
- 中国の伝統美を体現する表現者
- すっごい美意識
- 踊り手としての刘宇『国風美少年』~『創造営』2021
- 『創造営2021』でブレイク!
- INTO1から刘宇へ
- 解散&独立 キャッチーなC-POPへ
- 東と西、古代と現代、ジェンダー表現が融合する『夜』
- 『宇宙詩人』とエッジーな現代への批評
- 古風への回帰の必然と『宇宙詩人』ツアー
- 刘宇スタイルの確立と女形芸の導入
- 優美な舞を現代のPOPに
- ハイファッションのミューズ
- 刘宇さんの今
中国の伝統美を体現する表現者
愛らしい女性バックダンサーの中でも際立つ美しいお顔立ち、しなやかな手の動き、色っぽさ。こんな人が世の中にいたなんてと驚愕しました。
普通、男の人が女性ダンサーズを従えるとハーレムみたいに見えますが、刘宇さんだと、女官達にかしずかれて背の君を待つ深窓の妃、国を傾ける美姫みたいな神々しさになるのです。
女心を思わせるファルセットを交えた歌唱もユニーク。
『思君朝与暮(朝に夕に君を思う)』というこの歌、Google先生に訳詞をお願いしましたらね、流れゆく月日、四季の巡りの中で、失った人を永遠に思い続けるってな内容でした。「高潔で孤独な愛」なんて解釈まで頂きました。これって、刘宇さんのトーチソングの中に繰り返し出てくるテーマなんですね。
唐詩選の世界ですねえ。そういえば、刘宇さんは白居易の『琵琶行』も歌唱してます。
諸行無常、物のあはれを愛する日本人のアタシには、グッとくる世界観。
手具を操作してもブレない舞踊。体幹が締まって引きげられてて、胸側も背側も大きく開かれた上でフラットになる基本姿勢。これがあるからしなやかに背筋を使える、背筋から腕を動かすこともできている。踊りも上手ですねえ。例えばね、薄布を持ってクルクル回る時、女性たちは真直ぐ前を見てますが、刘宇さんは首を横に倒してます。バレエでいうエポールマンの活用、それだけで回転の難度は上がるんですよ。
この出会いの感触、ワガノワ・バレエ学校のドキュメンタリーでウリヤナ・ロパートキナと出会った時のような、ヴァレリア・クズネツォワの『白鳥の湖』主演デビューを見た時のような喜びです。
すっごい美意識
『雲水間』ってタイトルですね。雲と水の間という曖昧で掴みどころのない夢のように会えない人をいつまでも思い続けるてな感じの歌。THE 刘宇な世界観。
これは衣装の美しさにドッキリ。
緑の薄物が下にいくほどグラデして白となり、薄紅と薄墨が差し色で使われて、髪飾りは黄と縹色。緑・赤・黄という強烈な色の組み合わせを明度・彩度や分量の調節で上品に見せる高度な色使い。
こんな色合いの布地なんてないよね。絶対染めから特注してるでしょ、な衣装。
高度な美意識をお持ちの方だと感服いたしました。
そして、あり得ない程細い首やウエスト。それが衣装にピッタリとマッチしている。自分の美意識のためには食の楽しみも犠牲にできる人だと言うことも察しました。
踊り手としての刘宇『国風美少年』~『創造営』2021
ちょっと動いてるだけじゃ分からないという方には、下記の動画を。
2018年放送、中国の伝統文化を軸としたアイドルオーディション番組『国風美少年』に参加し手2位入賞した刘宇さんの演技を時系列でまとめた掌編。歌や演技も入ってますが、やはり突出しているのは舞踊。最初の『赤』のイメージが強烈ですね。回ったり飛んだりが得意で小柄ながらも闘気溢れるダンス少年て感じですか?
26位というのが微妙ですね。男性だと驚愕の大技連発系、女性だと身体がとんでも柔らかい人とかいると思うので、この時の刘宇さんだとそれくらいかなと思います。
上体の姿勢とか技と技とのトランジションも荒っぽい感じがあるし、伝統技である薄布を張った扇使いの回転のところなども首は上体に対して真直ぐですし、発展途上な感じです。
微博(ウェイボー)などでインフルエンサーとしても活躍していた刘宇さん、『国風美少年』入賞で知名度を上げたものの怪我で舞踊学院を自主退学。
腰椎損傷の大怪我ってありましたが、それって『国風美少年』で使っているような体幹を固定した回転やジャンプではあり得ません。神韻芸術団の大技みたいな捻りを伴う空中回転で腰から落下したしかないでしょ!と、Google先生に喚いたら、その通りと返ってきました。あれってさあ、体操選手みたいにゴリゴリ筋肉をついいた人しかできないよ。
刘宇さんが「古典舞踊に適正がない」と舞蹈学院で言われたのは、体格の問題かとまた先生を問い詰めたら、やっぱり骨格の小ささやバルクがアップしない筋肉の質が問題視されたとのこと。なんか凄い教授方針ですね。やめて正解かと。
踊れないどころか一生車椅子の可能性も示唆される中、退学して療養とリハビリに励み、動けるようになったらタレントとしてシングルを出したりドラマ出演などもしましたが、大ブレイクまでは至らなかったようです。
ここまででも十分壮絶な人生。ここからどうやって天下の刘宇が育ったのか?興味深々です。
『創造営2021』でブレイク!
