エンタメ 千一夜物語

もの好きビルコンティが大好きな海外ドラマやバレエ、マンガ・アニメとエンタメもろもろ、ゴシップ話も交えて一人語り・・・

キリング・ストーキングは、なんでこんなに痛ましいのか? ネタバレ注

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サイコスリラーの傑作とか、不健全すぎる!とか、賛否両論。ストーカーがシリアルキラーに恋したらどうなるのか?って設定もオモロそうだったけれど、BLには興味ないから放っておいたWEBマンガですが、読んだらハマりっきり、読み終わったら収集がつかないほど悲しくて1月ほど機能不全になってしまった!という作品。なんでそうなったのか?悪魔祓いのために整理してみました。

※ 過激な虐待と病んだ心理のお話なので、そういうの苦手な方、自傷に走りやすい方はご注意ください。アタシも立ち直るのに苦労してます。また、途中から英語で読みだしたので登場人物のセリフが吹き出し内容とピッタリ合わないことも多いかと思いますが、そこはお許しください。

 

 

どんな話かっていうと

『キリング・ストーキング』は韓国の作家クギの作品。主人公たちがアジア人らしい、瞼の重そうな切れ長の眼をしていて、骨太でダイナミックな画質も魅力的です。

徴兵制度やキリスト教の影響下にあるホモフォビアとか閉鎖的な家族関係根強い儒教的な善悪感とか、韓国の文化風土ならではの感触がありながら、ネグレクトや家庭内暴力、BPD(境界性パーソナリティ障害)、PTSDとかエディプスコンプレックスとか現代社会の普遍的な病巣を取り上げてるので、世界中で熱狂的なファンを獲得しています。

 

小さくてやせ細ってて、どこに行ってもいじめられっ子で、貧乏でみすぼらしい。リストカット癖もある劣等感の塊みたいな主人公ユン・ウジン(イラストの前にいる黒髪の方)青年。4年遅れで入った大学のハンサムで背が高くてマッチョで、やさしく思いやりがある超モテ男で人気者、年下の同級生オ・サンウ(バットっ持ってる茶髪)に片思いしてるけど、一緒に徴兵されても顔も覚えてもらってない。

ところが、ひ弱なウジンが先任兵のイジメの対象になって、レイプされそうになったところを助けてくれたのはサンウ。

 

ていうと、典型的にBLな筋書なんですけど、ここから一機に病んだ世界に突入するのですね。

 

元々ストーカー癖のあるウジンは、ネットでも現実生活でも"僕のヒーロー"なサンウを追いかけまくり、20代の後半になっても無職で生活破綻しています。カノジョといるサンウの姿に嫉妬して思いが募り、家宅侵入を図り、その外出時間を狙って玄関の暗証キー4桁の組み合わせ250通り近くを何か月もかけて試す毎日。ギョッとする執念です。

 

巡査のヤン・スンベから職務質問されてストーキングばれしそうになりながら、なんとか開錠。最初はサンウの布団にスリスリしたり有頂天なのですが、その地下室で発見したのは、猿轡をかまされロープで縛り上げられた裸女。

驚いて凍りついているところを、実はシリアルキラーのサンウにバットで殴り殺されそうになり~~~

 

ウジンは不安と恐怖でいつも『ロード・オブ・ザ・リング』ゴラムみたいな顔になってるし、サンウは眼が死んでるってか、イっちゃってるしと、のっけからホラーな息づまる展開にまずはハマります。

 

※主人公の名前、国際的にはYoon Bum (윤범)です。なんで日本だけウジンなのかは不明。

※第3話までは公式サイトで無料で読めま~~す。

BLじゃないの?

「殺される!」「死にたくない!!」と思ったヘタレウジンの口から思わず出た言葉は命乞いではなく、「好きなんです…!!」という告白

それが面白かったのか生命はとりとめたものの、サイコなサンウに階段から突き落とされて右足を骨折、衣服を奪われて柱に繋がれ、左足もスパナで砕かれて女性の死体と一緒に地下で監禁状態に!

