ゲーム・オブ・スローンズ最終シーズンの最終話、欲しがっていたものを手に入れたのは誰かと考えると、"北の女王"となって冠を頂いたサンサ・スタークが一番に浮かびます。サーセイと同じように女王になることが少女時代からの夢だったサンサ。
それでは、サンサ・スタークが最終的な勝利者なのか?しつこく考えてみました。
サンサの初恋は少年アイドル狂い?
美々しい騎士に憧れ、恋に恋する美少女だったサンサ・スターク。
随分と長く険しい道のりを経て女王になったものです。
第1シーズンの冒頭
ラニスター家特有の金髪と可愛らしい顔立ちのジョフリーの許婚となり、女王になる未来が開け、サンサはとても満足している様子でしたが、ジョフリーの歪んだ性格がすぐに明らかに・・・。
その後の彼との関係は保身のために、王子の婚約者でい続ける自己欺瞞と見えました。
では、サンサの自然な乙女心が求めた相手は誰だったのか?
華やかな銀の甲冑に身を包み、絵本から出てきた騎士そのもののギャラントリーで1本の紅薔薇を捧げてくれた"花の騎士"ロラス・タイレルですね。
TVシリーズですと、ジョフリーの前では半信半疑な顔つきをし続けていたサンサの表情が、ロラスが現れると花が開いたようになる。それくらいの変化なのですが
原作本を読んでますと、ロラスを見た途端ジョフリーが存在していることを忘れてしまったかのように、ロラスがどれほど素敵かサンサは語り続けます。
ところが、憧れのロラスはゲイだったという・・・
余談ですが、この辺りのナラティブ、とてもよくできていると思います。
マスメディアによるエンタメなどない七王国の世界、騎馬試合に登場する騎士たちは映画俳優やポップスターという社会的ポジションにいると思うのです。
その中でも、幼い少女たちが思いを寄せるのは、男性としてのギラつき感がない美形アイドルということになります。
ハリウッド全盛時代のイケメンスターたちの多くがゲイだったように、爽やかな少年アイドルたちはヘテロじゃないことが多い。マイケル・ジャクソン、ジョージ・マイケルからハリー・スタイルズまで、この流れは延々と続いています。
初期のゲーム・オブ・スローンズは、こういう社会現象を切り取る視点の切れ味も素晴らしかったでしたかと・・・
無害な小鳥の成長
少女時代から、サンサ・スタークには自己保全のためなら平気で嘘がつけるという特性がありました。スタークらしからぬ性質です。
例えば、アリアの剣術の稽古に付き合っていた屠殺人の息子マイカをジョフリーが襲って反対にアリアの狼ナイメリアに噛まれたとき、
ジョフリーは被害者だと言い張るサーセイに平然と賛同して、マイカや自分の狼レディの死を導きました。
父エダード(ネッド)が謀反人としてサーセイに囚われたときは、ラニスターに忠誠を誓い、反乱に立ち上がった兄のロブにラニスターに膝を屈するよう進める手紙を書き、父のネッドには謀反の罪を認めるよう促しました。
善悪判断が明確で頑固な妹のアリアとは反対に、サンサは状況次第で変幻する自在な能力があったのです。
とはいえ、この時点のサンサは幸せを望むか弱い小鳥。彼女の虚言は、他人を陥れるために自分の意志で形作られのではなく、周囲から強制されてでてくるものではありました。
父ネッドをジョフリーに殺され、自分もジョフリーのサディズムの対象になり、サーセイに真綿で首を絞めるように扱われ、ラニスターを嫌う民衆にレイプされそうになり、信じていたタイレル家の人々に裏切られてジョフリー殺しの罪を着せられそうになり、か弱い小鳥は、人の心の裏を見る怜悧な女へと成長していきます。
女の情念が諸悪の根源?
