前話の、死体を縫い合わせて瞳のような絵図を創る殺人鬼を巡る捜査の続きとなる本編。モーリス・ベジャールがベートヴェンの交響曲第9番に振り付けた名作上演のドキュメンタリー『ダンシング・ベートーヴェン』冒頭に出てくるカタリ派の教義「世界には善と悪 2つの創造主がいる。神と悪魔だ。そして現世は悪に支配された悪魔の王国である」が、不思議と思い起こされる内容でした。
※「普通こんな会話しないよね」なセリフやアートすぎなイメージや音楽も、回が進むほどに重要な意味を持ってくるので、詳しく掘ってます。
- 痛い~~~
- ウィル・グレアムの涙という揺さぶり
- FBIと犯人を弄ぶハンニバル
- One of these things is not like the other
- 生贄としての自分を見るウィル
- ケイド・プラーネルの駆け引き
- べデリアの駆け引き
痛い~~~
さまざまな肌色をした裸の死体を並べて描いた巨大な瞳の壁画のようなもののど真ん中、瞳孔の部分に縫い付けられた黒人青年は、注入されていたヘロインによる昏睡から覚醒。シリコンで覆われて、隣の死体と縫合された皮膚をベリベリと引きはがして逃亡を試みる。
これまでに合計14話、グロい死体を見続けてきた視聴者は、視覚的にはかなり残酷なれしてきてます。だから、死体のショッカー効果は薄れてきています。
ところが、今回は生きてる人間が自分の皮膚を引きちぎる。痛い~~と、痛覚が刺激されてしまうのですね。かなりショックです。
「若者、頑張って逃げろよ」と祈っているのですが、気づいた犯人に追われて崖から落ちて岩盤に激突して死んでしまう。今まで助かりそうな被害者も見てこなかったので、これまたショック。
視聴者を新しい刺激でゾワゾワさせる製作者ブライアン・フラーの駆け引き、まずはこれがお見事。
ウィル・グレアムの涙という揺さぶり
檻のような面会房で、ウィルは自信なげな、悲しそうな様子でハンニバルとアラナを迎えます。
あくまでもFBIの精神科医として鷹のように鋭い視線で観察するアラナ。やや辛そうなハンニバル。ウィルの視線はさ迷っていて、ハンニバルに話しかけるときしか視線を合わせないので、アラナの語りを無視すると、こんな話をしています。
Will:I've lost the plot. I'm the unreliable narrator of my own story.
ウィル:もう、筋書が見えないんだ。僕は自分の物語の信用ならない語り手なんだ。
I'm afraid to see. I don't know who I am anymore and I'm afraid.
見るのが怖い。自分が誰だかもう分からない。
I don't know what's worse.
どっちのほうが酷いことなのか分からないんだ。
Believing I did it or believing you did it... and did this to me.
自分が殺ったと信じるのと、あなたが殺って僕に罪を擦り付けたって信じるのと…
I felt so betrayed by you. All that felt real to me was the betrayal.
物凄く裏切られた気分だ。リアルに感じらるのは裏切りだけだ。
I trusted you. I needed to trust you.
あなたを信じてた。あなたを信じる必要があった。
HANNIBAL: You can trust me.
ハンニバル:私を信じなさい。
Will:I'm... very confused.
ウィル:何がなんだか分からないよ。
HANNIBAL:Will, Let us help you, Let me help you.
ハンニバル:ウィル、私たちに、私に、君を助けさせてくれ。
WILL:I need your help.
ウィル:あなたの助けが必要なんだ。
最後の言葉で ウィルは泣き崩れます。今後のハンニバルとウィルの関係がどう展開するのか、キーとなる会話なので内容をチェックしてみます。
前話でハンニバルにアビゲールの耳を飲み込まされた殺人犯にしたてあげられたと気づき、復讐を誓ったはずなのに、何言ってるんでしょう?本当に「信用ならない語り手」のウィル。
独房に戻ると、何事もなかったかのように無表情に戻ってるので、嘘泣きなんです。
なんのための嘘泣きなのか?先週からの同僚たちの対応を見て、自分を信じて、仕事以外でも自分を必要としてくれる友達はハンニバルしかいないと気づいてもいると思うのですね。もともと頼れる人はハンニバルしかいなかったので、信じる必要があった。それを裏切られたのが辛すぎると、ここは真情でしょう。
それでも、本気で自分を助けてくれる人物はハンニバルしかいなそう。っていうんで、アラナの同情を誘いつつ、ハンニバルに揺さぶりをかけたということでしょうか...