ターニングポイントは、3年後のアイドルオーディション番組『創造営2021』への参加。ロシアも含む各国から集められた90名の練習生が寮で共同生活。一緒に歌や踊りの練習をしながら番組でこれを披露、投票で最終11人のアイドル・グループに絞り込むというサヴァイヴァル系。
国風とPOPをミックスしたグループ演技の『天下』の後に王孝辰さんの笛に合わせて刘宇さんがソロで踊ったのが下の『大魚』。審査員の1人、周深さんの楽曲です。
姿勢も美しく、指先、足先までが美しく引き伸ばされ、トランジションも滑らかで表情も抑制が効いて、まさに夢幻の美。怪我を克服した上に3年でここまで洗練されたのですね。古風舞踊の技というよりは、その基礎にあるバレエ的な端正さを磨き上げたように見えます。ポワント完璧だし、薄布扇回転にエポールマン入ってましたし。
テキトーにバレエ話してるわけではないのです。古代中国では舞は祭祀や宴の中心にあったのですが、宋の時代に歌・舞・演技が融合した大衆芸能である雑劇が登場して以来このような音楽劇が隆盛となり、舞はその中に吸収されて役柄の所作や型に押し込められて純粋な形態としての古典舞踊はなくなっていたのですね。
各地の民族舞踊は別として、中国古典舞踊と称されるものは、実は20世紀に入ってから壁画や文献を元に再構成された部分が大きいのです。そうなると絵画や型を繋ぐ動きの技術が必要となりますが、そこで1950年代に同じ共産主義国家であるソ連のバレエ・メソッドが基礎技術として導入されたのです。
古典舞踊のドキュメンタリーなんか見ますと、生徒さんはレオタードにハーフ・スプリットのバレエシューズ穿いてバーのある教室で稽古してますよね。緻密な動きを正確に熟せる強靭な身体作りにはバレエの基礎は最適なんですよ。
そしてソ連のバレエメソッドと言えば、キーロフ/マリインスキー・バレエを支えて来たワガノワ・メソッドなのですね。
北京舞蹈学院のことをGoogle先生に伺いましても、バレエ学科はワガノワ・メソッドを用いているとのこと。古典舞踊の基礎訓練も科学的・体系的なワガノワ・メソッドの理念が土台にあるということでした。アカデミックなポジションの重視ということは置いといて、頭から指先まで動きを連動させて、呼吸と共に空間を丸く使っていくワガノワの理念は東洋思想とも親和性が高い。刘宇さんのしなやかな動きにワガノワ的洗練を見るのですね。
でも、古典舞踊の男性ダンサーで刘宇さんみたいにエレガントな人って見ないですよね。やっぱり、アクロバティックな勇壮さと優雅さをどちらも持つって無理があると思います。私の経験でも二兎を追う教育って上手くいかないのですよ。北京舞踊学院を卒業されてアメリカのバレエ団でソロイストとして活躍されている方を2名ほど拝見しましたが、ご両所とも太腿が太いゴリマッチョの業師系。繊細な表現とは相性が悪い感じの方々でした。
中国のダンス通の方など、刘宇さんくらいの技が出せる人はいくらでもいる、アベレージだと評されますが、彼の強みはしなやかさが導くイメージの喚起力だと思うのです。見る者の心に触れるのが芸術、喚起力がなければ体操と変わらないかと。
『大魚』は『紅き大魚の伝説』というアニメの主題歌。太古の地球、人間の魂であるとされる大魚の少女が自分を救ってくれた人間の青年を誤って死なせてしまい、彼を人間界に戻すために自然の摂理を破り、自分も含めて大きな犠牲を払って人として再び出会うというお話。大魚のおおどかな美しさ、少女の遥かな憧れや思い続ける心の切なさが伝わります。だから刘宇は素晴らしいのです。
ルックスとダンススタイルを中性的な方向に振り切ったのもいいですね。背の高いイケメンと競争するのに小柄で華奢な刘宇さんが活きるのはこの方向性。自己プロデュース力ハンパないです。
衣裳の裾を踏んで空中回転を失敗しても物ともしない肝の据わりっぷりも見事です。地獄を潜り抜けてきたダンサーだ。根性が違う!
そして、この舞で刘宇さんは最強の味方と怖るべき敵を惹きつけたのです。
『創造営2021』には、日本からストリート・ダンス世界チャンピオンのSANTAこと宇野賛多さん、ダンサー・振付家として大活躍中のRIKIMARUこと近田力丸さん、日本が世界に誇るダンサー2人も参加してました。
赤紫のスーツのSANTAさん。ハウス系の複雑なステップを踏みながら関節どうなってるのなムーヴをかまし、大技連発。まさに天衣無縫な天才ですね。SANTAさんに合わせつつ、全然違うシャープなムーヴを魅せるRIKIMARUさんのプロフェッショナリズム。凄すぎです。
この強力チームのSANTAさんが刘宇さんを気に入ってるのは上のソロ動画でも見られますが、刘宇さんもSANTAさんを見て興奮したとのこと。そのSANTAさんが古風の踊り手、薛八一さんも交えたダンスバトルに加わってくれたのが下。
普通に踊っていたら世界チャンピオンの大技に弾き飛ばされ存在感を消されてしまうところですが、何故が近づいていく2人。腕を搦めてフロアーで愛のデュエット的になってしまいました。アドリブでここまでできるって何?この2人相性良過ぎでしょ。2人とも憑依型の天才だし、一瞬にして通じ合うものがあるんでしょうね。完全に置き去りにされてしまった薛八一さん、ファイッ!
