシアの真珠」っておっしゃる校長先生も、上の動画がTV放送されるまでバヤデルカを見たことがなかったんだそうな。

 つまり、上の動画で初めてバヤデルカはキーロフ劇場の外に解き放たれたわけです。

「もう、めちゃめちゃ綺麗だったあ」みたいに、校長先生は感激されたのだそうです。

ボリショイ出身なので、ボリショイ話が好きな校長先生も『バヤデルカ』の冒頭だけは、上の動画絶賛でした。

 

なんで他の劇場で上演されなかったのか?主役バレリーナが2人必要な上に大スペクタクルで、少なくとも32人の女性群舞と3人のスペシャルなソリストに加えて、とんでもなく民族舞踊が得意な踊り手も必要になるという、バレエ団としての基礎体力が問われる作品だから。っていうのが大きいでしょう。

なので、20世紀の頭にバレエ・リュスが西洋で公演した時にも持っていけるはずもなく、西洋人はその内容さえ知らなかったと。

ナタリア・マカロワとかルドルフ・ヌレエフとかキーロフの踊り手が西洋に亡命したり、ペレストロイカでソビエトから助っ人を呼んででこられるようになって初めて、西洋でも上演可能になったのですね。

 

ボリショイはなんでやらなかったのか?共産党のプロパガンダになる内容でもないし、 西洋で知られてない演目で外貨稼ぎにならない上に、大人数のリハーサルに大変な手間暇がかかるからでしょうか?

 

とにかく、長年『バヤデルカ』ばかりはキーロフの真似をするしかなかった。ということで、この演目の特異性がイメージ付けられたと言えるのではないでしょうか。

 

『ラ・バヤデール』をご存じの方は、こんな古い動画に価値があるの?って疑問に思われるかもしれません。

でも、ソビエトバレエ黄金期の演技の濃さと、小型バレリーナのスピード感、未だに追いつけない技量を持つタチアナ・テレホワ様が見れるって、モノッすごく価値があることだと確信しています。

 

間違いだらけな『ラ・バヤデール』

幻想のインド、帝政時代のロシア人が空想するインドですから、もう、間違いだらけであることは確かです。

良識ある方なら、幕開けからぶっ飛ばれるかと...。火を祭っているから拝火教の寺院だと思うのですが、黄金の仏像も飾られてるし。舞台背景からして無茶苦茶なんです。

 

戦士のソロルがこの寺院のバヤデール(踊り子)ニキヤと恋仲で将来を誓い合っているって設定ですが、これもヘン。現実には寺院の踊り子って、カースト外の娼婦

※インドのカーストっていう身分制度は最上層をブラフミン(司祭・僧侶階級)とし、順にクシャトリア(王侯・戦士階級)、ヴァイシャ(商人・市民階級)、シュードラ(農民・労働者階級)の社会階層で構成され、それ以下をカースト外とします。カースト外の人々は不浄とされる職業に世襲でつくしかない過酷な環境を強制されていました。

寺院売春て現在のインドで大変な問題になっていますが、ニキヤはそういう境遇の女性。大変な階級差別の底辺で生きる彼女が、クシャトリアの妻になるなんてありえなかったわけです。

一方、当時のロシア帝国では帝室バレエ団の踊り手たちは、貴族方の愛人候補ではあったわけですが~~

ニキヤを演じたマチルダ・クシェシンスカヤなんて、ニコライ2世の愛人からアンドレイ・ウラジーミロヴィチ大公の妻に収まるみたいに、栄華を極めた女性だから娼婦なんて絶対受け付けないでしょう。なので、ツィスカリーゼ校長に言わせると、「火の女神ウェスタに仕える乙女みたいな立場になった」のだということです。

 

仏像が踊ったり、同じインディアンでもネイティブアメリカンの踊りみたいなのも入って、勘違いが極まりきっているんですが、

深くキビシイ女たちの情念が絶妙に描かれているので、流れに乗ったらハマりきる作品になっているのですね。

 

 

第1幕1場  拝火教寺院にて

戦士たちを引き連れた虎狩から戻ったソロル(怪我上がりでコロコロなレジン・アブディフ)は家来にニキヤとの逢引の段取りを取るように言いつけて去ります。

寺院から、僧たちを引き連れて大僧正(最近亡くなった伝説のコーチ、ゲンナジー・セリュツキー師匠の演技力が光ります)が現れ~~

続いて登場する8人のトップランクのバヤデールたちが、聖なる火に踊りを捧げます。いかにもウェスタの巫女らしい、初々しい可愛らしさの中にほのかな色香が漂う群舞。この滑らかなでありながら不自由な我が身をかすかに嘆くように物憂げな動きがバヤデールのキモと確信していいるアタシです。