ハンニバルは揺さぶりに喰いついて、ウィルのセラピーを再開すると決め、すぐ、再度の面会にやってきます。最初は、「もう友達じゃない」とかウィルに前回言われたことを根に持っていますが~~。
「Friends have a symmetrical relationship. Psychiatrist and patient, that's unbalanced...But we're just having conversations.
友達ってシンメトリーな関係でしょ。精神科医と患者じゃバランスが取れない…でも、僕たちはただの会話をしてるだけ」なんて言うウィルに誤魔化され...
「復讐するって脅したろう」と続けたら、ウィルもそれはあっさり認める。
「You were searching for something in your head to incriminate me. I can only assume you didn't find it.
私の犯罪の証拠となる記憶を探したろうが、何も出てこなかったのでは?
Whatever you remember, if you do remember, will be a distortion of reality. Not the truth of events.
何を思い出したにしろ、それは歪められたリアリティで、本当に起こったことではない」と畳みかけると、それも混乱し寂しげな様子でウィルが認めたので、セラピストとしての自信を取り戻したハンニバル。第1シーズンに心療室でやっていたように、捜査の推理を2人で始め~~
「You're missing pieces of yourself. Careful what you replace them with. 君は君自身の一部(記憶)を失っている。それを何で埋めるのかに気を付けた方がいい」と忠告するハンニバルに、
「犯人は壁画を創るように人体を縫い付けている」その理由は「He's missing pieces, too.彼にはまだ足りないピースがある(彼も何かを失っている)から」と、ウィルは応えます。
心理操作された記憶をウィルが完全に思い出さないよう、新たな心理操作をハンニバルが始めているのは明らかですが、何故、ウィルはハンニバルに調子を合わせているのか?ウィルは何を企んでいるのか?気になるところです。
FBIと犯人を弄ぶハンニバル
ウィルに代わってFBIのプロファイリング顧問となったハンニバルは、行動分析課の死体置き場にいそいそと出向き、わざと不器用な動きなどして、不器用な精神科医の役を楽しんで~~
冒頭の黒人青年の死体は不完全だから捨てられたとか、肌色の違いは政治的に利用できるとか、テキトーなことを言って、捜査を攪乱しています。
ビヴァリーが肌色の違いをカラーパレットと詩的に表現したのを聞きつけ、彼女がウィルに相談しに行ってることをにおわせて、ジャックにビヴァリーを注意勧告するように促したり、本当にお邪魔虫してます。
もちろんウィルなしで事件解決は望めない、なおかつウィルを追い込んだことに責任を感じているジャックは、ビヴァリーの行動を黙認します。
ハンニバル自身はといえば、黒人青年のフレッシュな死体にコーン畑の匂いを嗅ぎつけ、ウィルの壁画という言葉を合わせて、コーン畑の傍にある巨大サイロに犯行現場を絞り込み、FBIを出し抜いて単独行動。
この現場に、ハンニバル先生はアイコニックな透明プラスチックのキラースーツを三つ揃いの上に着こんだ姿で初登場。
前話でビヴァリーに全スーツの繊維を記録されちゃってるから、証拠隠滅のためのキラースーツだってのはわかります。でも、髪の毛を覆ってないんですね。毛が落ちたら毛根からDNA採取されるから片手落ちでしょと、思わず笑っちゃいました。
でも、現実的論理じゃなくてスタイリッシュが一番の魔術的リアリズムってことで許してしまう、ファンニバルなアタシです。
で、鍵がかかっているサイロをみつけ、その壁を上って屋根の真ん中にある穴から内部を覗き込み、瞳のような形に並ぶ裸の死体の壁画を見つける。下からカメラがあおると、ハンニバルが光背を負って天界から地上を見る神のようにみえるのですね。
ここで流れるのは、バッハのミサ曲『Dona nobis pacem(我らに平安を与えたまえ)』。
金髪白人の犯人がやってくると、「Hello. I love your work. やあ、いい仕事だねえ」なんて言ってる。
FBIが到着した時には、犯人は片脚を切断されて死体となり、壁画の瞳孔部分に縫い付けられています。
そして、ベートーヴェン第9第2楽章のジャンジャンな音に乗って、犯人の足でオッソブーコなんか調理してハンニバルは満足げに食しています。
ここでカタリ派の悪の創造主サタンとしてのハンニバルという考えが浮かんだのですね。悪に支配された王国である現世を天界から見下ろすハンニバル。死体による壁画家という殺人犯の作品を完成させるために降臨して、殺人壁画家に究極の平安である死を与えるという構図です。
そして自分の被造物である殺人者を屠ることで悪の帝国を貪りつくすという…
天の高みからハンニバルが失墜しなかったら、この物語世界はどうなるのだろうと、思い切り興奮いたしました。
とはいえ、現実問題としてハンニバルは、どう殺人壁画家を丸め込んだのか?
