人里離れ、古びた一軒家に住む少女。街灯のない深い闇の中から家路について、床に入ると寝天井からポタポタと雨漏りが… 何事かと薄暗い屋根裏を覗いて、雪が吹き込む穴をふさいで寝室に戻ると何者かの気配が… そしていきなりベッド下に引き込まれ、血しぶきが~~ と、ホラー映画みたいな不気味なショッカーから始まるエピソード、読んでみました。
※「普通こんな会話しないよね」なセリフやアートすぎなイメージや音楽も、回が進むほどに重要な意味を持ってくるので、詳しく掘ってます。
- 歪んだ友情、歪んだ時計
- 隠せなくなるウィル・グレアムの幻覚
- ウィルの疑似記憶とハンニバルの冷酷?
- ジャック・クロフォードの残酷
- 死体として生きる少女
- ウィルとジャックの相互依存
- ハンニバルの病的な愛とサトクリフの不運
- ウィルに対する疑念を植え付けるハンニバル
- 寄り添う、孤独な病んだ心たち
- "梯子"のシーンと『ハンニバル』のエロさ
歪んだ友情、歪んだ時計
前話でアビゲールが犯した殺人隠ぺいの片棒をかつぐことになりって、苛立ちを隠せないウィルに向かって、
「君も人(ホッブスのこと)を殺しただろう」と、ハンニバルは言い放ちます。
ハンニバルもトバイアスを殺したと言い返しても気が晴れない様子のウィルを
We both know the unreality of taking a life, of people who die when we have no other choice.
他の選択肢がない時に、人の生命を奪うのはシュールな体験だ。
We know in those moments they’re not flesh, but light and air and color.
そんな時、人々は肉体がない、光と空気と色彩だけの存在になる
と、ハンニバルは説得しますが…
この意見は、ハンニバルの体験からきているのではないかと、推察します。元外科医であるハンニバルにとって、人体は生身のというよりは操作すべきパーツの集合体。抽象的な物質。だから、生きていて意識のある人間から臓器を切り取ることができるのではないかと。
ハンニバルはあらゆる機会に殺人の正当化を行って、ウィルを殺しへと誘いこんでいるのだということも再確認。
人の生死に関して、もっと生々しい感覚を持っているウィルには、理解不能な境地。ウィルは殺人の想像再現にひたり続けることで
「I feel like I’m fading. 少しづづ自分が消えていくような気がする」と告白します。空白の記憶や幻覚、ハンニバルに言わせれば自己保存のための現実乖離現象でした。
この現実乖離を防ぐためだと言って、「今何処で、何時で、自分が誰だか考えてみたまえ」と時計を描かせるハンニバル。
「今、午後7時16分。僕はメリーランド州ボルティモアにいる。僕の名前はウィル・グレアム」そう言いながら、半信半疑のウィルが描いた時計は数字もハリの位置もグジャグジャに歪んだ時計。
ウィルは幻覚や時間の感覚 に加えて、図形認識も壊れてきているのですね。
第8話ではウィルとの友情を望み、第5話でウィルが病を抱えていると気づいているハンニバル、
歪んだ時計を見て、何の病状か気づいたはずなのに「And know you are alive. 君は大丈夫だ」というだけ。
今更ながらに、ハンニバルの友情は歪んでいると背筋が凍りました。
隠せなくなるウィル・グレアムの幻覚
趣味のフライフィッシングから戻り、釣りあげたニジマスをキッチンで捌くウィル。何故か、魚から大量の血が流れだし…
と思ったら、実はウィル、冒頭の殺人現場でナイフを握りしめて被害者のベス・ルボーに覆いかぶさり、血の海に浸っていたのです。ベスの死体は耳から耳へと顔を口を切り裂かれて、口が魚のようになっている。ナイフで魚の腹ではなく、自分は顔面を抉ろうとしていたのか?殺人を犯したのは自分なのか?現実に動転し、恐怖に駆られて現場の部屋から飛び出すウィル。
部屋の外で待つ行動分析課の同僚たちの不審な顔。
現場検証に来て、いつもの想像再現をしていたはずなのに、何も覚えていなかったのですね。
現実的な上司のジャック・クロフォードからみれば、証拠物件のナイフを握って、血痕をだいなしにするとは、捜査員にあるまじき行為。悪くすれば、死体損壊の疑念も湧いてきます。
鈍いジャックもウィルの正気を疑い始めます。
ウィルの疑似記憶とハンニバルの冷酷?
現場から戻ったウィルは、手を洗ってもベスの 血の匂いが残っている気がすると打ち明けます。
ベスを自分が殺したのではないことは分かっていても、生々しい記憶はある。
There’s a grandiosity in the violence I imagined that feels more real than what I know is true.