ニキヤに横恋慕している大僧正は、一番の踊り手ニキヤがいないことに気づいて呼び出します。

ここで、ニキヤの貞操を案じるソロルの召使い と行者たちの踊り。

 

曲調が悲し気に変わって、ニキヤのエントランス。演じるのは往年の名花にして名コーチのガブリエラ・コムレワ師匠。現代のバレリーナに比べると、背が低くてズングリした印象で身体もメチャ柔軟ではないのですが、2回転入りグランフェッテのパイオニアというコムレワ師匠、スピードある技術力の持ち主なうえ、情念が濃い~~!

顔を覆っていたベールを取り払ったときの、誇り高さと思いつめたような表情。勝気なニキヤや可哀そうっぱなしのニキヤ、いろんなニキヤを見てきましたが、やっぱり凛としたニキヤが一番納得できます。

聖なる火に捧げる踊りにも、身分違いの恋の切なさ、横恋慕される不安と苦しさが、ジワ~っと詰まって素晴らしい!

募る恋心にニキヤを抱きしめて、受け入れてくれたら寺院の女神ともしようと血迷う大僧正を、「お立場をわきまえて」と毅然と拒絶するニキヤ。大僧正の召使にすぎないニキヤを守るのは毅然とした、譲らない誇りだけ。強い思いが伝わります。

疲れた行者たちに水を与えるニキヤにソロルの召使は、逢引の算段を伝えます。

 

予定通り、水を汲みにきたフリをするニキヤの不安な気持ちをこめたソロ。

ついにやってきたソロルと、恋する歓びが爆発するようなデュエット。早くてキラキラした回転が、はやる気持ちを盛り上げ、聖なる火にかけて結婚の誓いをするソロル

幸せいっぱいの2人を盗み見、ソロルを抹殺すべく謀りごとを巡らす大僧正。

波乱の予感で終わる1幕1場です。

 

第1幕2場 ラジャの宮殿

煌びやかな宮殿。ラジャに呼ばれたバヤデールたちによる「d'jampeジャンぺ」の踊りが始まります。jampeを調べると、インドネシアの言葉でおまじない的な意味みたいなのですが、明確な意味を知ってる方がいらしたらご教授ください。

哀愁を帯びた曲に載ってサリーの端を持ってるような6人の群舞、曲調が変わると2人のドゥミ・ソロイストが出てきます。ここでは、マリインスキーならではなアールヌーボーの唐草文様のような美しさを堪能するアタシです。

 

ラジャは娘ガムザッティとソロルの縁組を望んで、2人を引き合わせます。

ガムザッティを演じるのは、現在はアリーナ・ソーモワなどをコーチする、アタシも大好きなタチアナ・テレホワ様。クラスではピルエット4~5回転は軽くキメ、大きなジャンプもバットゥリー(細かく足を打ち付ける技)も抜群、できないことはないと言われた超技巧派!『ジゼル』ミルタ役の連続アントルシャシス『ダイアナとアクテオン』ヴァリエーションの大回転シーケンスとか、未だに超える人がいない歴史的快挙と思っております。

お芝居も上手い!この撮影時在団8年目で油が乗り切ったテレホワ様は、凄い存在感冷たい美貌で乙女らしさと傲慢さを同時に漂わせるところが、ザ・ガムザッティ

台本だとソロルはガムザッティの美貌に心動かされってなってるんですけど、このソロルは浮かない顔。断ることもできない、ただのヘタレね。

 

婚約を祝する舞姫として呼ばれたのはニキヤ。今の踊り方から見ると、ギョッとするようなクネクネ度が足りないかも…
退屈そうなガムザッティや、隠れて半ヅラのぞかせてるソロルの卑怯っぷりがおもろいかと。

 

ソロルを成敗してくれようみたいな気になって、ニキヤとの仲をラジャに言いつけに来る大僧正。相手にされされず追い返されるときにニキヤが身に着けていたヴェールを拾って、頬ずりしながら持ち去るのがキモい~~~。

 

ここからが、アタシの大好きなガムザッティvsニキヤのガチバトル!