One of these things is not like the other
自分にかけられている嫌疑の山のような証拠を無視して、事件を見直してもらうという取引をした上で、捜査のコンサルを引き受けたウィルの元に、ビヴァリーとハンニバルが、殺人壁画家を縫い込んだ現場写真を持って訪れます。
ハンニバルが興味津々で見守る中、現場の脳内再現を始めたウィルがつぶやくのは~~
One of these things is not like the other.
この中に、ひとつ間違いが入ってる
One of these things just doesn't belong.
この中で、ひとつだけが仲間外れ
「何それ、セサミストリートで歌じゃない?」と、ビックリしたアタシ。
瞳の壁画ですからど真ん中の瞳孔は黒くないとおかしい。そこに白人が縫い付けられているということは、彼こそが犯人と見抜くのですが…
あらゆるものを引用しまくる『ハンニバル』シリーズ。ついにセサミストリートの引用まで始めたのかと、笑っちまいました。
「誰が壁画家を縫い込んだのか」という疑問が湧いたところで、ハンニバルは「友達がいたんだろう」と、しれっと言い放ちいます。
ここでシーンはハンニバルの記憶に移行します。
ルネッサンス期の画家ピエロ・デラ・フランチェスカによる『キリストの復活』を取り上げて、自分の作品の中に自分を入れ込むのは素晴らしいことだと言いながら、犯人に運命を納得させて、犯行に及びます。本当に悪魔だわ。
でもって、悪魔ハンニバルは神を信じているのですね。
「神なんかいない」という犯人を「神は君に目的を与えた。芸術を創造するだけでなく、芸術そのものになるという目的を」と諭します。
「神が君を見下ろすとき、君も神を見返したくはないかね」なんて付け加えてて…
見下ろしてるのはハンニバル。だからハンニバルが神ってことですね。トンデモな神コンプレックスです。
生贄としての自分を見るウィル
ハンニバルとビヴァリーに、ウィルはヴィジョンの総てを語りはしませんでした。
ハンニバルは
「死に際の者が見た最後のイメージは網膜に焼き付くと、19世には間違って信じられていたが、この瀕死の瞳には何のイメージが焼き付けられたのか?」と、不可解な問いかけをしながら、証拠写真をウィルに渡しました。
ウィルの想像力は加害者としての殺人壁画家の意識から、被害者としての殺人壁画家へと移行し、自分を投影します。上を見上げるとウェンディゴが天窓から覗いている。
Killing must feel good to God, too. He does it all the time, and are we
not created in his image?
殺しは神にとっても気持ちいものに違いない。神は殺戮を繰り返している。そして、人類は神の似姿として創造されたのではないかね。
再現想像の中のハンニバルは、第1シーズン第2話で語ったセリフとともに、裸のウィルを他の死体に縫い付けていきます。
ウィルはハンニバルが壁画家を殺して足を切断した犯人だと知っている。でも、それは秘密にしておきます。何でしょう。目前のハンニバルを安心させて足元をすくおうとしているのか?