想像の中の暴力はあまりに強大で、現実よりもリアルに思えるんだ。
ウィルは想像再現による殺人の疑似記憶に悩まされているのですね。想像の中で殺人犯に乗り移り事件を解決する結果として、殺人犯と同じように考え、歓びを感じる日常。
もちろん、ハンニバルの微妙な誘導に気づいてはいませんが…
「モンスターと闘っているうちに自分もモンスターになってしまう」というニーチェの言葉があるように、ある日、自分も狂気という深淵に落ちて殺人鬼になってしまうのではないかという不安にウィルは悩まされているようです。
I know what kind of crazy I am and this is not that kind of crazy.
自分が狂ってるのは分かってるけど、幻覚は狂ってるからじゃない
何かの発作だと言い張るウィルを、ハンニバルは元同僚でボルティモアのセンターに勤務する神経外科医サトクリフのところに連れていきます。
ウィルがMRIを受けている間、ハンニバルはサトクリフ医師に「夢遊病や…認識障害があって…熱っぽい甘い匂いがするから脳炎だ」と、自分の診断を語ります。
さらに、
「この病気の心理的影響を観察できる」と、サトクリフの医学者としての野心をくすぐり、右脳全体に炎症が拡がっていることが分かっても「いい機会だよ」と、脳炎を内密ににしてウィルを医学のモルモットにする提案をします。もちろん、病状をウィルに伏せることを承諾するサトクリフ。
ハンニバルは、すべての病状の原因は心理的な問題だとウィルを説得、自分もウィルの病状を診てテストしたい申し出をします。
これまで心理学界で精神構造をさんざん弄ばれてきたウィルは、「あなたも僕の研究を出版したいの?…せめて、死後出版にしてもらえないでしょうか」と皮肉に答えますが…
テストって何よ?ウィルの精神を混濁させて、さらなる心理操作をする魂胆があるのはわかりますが、何を企んでいるのか?
脳炎って、放っておいたら認識障害や運動障害の後遺症が残ったり、死んでしまったりする重篤な病気。自分を信じている"友人"の脳炎治療を妨害して命をこんな形で弄ぶなんて、チェサピークの切り裂き魔にしても最低すぎ!
と、心底怒った視聴者のアタシでしたが、
上の会話が進行する間、ウィルは心療室でハンニバルの椅子に座っています。他の人物がこんなことしたら、無礼者めってな感じでハンニバルの眉が引きつってしまうはずですが、ハンニバルはウィルだととがめない。所在なさそうに机の上を片付けたりしているけれども、ウィルに好き放題させている。
一方でベタベタに甘やかして、陰では命の危険につながる実験を操る。ハンニバルの友情の歪みっぷりに、クラクラしてきます。
ジャック・クロフォードの残酷
ハンニバルとジャックの恒例となった食後のブランディタイム。
ハンニバルは、ウィルの精神が壊れたのは、ジャックが彼を現場に出して想像再現をさせているからだと進言します。
ウィルの場合、他人の行動を鏡のように反映したり、共感させたりするミラーニューロンが多すぎるので(この学説はまだ証明されていません)、恐怖の叫びに満ちている犯罪現場に出すのは危険すぎるとまで言います。
なるほど、ハンニバルはウィルをチェサピークの切り裂き魔捜査の現場から遠ざけたいのですね。友情を維持したい気持ちは分かるけど、脳炎を隠すのは、やっぱり人でなしだと思っていると~~~
ジャックの答えは、
I’d rather Will Graham go a little mad than some innocent lose their life.
無実の人間が命を落とすよりも、ウィルの頭がちょっとおかしくなる方がまし。
And I think Will Graham would rather that, too.
