多くのバレエマニアの方々が、「究極の鑑賞体験!」と絶賛するヴィクトリア・テリョーシキナが主人公のニキヤを演じる『ラ・バヤデール』。今朝youtubeを開いたら、何故かテリョーシキナがニキヤのポーズをキメル画像が目に飛び込み~~~ それも、マリインスキー劇場の公式チャンネルの動画!!!!
感激にふるえながら、クリックしたアタシでした。
- ラ・バヤデールって何?
- ニキヤを演じる難しさ
- エントランスのヴァリエーション
- 9:15~水汲みの場面
- 11:30~ニキヤのモノローグ
- 22:15~「スカーフ・デュエット」の後半部分
- 24:55~コーダ
- テリョーシキナがニキヤデビューできた理由
ラ・バヤデールって何?
幻想のインドを舞台に、拝火教みたいな寺院の奴隷で踊り子のニキヤの悲恋を描く大メロドラマ。レオン・ミンクスが作曲、マリウス・プティパ振り付けで、1877年にサンクトペテルブルクの帝室バレエ団により初演されました。
共産党の政権になって、カンパニー名がキーロフ(現在はマリインスキー)・バレエに変わり、1940年代にワフタング・チャブキアーニの振り付けでリバイバルされ、現代の形になったのですが…
この時の主演の、ナタリア・ドゥジンスカヤの高度な技術に合わせて、ニキヤ役は現在のアイコニックな振り付けという決定版ができたのですね。
ニキヤを演じる難しさ
1幕2幕は、19世紀の西洋人がインド風だと思っているクネクネした振り付け、第3幕の「影の王国」では純クラシックという2つのスタイルをこなすという難しさがまずあるのですが~~~
ニキヤを踊る落とし穴は、やはり、恋敵でラジャの娘のガムザッティの方に、
大がかりなリフト、カブリオーレ、グランジュテ、アティテュードのターン、連続のダブル・ピケターン、グランフェッテ、イタリアンフェッテなど、
クラシックバレエを代表するような華やかなステップが使われちゃってるってとこにありますかと。
だから、地味目のステップを複雑に組み合わせた振り付けでガムザッティを圧倒しないと主役として面目がたたないという背水の陣。
ヴィシニョワとかザハロワとか、マリインスキーで『ラ・バヤデール』全幕のニキヤを踊ったらガムザッティにノックアウトされて、もうグランドバレエは無理なんじゃないかと言われたスターさんたちもいます。
そして、ドゥジンスカヤを超えるスゴ技で最強のニキヤと言われているのがテリョーシキナ、そのリハ動画なんてヨダレがじゅるじゅるなのですぅ~~~
エントランスのヴァリエーション
テリョーシキナ姉さんの『バヤデール』が何より好きなアタシなどは、この、初登場場面の音楽を聴くだけで、ウルウルしてしまいます。
ニキヤが横恋慕してくる大僧正の前に呼び出される。胸の上に添えた両手が、自由のない奴隷の身の上を表しています。決然とした誇りだけが身を守るすべ、その緊張感が伝わるテリョーシキナ姉さんの表情。長年プリンシパルを務めてきたコーチのクナコワさんの、深い思い入れも伝わり、これだけで感動です。
1:20くらいから、大僧正に深くお辞儀をして、最初のヴァリエーションが始まります。
我が身を嘆きながら火の神に祈りを捧げるという… リハの段階で、しっかり演技が組み込まれているのですね。素人目には素晴らしいんですけど、クナコワ・コーチは誤魔化せない。
基本的に、猿手で猫背なテリョーシキナ姉さん。コロナ休暇でかなり背筋に縮みがきている。ロシア語は全然わからないんですけど、おふたりの身体言語を見てると、その辺を腕の伸ばし方のピンポイントチェックで直しちゃうクナコワさま。コーチの名人芸というしかありいません。
画像になってるポーズの開始地点も、ただの動きじゃなくて、恋する心が不自由な生活の中に覗けるような感じに修正されてしまいます。動きの指摘で演技を深化させるなんて、素晴らしすぎ!
クラスの動画で、脚のシメが緩んでる感じがあったんですけど、そこもチェックしてますねえ。炯眼!
9:15~水汲みの場面
恋人のソロルとの待ち合わせのために、人目を忍びながら水汲みに出てくるニキヤ。右手をずっと上げてますが、実際はこの手に水瓶を抱えています。
小さな踊りですが、見つかる不安やソロルを探す期待感といった情緒がこめられていないと常連にたたかれてしまう重要ポイントです。
11:30~ニキヤのモノローグ
第2幕エンディングの見せ場。ソロルがラジャの命でガムザッティの婿となる、結婚の宴に呼ばれて踊るニキヤの嘆きを語る長いソロ。
さらに、
先ほどの説明のようにクラッシクの華やかさをギシギシに詰め込んだうえに、宴の人々全員参加の盛大なガムザッティのグランパのすぐ後なので、このインパクトをたった一人で消し去る技術と演技が必要な難物。
テリョーシキナ姉さんが横綱っぷりを見せつける、得意芸の演目でもあります。裏切られ、打ちのめされた女の演技はできても、同時に正確無比なステップを見せられるのは、今や姉さんだけ!
なんですけど、12:45あたりのエビぞり、昔は体が真っ二つみたいな角度でウネウネしてたんですけど、今では普通のバックベンドになってて…
姉さんも、もう若くない事実を実感して悲しくなり。それでも、追いつく奴がいない事実に感心したり、複雑な気持ち…
13:50辺で姉さんのスゴ技がはっきり映ります。ブレしてターンして、ポワントのままルティレしてパンシェアラベスク。普通のプリンシパルはルティレでガタつきながらアテール(ポワントから降りて着地すること)になってパンシェアラベスクするんですけど、姉さんはポワントのまま。どうしてこんな技ができてしまうのか、謎!!!