 

てな感じで、無理矢理始まったウジンとサンウの不可解な共同生活。

最初はなんとか生き延びよう、逃げ出そうと必死なウジンと、それを見越して過激な虐待を繰り返すサンウの攻防が焦点なのですが…

 

ちょっとやさしくされると恋愛モード復活してしまうウジンと、どんなに酷い仕打ちをしても自分に従い続けるウジンに心を開いてしまったサンウと…。

2人の間に奇妙な依存関係が成立していくのですね。

 

英語圏のファンダム中心にBLじゃなくて、あくまでもサイコスリラーなんだっていうの意見がありますが~~

 

もちろん、『キリングストーキング』はBLです。主人公のウジンが20代後半なのに、ヒゲも体毛もないツルツルの少年体型で、異様に女装がハマってたりし、マッチョな攻めと女の子みたいなウケっていうBLカテゴリーにバリバリ入ってますよ。

 

でも、BL要素の上にゴツいサイコホラーを築き上げたってとこが、評価大です!

 

特有のエロい場面も当然あるのですが、展開としてわざとらしくない。というのも、セックスは、2人がお互いを操る手段として描かれているからです。

ウジンはセックスをサバイバルの手段、サンウをなだめる手段として使ってるし、サンウの方はセックスをウジンに対するご褒美や罰として使っている。

なので、エロい場面は2人の心理的攻防、スリリングな駆け引きだったり、間違って本心や真情を吐き出すキッカケとなるのですね。

 

ただのBLって、勝手にエロしてろ!みたいにすぐ飽きがくるんですけど、この作品は2人の主人公がなんでこんなんなってしまったのか?その心理描写が濃いので、どんどん読みたくなるのです。

 

ってことで、2人の心理・病理はといいますと~~~

 

ウジンの病み(ネタバレ注)

ボコボコに殺されそうになったり、殺しを強要されたり、それレイプでしょ!みたいなことになってもサンウを愛してると言い続け、エロく萌えるウジン。監禁状態から抜け出しても離れられない、ストックホルムシンドローム というには、あまりにネチッこい執着が、最初はキモかったりしましたが…

読み進むと、なんでそうなるしかないのか?分かってきます。

 

冒頭でウジンは境界性パーソナリティ障害(BPD)があると紹介されます。

BPDは不安定な情緒や思考で、行動パターンや人間関係が影響される精神障害です。ウジンに当てはまる症状としては、

・どうしようもない自己否定や自信の欠如

・虚しさや寂しさ、見捨てられ感などに付きまとわれ

・衝動的な行動や自傷に走り勝ち

・現実感を失う乖離症状

・ストレス性の幻覚

感情がめまぐるしく変化し、混在する感情の調節がきかないといったところがあります。

さらに、ウジンに特徴的なのはFP(Favorite Person大好きな人物)の症状。人の人物に極端な執着を持ち、この人物の影響によって自分の感情のあり方も、自己認識も存在価値も決まってしまうのですね。

 

自信がないから相手とコミュニケーションできないけれども、FPへの深い執着からストーカー行為を繰り返してきたウジン。FPであるとともに恋愛対象になってしまったサンウからは、逃げようがないのです。

 

また、BPDは子供時代の継続した情緒的もしくは性的な虐待による極度の不安により引き起こされることも多いのですが、これもウジンに当てはまっています。

 小学生くらいで両親を亡くしたウジンは、祖母と叔父の家に引き取られますが、うだつの上がらない叔父は酒乱。さらに叔父は、自分を捨てて出来のよい兄と結婚したウジンの母親を憎んでいるので、ウジンを虐待します。ウジンが思春期になってストーキングを始めると、その虐待はエスカレートして暴力に加えて食事を与えない罰になり、亡き母親そっくりに成長したウジンがセックスに興味を持ち始めると、虐待は性的になり、レイプも始まります。