 恋に恋する乙女のガムザッティは、大僧正の告げ口を盗み聞いて不安になりニキヤを呼び出します。ニキヤの美しさにショックを受けて、真珠やダイヤを与えて懐柔しようとしますが、ニキヤはやんわり断ります。

この宮殿もソロルさまもアタシのもの。私たちは結婚するのよ。お前なんかは水汲み奴隷の分際、お下がり、お下がり!」とニキヤを突き飛ばすガムザッティ

冗談じゃない。ソロル様と私は神かけて結婚を誓った仲。引き離せるものか!」と突っぱねるニキヤ

お願い、諦めて!欲しいものならなんでもあげるから」と、追いすがるガムザッティ。逃げる退路を塞がれたニキヤは逆上してガムザッティを刺し殺そうとします。怒りに燃えて復讐を誓うガムザッティ。

女と女の意地をかけた激突。マイムだけなのに、ため息や緊迫したセリフ、叫び声なぞが聞こえてくるような名場面。コムレワ師匠とテレホワ様の芸を堪能しきるシーンであります。

 

第2幕  ガムザッティとソロルの結婚式

輿に載ったラジャ親子に続いて、張りぼての象に乗ったソロルとか、金の大仏君とか、ネイティブアメリカンみたいな一団とか、ぬいぐるみの虎とか、かなり珍妙な行列が続いて笑っちゃうんですけど、ここからバレエ史上でもゴージャスといえる結婚式の始まり、始まり。

さまざまな階級のバヤデールたちが登場するって、台本には書いてあるんですけど、今はその呼称を使ってないので、慣用的な呼び方でご紹介。

まず、12人の扇の踊り子たちと従者やブラックフェイスみたいな豹の子どもたちが絡む群舞があり、12人のオウムを持った踊り子たちの群舞があり、4人の小さなバヤデールたちの可憐な踊りが入り、黄金の偶像(仏像にみえるんですけど)の勇壮なソロがあり、マヌの水瓶の踊りがあり、ネイティブアメリカンみたいな太鼓の踊りとビキニ姿の美女が出てくるインディアンダンスがあり。小さなバヤデール以外は民族舞踊の饗宴。

黄金の偶像は若手ヴィルツオーゾの登竜門。熊川哲也さんがロイヤルに入団した時、この役で大喝采をあびてましたね。
マリインスキーでは、インディアンダンスで会場が一気に熱くなります。最近ではアナスタシア・ペチュシュコワさんという名手がいて、彼女が出てくると割れんばかりの拍手とブラボーの嵐に!

と、ここまでが前座部門。

 

ここで音楽がはんなり系に変わり4人のグランパガールズが登場して、一気に純クラシックな世界に突入。

このグランパの導入部はマリインスキースタイルをよく表していると思います。ゆったりしたテンポなんですが、小さなロンデジャンとか繋ぎのステップがメチャ速く、緩急が自在。よそでは、こうにはなりません。

ここで、大好きなテレホワ様がソロルと登場。最初に決めてくるアントルラセが凄いですね。進行方向ではなく観客側に顔を向けて、なおかつ首を色っぽく傾斜させるマリンスキースタイルの真骨頂飛距離も高さも男性と遜色ないし、直後の回転も速くてブレないし、もう、シビレます!

ゆったりと始まるアダジオ。高慢で、ちょっとソロルに挑むような感じが独特のテレホワ様です。ガンガンにリフトが入って、アラベスクやアティテュードでもぶん回され続けてるのに、ポジションも軸もブレない素晴らしさ。フィンガーターンも軽く3回転してるし、最後にしっかりプレパレーションしてキメルピルエットは6回転ですか?速すぎてコマ回しみたいになってますう!もう、拍手が止まりません。グランパの途中のアダジオで拍手が止まらないっあまりないですが、テレホワ様だとこうなることが多かったですねえ。懐かしい...

小さなバヤデールの踊りが入って、ソロルのヴァリエーション。これは語るべきこともないからほっときます。

次に来るのが、コンクールでものお馴染みのガムザッティのヴァリエーション左右とも高いカブリオーレが入って、盤石のアティテュード2回転があって、最後のダイアゴナルはピケターン2回転連続って技をこなしてピタッと止まる。さらにジャンプにはガムザッティらしい威圧感があって、誇らしげ。文句なしの名人芸、またまた拍手とブラボーが止まりません。

扇の踊り手もオウムの踊り手も小さなバヤデールたちも全員総出のコーダはガムザッティだけ。高速イタリアンフェッテからグランフェッテにしかもダブル回転を入れてはいるというスゴ技。テレホワ様って怪物!

