エンタメ 千一夜物語

もの好きビルコンティが大好きな海外ドラマやバレエ、マンガ・アニメとエンタメもろもろ、ゴシップ話も交えて一人語り・・・

ハンニバル1.11ロティ 乗っ取られる、操作されるアイデンティティ 深読みネタバレ

 

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ハンニバルの差し金で脳炎を患っていることを隠され狂気へと追い立てられているウィル・グレアム。ボルティモア精神障害犯罪者病院長フレデリック・チルトンの心理操作でチェサピークの切り裂き魔だと思わせられ、殺人へと駆り立てられてきたエイブル・ギデオン。2つの病んだ心の自分探しは思わぬ方向へ~~~

 ※「普通こんな会話しないよね」なセリフやアートすぎなイメージや音楽も、回が進むほどに重要な意味を持ってくるので、詳しく掘ってます。 

 

 

ギデオンとウィルのパラレル

ハンニバルの手になるマトンベースのカレーを、「子羊(普通の人間)には興味はなくてね。食物だから」という、いつものカニバルジョークを聞かせられながらご馳走になるチルトン。

サイキックドライヴィングを用いて、チルトンがギデオンを切り裂き魔だと信じさせたという話題が中心ですが、「最後の晩餐みたいだ」とチルトンは漏らします。

サイキックドライヴィングというのは、一つのメッセージを何百回も聞かせることで、患者の行動パターンを変えてしまうという心理操作のテクニックだそうです。

 

ハンニバルは意味深な発言をします。

Someone who already doubts their own identity can be more susceptible to manipulation.

自分のアイデンティティに疑問を持っている人間は、心理操作しやすい

この発言に見合う人物は、ギデオンではなくてウィル。そういえば、ハンニバルはウィルに「自分がいる場所と時間と名前」を何度も復唱させていますね。これって、ハンニバル式サイキックドライヴィングの手口?

 

ギデオンのように、ウィルは切り裂き魔のアイデンティティを刷り込まれることになるのか?2人のパラレルが、妙に気になる冒頭でした。

 

ギデオンの覚醒

アラナの説得もあり、心理操作に気づいたギデオンは、「自分は妻子を殺したけれども、看護婦殺しはお前に操られたんだ…真実をバラす」とチルトンを脅して、法廷に向かう護送車に乗り込みます。 

同乗している看護師や警護官に向かって結婚生活の困難を淡々と語っていると思ったら、親指を脱臼させて手錠をはずし、護送車の係員を皆殺して脱走。

現場から武器はすべて奪ったのですが、彼らから切り取った内臓を捧げもののように飾りつけていきます。

 

ウィルとジャックの言葉を借りれば、「切り裂き魔は獲得した内臓を現場に残さない」「ギデオンは切り裂き魔ではないけれど、切り裂き魔の関心を惹きたがっている」。

 

でも、何で?

 

溶解していくウィル

今回のウィルの悪夢は~~~

氷河が雪崩を起こし、 第9話のトーテムポールの前に立つウィルを津波が襲ってくる。と思ったら、寝ているベッドがドンドン水浸しになって湯気をたて、ベッドわきのデジタル時計が解け始め、ウィルの身体は消えてしまう。 

ポール・ヴァレリーの『海辺の墓地』ではないけれど、「la mer la mer toujours recommencée…海は常に(死と)再生を繰り返す」もの。

ウィルの中で何かが潰え、 古い人格は消え、新しい何かが生まれようとしているという不安の現れでしょうか?

 

現場やボルティモア精神障害犯罪者病院を訪れても現実乖離や幻聴が起こり、FBIで捜査官たちにギデオン捜索の状況説明するジャックの姿は、ウィルの幻覚の中で、ホッブスの狩猟小屋の鹿の角に囲まれ始め、「お前はどういうキチガイなんだ」とウィルを責めるイメージに代わってしまいます。

 

ウィルが自分の精神状態を説明すると、認知症ではないかと言い出すハンニバル。認知症なら、不眠も幻覚も夢遊病も症状としてあるし、人格も変化するという理屈をこねます。

I don’t know how to gauge who I am anymore. I don’t feel like myself.

もう、自分のことがわから(測れ)なくなった。自分じゃないような気がする。
I feel like I’ve been gradually becoming different for a while.

少しずつ、別人になってる気がする。

I feel... crazy.

