ラムジー・ボルトン(スノウ)とシオン・グレイジョイの不可解な結びつきを深読み、分析しまくるの続編です。
今回は、性的サディズムとか戦時捕虜の虐待とかストックホルム・シンドロームとか、本当に耳障りのよくない話題も入ってますので、嫌なかたは読まないようご注意ください。
- 何故、シオンはリークになってしまったのか?
- サディストの"玩具"であるシオン/リーク
- 性的虐待の被害者としてのシオン/リーク
- ストックホルムシンドロームという悲惨
- シオン・グレイジョイは救われたのか?
何故、シオンはリークになってしまったのか?
ラムジー・ボルトン(スノウ)とシオン・グレイジョイをリークにしなくてはならない心理状況は前回の第1弾で語りましたが、
では、何故、シオンがそれを受け入れてしまったのか?
アリア・スタークは"顔のない男"になる"名前を捨てる"修行の中で、視力を奪われたり、刺客のウェイフに追い回され、何度も腹を刺され、ドブ川でのたうち回るという拷問のような試練を経ましたが、それはスタークとしてのさらに強固な復讐への決意へと導いただけでした。
サンサもラムジーに繰り返しレイプされ、傷つけらる恐怖を経験していたはずですが、やはりスタークとしてウィンターフェルを取り戻す、ラムジーに復讐を誓う一念へと駆り立てただけでした。
ここに、第1弾で語った対処メカニズムとして築かれたシオンのアイデンティティという問題が絡んできます。
最初はエダード(ネッド)・スタークに、次はロブに、さらに父のベイロンに気に入られ、認められるために次々と重ねていったシオンのアイデンティティというマスクは、ラムジーに切り刻まれる痛みと恐怖の前に簡単に崩れ去ってしまったのでした。
He broke me into a thousand pieces. ラムジーが自分を粉々に壊してしまった。
TVのシオンはヤーラに訴えます。
ラムジーが好む拷問は、生皮剥ぎ。神経が沢山通っている指先にやられたら、とてつもない痛みです。そのまま放っておくと、患部は腐り始め、壊死していき痛みはさらに増していくので、被害者は指を切り落としてくれと懇願する。とてつもなく入念で残酷な拷問です。
何度も皮を削ぎ、肉を次第に露出させていくことは、何枚も被った、対処メカニズムとしての仮面を削いでいくのに等しい象徴的な行為でもあります。
私たち一般人も、社会的な枠組みに適切に組み込まれるために、幾つもの仮面を被っていると言えるでしょう。それを削ぎ落とされた時残るものは
You're just meat, stinking meat. お前はただの肉の塊、臭い肉の塊だ。
ラムジーは言い放ちます。恐ろしことですが、多分、それは真実でしょう。ただ、極限状況に陥れられているわけではない私たちには、さまざまな言い逃れが許されています。
父親から見捨てられ、北部諸侯には変節者として追われ、逃げ場も救い手もいないと信じているシオンは、臭い肉の塊としてリークであることを受け入れるしかありません。
そして、自分の捕縛者を喜ばせるために、捕縛者の望む存在になることは、シオンの対処メカニズムの中に深く刻み込まれていたのです。
サディストの"玩具"であるシオン/リーク
前回の記事に書きましたが、ラムジーのシオンに対する加虐が単に劣等感克服の代償行為だとすれば、敗北しきったシオンを闇に葬って問題ないのですが、ラムジーはそうしません。
常に身近に置いて、反応を楽しんでいます。
皆さんもご存知のように、ラムジーはサイコパスであるとともに、他者に身体的、精神的苦痛を与えることに快楽を覚えるサディストという、恐るべき合体系であります。
TVのラムジーと他の被害者との関係性を見てみましょう。
タンジーという名の娘を森で狩った時、彼女からは恐怖と苦痛が得られただけです。レイプされたサンサは、屈辱と恐怖、憎悪を放っていました。
捕縛者の手から救うふりをして始まったシオンから得られる反応は、もっと複雑で精妙です。最初は友情の兆しに心を開いたシオンの苦悩や悲しみ、傷つきやすさが露わになりました。ラムジーの裏切りに会って、それは混乱や落胆に変化します。ラムジーの残虐の下で、その心理は恐怖とともに哀願や屈辱感、敗北が絶望やあきらめにかわっていく。度重なる恐怖体験で萎縮したシオンは、震えながら蹴られた犬のように服従する奴隷状態、子供のような依存に陥っていきます。
シオン/リークの千変万化する苦しみは、酒好きなら極上のワイン、肉付きなら最上の松阪牛のようなもの。ラムジーは一瞬一瞬を堪能しつくしているのが画面でも見て取れました。
また、庶子であるラムジー・スノウである限り、真にラムジーのものだと言えるものは、シオン/リーク以外にはありませんでした。ドレッドフォートの領主代行という地位もルースの一声で取り消されてしまう。原作ではbastard boysという配下がいますが、彼らは拷問やレイプに加担はするものの、ルースが送り込んだスパイでした。
シオン/リークは唯の所有物以上でしょう。
彼にとってラムジーは神のように絶対的な存在。ラムジーが付けた傷跡に覆われた身体と壊れた心を持つシオン/リークは、ラムジーにとっては自分を神格化してくれる被造物ではないでしょうか?