ウジンの記憶の中の叔父には顔がない。痛みと恥の記憶はあっても顔は思い出せない。BPDに特有の乖離症状による記憶障害なのかと思います。叔父の記憶を消してしまわなければ生きていけない。とてつもないトラウマを抱えているのだと思いました。

 

叔父の暴力を怖れる祖母は基本的にネグレクト。ウジンを救おうともしない。栄養不良でウジンは身体の成長も止まってるようです。

子ども仲間ではイジメの対象になり、中学時代には存在感を消すことで学校生活を成り立たせるようになっている。高校時代にはFPの女子から「死ね」と言われてさらに自信喪失、成人してからは人とのつながりを絶つことで心の平静を保ってきた模様。

 

誰からも愛されないウジンは、人生で初めて自分を助けてくれた(軍隊時代のこと)、監禁状態になっても時折思いやりを示してくれるサンウに対する執着を募らせていくことになるのです。

 FPのちょっとした言動で執着が増してしまうのですね。

 

さらに、虐待やイジメに抵抗することなく、弱い自分にはどうしようもないこととして無力に受け入れてきたウジンには、サンウの虐待を受け入れる素地もできあがっていた(グルーミング)ということも、この相互依存を引き起こしていると考えられるでしょう。

 

ウジンのセクシャリティは明確に語られてはいないのですが、性的体験は叔父や軍隊生活での虐待だけのようです。悲しいことですが、パワフルな同性に支配されること=性愛という刷り込みがなされてしまっていたとも考えられます。

恥ずべきものとしてひた隠しにしてきた体験を、サンウと恋愛していると思い込むことで書き換えていくという、代償行為に走っているのだとも言えるでしょう。

 

分析していくとあまりにも悲しくて、堪えがたいと感じてしまうウジンの人生と心理状態ですが、

「自分はどこにいても馴染まないから、どこにも行かないことにした」とか

引きこもりのアタシには刺さることを言うので、痛みに共感してしまう。

カエルやアニメに夢中になったり、時折みせる驚くような無邪気さ、子どもっぽさがとても純粋で、読者としても深い愛着がわいてしまうのですね。

 

サンウの闇とその救い(ネタバレ注)

サンウは残虐なシリアルキラーですから、最初は典型的なサイコパスの心理状態を示しています。

・他人の痛みや感情を理解する共感力の欠如

・後悔や自責の念の欠落

・他人を自分の利益の(彼の場合は心理的なものですが)ために利用する。

・異様な支配欲(セックスも支配の手段)

・退屈からくる衝動的な行動。

 

では、暴力的なサイコパス野郎として、退屈まぎれにウジンをペットにして虐待したサンウが、なぜウジンを殺すことなく反対に執着していったのでしょうか? 

 

両親を高校生の時に亡くして、地下室もある一軒家で一人暮らしのサンウ。そのルックスに引き寄せられて関係を持った女性に欠陥を見つけて、それを理由づけにして地下室で残虐に殺してしまうというのがサンウの殺害パターン。サイコパス+性的サディストなのかと最初は推測してました。

「親父を殺してからは男は殺さない主義」というサンウに、男だから殺されなかったウジンは、何故か古臭い衣服で女装させられるようになります。サンウが付き合う女性たちは、ホットで派手臭いタイプなので被害者の服ではなさそうです。

もしかしてウジンに着せてるのは死んだ母親の服?性的サディズムじゃなくてヒチコックの『サイコ』みたいな展開かしら?

と思ってたら、もっと凄かった!