気が狂ってるような気が…

と、涙ぐみながら告白するウィル。普通の人だったら同情この上ないんでしょうけど、ハンニバルはサイキックドライヴィングには絶好のチャンスと思ってるんだろうなと感じたりし…。

 

ウィルの不安を微妙にはぐらかしながら、ハンニバルは、またも鋭い洞察をします。

ギデオンは、自分が何者であり、何者でないかを推し量るために、切り裂き魔を探しているのだ。安心したまえ。私が君の測定器だから」と。

 

ハンニバルはギデオンに対しては正しい観察をしていますが、ウィルの測定器としては、嘘はつかないけれど、真実をはぐらかしてて、都合のいい事実だけを伝える恐るべき存在だと、反感を持ったアタシでした。

 

ウィルの心の安らぎはアラナ?

ギデオン脱走時に殺害された死体の解剖で、内臓切除に加えてロボトミーが行われていたことが発覚。

精神科医たちがギデオンの脳をいじくりまわして精神をグジャグジャにしたことへの復讐だと察したウィルは、アラナも治療に加わった殺害の対象だとジャックに伝えます。

 

警護官の保護下におかれることになったアラナは、講堂を訪れてウィルに

「あなたが警護官なら、ヒーターの前で犬たちとヌクヌクできるのに」と罪作りな発言。「警護官じゃなくてもヌクヌクできるよ」と、すっかりその気になるウィルでしたが…

ウィルが一歩前進すると、2歩交代するのが常のアラナ。「熱が高いわ」と、ウィルを病気の子犬扱い。

 

家族になると言いながら、アビゲールのニコラス殺害を隠していた彼女とハンニバル、という裏切りものなウィルのファミリーたち。

さらに、ハンニバルはウィルを心理実験のモルモットに従っている。不安になって他の人を頼りたくなるのは分かります。とはいえ、誘惑しては突き放すアラナ。救われない男だなあと思う反面、不安になると人を頼る癖がウィルには顕著なことも思い出し、

どいつもこいつも破れ鍋に綴じ蓋、どっちもどっちな人間関係しかないって、実人生にもよくあること。このドラマの心理的リアリティに、一段と感心しました。

 

ギデオンの貢ぎ物とハンニバルの拒絶

何とか切り裂き魔を見つけたいギデオンは特ダネ記者のフレディ・ラウンズを呼び出して、犯罪心理学ジャーナルに「ギデオンは病的なナルシスト」と書いたポール・カルタ―医師への復讐、つまり殺害の現場を見せます。

殺害方法は血抜きですが、ディスプレイは切り裂き魔の手口を真似た"コロンビアンネクタイ"。コロンビアネクタイというのは首を水平に切り裂いて、傷口からネクタイのように舌をだしておくというエグい処刑スタイル。

 

殺害をほぼ同時進行でフレディのサイトで報道させ、切り裂き魔を引き寄せようとしているのですね。

「ギデオンは切り裂き魔のために見栄を張っている」「初デートの前の花とチョコのプレゼント」だと観察するジャックとウィル。

 

次はフレディを誘拐して、切り裂き魔がミリアム・ラスの片腕を残した天文台へ。

切り裂き魔と自称して犯した殺人に関しては、

子供時代の出来事を思い出すみたいなんだ。本当に自分に起ったことなのか、友達に起ったことなのか考えてると、悲しいことに、本で見た絵に過ぎないと気づくんだな」と、内省的な述懐をします。

 

心理操作に気づいた後のギデオンは、素晴らしく魅力あるキャラになります。混乱した精神の中に不思議と明晰な観察眼がある。演じているエディ・イザードの静かな身体言語と見透かすような眼つきが、このキャラ展開を可能にしたのだと思います。

 

さらに、ギデオンはチルトンを天文台に誘拐して、意識を持たせたまま内臓摘出。フレディは実況記事を書いたり、チルトンを生かしておくための手動の酸素吸入器を動かしたり、恐るべき事態に毅然と対処します。フレディの肝の据わりっぷり、尊敬に値しますかと。

 

ところで、切り裂き魔ことハンニバルはモテモテですねえ。トバイアスといい、ギデオンといい、振り向いてもらおうと必死です。

でも、トバイアスの回で分かったように、ハンニバルはいわゆるソシオパスやらサイコパスの求愛には応えない。

ハンニバルからすれば、彼ら一般の連続殺人鬼たちは、自分の卑しい衝動に抗えない、豚にすぎないのかと拝察しました。ましてや、ギデオンは切り裂き魔を騙った、無礼者。

求愛に応えてギデオンの前に登場する代わりに、コロンビアンネクタイに加えてミリアム・ラスを思わせる片腕を切断した死体を残して、ウィルと行動分析課に「ギデオンの犯行現場はミリアムの片腕がみつかった場所、天文台だ」という手がかりを残します

 