刘宇さんは本当に賢いですね。巨大な相手と戦うのではなく、一緒にダンスの世界観を築き上げてしまう。SANTAさんというライバルでありながら、最強の味方でコラボレーターが出来たことは心強い。
また、刘宇さんとSANTAさんのダンスが融合したことで、番組のダンス評価のハードルは激上がり。SANTA×RIKIMARU×刘宇の3強とその他みたいな構図ができてしまって、ダンスが得意分野の練習生たちは存在感が薄くなってしまったのです。
この最初のラウンドの投票は、良いと思ったら練習生がライトを点灯する形で行ったのですが、古風の踊り手というのがピンとこないらしく、刘宇さんに投票してくれない方々もチラホラ。上位の順位を得たにも関わらず、投票してくれなかった相手の顔をしっかり覚えていて、必ず最後の11人に残って自分のスタイルを認めさせるみたいなことを語る刘宇さん。この後も古風のスタイルを諦めることなく機会があれば披露していく。執念深いですねえ。
それはね、怪我の件ばかりでなく、刘宇さんが背負う歴史の重みも凄いんです。祖父母のご両所は安徽省の伝統歌劇である黄梅戯の劇団に所属、父上はダンス教師、母上は文芸工作団の歌手ということで、文化大革命を経て伝統劇団が廃れ、新しい潮流が押し寄せる芸能世界の縮図のようなご一家です。このご一家で伝統舞を習っていたら、そのルネサンスを心に誓うのも無理はないかなあと思います。
ところで、このSANTAさんとの共演はカプ厨の腐女子という最強の味方を引き寄せました。上のyoutube動画のコメント欄も凄いことんになってますし、当時の中国のSNSはこの話題で持ち切り。カプ厨は忠誠心が高いし、ガツガツ投票する人たちなので、この取り込みは大きかったと思います。
そして、別のカプ推しというトンデモない敵陣も現れ。悪口言われたり、脅迫めいた発言もあったり。
いろんなファンコミュで過激なカプ推しの戦いは問題になってますが、怖いですねえ。
とはいえ、いろんなカプの相方として絶大なニーズが出てしまった刘宇さん。得票数は伸びに伸び~~。
ドキュメンタリーって必ず脚本があるんですよね。それに合わせて演技させるということではなく、プロデューサーが描く脚本に沿って撮影を編集していく。BLが実は大人気な中華圏。SANTA×刘宇のお互いへの表情をカットインで入れたり、カプづくりで盛り上げる気満々の制作側。でも、人気が伸びるのは良いことです。
本物のカップルもいたということなので、リアリティTVの寮という壁に守られた、自由な空間だったのでしょう。
これに次いで出て来たパフォーマンスが、周深さんの楽曲を刘宇さんがセレクトしてグループで踊った『化身孤島的鯨』。BBAとしては、番組内の一番のお気に入り作品。
この歌は52ヘルツという高音で鳴くために、世界の海を旅しても仲間に出会えず孤島のように生きていた鯨がボロボロの人間の女性の休息の地となったことで救いを得るという内容の歌。異質な存在の孤独と救済ですか。
ヒラヒラした衣装の4人は空にも波にも鯨の胴体にも見えます。シャツ姿の刘宇さんは鯨の自我でしょうか?
ちょっと手話みたいな動きがあったり、刘宇さんのアティチュード・ターンやジャズダンスのピルエットがキラキラ決まり、フロアーに吸い付くようなステップがあって、バリバリにコンテンポラリーですね。ミア・マイケルズ的なポップでリリカルなコンテンポラリージャズ。
孤独な鯨が見る遥かな世界への憧憬や孤独に傷ついた心や悲哀、繋がれないこと、伝わらないことへの焦燥やもがき、仲間を見出した安堵が伝わります。
魂の在りようを言葉なしにダイレクトに伝えること。これがダンスの本懐。この観点から見ると刘宇さんは傑出したダンサーです。
画面クレジットの番組専任のチームに加えて、コンテンポラリー畑の何其沃さん、古典舞踊畑の崔鵬科さんなどがアドバイザーとして加わったという豪華な振付陣。加えて自主練時間には刘宇さんが「ここは大きな鳥が自分を抱きしめるように」とか、動きのニュアンスを丁寧に指導してました。この作品の世界観を理解して、動きの解釈を伝えて作品に仕上げ、落ち零れそうになったメンバーのメンタルケアまでしてた刘宇さん。とんでもない努力です。
何故、52ヘルツの鯨がこんなにフィットしたのか?「彼の精神年齢は40歳ってくらい成熟してる。ネガティヴな感情も処理できるし、凄く自立してる」という薛八一さんの人物評に応えて、
「成熟してるのは家族のこともあると思います。両親が子供の頃(小学校1年生)に離婚して、小学校の頃は、それぞれに家庭を持った両親の家で交互に暮らしてました。自分が中心になる家庭というのがなくて、少し寂しかったです。ここに来るまで孤独を感じてました。でも、このチームにいると温かい。僕たち5人は孤独な人間でした。それが一緒になって、この鯨になりました。この歌を通して、世界中の人に僕たちの声を聞いて欲しい」
なんか分かりますねえ。離婚後の刘宇さんは財産家のお母さまと住んだのですが、文芸工作団の歌手なら旅公演もあるし、ちゃんと小学校に通ってお稽古に毎日行くには両親の間を行ったり来たりになるでしょう。勿論、夏や冬の休暇にはお母さまについて廻って、舞台で踊りを披露したりもしていたとのこと。プロのパフォーマーが育つには最適の環境だけれど唯の子供と考えたら、少し不安定ですね。
よその家族の中だと居場所は自分で作らなきゃならないから、我を張らない良い子、優等生でいなければならない。おまけに、舞踊や古典芸術を愛する子供というのは児童たちの中でも異質だったでしょう。
怪我からのリハビリも、アカデミーに否定されても自分が信じた方向性で踊りを磨き続けるのも孤独な作業。偏狭なアカデミズムに囚われない、歌や踊りの好きなアート系少年達が集まったのが創造営という場所だとすると、鯨のストーリーは納得がいきます。舞踊学校とは、また違う仲間意識の世界ですかと。