それ以上に興味深いのは、ウィルの潜在意識はハンニバルを神になぞらえている。自分が、その神への生贄のように感じているということを示唆すると、この映像が考えられることです。
混乱して、不安げなウィルの表情。ハンニバルの神コンンプレックスにウィルも毒されてしまったのか?彼はそこから立ち直れるのか?気になるところです。
ケイド・プラーネルの駆け引き
FBI監査官のプラーネルは 、FBIの体面を保つのに必死です。
彼女にとってウィルは捨て駒。刑事裁判によるダメージを最小限に留めるために、罪を認めてしまうよう促し、「裁判になったら死刑は確定」と脅しをかけます。
「無罪を主張する」と言い張るウィルでしたが、信じてくれる人が一人もいない、死刑をもって脅される孤立状態。
マインドパレスにある川でのフライフィッシングに逃れても、河川を大量の死体が流れてくるイメージに囚われてしまい、幸福な現実逃避はできない状態になっています。
べデリアの駆け引き
このエピソードで最大の駆け引きに成功したのは、ハンニバルのセラピストである精神科医べデリア・デュ・モーリエ。
まずはハンニバルを訪れ、「自分の力ではもうあなたを救えないから、セラピーをやめる」と通告、「ウィル・グレアムの身に起きたことを知って、自分のことも含めてあなたの行動に疑問を持ったの」と告白します。
「ジャックにその疑問を伝えたのか」と尋ねながらべデリアに近づくハンニバルの、冷静でありながら威嚇的な恐ろしさ。震えるようにあとずさりするべデリア。マッツだから体現できる殺人鬼オーラがキョーレツです。
とはいえ、べデリアはべデリア。サソリの一刺しみたいな毒で反撃します。
I had to draw a conclusion from what I glimpse through the stitching of the person
suit you wear. And the conclusion I've drawn is... you are dangerous.
あなたが纏った"人の皮"の継ぎ目から覗くものに結論を出さなければならなかったの。そして私が出した結論は、あなたは危険だってこと。
キッパリした拒絶に傷ついたようなハンニバル。「2度と家に来ないで」と言われているのに「ウィルに頼まれたから彼とのセラピーを再開する」と、まだ相談モード。
「あなた方って、お似合いね」と最後の毒を放って立ち去ります。
総て正しい判断。べデリアの眼力、恐るべしです。
で、その足でジャックを訪ね、「ハンニバルも私も危険な患者を心療したトラウマを抱えているから、もう彼とのセラピーは無理です」みたいな言い訳をして別れを告げます。
これで、FBIに虚偽の報告をするという犯罪の片棒を担ぐ必要もなくなる。お見事です。
と、ここまでは理にかなった行動ですが、最後に独房のウィルを訪問する。「いつも話を聞かされていたいたから、あなたのことは分かっている気がする」「引退する前に会って見たかった」なんて言葉に加えて、爆弾発言。
It may be small comfort, but I am convinced Hannibal has done what he believes is best for you.
どう考えても、ハンニバルはあなたにベストだって信じてることを実行してきたと思うのって言ったら、慰めになるかしら。
さすがにべデリア。アタシもこれまでの分析でそう思ってますが、ウィルの怒りはますばかり。なんで、こんなこと伝えに来たのか?
The traumatized are unpredictable because we know we can survive. You can survive this happening to you.
トラウマを持った人間は、自分たちが生き残れるって知ってるから予測不能になるの。あなたも、身に起きた事態から生き残れるわ。
と、続けるとウィルが動揺したのに気づいてさらに独房に近づき、鉄格子によりかかって「あなたを信じるわ」と言って看守から退去させられます。
初めて信じてくれる人間に会って震えるウィル。
この後、ハンニバルはキラースーツを着込んでべデリア邸にやってきますが、そこはもう、もぬけの殻。不在用のカバーがかけられた家具の上にべデリア愛用の香水瓶が置かれている。
香水の置き土産って、逃げだす人間のやることじゃありません。
さらに、無実の証明に尽力するわけでもない、逃げだす前に、何故ウィルの無実を信じるみたいなことを告げに行ったのか?
そこで、これまでの流れを復習してみました。
ウィルが現れるまでは、べデリアがハンニバルの一番のお気に入りでした。それがウィルになってしまったのが愉快でないべデリアはウィルを毛嫌いして、彼とのセラピーをやめるようにハンニバルに忠告し続けていました。
ところが、ハンニバルのウィルに対する執着は増すばかり。その執着で、ハンニバルと自分が隠してきた秘密も暴かれる危険がある。
ハンニバルがそこまで夢中になるウィルを見てみたい。ハンニバルの寵愛を取り戻したい。だから揺さぶりをかけて、2人を決裂させたい。
香水瓶を残したのは、私を忘れないでということ。ウィル・グレアムと縁を切ったら戻ってあげるという意思表示ではないでしょうか?
香水瓶は条件付き復縁のラブレターのようです。
だから、べデリアの拒絶に傷ついて彼女を殺害しようと図っていたハンニバルが、香水瓶をみつけて快心の微笑みを浮かべるのですね。
男と女って、本当に複雑です。