ラムジーとシオンの演技指針は、演じているイワン・レオンとアルフィー・アレンの判断に委ねられていたそうですが、ラムジー役のイワンはも、ラムジーは自分の被造物としてシオン/リークを愛しているという解釈をしていました。
だから、ラムジーはリークに執着していたのです。
性的虐待の被害者としてのシオン/リーク
ゲーム・オブ・スローンズが暴力的な世界を描いていることを前提としても、女性に対するレイプが多すぎて、女性蔑視的であるというフェミニストの声をよく聞きます。
そういうフェミニストの方々には、シオン/リークはレイプを含む性的虐待の被害者である可能性が高いと反論したいです。
統計的に、男性に対するレイプは全体の1割と報告されています。男性の場合、事実を隠すケースが多そうなので実際はもっと高い比率かともおもいますが、これを指針としてシオン/リークを考慮すると、現実的な割合だと考えます。
現実の世界、アフリカから中央アジアへと広がる現在の戦闘地域では、男性捕虜へのレイプを含む性的虐待が多く訴えられるようになっています。
拷問としてのレイプを含む性的虐待は、性愛の問題では全くありません。勝者のテリトリーをマークして、相手の尊厳を奪い、人間性を破壊する最も有効な支配の手段なのです。
ラムジーは性的サディストですから、性愛的ではなくても、性的な快楽の意味合いは存在したでしょう。
ラムジーのシオン偽救出作戦に、当然、これは入っていました。シオンを追うの部下たちがシオンをレイプしようとしたのは、ラムジーの指令に入っていたはずです。何故かラムジーは計画を変えて、部下を殺してシオンを助けるのですが・・・。
淀川長治氏が力説していた映像の文法ということを考えると、このシーンはシオンに対する性的暴力を観客の潜在意識に埋め込む布石といえましょう。
原作でも、リークとラムジーの身体的密接性を示唆する表現はでてきます。
“And what do you want my sweet Reek?” Ramsay murmured, as softly as a lover. 「俺の愛しいリークの望みは?」ラムジーは恋人のように優しく囁いた。
Reek might have done it. Would have done it, in hopes it might please Lord Ramsay. These whores meant to steal Ramsay's bride; Reek could not allow that.
リークならそうしたかもしれない。ラムジー様を喜ばせるために、きっとそうしただろう。娼婦たちはラムジーの花嫁を盗もうとしているが、リークはそんなことをさせない。
レンリーとロラスの関係も原作では微妙に示唆されていただけです。それをあからさまに描いたことで、TV版は大いに批判されました。そのせいなのか、ラムジーとシオンの関係性は曖昧に留まっています。
ただし、性的な関係性を暗示するシーンは多々見受けられます。
女性二人にシオンを襲わせた上で去勢したことは、当然、性的虐待です。
さらに、シオンがリークになるシーンで、ラムジーがシオンの首筋に触れ彼の匂いを嗅ぐところ。
イワン・レオンは「(リークは)アセクシャルな生き物だから、自分はセクシャルに振舞っていいと思った」と語っています。
ラムジーが手ずからシオン/リークを入浴させるというのは恐ろしく異様ですが、裸になったシオン/リークの右の乳首が削り取られていたり、下腹部まで皮剥の痕があったり、腰の辺りに痣ができていたり、シオン/リークの股間を見てラムジーが邪な微笑みを浮かべたり、なんとも残酷で性的です。
犬舎でサンサがシオンを見つけた後にラムジーがシオン/リークに
“You smell particularly ripe this evening”というところも思わせぶりです。
この文脈でのripeは「臭う」なのですが、本来は果物や女性などが「熟れきっている」という場合に使われる形容詞です。その後で震えるシオン/リークの顎に触れてからを跪かせて、一旦また指を削ぐのかと思わせつつ、優しくシオン/リークの手を握るところなど、ripeのダブルミーニングを疑いたくなります。
極端な暴力と心理的拷問に性的拷問が加われば、被害者は果てしなく壊れるしかありません。その怖さがひしひしと伝わるシーンの連続です。
ストックホルムシンドロームという悲惨
シオン/リークを演じるに当たって、アルフィー・アレンはストックホルムシンドロームを意識したと語っています。