孤独は刘宇さんの楽曲に共通するテーマでもあり、ダンス作品としての『化身孤島的鯨』は刘宇の作品といっても良いのではないでしょうか。
この番組は寮生活の日常も放送してます。
「自分は背も低いし、イケメンでもないから、いつも完璧にしてないと」と、お肌の手入れやメイクに余念のない刘宇さん。
上品で静かで面倒見が良くてキレイ好き。悪童どもが散らかしたものをせっせと片づけたり、一人でフロアーを磨いてたり、まるで小さなお母さんみたいに刘宇さんは描かれています。
SANTAさんRIKIMARUさんみたいなよき理解者や八一君みたいな盟友、Nineさんみたいなキレイで可愛いものが大好きなお友達と、お仲間が一杯できて楽しそう。お仲間と些細な悪戯したり、お茶目な愛されキャラでもありました。
皆が寝静まってからPCで歌や振りを確認してイメトレ、昼間はチームを引っ張り指導するなんていうあまりにも頑張る刘宇さん。
人のいい邵明明さんが溜まりかねて、
「もう十分上手いんだから練習ばかいしなくていいよ。自分の時間を大切にしなきゃ」なんて、説得しにきました。言われてることが理解できず混乱する刘宇さん。
明明さんにとっては上手いパフォが到達点だけど、刘宇さんが目指しているのは完璧なんですよね。それに若いダンサーは時間と場所があれば練習したいんですよ。表現者としての立ち位置が違うから思いやっても通じない。難しいですね。
この後、お部屋に戻ってNineさんと二人きりになったら泣き出してしまうなんてシーンもありました。ダンサーとして努力と自己犠牲が普通の日常を送っていて、本当は他の選択肢もあるなんて言われたら混乱しますよね。分かります。
才能と努力とセンスと可愛らしさでブッチギリの刘宇さんはトップを走り抜けて。2位のSANTAさん、3位のRIKIMARUさん、仲良しのNineさんなどとアイドルグループINTO1に選ばれ、見事センターとなりました。
これが創造営最後のソロパフォーマンス『関山酒』。勝利の雄叫びみたい。やっぱり闘気の青年ですねえ。全面に扇使いをフィーチャー、ジャンプの滞空時間も十分です。
内容としては、終わらぬ戦禍の中で亡き友を偲びながら一人酒を酌む戦士の孤愁を唄うもの。刘宇さんはお気に入りらしく2025年秋には版権を手に入れて、シングルも出しています。
INTO1から刘宇へ
INTO1は創造営でセレクトされてから2年間だけ活動する期間限定のC-POPアイドルグループ、東部アジア圏では絶大な人気を誇り、来日公演などもありました。
このグループ時代の刘宇さん、メンバーとキャッキャしてて楽しそうでしたね。
BBA的にお気に入りな作品は下の『Dancing On The Moon』。
セクシーなダンス・ナンバー。創造営のRIKIMARUさんのグループで『Lit』のパフォをした時には、刘宇さんはヒットとかアイソレがぎこちなかったのですが、INTO1では見事に習熟してますね。
創造営から出たグループって投票時のヒエラルキーをそのまま引き継いだ楽曲やパフォーマンス構成になるとのこと。重いビートを刻みながらもミドル・テンポで緩やかな動きを中心にしてること自体、刘宇さんを魅せることを注力しているようです。
特に、アイドルの振付師でもあるRIKIMARUさんがメンバー個々の良さが出る効果的な配置や動きを提案し、刘宇さんには中国舞踊の美学をヒップホップのムーヴにどう変換するかという技術的なアドヴァイスをしていたそうです。足を引っ張りかねない要素を強みに変えてグループの個性として際立たせる。さすがにRIKIMARUさん。SANTAさんが、時に厳しすぎさえするダンスの指導者であることも創造営をご覧になれば分かるかと。
ご一緒することで、パフォーマー主導で楽曲や振付を構成するノウハウが学べる人でもあります。刘宇さんはストリートダンスでは2人から学びつつ、伝統と格式をパフォーマンスに持ち込んだと言えるでしょう。
独特な粘りで振付自体を自分の色に変えてるSANTAさん。刘宇さんとは異質な、パワーあふれる柔軟性で一瞬で場を制圧してしまう。おまけに刘宇流のしなやかな色気も習得してるし、本当に天才。タイトにビートを刻みながら、ソロパートが来るとポッピングとか入れてるアイソレ多いぞなRIKIMARUさん。あくまでも振付に忠実なんだけど、ポーズやムーヴを限りなく洗練している刘宇さん。
三者三様ですが、お互いにリスペクトし合うBIG3のユニゾンがめちゃカッコイイ。
刘宇さんとSANTAさんのエナジーがぶつかりあうと、陰陽の炸裂みたいになり、とんでもない緊迫感で異世界が広がってしまいます。もう、本当にクリエイティヴなのでINTO1のパフォーマンスは見ていて飽きないですな。
でも、ダンスの実力差が開き過ぎだなあ。金髪のMIKAさんのR&Bなヴォーカル・ヴァイブとか、パトリックさん(顔の濃い人)のスワッグが目立つ感じくらいですか?伯遠さん(真ん中わけのイケメン)とか普通のグループならセンターいけそうですが、BIG3がパフォのプロ過ぎる、どんなポーズにも動きにも自分なりの思いと感情があるんで、それがないと消されるんですよね。
BIG3以外のファンの方、怒らないでくださいませ。
1位でセンターの刘宇さんは創造営の慣習で、ソロ曲のリリースもありました。それが、グループ活動中の2022年にデジタル配信された『柳葉刀』。
柳葉刀というのは中国武術で用いられる片刃の剣。軽量で柳の葉のようによくしなるため遠心力を用いた攻撃に適すると剣です。
琴や太鼓の音にシンセな北欧ビートが被るカッコいい楽曲です。内容は艱難辛苦の道へと導き支える柳葉刀という武器を唄うもの。