 

サンウは父親による虐待をウジンに打ち明けますが、思い出の中の母親には顔がない。幼児期のフラッシュバックだと父親の方になついているので、どうもしっくりきません。

「寂しいから手首をカットするのが癖になった...。ストーキングがやめられなくなった」と告白したウジンを、

被害者意識で凝り固まったサイテーなタイプと非難しながらも、

「(1人で)寝てると(死んだはずの)母さんがドアを叩いて遠くから呼んでくるから怖かったんだけど、ウジンといると救われる」みたいなことを言いいだす。

サンウにとってウジンは、母親に植え付けられた恐怖から救ってくれる"守り神"のような存在らしいと、思ってました。でも、何故そうなるのかと...

 

※ここからは、超ネタバレです!!!

 一見、恵まれた中流家庭で育っていたようなサンウでしたが、記憶の中の母親はウジンの叔父のように顔がないので、母親が虐待者なのかと思っていると~~

 

実は、母親は精神を病み、鬱に悩まされてて、家庭や家族に対して極端な愛憎を抱えていたようです。妊娠中は何度も中絶を試み、生まれてしまってからは幼児のサンウを枕で窒息させようとしたり、食事を与えなかったりもしたんですね。

みかねた父親は、最初は妻を変えようとするけれども、それは次第にただの暴力になる。夫に代わる絆が必要になった母親は、殺そうとしていたサンウを愛着の対象にするようになり、父親に虐待される母子という刷り込みをサンウに始める。サンウが同級生からラブレターを貰うと嫉妬して愛人をつくり、サンウが浮気に気づくと言い訳のためか父親とのセックス場面を見せつけてたりもする始末。

女の業と狂気をまき散らす、正体不明の怪物みたいな母親です。

 

高校生になったサンウが若い頃の父親似のイケメンに開花すると、母親の息子に対する執着は増して、デブの暴力男になり下がった父親を殺鼠剤で毒殺。父親が死んだのはサンウのせいだと心理操作して、郊外の山奥に死体を葬る手伝いをさせたあげく、サンウのことも毒殺しようとする。

気づいたサンウが薬をすり替えて毒殺に失敗すると、「人を殺さないで殺すにはどうしたらいい」と言って熱湯をかけ、ヤケドでショック状態のサンウを地下室に引きずり込み、テープでがんじがらめにして「小学生の時に自分(母親)が何日も地下に閉じ込められていたのに助けてくれなかった」と責め、包丁で切りつけてレイプする。

嫌悪感からか反撃に転じたサンウが包丁を握ると「お前は、誰よりも苦しみながら死ぬんだ」という呪いの言葉を残して包丁に身を投じで自殺してしまいます。

ラシーヌの『フェードル』とかソポクレスの『オイディプス王』なんていう、十分血なまぐさい近親相姦のギリシア悲劇をはるかに超える陰惨な母子の関係です。

 

本来なら無償の愛で包んでくれるはずの母親から殺されそうになるというトラウマ。男性はセックスを能動的な行為として考える傾向がありますがが、それをレイプという形で受動的な行為に変え、行動するパワーとコントロールを奪い、受動的ではあるけれども、タブーの破壊者&近親殺人者に仕立て上げてしまうという、とんでもない心理操作

一連の事件は、サンウにとって母親から受けた究極の裏切りと言えましょう。

ナイーヴなサンウを心理的に殺害して、一人の殺人者を生み出す。母親は見事に、サンウを「殺さないで殺した」わけです。

 

この事件までは普通の少年だったサンウの破壊・殺人衝動は、むしろ、強烈なPTSDの症状に見えてきました。

 

ショックのあまりサンウはこの事件と母親の顔を忘れているようですが、女性=魔性の悪という図式が心理的に出来上がってしまい、彼女たちを罰する(惨殺する)ことで、自分のパワーとコントロールを取り戻す試みをし続けていたと解釈されます。

 

では、サンウにとってウジンは何なのでしょうか?