ウィルだってそう思うに違いない
結局、ジャックにとってウィルは捨て駒なのですね。なかなか残酷なジャックとハンニバルの間に挟まって、前門の虎後門の狼状態のウィル。救われません。
死体として生きる少女
口裂き殺人犯の心理に、「野蛮な感じはいないんだ。むしろ、ひとりぼっちで、絶望的で、悲しそうなんだ。鏡に映った自分を見るみたいだ。自分の姿を通り越して、自分が他人に見えるみたいな…」と、不思議な共感を寄せるウィル。
ベスを殺したのは自分ではないと確信したい、真犯人をみつけたいウィルは夜闇の中、現場に戻ります。彼を待っていたのは、皮膚が黄色く変色し眼も色落ちした死体のような少女。混乱した様子で逃げ出すのを引き留めようと腕をつかむと、肘から下の皮が手袋のように剝がれ落ち…
少女を追って林に迷い込んだウィルは叫びます。
「今は午前1時17分。僕たちはデラウェア州のグリーンウッドにいる。僕の名前はウィル・グラハム。君は生きている」と。
死体のようになって混乱して殺人を犯した孤独な少女に情が移っているのですね。アビゲールといい、この少女といい、ウィルは心を病む孤独なアウトサイダーに弱いようです。
少女も、人間らしい言葉をかけてくれたウィルに惹かれて、その後を付け回すようになります。
一方、少女が現実なのか定かでないウィルはジャックではなく、同僚のビヴァリー・カッツを現場に呼び出します。
ビヴァリーはウィルの報告を聞いて、少女の皮膚が剝がれ落ちた原因はブドウ球菌感染症かハンセン病、精神が混乱して顔が認識できないから、人が仮面をかぶっているように見える。仮面を剥がそうとして口裂き殺人を犯したのではと推測します。
博識なハンニバルは、犯人がコタール症候群を患っていると推測します。
コタール症候群というのは、 自分がすでに死亡している、存在しない、腐敗しているという妄想を抱く精神障害だそうです。だとしたら、他人の顔が認識できない、水や食事もとらないので栄養不良になり、肝機能がシャットダウンして、感染症に弱くなっているのでも納得できます。
ハンニバルによれば、顔面認識障害も伴うとのこと。ビヴァリーの説も裏付けられます。時々、『Dr.HOUSE』みたいなハンニバルですが…
コタール症候群て、なんか、とてつもなくエドガー・アラン・ポーな病です。
ウィルとジャックの相互依存
皮膚組織から、娘の医療費訴訟で破産しかかっているジョスリン・メッチェンにたどり着き、娘のジョージアと犯人像が一致することを確認。さらにベスとジョージアが親友だったことも分かったジャックとウィルでしたが、
ジャックは、ミリアム・ラスといい、ウィルといい、正式なエージェントではない関係者を捜査に巻き込み、犠牲にしていることに責任を感じていると洩らします。
自分は候補生ではなく、講師だし、自分の責任は自分でとれると言い返すウィル。
「やめる機会はあったのに、なんで留まっているんだ?捜査に参加するのは君のためにならないと分かっているはずだ… ここにいることが、君の精神にある種の安定をもたらすから、やめないんだろう?」
と、珍しくジャックは、ウィルの進退を問いただします。
Stability requires a strong foundation, Jack.
安定には強固な基盤が必要でしょう。
My moorings are built in the sand.
でも、僕の拠り所は砂の上に築かれているんです 。
と、いつも通り詩的な嫌味を交えながら、捜査に参加継続の意思を表明するウィル。
死体の残酷美や殺人の快感に浸ってきたこのシリーズ。実は、視聴者はウィルの視点を通して殺人をみて彼の意識にシンクロしているわけですが、ウィル自身、殺人犯の闇に共鳴することに、ある意味の中毒状態になっていのではないか?だから、やめたくないのではないか?と、思った瞬間でした。
それを受けて、「私は岩盤だ。私は揺るがない」と答える」ジャック。結局、なんのかんの言って、ウィルを手放す気はないのですね。
精神の健康を考えたら現場を離れるべきなのに、手放したくない上司と離れたくない部下、ここにも奇妙な相互依存関係ができあがっていたのですね。
ハンニバルの病的な愛とサトクリフの不運
ハンニバルの企みに加担して、情報漏洩の不確定要素となってしいまったサトクリフ医師。多分、始末されてしまうんだろうなと。 だいたい、ウィルはハンニバルのモルモットなんだから、サトクリフにいじくりまわされるなんて許せないでしょう。と、思っていると、案の定処刑前のディナーに呼ばれて、豪勢なイベリコ豚のハムをふるまわれてます。
その席で、サトクリフはつい、
We know how Iberico chooses his pigs. How did you choose yours?
イベリコの豚選別法は分かってるが、君のはどうやって選んだのかね?
なんて、ウィルを豚に例えてしまいます。ハンニバルもウィルが自分の所有物であるような言い回しを否定せず
Will Graham has a remarkably vivid imagination.
ウィル・グレアムには、驚異的にヴィヴィッドな想像力がある。
Beautiful. Pure empathy.
美しい。純粋な共感力が。
Nothing he can’t understand and that terrifies him.