MVは柳葉刀の持ち主である刘宇さんが過去にタイムトリップ、失くしたを取り戻し、四方を敵に囲まれて致命傷を負い血みどろになりながらも立ち上がり、柳葉刀は炎の剣となりパワーアップして戦い続け、決意を持って現代に戻ってくるみたいな感じです。
「麒麟のふりをする虫けらだと僕を嘲笑う」なんていう歌詞が唐突に入ってくるので、またGoogle先生に背景を伺ったところ、
当時の中国エンタメ界では、男性アイドルに対して一部の保守層から「美しすぎる」「男らしくない」という批判が強まり、中性的でフルメイクなスタイルを固持する刘宇さんにも、心ない誹謗中傷が少なくなかったということ。
そういう旧世代からの押し付けに対して、この楽曲の「柔らかさは弱点ではない。柳葉刀のようにしなやかで殺傷力の高い武器もある。自分は自分の個性を曲げずに艱難辛苦の芸道を戦い続ける」という決意表明が出て来たようです。
京劇も習得している刘宇さん、刀の重みを感じさせる剣劇も見事。ダンスパートもビートに合わせた重心の低いステップとしなやかな動きが合体。そのため、アティチュードのジャンプはさらに高くなり、頭から足先までが弧を描いて、足が頭の高さを超えているという。美しいですね。
このラインの秘訣は骨格にもあると思うのです。西洋式のバレエの訓練だと背筋は真直ぐにと教えられますが、ワガノワ・メソッドだと骨格なりに最大限に引き上げて背筋は弧を描く感じです。東アジアの男性は、背筋が真っすぐで腰が坐っているいる感じの方が多いようですが、刘宇さんは背筋が緩やかにS字カーヴを描いて腰に向かう感じ。こういう骨格だと背筋が柔らかく使えてしなやかなアティチュードラインが創れるのですね。文句あるか、北京舞踊学院て感じですか。
しなやかで強靭、まさに刘宇さん自身が柳葉刀そのもの。内容と外装が合致しきって、刘宇という演者の進む方向も決定づけたエポックメイキングな楽曲だともいます。
同時リリースの『白話文』は刘宇さんならではのコンテンポラリーが堪能できる、自然の中で内省するような楽曲。悩める若者の等身大のモノローグってかんじで、『柳葉刀』とカップリングされることで、その当時の刘宇さんの思いの全体が浮き上がってくる感じです。
解散&独立 キャッチーなC-POPへ
翌23年の4月にはINTO1解散。刘宇さんは6月には学園青春ものみたいな『AYO』他が入ったシングルを、8月には下の『Focus』やオリエントな風情たっぷり『漠』他が入ったミニアルバムをリリースという急発進ぶり。※下は2023年中のFocusパフォの変遷。
MVの衣裳は白のフワフワでINTO1時代よりもゴージャス可愛い。ブリトニーとか若いレディ・ガガみたいにバリバリポップで、キャッチーなC-POPです。
8月には伝統的な中国舞踊と現代音楽を融合させた群舞のオープング、銀ピカ衣装の『Focus』から刘宇さんのパフォが始まるコンサート『溯』を決行。これが『起承転結』ツアーのオープニングでもありました。
現代と古風の融合には一定の評価がありましたが、ダンサーの方々が洗練されておらず、急ごしらえ感は免れないもの。照明や衣装、スクリーンの使い方もアベレージだし、この後、翌年の3月まで『起承転結』ツアーのコンサートがなかったのも、総監督として関わる刘宇さんの完璧主義を考えると、単に会場確保の都合だけではないとうなづけます。
ライティングも装置も衣装もゴージャスになって、バックダンサーもブラッシュアップして2024年3月からのコンサート再始動。誰が言わなくても自分が分かるから、納得するまで手を加える。そういう方ですよね。
もう一つ気になったのはミニアルバムとコンサートにあった『酌』というメランコリックなバラード。※2:15あたりまでが酌です。
「自然の中で酒を酌み、純粋な少年時代の夢を追った日々に思いを馳せ、世俗に塗れて堕落した現在の自分を憂い受け入れ、今ある栄華も去年の雪のように消えていくと諦観する」という風にBBAは解釈してますが、まだ、23歳の青年がここまで透徹した視座を持っていることに驚愕しました。
INTO1という仲間であり防壁を失った刘宇さんが芸能世界の魑魅魍魎に一人で立ち向かわなければならない孤独と決意も感じたのですね。
ことに、親族が経営する個人事務所に所属している刘宇さん。信頼できる人間関係とクリエイティヴな自由はあるけれども、大手事務所のような莫大な初期投資や営業面のプッシュは受けられない。レコーディングもMV作成も自腹ということで、ご苦労もあったかと思います。
歌に載せて、自分を表白する。アイドルではないアーティストへの遷移も感じ、刺さる曲です。
東と西、古代と現代、ジェンダー表現が融合する『夜』
上の動画は刘宇さんのシグニチャーともいえるダンスナンバー『夜』、上海での記念すべき披露目です。
呪術的な重低音とビート、ダークで恐ろし気な儀式の感触。仮面こそ被っていませんが、古代の疫病を祓う祭祀の儺舞を思わせる雰囲気とヒップホップが融合する稀有な舞踊世界。ガッツリしたビートに載る中華なメロディで、黒い漢服の上にジャケットという洋服を纏った刘宇さんが舞う。この衣装だけで伝統と現在、東洋と西洋が刘宇さんという場の上で融合するコンセプトが見えますね。
さらにダンス自体が、女性ダンサーたちとのしなやかな古風のユニゾン、男性陣とのヒップホップ系、男性陣との勇壮な古風ユニゾンからまた女性たちとのユニゾンと、ジェンダー表現も併せて様々なスタイルを見せていく。
「中性的はいかん」的な批判をものともせず、眦をキリリと上げた挑戦的な目付きで全部統合して踊ってやろうじゃないかと、全員で拳を上げる。
古風とか、C-POPとか、中性的アイドルとか、男らしさ、女らしさとかの枠組みに押し込められないアーティスト刘宇のマニフェストみたい。さながら絹を纏った戦士というところがカッコいいですね。