全編を通してゲーム・オブ・スローンズを見てくると、絶対悪としての"夜の王"に加えて、相対悪として"女の情念"というものが根底にあるように思えます。
まず、考えられるのがサンサの母キャトリン・スタークの盲愛。
愛する夫ネッドの不貞が許せず、継子のジョンを精神的にいたぶり続け、我が子可愛さでティリオン・ラニスターを捕らえたり、娘たち奪還を目してジェイミー・ラニスターを逃したり、レッド・ウェディングで殺されてしまうまで、一家を破綻へと導く暴走はとまりませんでした。
そして、サーセイ・ラニスターの狂恋。
バカ息子のジョフリーを甘やかし放題で、彼のサディズムを助長し、夫ロバート王に不貞と子供たちの父親がバレそうになると、リトルフィンガーを抱き込んで"王の手"ジョン・アリン毒殺を謀らせ、夫を殺し、ネッドを冤罪に落とし入れ・・・。息子のトーメン王が妻マージョリー・タイレルの言いなりで皇太后としての権力が危うくなるとマージョリーを爆殺してトーメンを自殺に追いやり、自分が"鉄の玉座"に座るという勝手放題。そして、若く美しいデナーリス・ターガリエンを憎み倒し・・・
サーセイの行動の根底にあったのは、盲目的な近親愛、弟ジェイミーとの近親相姦を貫こうとした情念と不吉な予言への不安に駆られた狂騒といえましょう。
オベリン・マーテルがティリオンを救う決闘裁判で殺されたことを逆恨み、罪のないサーセイの娘ミアセラを毒殺したエラリア・サンドの愛憎も凄かった。
小さいところでは、ティリオンの愛人シェイなどの情念も・・・
ティリオンを愛していたらしいシェイ。彼の寵愛を失ったと思い込んだら憎さ百倍。
ティリオンを女ジョフリー殺しの犯人に仕立てるために偽証をし、ティリオンの父タイウィンと床を伴にするという復讐の鬼っぷり。
リトルフィンガーと結ばれるために、夫ジョン・アリンを毒殺したキャトリンの妹リサも見逃せません。
そして、何よりもデナーリス・ターガリエンが巨悪の独裁者と化してしまったのは、最も大きな情念の悲劇と言えましょう。
栄えるクールな女たち
情念に狂って罪を犯す女たちとは裏腹に、男の弱さを見抜いて心を許さず、かと言って表立って抵抗をするわけではなく、男たちの欲望を利用して裏で操るタイレル家の女たちは、安定した治世を導いたと言えましょう。
まず、ロラスの妹マージョリーを考えてみましょう。
婚約者ジョフリーのサディストっぷりをサンサから聞いて事態を学習し、適宜彼の意向に合わせつつ、民衆に食料を配って人気取りに成功、理想的な女王になるべきものとして結婚式に臨みました。
その式場でジョフリーが殺されるとトーメンを色香で虜にしてサーセイを孤立させるなど、見事な手腕でした。
賢明なマージョリーが殺されるなんてと思われる方々、原作のマージョリーはしっかり生き抜いています。
そして、マージョリーを教育した祖母のオレナ。自分の息子や孫息子を間抜けと言い切る歯に衣を着せない毒舌が痛快な女傑です。
ジョフリーの危険性を察知すると、サックリ毒殺してティリオン・サンサ夫婦に罪をなすりつけるという奸計にも優れたマキャヴェリストですね。
オレナ率いるタイレル家は栄えています。原作では、ロラスが行方不明、大火傷で死んだらしいという噂の他には、誰も亡くなっていません。
冷徹な戦略家へと変貌するするサンサ
サーセイ、リトルフィンガー、タイレル家の女たちという曲者たちに囲まれて育ったサンサは人の心を読んで先回りする知恵者へと成長します。
リトルフィンガーに匿われて鷹巣城にとどまっていたら、彼女の奸智はタイレル家の悪知恵程度にとどまっていたでしょう。
ところが、リトルフィンガーの新たな企みでボルトン家の嫁に売られてしまいます。
受動的に企みを巡らして、男をたぶらかして意のままに操るという手口が全く通じない異種のようなラムジー・ボルトンの嫁になり、耐え難いレイプと暴力に震え、それを生き延びたことで、サンサの中にあった人生への夢や希望、男というジェンダーへの信頼は、全く失われてしまったようです。
そこから先のサンサは、戦略の師リトルフィンガーも死罪に陥れ、ジョン・スノウを始めとする兄弟妹も自在に操って欲しいものを手に入れる恐るべき政治家となったのでした。
凍てつき、石化した女王の戴冠
弟のブラン・スタークが七王国の王位を継承して、"北"の王国独立を認めたことで念願の女王となったサンサ・スターク。
彼女は本当に望むものを手に入れたのでしょうか?