なんと、記憶に蘇った母親の表情はウジンとソックリです。そのウジンに母親の衣服を着せて、母親に強制されて行った殺人や死体隠ぺいの作業を、ウジンとともに繰り返していくのです。

 

サンウはノンケとして描かれていますが、多少の抵抗を示しながらも、すぐにウジンとのセックスを楽しむようになります。

男性であるウジンは女性とは違い"魔性の悪"ではありません

でも、女性的な雰囲気があるウジンを見るサンウの立ち位置は、柔らかい頬をつねったり、華奢な太股に惹かれたりと、女子に対するものとあまり変化がありません。ウジンは、女性の魔性の悪を持たないので、サンウにとっては安全な女性の代替物と言えます。

また、性欲はあっても、虐待のトラウマから性交にうまく対応できないウジンは、犠牲の子羊のようにサンウを受け入れ続けます。サンウにとってウジンとの性交は窮極のパワーの行使なのでしょう。

 

つまり、サンウにとってウジンは魔性の悪である実の母との負の記憶を書き換え、本来のパワーとコントロールを取り戻すための"良き母"である代役。サンウが抱える闇の究極の救い主なのです。"良き母"ウジンはサンウに無償の愛をささげなくてはならないということでしょう。

 

疑り深いサンウは、暴力を振るったり、自分を殺害する機会や逃げる機会を与えたり、殺人に巻き込んだり、ウジンをテストし続けます。

どんなに酷い状況になっても、最終的にウジンはサンウを選び続ける。愛することを選び続けます。だから殺せない。手放せない。誰よりも大切な存在になっていくのですね。

 

病みきった愛の世界(ネタバレ注)

と、心理状態を分析するとウジンとサンウはお互いのトラウマを書き換えるための手段のようです。

 

では2人は単に相手を利用しているだけなのか?そこに、いわゆる”愛”は介在しないのか?ていうとこが気になってきます。

ウジンにとってサンウは恋愛の対象であり、生活不能者のウジンに衣食住を与えて、得体の知れない悪意しか感じられない世間から自分を守ってくれる要塞のようです。だからサンウがシリアルキラーであることや幻覚を含む奇妙な言動は、意識の外に置かれいます。病んだ心の幻想とはいえ、ウジンにとってこれは"愛"なのです。

 

サンウにとってウジンは、シリアルキラーである自分を受け入れて、拒絶されたら手首を切って自殺を図るような盲目的な愛で従ってくる相手。社会的に適応できないところや現実が見えないところも、可愛いと感じているようです。

 

殺害された父親の犯人捜査がなおざりだったことがしこりになり、女性連続殺人の犯人逮捕に憑りつかれたヤン巡査の違法な家宅捜索があり、

成り行きで警察に連行されてもウジンが裏切らないことを知ってからは、普通のカップルのように振舞う努力も始めます。

サンウはシリアルキラーではあるけれど、父親のような暴力的な役立たずにはなりたくない。だから彼なりに、自分と同じように孤独で傷ついていて壊れているウジンを"愛そう"としています。

 

サンウがヒッキーのウジンをロッテワールドに連れていく章など~~

物心ついてから初めてテーマパークを訪れたウジンは、子どもみたいに目を丸くして駆け出していく。これまた、生まれて初めてもらったプレゼントのカエルのキーホルダーを両手で握りしめたり、無くしたと勘違いしてパニックになったり、着ぐるみキャラと撮ったサンウとの記念写真に幸せそうに見入ったり、初恋モード全開だったりし…

ヴァイキングに乗せてもらっても怖すぎて声が出なかったのが、最後のジェットコースターでは悲鳴を上げることができて、「叫ぶって気持ちいいね」と少年のような表情で語ったり…

皆が子供時代や思春期に普通に経験している小さな幸せやドキドキ感を、何も知らないできた子なんだと一段と実感して、妙に切なくなったりします。

 

社会的に機能不全なウジンとは違って、殺人という代償行為により一般人として機能しているサンウには、自分の性質がもっと見えている。

ジェットコースターの絶叫で会話が聞こえないウジンに「俺を信じたらダメだ。俺はお前を傷つけるだけだ。何度も何度も...(日本語訳ではめちゃめちゃになるだけって表現でした)」と語り、記念写真を捨てようとするのだけれども捨てられない。