この作品は上演ごとに形態を変え、新たな実験を加えて変化し続けています。この変化し、進化し続けるところが刘宇さんの真骨頂ではないかと思うBBAです。
『夜』の進化は実に興味深いです。下は『起承転結』ツアーの末尾を飾る24年6月南京公演のパフォーマンス。
より中華的になったアレンジメント。ダンスの融合的方向性は変わらないのですが、ダンサー達は無機質に本を読む人として描かれます。それは成績により社会的地位を決定されたり、溢れる情報に操作され続ける現代社会そのものではないでしょうか?閉塞的だった動きが、女性群舞の登場でセクシーに変化するけれども、また人々は読書へと戻ってしまう。
舞台下手に細長いテーブルがあって、刘宇さんはその上に手を乗せて倒立回転に近い動きをします。これってジャン・コクトー脚本でローラン・プティ振付の『若者と死』のアイコニックなシーンの引用と思われるのです。この作品は、第2次世界大戦直後のフランスの社会的混乱と経済的困窮のなかで青年が直面する閉塞感、孤独と焦燥にかられて死に魅せられてしまう悲劇を描いたもの。
社会的混乱と経済的困窮は現代日本でも中国でも切迫している問題。与えられた情報で画一化される、同じ情報を与えられて同じ回答を期待される世界は、人を孤立させるユニゾンへと導いています。身体は反乱を起こそうとするのだけれど、すぐに抑圧されてしまう。
ただ、刘宇さん『若者と死』の青年のように死を選ぶのではなく、学習環境である机の上に立ち、手の中のカードを通して遥か遠くを見る。エンディングはちょっとルキノ・ヴィスコンティ監督の『ヴェニスの死す』のタジオの最後のポーズみたいです。
映画のタジオは、死の天使であるとともに手に入らない至高の美を象徴するものでもありました。
刘宇さんのダンサーである身体を通して読む日常という狭量な拘束を解いて、遥かな理想へと向かう扉だと考えてみようという文脈ともとれる。
また、バレエやヒップホップという洋の技術を学習し続けた刘宇さんが、それを古風の舞踊の中に融合するのだというマニフェストにも見える。
儺舞の文脈から考えると、画一性と孤独という現代の疫病を祓う儀式のようにも見える。
文脈を与えることで群舞の意味付けは増しますけれど、歌詞のないインストルメンタルだから、どう読むかは聴衆の自由。中国メディアは検閲が厳しいようですが、この形なら社会批判をしても検閲に引っかからない。クレヴァーですねえ。
『宇宙詩人』とエッジーな現代への批評
24年7月には待望のフルアルバム『宇宙詩人』がリリースされました。 宇宙を旅して巡る詩人と自らを位置づけ、未来と過去を行き来し見据えるという世界観。
C-POP全開の『Futuristic Automatic』、古風との勇壮なフュージョン『光火』メローでメランコリックな『似夢』と、刘宇さんらしい個性がさらに詰まったアルバムとなっています。
中でも、強インパクトなのは『Futuristic Automatic』。
もう、レディ・ガガさえて超えてマリリン・マンソンの『メカニカル・アニマルズ』的な冷淡で毒性を孕む近未来ヴィジョンの洪水ですね。
歌詞を見ますと、表面的にはシステマティックにアルゴリズム化した社会の中でコントロールされ、空虚な身体的反射としての欲望が愛に差し替わるみたいに読めます。
なんですけど、MVを子細に見ますと堕天使やヴァンパイアみたいな刘宇さんと、縛られたり包帯グルグル巻きの刘宇さんがでてきます。拘束し傷つけ搾取する存在と拘束され傷つけられ搾取される存在の対比ですね。
表現者のナラティヴで考えると、システム化されたコントロールの中で、自発的な感性や表現を奪われて自動機械化するスターとも受け取れるます。
さらに包括的な社会批評であるとみると、システム化した社会に搾取され人間性を奪われた身体とも読み取れます。
そして、これは『夜』とも繋がる現代社会が直面する問題そのものですね。
リリックはラブソングの体を取り、エッジーなヴィジュアルでさらなる意味、社会構造への批判を示唆する。何度も言いますが、刘宇さんは実に怜悧な戦略家だなあと感心しました。
古風への回帰の必然と『宇宙詩人』ツアー
冷たく不毛な現代から近未来を直視してしまった詩人は、山紫水明、花鳥風月と共に人があり、時間をかけて愛し慈しむ過去へと回帰するしかありません。
これが、『Futuristic Automatic』以降の刘宇さんが、C-POPから古風の楽曲へとパフォーマンスの中心軸を変えていった意味合いではないでしょうか。
単に古風の歌い手さんや踊り手さんは次々に現れては消えていきますが、刘宇さんは残って頂点へと駆け上がっています。
それは、刘宇さんの古風は近未来と現代への批評から再構築されたダイナミズムを持つからではないでしょうか。
アルバムリリースから1年近くをかけ、 上の『思君朝与暮』などのオリジナル曲 『画中遊』『鴛鴦戲』などのカヴァー曲と国風のラインアップを強化して、25年4月、故郷である安徽省の合肥から『宇宙詩人』ツアーが開始します。
とてつもなくアートな衣装、ステージセット、映像、ライティングに舞い散る紙吹雪。美しく壮大なショー。甲冑姿で踊る『光火』が印象的です
この公演では黄梅戯の『天仙配』伝承曲をお母さまと歌うという感動的な場面もありました。ここでの刘宇さんは中国オペラらしい声を張り上げる発声法を用いていて、その多様な歌唱力にビックリです。
コンサートのダイアリーなど見ますと、総監督の刘宇さんは会議で自分のヴィジョンやコンセプトを語り、ステージ設計の図面をチェック、設営が終わったら実地で動線や効果を確認して、衣装や小物、ヘアメイクといった端々迄をセレクトして微調整という制作側として作業があり、これに加えて振り合わせやマイクや照明合わせという出演者としての作業があって、本番です。