アルフィー自身の言葉だと ストックホルムシンドロームは「人質が捕縛者に恋してしまう(心理状況)」です。
左翼過激派に誘拐された新聞王の孫娘、パトリシア・ハーストがそのメンバーになり、銀行強盗に加担したことで有名になった症状です。
人間は自分と密接に関わる人々に共感しないで生きていくことはできません。なので、人質も捕縛者のちょっとした行為にほだされて、情愛の幻想を抱くのです。
シオン/リークも例外ではありません。優しく体を洗いながら、「自分を愛しているか」と問いかけるラムジーに、子供のように眼を丸くして「勿論、ご主人様」と答えた時、リークの愛は強制されたものだけれども、本物だったとアルフィーは答えています。
誘拐・性的虐待とアイデンティティの喪失、ストックホルムシンドロームが合体した事件に、スティーヴン・スタイナー事件があります。7歳で小児性愛者ケネス・パーメルに誘拐されたスティーヴンは別の名前を与えられ、パーメルの息子として14歳まで囚われの生活をします。
とはいえ、二人の外見は普通の親子で、パーメルはスティーヴンを甘やかし、スティーヴンはパーメルになついていたといいます。
親元に戻ってからスティーヴンの悲劇は始まります。まずは、甘やかされたスティーヴンは一般家庭のルールに従えない。性的虐待を受けた息子を受け入れることができない父親は抱きしめてもくれない。事実を拒否し続ける両親のために、心理療法も受けられない。性的虐待を理由に学校ではいじめられる。
それやこれやで、スティーヴンはハイスクールをドロップアウトして、アルコール浸りになり、結婚はしますが、24歳の時にバイクの無謀運転事故で亡くなってしまいました。
さまざまな治療を受けてパトリシアは普通の生活に戻れたようですが、スティーヴンは救われなかった。
傷ついた者は、家族の元に戻ってさらに傷を深くする。それは、シオンにも当てはまるでしょう。
シオン・グレイジョイは救われたのか?
七王国に心理療法士はいませんし、姉のヤーラも鉄の民も他の諸侯も弱さというものを受け入れない。
シオンは理解してくれる人のいない中で、葛藤を押し殺して生き延びていました。
時間がかかりはしましたが、叔父ユーロンに捕らえられたヤーラを救出するところまで、身体的にも精神的にも回復していった。すごい強さだと思います。
さらに、夜の王からブランを守りために戦い、ブランから"善き人"と言われることで、変節者・裏切り者としての汚名も注ぐことができました。
ですが、ラムジーに奪われたもの、与えられた傷はどうなったのでしょう?
サンサはラムジーを殺すことである意味決着をつけることができたけれど、シオンに関しては何も説明されていないという趣旨のことをかつて書きました。
シーズン8を何度も見直す中で、その答えをアルフィー・アレンが出してくれたと感じました。
ブランに声をかけられてから夜の王を振り返った時、リークならではの息遣いと震えが一瞬戻ってきたのです。
シオンはリークを意識下に押しやっていただけで、彼を新しい人格に統合することはできなかった。だから、シオンが恐怖に直面するとリークは表面に浮かび上がってきてしまうのです。
シオンの望みは、卑しいリークではなく名誉あるシオン・グレイジョイとして死ぬことです。そのためには、リークに人格を乗っ取られる前に死ぬしかない。
夜の王に木の槍で向かっていったシオンの行為は、suicide by cop(警官に武器を向けることで警官の銃撃を引き起こして行う自殺のこと)に見えます。
ラムジーのように冷たく青い夜の王の眼に見入りながらシオンは倒れ、リークのように痙攣しながら息絶えます。
シオンは名誉回復はしたけれども、リークからは、自身のトラウマから、ラムジーの呪縛からは救われなかったのです。
シオンは一生トラウマを抱えて生きなくてはならないと、製作者が語った時から覚悟していた結論ですが、やはり痛いです。
I'm Reek... always and forever. いつも永遠に・・・ 私はリークです。
Until you rot under the ground. お前が地面の下で朽ち果てるまで。
ラムジーとシオン/リークが交わした誓いは、不吉にも成就してしまったのです。
悲しい結論です。
トラウマを抱えたシオンファンたちは、我が身に引き比べてて怒り
苦闘しています。
ファンフィクションでシオンを幸福にすることで、救われようとしている人たちもいますが、人生は残酷です。