無意識の代償行為の道具だったはずのウジンに対して、ウジンそのものとして情が湧いているけれども、自分の正気を信じ切れないサンウの悲しさも伝わってきますし、幸福そうな情景の中にも常に暗澹とした未来を感じさせる緊迫感があるのも、さすがなプロット展開と感心します。

 

テーマパークでの言葉通り、サンウの愛情表現はレイプ魔ではあるけれど数少ない肉親でもあるウジンの叔父を彼の目の前で殺してその究極の忠誠心を試し、トラウマを掘り返すような残酷なものです。

 

「お前が女だったら、お前は生き残れなかった...お前は俺と真剣に付き合いたいんだろ」と、うそぶくサンウにウジンは言います。

「これからは死ぬまで、他の女じゃなくて、僕とだけセックスしてほしい」

他の女性とセックスしないことは、サンウにはセックス後の殺人の快楽もなくなるということ。

結婚みたいに聞こえるけど、俺も条件があるんだ。一緒に死んでくれよ。俺が先に死んだらお前も死ね。手首を切っても首吊りしてもいい。失敗したら何度でもやれ。がっかりさせるなよ

大学も退学して、未来に見きりをつけたようになってるサンウは言い返します。

 

2人で生きるの未来を望むウジンと、自分には未来がないことを見通して2人で死ぬことしか考えていないサンウ。極めつけのすれ違い、捻じれ愛というか、病んだ心がみせる蜃気楼みたいな愛です...

 

 

未来がない歪んだ愛(ネタバレ注)

2人ともお互いのリアルを見ることはなく、自分の病んだ心の中でつくり上げた歪んだ愛の幻想を相手に求めているわけです。

残酷な人生の中で自分をまんま受け入れてくれ、幸福や安心を与えてくれるもお互いだけ。お互いの歪んだ愛の中で、ウジンとサンウはまたとないパートナー、運命の人なのだと言えるでしょう。

とはいえ、2人にとって運命の人は自分の病理を加速するだけの、最悪の毒のような存在。

 

どだい、ストーカーとシリアルキラーの歪んだ愛なんて未来がないだろうと思ってると、その通りの展開になるのですが。その痛さ度がハンパないのです。

 

ウジンと2人だけの静かな生活、親密度が増すにつれ、サンウは記憶の底に押し込んでいた母親の記憶を思い出し、ウジンに惹かれるのはウジン母親を思わせるからだということに気づいてしまい、2人のイメージが切り離せなくなる

愛され感に自信をつけたウジンがセックスでも主導権を持ち始めると、ウジンも魔性=悪である母親と同じなのではないかというパラノイアにサンウは陥っていきます。

ウジンの隠し事に始まったちょっとした誤解が重なって、ウジンは浮気をして殺鼠剤で自分を殺そうとしていると思い込んだサンウは、ウジンのせいで自分は苦しむことになった、出会わなければよかった、最初に殺してしまえばよかったと、元の暴力&虐待男に戻ってしまいます。

 

読者からすると、ウジンの隠し事は"サンウにエンゲージリングを贈る”ってのが見え見えなのですが、パラノイアのサンウには分からない。どちらかが、少しでも正気だったら相手の言葉をしっかり受け止めるのでしょうが、狂っている2人には自分の幻想しか見えないのですね。

で、もしどちらかが正気だったら2人の関係自体存在しないのです。サンウがまともだったらウジンは家宅侵入したところで通報されて、接近禁止令とか出されている。ウジンがまともだったらストーキングなどしないし、4歳年下のサンウと同級生になることもない。2人とも、別のパートナーと健全に生きてるのだろうと思います。

 

病んだ精神が生んだ歪んだ愛だから未来がない。だからといって病んでいなかったら、最初からこの歪んだ愛は存在していない。

なんか、やりきれない関係なのです。

 