この大変な作業を、4月以降は秋まで毎月のように繰り返していたのですね。
TV番組出演、CFや雑誌の撮影、レコーディングやファンサービスと並行して、コンサート総監督の力技を熟していたのです。
新しい舞台には新しいヴィジョンが必要なので、クリエイティヴィティもフル回転。一体いつ寝てるんだろうみたいな過酷なスケジュールになってるはず。
人生の総てを劇場芸術のために犠牲にして貫く美の完成度。涼しいお顔でメディアに登場しているけれども、柳葉刀で誓った通りの修羅の道ですねえ。
刘宇スタイルの確立と女形芸の導入
コンサート第3弾は7月の寧波。ここでファンタジー時代劇に出てくるような鬘に、薄物の袖が翻る漢服という刘宇さんのシグニチャースタイルが登場します。
この後の公演で神仙のような宙づりエントランスも加わりますが、寧波公演で特筆すべきは、オリジナル曲の『未央』のパフォーマンス。これは、戦で18年もの間音信不通となっていた夫を待ち続けていた妻の伝説に基づくと言われる作品。その2人の再会を唄うものです。
刘宇さんはファルセットを超えて、京劇などの旦角(女形)の発声で妻を演じ、そこから淀みなく中音域へと戻ってくる。なんでこんな高度な歌唱ができるのか不思議です。
キリッと上がった眦と口角、小さな御鼻。正面からのアップだと完璧なお顔のバランスにドキッとします。あの、可愛いタレ目の少年はどこに行ってしまったのでしょう?完璧主義者の刘宇さんですから、容貌をリデザインし直しても不思議ではないですね。どこまでも、完璧を追って欲しいとさえ思う視聴者です。
デュエットの夫役は、同じく京劇のエリート教育を受けた俳優の鄭業成さん。まるで中華オペラの一場をみているような再会のドラマ。一瞬で語り手からヒロインに変貌する演技も見事。繊細な指先の動き、憂いを含んだ眼差し。蘭花指、眼法といった中国オペラの旦角の技法の極みを見る思いです。
こんな風に再構築されるのであれば、京劇も見たいですねえ。
文化大革命の弾圧で歴史に埋もれさせられた旦角芸を復活させた刘宇さんの強靭な思いに感動します。日本では、女形を描く映画が大反響のようですが、俳優さんが1年かそこら頑張ってもどうなるものでもありません。幼少期からの稽古で骨格さえも変えてしまう。その血の滲むような過程があってこそ本物は生まれるのです。
刘宇さんには黄梅戯の家系に生まれた伝承者として、背負う世界の重さがあり、復興への意志があるのだと、再度思います。
穏やかで礼儀正しいけれども、決して折れない精神の強靭さを感じさせる刘宇さん、時々、大尊敬する大成駒、六世中村歌右衛門丈を思わせます。子供だったBBAは娘道成寺で大成駒が鐘の上に登って見えを切ったところで、怖くて震え上がりました。本当に大蛇に見えたのです。あの方のように恐ろしい程の完成形ではないけれども、いつかあの至芸の極致に達することもあるかと期待したりもしています。
優美な舞を現代のPOPに
音楽劇と同様に千年以上も続いた纏足により、女性が舞い踊ることが不可能になってしまった中国では、舞の優美さは男性ダンサーにより音楽劇の中で継承されてきたということです。それを実現できる稀有な踊り手の刘宇さん。
その優美さと、現代的なポップの解釈が結びついたのが、『思君朝与暮』『雲水間』『画中遊』などの『宇宙詩人』コンサートの核となるパフォーマンス群。
上にはない『画中遊』をご覧ください。
墨絵の世界に遊ぶような軽やかな曲。優雅さの中にユーモラスな動きやヒップホップ的ヒットが入ってたり、本当に楽しく新鮮なパフォーマンス。
もう、本当にこの芸域は唯一無二。
長髪の髷と肩パッドの入った大振袖のような漢服の組み合わせで刘宇スタイルは完成したとBBAは考えとります。タッパのなさを厚底シューズと長い裾で補い、大振袖で広い空間を制圧する。スタジアム公演に相応しい身体スケールの衣装が揃ったのですね。
珍しいもの、美しものを見たい、触れたいのは万人の欲求。完璧な容姿となった刘宇さんはこの夏くらいから大ブレイク。コンサートのチケットは秒で完売、中国のソーシャルメディアであるWeiboや動画プラットフォームのBilibiliには、刘宇さんのコスプレイヤーが溢れ返るという一大現象に。
お気に入りの『関山酒』の版権も手に入れ、11月にはデジタル配信してチャートを急上昇。刘宇が手掛ければ死に体の楽曲も蘇ると、レコード会社各社からの古風歌曲カヴァー依頼もドンドンきているそうです。
ハイファッションのミューズ
ここまでは刘宇さんの国風の魅力を読んでまいりましたが、東洋の神秘を体現したようなお顔立ち、中国の伝統に立脚しながらも古風と現代を統合するドラマチックな個性は、欧州のハイブランドのクリエイターをも惹きつけて止みません。
まずは、ハイジュエリーのショパールのスブランド・スピリット・アンバサダーを刘宇さんは務め、商品を身に着けて市場を拡大する唯のアンバサダーではなく、ショパールの芸術的アイコンとしてのアンバサダーです。
ショパールの美学である「自由な精神」や「光の彫刻」を体現する表現者として、選ばれているのですね。
特に、幾何学的な「アイスキューブ」コレクションではキャンペーンモデルも務め、様々なレッドカーペットでショパールの煌めきを纏った刘宇さんが登場しています。
レッドカーペットと言えば、パリのオートクチュールのジュリアン・フルニエとの度重なるコラボも印象的。
ジュリアン・フルニエは精緻な手作業によるファンタジックな装飾性と立体的な構築性で名高いメゾン。