"カラスの羽を持つ雄鹿"が意味するもの

精神不安定なウィルを外に残して、ジャックとスワットチームは天文台に踏み込み、チルトンとフレディを救出しますが、ギデオンは既に逃走している。

残されたウィルは、カラスの羽を持つ巨大な雄鹿の幻覚に惹かれて別方向に。

この雄鹿は何でしょう?カラスは不吉な死の象徴。雄鹿は角という武器を持ちはするけれども、草食で肉小動物や狩人の獲物の象徴。この2つの世界が合体しているものが、カラスの羽を持つ雄鹿です。

雄鹿が初めて登場したのは、第1話のキャシー・ボイル殺害のすぐ後。

キャシー・ボイルの殺人は、ハンニバルがウィルの捜査を助けるために犯したもの。今回の2度目のコロンビアンネクタイ殺人も捜査の手がかり。その他の印象的な登場は、夢遊病を発症したウィルを守るように付添っていたシーン。そのすぐ後で、ウィルはハンニバルに助けを求めます。

雄鹿は狩人のハンニバルがウィルを救おうとするとき、獲物であるウィルが狩人であるハンニバルに救いを求めるときに登場します。つまり、雄鹿はウィルとハンニバルの絆の象徴。これは、ブライアン・フラーの説明にもあります。

 

雄鹿に導かれてウィルはギデオンを捕えますが、ウィルにはギデオンがホッブスに見えている。ギデオンは何故か医師の精神に立ち返って、どう考えても発熱状態のウィルに主治医は誰かと訊ねます。

 

心を病んだ二人の奇妙な出会い。ウィルはギデオンに拳銃を突き付けて、ジャックのいる天文台ではなくハンニバルの邸宅へ連れていきます。

 

ハンニバルのサイキックドライヴィング

意識が朦朧としたウィルが、始末するべき無礼者のギデオンを連れてきたとは、ハンニバルには好都合。ですが、ホッブスを連れてきたと思っているウィルはハンニバルに訴えます。

「もう、考えることが難しいんだ…何が本当か分からない…これはホッブスだよね」と。

ギデオンを無視して、「君の他には誰もいない。君は一人でやってきた」と答えるハンニバル。何のための嘘なのでしょう?

Please don’t lie to me. What’s happening to me... お願いだから嘘つかないで。僕に何が起きてるの…」と泣きながら叫ぶウィルが哀れです。

「ホッブスは君が殺したじゃないか。これは妄想だ」と、痙攣し始めたウィルからやさしく銃を取り上げ、抱きしめるようにその顔を手で覆い、白目になった眼球の状態や熱、脈拍を確認するハンニバル。2人のやり取りを疑わしそうに見つめるギデオン。

 「これは軽い発作だから」という言い訳も納得できない様子のギデオン。会話を続けるハンニバル。

「君は、チェサピークの切り裂き魔だと言い張ってるそうだね」

「言い張ってるて、どうして言えるんです?」

「自分でも分かってると思うが、君は切り裂き魔ではない。誰が(心理操作の)黒幕かも知っているだろう」と、確信をもって答えるハンニバルに

あなたが切り裂き魔なんじゃないですか?」と、ついに、切り裂き魔の真のアイデンティティに気づくギデオン。それには、直接答えず、

アイデンティティを盗まれるのは嫌なものだ」と、いつものはぐらかしで、言質をとらせないハンニバル。物凄いスピードで考え尽くした会話ができるのも、他人の3手、5手先をいく思考ができる彼ならでは。

どこまでも明晰に他人を欺き続けるハンニバルと、混乱しながら真実を掴もうと内省しつけるギデオン。マッツ・ミケルセンとエディ・イザードの芝居の駆け引きに、ドキドキするシーンでもあります。

 

この後、ハンニバルはギデオンをアラナ宅に送り込み、前話で行った「時と場所とアイデンティティ」の復唱でウィルが素直に指示通り動くことを確認してから、

 彼が銃を持ってギデオンを追うように仕向けます。

なるほど、ウィルにギデオンをホッブスだと信じさせておいて、ウィルには人殺しの機会を、鬱陶しいギデオンには殺される機会を与えるという、一石二鳥の計画ですね。

見事なアドリブの悪だくみです。

 

ギデオン医師のクィアな 読み取り

 アラナの家の窓辺近く、彼女を見ているギデオンにウィルは追いつきます。

そこでギデオンの語るセリフが、妙に鋭い。

We’re both here. Looking at her.
Just those kind of people who shouldn’t be in a relationship.
You and I are already committed.
Hard to be with another person when you can’t get out of your own head.