14:04辺でランベルセが入りますが、これは最近追加したステップ。しっかり、顔の方向を明確にする指示が入ってますね。確かに、こうすると後ろ髪ひかれるような情念が、さらにつたわります。
17:20~花籠の踊り
モノローグの一環なのですが、曲調がガラッと変わります。
悲嘆していたニキヤに花籠が届けられ、ソロルからの贈り物だと思ったニキヤは希望を持つのですが、その中には毒蛇が仕込まれていた。咬まれたニキヤが不正を訴えても、同情する人もなく、仲睦まじいソロルとガムザッティを見た彼女は絶望して、大僧正が差し出した解毒剤を捨てて死を選ぶという、ドラマチックな場面。
18:12からの花籠を持って踊る振り付けは歓びとして表現されることが多いですが、テリョーシキナ姉さんは「贈り物がなんだっていうの?何も変わらないでしょ」っていう感じの、怒りと悲しみを込めて表現することが多く、ユニークだし、説得力ある解釈だと感心するアタシです。
18:40からの対角線上の動きなどは、興がのってくると「もうダメ」みたいに頭を振りながら踊っていたこともあり、あの時は、本当にニキヤの悲しみに引き込まれました。やっぱり、リハ室だとそこまでは高揚しないのですね。
19:20あたりで足元がアップになりますが、体重がかかってないみたいに自在に動く。
20:45辺で両手を振り上げてソロルとガムザッティを呪うシーン、まだ若かったころ、握りこぶしで殴ってやるみたいな動きになっていたのも今となっては懐かしい思い出…。
ド迫力の技術と情念でガムザッティのグランパをうっちゃるモノローグ。横綱健在で嬉しい限りです!
22:15~「スカーフ・デュエット」の後半部分
巻きスカートからチュチュに変えて、「影の王国」の至難のパートに入ります。
「影の王国」は、後悔に苛まれたソロルが阿片の夢の中で、ニキヤと再会して和解する第3幕なのですが~~
このシーンでは、実はソロルがいて舞台の端で長いシフォンのスカーフの片端を持っています。ニキヤが腕を挙げているのはスカーフの反対の端を持っているから。手具操作が入る回転なので、ボテボテになるスターさんが多いのですが、テリョーシキナ姉さんは無類の正確さを誇ります。でも、ちょっと着地が乱れ気味な最近…
22:53開始のアントルラセからのアラベスクトゥール。皆さん2回転がやっとでアラベスクの角度がずれたりするのですが、姉さんは3回転から正確な角度のアラベスクを決めます。これも唯一無二の技!でも、3個目の最後の回転、昔は4回転だったのに今は2回転。やっぱり、人間年を取るのだと、悲しくなります。
スゴ技の数は減っても、誰も追いつけない技術と芸術性。昔は奇跡の人だったとしか、言いようがありません。
24:55~コーダ
ビシビシ決まる連続アントルラセ。最後の1小節はシェネで行く人が多い中、しつこくアントルラセをキメル姉さん。左に行くシェネはやりづらいですが、最後のアラベスクバランスを安定させるために回転数下げてるんでしょうか?聞いてみたいです。
猫背になって肩が上がってるのに、またチェック入ってますね。クナコワ・コーチの果てしない情熱に感動しっぱなしです。
26:40~アタシの大好きな、バスクターン。両足でクルクル回り続けるシェネとは違って、ひとつひとつの回転が明確に独立していないといけない。テリョーシキナ姉さんのは、歯切れよくて小気味いいのですね。
対角線の戻りで使うアラベスクソテ、半分でやめてブレで移動するのが姉さんスタイル。『白鳥の湖』の第3幕では、延々とアラベスクソテを繰り返してるので、この技が苦手というよりは、次のピケターンでガンガン動くために、長距離移動したいからだと解釈しています。よくピケターンで舞台の端まできてしまい、シェネがすこしだけになってます。
そういう動きの大きさも好きなことところ。ダイナミックなんですよね。
いかにもニキヤの勝利のダンスって感じで‼
テリョーシキナがニキヤデビューできた理由
スゴ技と年ごとに増す演技の深みで、至高のニキヤとして君臨するテリョーシキナ姉さん!
とはいえ、姉さんがニキヤデビューはバレエ団としての計画ではなかったのですね。
姉さんはガムザッティ枠にいたのですが…
『ラ・バヤデール』のモスクワ公演がスケジューリングされていた時に、プリンシパルの皆さまは、ローテーションやらケガやらで一杯いっぱい。ニキヤ役がいなくなってしまったんですね。
急遽代役が必要になっても、本番前1週間を切ってて踊れる人自体がいない。ってことで、姉さんにお役が回ってきて、5日間で全振り付けを覚えて代役デビューしたという、マリインスキー都市伝説みたいな有名なお話。
5日間だけリハなんて、あり得ないのに 頑張っちゃったんですね。これまた努力というか、奇跡の賜物。
この代役デビューがなかったら、世紀のニキヤは誕生していなかったかもしれないのです。
人がいないので代役で出て、それを確実に成功させることでジリジリとプリンシパルに上がってきた、ロシア最高の栄誉である「人民芸術家」の称号も得たテリョーシキナ姉さん。
成功の秘訣は「強靭で頑健だから」と、メチャ謙虚。そういうところも、本当に素敵です!
マリインスキーの大黒柱の片側、ソーモワの衰えが著しいし次世代が育ってないので、まだまだ獅子奮迅が必要!なテリョーシキナ姉さん。コーチと一緒に頑張り続けてほしいものです。