不条理すぎるエンディング(激ネタバレ)

暴力&虐待に加えて、事情聴取にきたおっさん刑事を殺して殺人の快感も取り戻したサンウ。今度こそ命運尽きたってなウジンでしたが~~~

違法捜査で免職になり、めをかけてくれた上司もサンウに殺されて、サンウへの憎悪だけで生きてるスンベ元巡査に命がけで救出されます。

その時に起きたガス爆発の全身ヤケドでサンウは意識不明の重体となり、次々とでてきた証拠により連続殺人他の罪が明らかに。

 

身体と精神に負ったトラウマのためかウジンはサンウとは別の病院に措置入院となり、生き延びた最後の被害者として病床から誘拐監禁を立証する証言をし続けます。

やっと正気にもどれたのかと見えたのですが、

復職したスンベから共犯の疑いは晴れそう、サンウは終身刑になると聞かされても~~

ショックで思い出せなくなったサンウの顔が見たい、記念写真を取り戻したい、もう一度会いたいというのがウジンの本心。サンウに唆されて自分も殺人を犯しているウジン共犯として投獄されるのが怖くて、周囲に話を合わせていただけなのですね。

それ以上に、スンベ殺害を止めてサンウに殺されそうになったことで、もう愛されていない、サンウにとって自分は何でもなかったと苦い思いが、ウジンを依存愛から押しとどめていたのだということが分かります。

 

3日後にサンウは転院となり、その後は2度と会えないと気づいたウジンは、サンウが入院する病院を訪ねる決意をするのですが、そこからは、カフカの『城』みたいに、たどり着きたい場所にたどり着けない不条理な世界が展開します。

乗車したタクシーの運転手は病院を間違えた上に、ウジンの所持金をぼったくって去っていく。知り合いにタクシー料金を借りる勇気がなくて、結局、スンベに連絡して「裁判継続中なのに軽率」と叱られて、自分が入院している病院に戻されてしまいます。

 

入院している個室から外に出ると、待ち受けていたのは相変わらず酷薄で居所のない世界。常識人のスンベには理解してもらえない。そうなるとウジンが思い出すのは人生でただ一人、自分を大切にしてくれたサンウとの幸福の瞬間。

転院前の最後の日に、エンゲージリングをサンウに渡した上で、別れを告げるため勇気を振り絞ってウジンはサンウの入院先に再度出向きますが、なぜか、大部屋に行かされたり、他人の病室を教えられたり、たらい回し

ウジンは、サンウと結ばれたいのか、永久に別れたいのか混乱しているようです。そして、彼の動き回る世界も混乱しきっています。

受付に戻ったウジンは、間違った案内ばかりされていることに、多分、人生で初めて大声で抗議します。やっと話が通じて案内された地下室で渡されたのは、2日前に亡くなったサンウの遺灰。最初の日に勇気を出していたら、サンウに会えたのにという後悔。

死に目に会えず、別れも告げられず、いきなり遺灰を渡される。この殺伐とした光景に、いたくショックを受けました。

 

死因は急性呼吸不全と告げられますが、認知症らしい入院患者の老婆から、サンウが「ウジン、ウジン」と叫び続けてうるさいので枕を押し付けたら静かになったという話をウジンは聞かされます。

 

母親が予言した通り、「誰よりも苦しい死」。ヤケドの激痛はさることながら、死刑囚でも最後の面会は許されるのに、それもできず、この世でただ一人、互いに命を懸け合うと誓ったウジンに裏切られたと信じ、それでもウジンを求めつづける。身体的にも精神的にも苦しい死。捕縛寸前に、サンウが殺してもいない両親の殺害をスンベに明かした、悪人というイメージを受け入れきって死のうとしていたようなことも思い出し、サンウの怒りと絶望の深さに苦しくなります。