表面的な文脈通り訳すと

「恋愛関係には不適切な我々が彼女を見つめているわけだ。君も私も自分の脳内スペースに閉じ込められているから、他人とは付き合えない」となるのですが

ギデオンはcomittedというところで、大きな間を置きます。comittには、真剣な交際をするというような意味があり、君も私も決まった人がいるから他人とは付き合えない」とも解釈されるのです。

 

ハンニバル邸での疑わしそうな眼付きとこの言葉の間で、ギデオンがハンニバルとウィルの関係が医師と患者、友人を超えるcommitmentだとにおわせていることが推測されます。

これ以降、ギデオンは出てくるたびにハンニグラム(ハンニバルとウィルのコンビ名)をシップ(サポート)するようになるのですが、エディ・イザードの遊び心が、素晴らしい!

 

メインのプロットに戻ると、「切り裂き魔の心理を理解するためにアラナを殺してみたい」とギデオンが語り、彼をホッブスだと思っているウィルは脅威を感じて銃を発射し、2人とも気を失います。

 

ハンニバルの思い

ウィルとギデオンはアラナの一報で命を取り留め、アラナは病床のウィルを見守りますが、ハンニバルは自分の行為をどう見ているのか?

ハンニバルが心情を語るために通っているべデリア医師への告白によると、

ウィルは問題の多い男だが、その狂気を守りたい(contain)たいのだと言います。ウィルの狂気に何の価値があるのかとべデリアが問うと~~~


Hannibal: Madness can be a medicine for the modern world. You take it in moderation, it’s beneficial.

ハンニバル:狂気は現代社会を治療する薬だ。節度ある服用なら、よい効果がある。

Dr. Maurier: You overdose and it can have unfortunate side effects.

べデリア:あなたは乱用しているでしょう。不幸な副作用が出る可能性があるわ。

Hannibal: Side effects can be temporary. They can be a boost to our psychological immune systems to help fight the existential crisis for the normal life.

ハンニバル:副作用は一時的なものだ。狂気は、日常生活がもたらす実存の危機に対抗する心理的免疫システムを強化できる。

 

確かに、退屈な日常生活から逃れるために、エクストリームなスポーツとかエンタメとか酒類・薬物といった軽い狂気を作り出す媒介物で、我々現代人は緩慢な自殺から逃れているのだと、アタシも思っとります。

多分、これがホラードラマを製造し続けるブライアン・フラーの哲学でもあるかと…

 

とはいえ、殺人とカニバリズムにいたるほどに狂気を乱用しているハンニバルの判断は正しいのか?

そして、ハンニバルはウィルの狂気を増長することで、ウィルを救っていると本当に信じているのですね。

 

とてつもない信念に、愕然としてしまったアタシです。

 

精神科医としての自分の名声を確立するためだったチルトンによるギデオンの心理操作。ウィルを思って(?)心理操作をしていると信じているハンニバル。

多分、いいことをしているという認識の操作者の方が恐ろしい。なぜなら、被害者は操作者の悪意に気づくことが難しい、真実に近づくことが難しいから。

  

心理操作でアイデンティティを揺るがされた2人の被害者、ウィルとギデオンの運命はどうなるのか?アイデンティティを盗まれたハンニバルは何を企むのか?

操作されたアイデンティティがもたらす展開に興味が尽きません。

 

ハンニグラム、オメガバースの誕生

重くなりすぎたので、スラッシュ系のネタをお話しますかと。

 

これまで何げなくファンフィクション用語を使ってきましたが、少し説明いたします。

ファンフィクション(ドラマやアニメなどの2次創作)の中で、男性同士の恋愛を扱うカテゴリーがスラッシュです。女性同士だとフェムスラッシュ。ハンニグラムはハンニバルとウィルのスラッシュなコンビ名であります。コンビを熱心にサポートすることをシップ(ship)するといいます。

放送終了後5年を経過しても、2次創作サイトのベストペア20位(最上位はもちろん『スーパーナチュラル』『シャーロック』など)以内に食い込んでいるハンニグラムは、なかなか強力なペアです。

 

で、スラッシュの下位カテゴリーオメガバースなるものがあります。人間の男性の中には、一般人なベータ、妊娠する能力があるオメガと男性ホルモン全開のアルファという種類があって、アルファは絶対的な支配階級、オメガは封建時代の女性のような地位や奴隷のような状況におかれているという感じの、奇想天外な世界であります。

オメガの生物的特徴として、妊娠に適合する期間のヒートなるものがあり、この最中には体温が上昇して、体液でベタベタになり、理性的判断を失うというようなことが起こります。

まさに、このエピソードのベッドでのたうち回るウィルの状況ですね。なので、このエピソード以降、ウィル=オメガ、ハンニバル=アルファというフィクションがボコボコ出てきました。反動で、逆パターンも多く出ていますが、このエピソードをハンニグラムオメガバースの出発点と考える方たちが多いです。

 

因みに、ウィル=オメガの大人気作というと、KatherineKrawlさん作の『Mark me not a Savage』がダントツです。興味のある方は、ぜひ、読んでみてください。