これで幕が降りちゃっても全然かまわない満足感ですぅ~~

 

この後に、裏切られたニキヤの悲しみのモノローグがあるんですけど、テレホワ様のアンコールが長すぎたのか、ニキヤのエントランスが吹っ飛んでます。テレホワという怪物に芸で打ち勝たなくてはならないコムレワ師匠、大変です。

2014年にヴィクトリア・テリョーシキナ主演の『ラ・バヤデール』DVDが発売されましたが、ガムザッティが大味なアナスタシア・マトヴィエンコなのでニキヤがウッチャリ楽勝でした。こういうのつまりません。ガムザッティがオレシア・ノヴィコワだった時、2人が燃え上がって凄いレベルの舞台になりましたが、そういう頂上対決を見たいんですね。ケチくさいキャスティングはやめてもらいたいです。

 

で、この『ラ・バヤデール』は、まさに頂上対決!

コムレワ師匠、至芸です!

今のバレリーナみたいに極端に柔軟に足が上がったりしません。その変わり、一つ一つのポジションがブレずに安定しています。なんて分析してるのが申し訳なくなるような極め付きの演技。

もう、トゥシューズを履いてバレエを踊ってるっていうよりも、ソロルの裏切りに打ちのめされたニキヤを舞台の上で生きてるんですね。ポーズをキメルごとに微妙な感情の揺らぎが伝わります。時には打ちひしがれ、時には天を仰ぎ、届かぬ思いに身をよじり、倒れそうになるの必死でこらえ、なんとか舞姫としての誇りを保とうとしているようです。

届けられた花籠がソロルからの贈り物だと思ったニキヤが見せる、一瞬の喜びと希望。それが激しい苦悩に変わっていく"花籠の踊り"の素晴らしさ。

花籠の踊りは歓びを表現してと指導されるコーチもおられますが、贈り物の喜びは一瞬、かなわない恋であることは自明なのでより辛くなるのがリアリズムだとアタシは思います。

実はこの花籠、ラジャ親子の企みで毒蛇が仕込まれています。咬まれた瞬間の驚愕、ラジャ親子を呪う様子、サイレント映画のように迫力ある表情に呑まれるアタシです。

大僧正が解毒薬を差し出しますが、それを受け取ったら彼の妾として生きていくしかない。薬瓶を決然と捨て死を選ぶニキヤでした。

 

7分余りのモノローグに圧倒的なドラマが詰まっている。これも『ラ・バヤデール』の醍醐ですかと。

 

観客も大満足。まだ第3幕があるのに、延々とカーテンコールが続きます。

 

第3幕 影の王国

愛するニキヤを死なせてしまった後悔に苛まれて阿片の夢に逃れるソロルを、今は亡きニキヤの影が訪れます。

と、これまでの民族舞踊とガムザッティの厳格な純クラシックから離れて、ここからは超ロマンチックなホワイトバレエが展開します。これでもかこれでもかと様々なバレエスタイルと見せ場がミシミシに詰め込まれているのも『ラ・バヤデール』ならではの魅力

 

最初に登場するのは、"影の行進"と称される32人の群舞。見捨てられて亡くなった踊り子たちの霊と言われていますが、シフォンの腕飾りが阿片の煙のように漂います。

パンシェアラベスクから2歩でエファセ(脚が交錯しない斜め位置)にポーズをキメる。とても単純なフリが延々と繰り返されるだけで、幽玄の極みが表現されてしまうので、バレエ史上でも屈指の荘厳さを誇ると言われているシーン。

鋭角的な突っ立ちとかない、曲線に曲線を重ねていくキーロフマリインスキー)様式の真骨頂。

"影の行進"の儚く脆い夢が揺蕩うような美しさを初めて見た時は、アタシも感動して言葉も出ませんでした。群舞だけの踊りに盛大な拍手とブラボーが贈られる珍しい演目。マリインスキーバレエのシグニチャーといっても過言ではないかと...

実はアタシ、最初に現れる影の踊り手がこの幕の裏主役と思っております。この踊り手に後続の31人がすべての間を合わせるわけですから、はかなく見える雰囲気も必要ですし、正確かつ揺るがぬポジションとタイミングが要求されるお役。この人がコケたり、メリハリが欠けていたりすると、影の王国の雰囲気が出てこないのですね。

ここ20年近くはスヴェトラーナ・イワノワさんというコリフェがこの重責を立派に果たしてくれていましたが、彼女は今シーズンからワガノワバレエ学校での指導に専念することになり引退を余儀なくされ...。

これからの”影の行進"の出来が心配です。

 

続くのは3人のソロイストを中心に、ジャンプ中心なのにメチャはんなりな影のワルツ。

 

で、やっとソロルに伴なわれたニキヤのエントランス。ここからは格調高く踊りまくらなくてはならない、ニキヤ本領発揮の場となります。

ここでは、黄泉の国から思いを残して戻ってきた風情のニキヤです。

肉付きのいい昔の男性は力持ち。片手でするジャンプのサポートなどもしっかりしてます。でも飛べないコムレワ師匠。撮影時の1977年、もう40歳近いですから...。男性が存在を主張しすぎず、抑えた芝居でプリマ様を引き立ててくれるところもいいですね。