自業自得、当然と言えば当然の報いなのですが、母親が企んだ通り枕で窒息しするとは、母の呪いがすべてを凌いだのだと、悲しく恐ろしくもなります。

 

一方、サンウが自分の名を呼び続けていたと知ったウジンは、一気に依存愛に逆戻り。

サンウの家にまた押し入って、遺灰をぶちまけてしまい「指輪をはめてあげたいのに...もう...できない…顔が思いだせない」と真情を洩らして、灰にまみれて愛の幻想にふけっていきます。

すると、サンウの幻像が立ち現れるのですが、ウジンをおいて去っていき、後ろ姿しか見えない。必死で追うウジンは、知らない女性と横断歩道を渡るサンウを見つけます。ウジンの心は出発点の妄執に戻ってしまったですね。

 

ウジンを探すスンベが乗る自動車が猛スピードで走ってくる。サンウと女の2人を止めようとウジンが車道に飛び出したところで、歩行者信号が赤に変わる。

女性が消えて1人になったサンウを遠くからウジンが追いかけていくカットで、いきなり物語は終了します。

 

多分、ウジンを救おうとしていたスンベの車に轢かれてウジンは亡くなる。多分、サンウに見捨てられたと信じてウジンは亡くなる。スンベは救おうとしていた相手を殺してしまう(この結論は作者が認めたものです)。

 

なんでこんなに痛ましいのか?

キリング・ストーキングの物語が抱える闇は深すぎます。

 

過去にトラウマを持ち、トラウマに憑りつかれて生きる3人の青年がいて、誰もその病巣に気づかなかった。その病巣のために、彼らの人生は闇へ闇へと転がっていく。

 

ウジンとサンウの関係は病み爛れ、捻じれ切った愛の上に成り立っている。なのですが、この2人はあまりにも似つかわしく狂っている。だから、他のパートナーは考えられないのですね。

 

お互いを破壊し、破滅へと導くしかない究極の病んだ愛。

殺人鬼のサンウが惨たらしい死を迎えるのは当然ですし、愛に狂ったウジンが負の連鎖から逃れられるとも思えない。逃れたとしても、多分、長い闘病生活と投薬で鈍くなっていく人生しか考えられないのです。

 

この世界には、どう考えても救いはない。だから、とんでもなく痛ましい。

 

ウジンとサンウの虐待が成長期に発覚して愛情と治療のある環境を与えられていたら、彼らの狂気は避けられていたはず。でも彼らが受けた虐待は闇に葬られてしまった。

 

誰も救われなかった。人生は不条理なものではありますが、その不条理なリアリティを結末として与えられて、どうしようもなく、痛ましい思いがつのるばかりなのですね。

 

ささやかな慰め

いたたまれないエンディングなので、ちょっとでも救いはないかと英語版を読んでみました。

そしたらウジンが車道に飛び出す寸前に叫んだ「だめだよ!!そんなの嫌だ…!」というセリフが英語版では、

"I said, No...!! I won't let you! "「ダメだって言ってるんだ。もう離さない!」という、ニュアンスになっているのに気づきました。本来のハングルがどうなっているか分かりませんが、英語版だとヘタレのウジンが人生で初めて決断した。サンウを取り戻す決断をしたと、受け取れます。

歪んだ愛、間違った愛でも、過酷な世間や虐待する相手に流され続けるのではなく、ウジンは自分の意志を持つことができたのだと。

 

エンディングの少し前に、幼児のウジンが赤ん坊のサンウと出会って初雪を見るというエピソードがありますが、”一緒に初雪を見た恋人たちは永遠に一緒"というジンクスが韓国ではあると聞きました。

サンウの一緒に死にたいという思い、ウジンのずっと一緒にいたいという思い、ある意味で2人の思いは成就したのかと...

 

病み切った心には、歪んだ愛でさえ救いなのかもしれない。と、少しだけ心の荷が軽くなったアタシでした。

 

 


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