彼に理解できないことは何もないが、彼はそれを怖れている
と答えますが、「それで彼の精神に火をつけた(脳炎を悪化させている)のだね…でも、どこまでやる気なんだ?彼は燃え尽きてしまう(悪化で死んでしまう)」と、釘を挿されると、「友達なんだから、必要な時期には消火するよ」と、にべもない。
ウィルとの詩的で忌まわしい会話がお気に入りとみえるハンニバル。脳炎の幻覚と、哀れなウィルの自分に対する依存を、味わい尽くしたいのですね。
これって、全然友情ではないですかと。盲愛とか偏執とかいうものでしょう。ハンニバルも病んでいます。
ハンニバルの、ダークな盲愛の対象であるウィルを豚呼ばわりしてしまったサトクリフ医師。残酷に殺されてしまうんだろうなと思っておりましたら…
再診の日、ベスと同じように、無残な口裂き殺人をされてしまったサトクリフ。
ウィルに対する疑念を植え付けるハンニバル
ベス殺害現場の失態で死体を損壊を疑われているうえに、サトクリフの第1発見者になってしまったウィル。かけつけた行動分析課の捜査対象となり、取り調べを受けて身体に殺害の物証がないことが分かって、ここは無罪放免となりますが、周囲が彼を疑いのの眼で見るようになってしまったのは確か。
凶器の裁ちバザミについていたのは、ベス殺害犯のものと思われる皮膚。これもジョージアの犯行と目されますが~~
これは、ハンニバルがまたまたやらかしたコピーキャット殺人。ちょうどその時、都合よく病院までウィルを追ってサトクリフ医師の診察室に入ってきたジョージアに凶器のハサミを手渡したのでした。混乱して顔面認識ができないジョージアは、素直にハサミを受け取ってという仕掛け。
ここで出てきたのがハンニバルの殺人スーツ。テラテラしたビニールのオーバースーツで、いつもの三つ揃いの上に着ているんですけど、これがシュールでキモい。さらに、カメラはジョージアの眼でハンニバルを捉えているので、顔の部分がヌルっとぼけてて
キモさぶっちぎり。
心を病んだ栄養不良のゾンビ少女が、デラウェアからヴァージニア、メリーランドと、どう長距離移動するんだという疑問がありありですが、もう魔術的リアリズムってことで、主人公たちの心理的リアリティ以外は、問わないことにしました。
サトクリフ殺害で、ハンニバルはジョージアをハメたわけですが、たまたま、ジョージアが来なかったのは陥れられてたのはウィル。
ということに気づき、治療妨害にはウィルを切り裂き魔にしたてる魂胆も見えてきて、ハンニバルの歪んだ愛情に、愕然といたしました。
寄り添う、孤独な病んだ心たち
闇に沈むウィルの部屋。不穏な気配に目覚めた彼が見つけたのは、ベッド下に潜んでいたジョージア。驚いてベッドから床に転げ落ちたウィルですが、
「ジョージア、君が見えるよ。君のことを考えてた。今は真夜中。君はヴァージニア州ウルフトラップにいる。君の名前はジョージア・メッチェン。君は一人じゃない。僕が一緒だ」と手を差し伸べます。
「あたし、生きているの…」と不安そうですが、ウィルの手を握るジョージア。
親友の顔が分からなくなって、不気味な仮面を剥がそうとして殺してしまったジョージアとただ一人の友に裏切られているウィル。悪意に満ち満ちた世界の中で、傷つき孤独な魂が寄り添いあう。感動的なシーンでした。
でも、このささやかな病んだ魂の触れ合いは、ハンニバルという巨大な悪に抱かれて、それぞれの闇の中に落とし込まれていく未来も見えて、とても悲しいシーンでもありました。
"梯子"のシーンと『ハンニバル』のエロさ
メインプロットは悲劇が加速していきますが、この辺でスラッシュなサブプロットもチェックいたしましょう。
このエピソードには"hannibal ladder"とググると、山のようなGIFがヒットするはしごのシーンが入ってます。
心療室で『ひとりぼっちで、絶望的で、悲しそうなんだ」とウィルが犯人の心理に共感を寄せるところなのですが、ハンニバルが近づいていくと、梯子によりかかったウィルの息遣いが突然荒くなる。
「ハンニバルったらいい男すぎ、もう、我慢できない」みたいな反応だと、バカ受けしたのですね。
セックスシーンは全くないのですが、華麗にディスプレイされた死体や、ワインの香りをかぐハンニバルや、グルメクッキングしたり、味わったり、他人を殺す親密さに浸ったりしてるハンニバルと、何故が妙に官能的なシーンが溢れている第1シーズン。
中でも、どうしようもなくエロ度を上げているのは、ヒュー・ダンシー演じるウイル・グレアムだわよと、つくづく思います。闇に惹かれる自分を怖れたり、悲嘆にくれたりして喘いでいる姿が、ボッティチェリが描くヴィーナスみたいに恍惚としてるように見えてしまうんですね。
おまけに、ハンニバルが傍にくると子犬のような目ですねたり、甘えたり、息遣いが荒くなったりするシーンがだんだん増えてきて~~
なんたってテーマが「SEE(見ろ)」ですから、見ますよ。見た結果として、ホモエロティックというしかない。
第1シーズン後半くらいから、ハンニグラム(ハンニバルとウィルのシップ名)の2次創作がどんどこ出てきますが、狙ってるとしか思えない番組づくり。
これもまた、眼の保養かと。