上の動画は2025年のテンセント音楽アワードの衣装。不気味な骸骨柄のジャケットとドレススカートをショパールのネックレスと共に何ともドラマティックに着こなしていますね。フォトシュートのコンセプトは死と戦う勇敢な中国の戦士。ということですが、死と戯れる堕天使の退廃感もありますねえ。
後特筆すべきは、刘宇さんは女性向けのラインから衣装をセレクトしてる点です。首とウェストが細いので、女性物でも全然違和感がありません。
フルニエさんは、刘宇さんをクチュールを完成させる最後のピースとして、「Incroyable考えられない程素晴らしい」「My lovely muse(愛しのミューズ)」とか、最大級の賞賛を惜しみません。
「僕のミューズ」の呼称と言えば、今年の微博之夜と呼称される式典のレッドカーペットで着用したオートクチュール作家ケヴィン・ジェルマニエも刘宇さんをこう呼んでます。
アラビアン・ナイトの姫君のように、顔も頭も蔽ってしまうミステリアスなフェース・マスクが強烈なインパクトですね。多分スワロスキーなので、重さも半端ないかと。これを着こなしてしまう刘宇さんは驚異的です。
ルイ・ヴィトン・グループのデッドストックであるビーズやラインストーンをふんだんに用いて廃棄予定だったテキスタイルをグラマラスに再生する独特な作品作り、再構築と再生の美学を信条としています。
中国伝統美学を現代という文脈の中で再構築する刘宇さんは、ブランドの顔としても最適。ということで、この作品は2026コレクションの初着用。
ドラマチックかつジェンダーレスな輝きで一流のデザイナー達をインスパイアし、創造力の源であるミューズとして輝く刘宇さん。もはや刘宇さん自体が宝石と言っても過言ではないでしょう。
刘宇さんの今
ということで、今年(2026年)の春晩(春節特番)でも、各TV曲で引っ張りだこになっている刘宇さん。下はその幕開けである年越しの『壁上観』
巨大な遮幕がついて、豪華な衣装で下品中生の掌印を組んで阿弥陀如来が降臨するように宙づり登場。下品中生印は阿弥陀如来が最も罪深い衆生の中でも、少しは徳がある者を迎えに来る姿。
敦煌の壁画を眺めて唐代に思いを馳せるというような歌詞ですが。周りの女性ダンサーは将に阿弥陀如来の本願である極楽浄土の飛天(天人)たち。浄土思想の天人たちはその端正な姿は衰えることもありません。ところが、敦煌の壁画の飛天たちは長い年月をかけて色褪せ風化し滅びていく。その事実は六道の天人、長くはあるけれど寿命は尽きる。将に衰え滅びる予兆である天人五衰の象徴のよう。 ということは、あまりに荒んだ現世では極楽浄土への往生は幻なのか?
華やかな蘭花指で飛天と共に戯れ踊るけれども、如来はまた下品中生印を結んで去ってしまう。まさに滅びと幻の救済のような物語に見えてしまいます。
刘宇さんは、毎年春晩で活躍していますが、これまでは舞台同様のパフォーマンスもあるけれど、C-POPや武侠物などの側面、古流のニューカマーとして女性歌手とのデュエットなどが取り上げられてきたように思います。
それが、コストのかかる刘宇的グランドショーそのものであり、諸行無常の世界観と性別を超越した人ならぬ者の表現がTV番組として出てきたことに驚きを禁じえません。
まあ、マスコミは売れれば正義ですから。聴衆からのニーズが高い刘宇さんのショーはハイコストでもやる価値がある。結果として数日でweibo上100万視聴を稼ぐと言う爆走状態。
この後もバーチャルアイドルと共演して昆曲の『牡丹亭』から京劇の『覇王別姫』までをポップなアレンジで歌ったり、儺舞のビートに載せて『百福招来』を祈願したり、伝統楽器を用いるシベリアの民族(『ゴールデン・カムイ』に出てくるウィルタ、ニヴフなどと繋がりのある民族)のバンドOTYKENとコラボして万物への感謝を唄ったり。
単なる古風アイドルを超えて刘宇さんは古代世界への生きるポータルであり、それをヴァーチャルに表現できる現代中国のテクノロジーを魅せきるポータルであり...。文化を通して国威を高揚するアイコンそのものとなっていますかと。
で、1月後半は毎日中国のどこかでTV番組の撮影をしてました。過酷なスケジュールですね。事前に打ち合わせが済んでいて箱とバックダンサーは現地で調達ずみだとしても、刘宇さんには実働時間が1日しかない。飛行機の移動時間は言わずもがな、現着したら振付を憶えて、すぐにメイクして撮影してを毎日繰り返すわけです。殺人的と言っていいでしょう。
それを、涼しい顔で完璧に熟していくって超人ですか?なはずないから、見えないところでどれだけご苦労されているか、痛み入ります。
ということで、山東放送によるまたまた壮大なセットのショーなど。
『三国恋』というカヴァー曲なのですが、城門みたいな舞台装置に甲冑姿、バックダンサーの数、ファイアアートとドラマ一本制作するくらいの規模感のショー。ていうか、今年の春晩の国風の豪華さは、全体にとんでもない物になってます。
刘宇的な古風の美意識が国家規模になるという1人ルネサンス状態。
『三国恋』の内容は愛しい人を残して戦地に立つ将軍という、典型的な刘宇的悲恋ですが、『良人を待つ』的なところでソプラノを使っているのでこのパートは姫君の心。愛する者と引き離された二重唱を一人で演じてしまうという、ステージ的にはいつもながらの離れ技。
TV的には、あっと驚く女形芸の再来。加えて槍術まで披露というまさにてんこ盛りな1人ドラマ。
国威高揚の文化アイコンとなりながら、シレッとジェンダーを攪乱し、エンタメTV番組の中で仏教的死生観を表現したり、呪術的儀式を行い、アニミズムのシャーマンと化したり。
遂に、TV番組さえも刘宇の実験場と化したかと。
血の滲むような精励刻苦で刘宇さんは勝ち続ける!そして視聴者は狂喜する。
何が出てくるか読めない刘宇さん、次なる展開が楽しみすぎます。