王都に囚われていたサンサが望んだのは、家族の元に戻ることでした。
でも、女王サンサの元には家族はいません。
"三つ目の鴉"と化したブランは、紋章すらスターク家とは関係ない"別の存在"になり
復讐から開放されたアリアは七王国を去って西の新天地へと向かい
女王殺し・親族殺しとしてジョンは"壁"へと追放になってしまった。
リトルフィンガー直伝の"カオス理論"を操り始めたら、自分以外の人間はゲームの駒になる、だから誰にも心を許せない。策謀という台風の目の中で凍りつくしかない。
例えば、忠誠を誓ってくれた真の騎士ブライエニーとも、絆を築くことができないままで終わってしまった。
状況が見えないで行動する男ジョンを除いた元家族たち、ブランもアリアもサンサの資質を見切っている。
第8シーズンのサンサが心を許せた唯ひとりの人物は、明日という日を90%迎えることがない、ウィンターフェルで死のうとしているシオン・グレイジョイだけでした。
シオンの前では、サンサも小鳥だったサンサに戻って泣き笑うことができた。シオンを弔う涙にくれた後のサンサ・スタークは凍てついた心に戻るよりほかありませんでした。
家族もなく、愛する人もなく孤立した、勝利の笑みもない石像のように孤独な存在としてサンサ・スタークは戴冠したのでした。
石化という言葉が突然出てきて、驚かれる方もいるかもしれません。
原作を読むと、サンサにはAlayne Stoneという偽名があるのです。鷹巣城でリトルフィンガーの庶子、"落し子"として暮らしていたときの偽名です。
シンボリックな意味で、リトルフィンガー直伝の奸計で身を鎧い始めたとき、サンサはStone化=石化し始めたと考えられるでしょう。
女王サンサは孤独の要塞で石化するしかありません。
サンサとエリザベス1世のパラレル
サーセイやマージョリーのように髪を結い上げたり、デナーリスのように三つ編みにしたり、サンサ・スタークは、自分に大きな影響を与える女性たちの髪型を模してきました。
それが、戴冠の時には真っ直ぐに下ろしただけの、シンプル極まる髪型になっています。素の髪型に戻るということですね。
女王になって、サンサは始めて他者を意識することない自分自身になったということでしょうか。
ところで、この下ろし髪、ケイト・ブランシェットが演じた「エリザベス」の戴冠を思わせます。
サンサとエリザベス1世は、多くの共通点があります。
母アン・ブーリンが処刑されたため、庶子となり、父親のリチャード8世も亡くなり、継母のキャサリン・パーと暮らしていた14歳のエリザベスは、パーの愛人トマス・シーモアと懇ろになります。
現代の概念でいえば、性的虐待ですね。エリザベスも様々な紆余曲折や政治的陰謀を経て女王となり、夫を持つことはありませんでした。
サンサと同じように少女時代の虐待が、処女王を形作ったという説もあります。
第6シーズンあたりから、青白く透き通って無表情なサンサはエリザベス1世の肖像画のように見え始めました。
皮肉にも、孤高の女王の下、英国は未曾有の大国となっていきました。
賢明なサンサは、エリザベス1世のように理想的な君主となるでしょう。
ですが、女性が理想的な為政者となるためには、情念・愛を持つことは間違いなのか?
番組の結論は、そう言っているように思えます。
ですが、七王国で最も安定しているタイレル家が、家族愛・強大な家族力を基盤に成り立っていることを考えると、この結論は方向がズレているかと思えます。
愛を持ちながら、冷徹な目で現実も見据え、愛に溺れることがない女性の為政者という成功例がオレナ・タイレルです。
ヴィクトリア女王やマリア・テレジアと家庭を持った名女性君主もたくさんいます。
そういう意味でも、タイレル家というプロトタイプを潰したのは間違いであったという無念が一段と強くなるのでした。