 

続くアダジオ。師匠はパンシェアラベスクの角度も控えめ、余分なデヴェロペなどを避けて体力消耗しないような方向の振り付けを選んでますね。
台本を読むと、「あたしは清いまま死んだのよ。 あなたも誓いを守らないと神の逆鱗に触れるわ」的な呪言が並んでいるんですけど、そういう峻厳な雰囲気が伝わってきます。大女優ですねえ

 

そして、3人の影のヴァリエーションはそれぞれが職人芸的に完成されてます。

第1の影、素晴らしいスピードでポワント走りしてるし、アラベスクポワントでどクリーンに2回ソテ(跳ねる)してるし。これを見るだけでも価値があります。これはブラボーきますね。

第2の影はミッドテンポですが、後乗りで高いカブリオーレ(ジャンプして空中で足を打って片脚を上げる技)して、ちょっと引きずるような音取りにしていくのがポイント。けっこう難しいです。これを淀みなくこなして、またブラボー

第3の影はアダジオの花エカルテもピタッと決まってるし、アサンブレもダブルでメチャ明晰。バロネからの方向転換もスムーズで、もうお手本そのもの。女王のような品格もあって~~。また大ブラボー

なんてか、今どきの踊り手の皆さまにも、この方々をジックリ見て努力して欲しいと真剣に思います

 

そして、ニキヤの正念場"スカーフのヴァリエーション"。手具操作が入るので大変です。上半身を前に被せる感じの前アティテュードからフェッテ(脚を上げてしなわせるように方向転換すること)して、後ろのアティテュードでポーズする。ガタガタしがちな導入部を格調高くシメておられます。スカーフを使いながらの回転も、スカーフの動きまで美しく滑らか。ソロルに気持ちが寄り添っていくのが見えますねえ。ソロルはスカーフでいっぱいいっぱいで、師匠に応えていない。残念だなあ...

ここからが超難関の、アントルラセしてダブルピルエットからアラベスクに降りる技。アカン。ピルエットの最後でキッチリ正面に止まれないから粘りがきかず、アラベスクが流れてしまいました。でも、ここがピシッと決まる人自体が少ないんですね。少し前までキーロフの大スターだったロパートキナも、これが決まらず、いつもハラハラしたものです。

この後は万全ですが、ブラボーは来ない。昔の観客の皆さまは、目が肥えてましたねえ。

 

影の王国はコーダもゴージャスで、エネルギッシュ!
まずは、3人のコリフェと32人の群舞総出導入部があり、コムレワ師匠の高速アントルシャ付きでソロルがニキヤをリフトするシーケンスがあり、ニキヤのアントルラセがあり、おまけみたいなソロルのヴァリエーションがあり、群舞が花びらが散るように舞い、ニキヤの速い速いバスクターンで絶好調に盛り上がり~~

ソロルと和解したニキヤの勝利のポーズでピタっと終わるという、超カタルシスなエンディング

 

消えた第4幕

なんですけど、ガムザッティとラジャの親子はどうなっちゃたの?という疑問が湧くと思います。

実は、『ラ・バヤデール』は4幕構成で、最後の幕にガムザッティとソロルの結婚式があり、怒れるニキヤの霊が現れて寺院を破壊、ラジャ一族を皆殺しにして終わるというのが、本来の物語

1940年代にワフタン・チャブキアーニが改定復刻した時に、第4幕の結婚式のグランパを第2幕に持っていき、第4幕をなくして影の王国で終了する形にしたのですね。

 

2000年にセルゲイ・ヴィカーレフがプチパ版を完全復刻したのを見ましたが、第3幕の勝利のポーズは第4幕で復讐を果たしたニキヤがキメるポーズだったのです。

 

こちらの物語の方が理にかなっているのですが、ニキヤの霊が絡んだグランパが今一つ盛り上がらず、拍子抜けするエンディングになっておりました。

 

ということで、またソビエト時代の3幕仕立てに戻ってしまいました。

 

そして、ソビエト時代のキーロフ黄金期を知る方々は、今の踊り手はドライすぎて味わいがなくなったと嘆きます。

体操みたいな技が多くなったり、踊り手の背が高くなり柔軟性がました代わりに全体にスピードダウンしたり、粘りつくような情念や匂いが消えてきて、ミネラルウォーターで薄めたコニャックみたいになってきた現代のロシアバレエ

この『ラ・バヤデール』を見ると、昔を惜しむ気持ちがよく分かります

 

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