『ハンニバル』各シリーズの最終回、やるせない思いに囚われて「どうしていいか分からなくなってしまった」というファンの方が多いです。普通だと、シリーズ最終話ってクリフハンガーに重点が置かれてるので、次のシーズンが待ちきれないって感じるだけなんですけど、『ハンニバル』だと、あまりにも昂る情念がミチミチで収集がつかないのですね。何度見直しても、この気持ちは変わらない。なんで?どうして?ってことで、モヤモヤ解消に深読みしてみました。
※「普通こんな会話しないよね」なセリフやアートすぎなイメージや音楽も、回が進むほどに重要な意味を持ってくるので、詳しく掘ってます。
- 雄鹿の血だまりから生まれるウェンディゴ
- 裏切り者のハンニバルを頼るウィル
- ジャックとチームに見捨てられるウィル
- 爆発するアラナの怒り
- ハンニバルの涙
- 固まるコピーキャット殺人容疑
- それでも、ハンニバルを頼るウィル
- べデリアとアラナの違い
- ウィルがつないだ点と線
- それでも、切れない絆
雄鹿の血だまりから生まれるウェンディゴ
ウィルの夢…
深い闇の森でライフルを構え、黒いカラスの羽に覆われた雄鹿を狩っている。射撃の手ごたえはあったはずなのに倒れた雄鹿は見つからず、その血だまりには漆黒で巨大な角を持つやせ細った人間型モンスターであるウェンディゴがいた。
ウェンディゴ というのは、アルゴンキン語族系インディアンなどの部族たちに伝承される、邪悪で人肉食喰らいの精霊です。
この夢のシンボリズムは何か?
第11話で雄鹿はハンニバルとウィルの絆の象徴であるという読み込みをしました。
ウェンディゴは、切り裂き魔としてコピーキャットラーとしてカニバリズムにふけるハンニバルの悪を意味していると言えるでしょう。
ということは、ウィルの潜在意識はハンニバルと切り裂き魔=コピーキャットラーを結びつけているのですが、ハンニバルとの絆を絶たなければ意識下にその真実は浮上しないという意味合いの夢と理解できます。
アラナには距離を置かれ、アビゲールには怖れられるようになってしいまったウィルを、その殺人衝動や狂気も含めて理解してこの世界でただ一人、その上で全面的に受け入れてくれるのはこの世界でただ一人、ハンニバルだけ。その絆が断ち切れるわけがない。
だから、上位意識ではハンニバルを疑うこともできないのだと、アタシはこの夢を読み取りました。
裏切り者のハンニバルを頼るウィル
前回のエピソードで、ハンニバルがアビゲールをこの世から消し、コピーキャット殺人の犯人としてウィルをハメる決意をしたのが分かりました。
その方法、まずはアビゲール殺人の証拠固めから…
悪夢から汗まみれで覚めたウィルの足は泥だらけ。意識をハッキリさせようと、いつものように台所でアスピリンを飲み下そうとすると吐き気がして、シンクに嘔吐したのは人間の耳。もちろん、視聴者はハンニバルの仕業だと思っています。
混乱したウィルが連絡した相手は、もちろんハンニバル。
信じきって、雪の積もる中、玄関先の階段に座って待つウィルが、なんとも哀れです。ベントレーに乗って颯爽と登場するハンニバル。
「アビゲールを連れてミネソタに行ったけど、あの娘は戻ってない」震えながら報告するウィル。ハンニバルの前では、彼は子供のように無防備です。
「Show me. 様子を見せなさい」
ハンニバルはウィルの手をとって助け起こし、室内の柔らかい椅子に座らせ、身体が冷え切っている彼にブランケットをかけます。
ハンニバルは、いつでも酷くウィルにやさしい。まるで脆いティーカップを扱うように…
とはいえ、ハンニバルがウィルを殺人罪でハメようとしているのを知っている視聴者から見ると、このやさしさはこの上なく残酷。
「アビゲールを最後に見たのはいつだ?」
記憶がまた飛んでいることなど、うだうだ語り出すウィルをハンニバルは遮ります。
シンクの耳を見て、
「 I hallucinated that I killed her. But it wasn’t real. I know it wasn’t real.
アビゲールを殺す幻覚をみた。でも本当は違う。違うってわかっている」
というウィルの告白を聞いてうろたえて見せ、「これは逃げ切れるものではないから、ジャックに報告しない」と、ハンニバルは説得します。
アビゲールを自分で殺したと思われるハンニバルの計算ずくの演技にゾッとしいます。すべては彼の思うつぼ。ウィルの依存状態につけこんで、上手にアビゲールの殺人罪でハメる方向へ操っていきます。
ジャックとチームに見捨てられるウィル
ハンニバルの心理操作でウィルを疑い始めていたジャックは、FBIの部隊を連れてウィルの家宅捜索に向かい、 「手順に従うように」と言って、ウィルを通常の被疑者同様に連行します。
捜査キットを持って訪れた行動分析課のゼラーとプライスは眼を合わせようとしない。
ラボの身体検査中も、手順通りで話しかけはしない。
爪に入り込んだ血痕を調べるカッツが、友人としての気遣いをしめして話しかけてくるだけ。とはいえ、カッツの言葉はキツい。
「How long have you been lying about what’s going on with you?
自分に起きていることに関して、どれくらいの間、あなたは嘘をつき通してきたの?」
「自分の精神状態は分かっていたんでしょう。捜査からしりぞくこともできたのに。あなたの無責任な行動のせいで、あの娘は死んだのよ…いつもどおり、証拠を分析しなさい」
「According to the evidence... I killed Abigail Hobbs.
証拠を見る限り… アビゲールを殺したのは僕だ」と、答えるしかないウィル。
上司や同僚から、そして自分でも自分を有罪とみるしかない。なんとも苦しい状況に、彼は追い込まれてしまいました。
そして、「How long have you been lying about what’s going on with you? 」という疑問は、シリーズを通してアタシがウィルに投げつけるしかなかった言葉です。
爆発するアラナの怒り
「ウィルが吐き出した耳も爪の結婚もアビゲールのものと判明、腕にはアビゲールが抵抗した防御痕もありウィルのアビゲール殺しはほぼ確定」のような情報をアラナに伝えるジャック。視聴者はハンニバルの周到な計画にあきれ返るのですが、一方で死体のあがっていないアビゲールが本当に殺されているのかも気になりました。
「精神不安定なウィルを現場に近づけるな」と言い続けてきたアラナは収まりません。「君が勧めるハンニバルを精神科医としてお目付け役にしたのにこの始末」というジャックと押し問答に。
駐車場で自分の車に閉じこもり、アラナが怒りの叫びをあげる無音のシーンが忘れられません。ウィルを簡単に被疑者扱いするジャックの薄情さ。彼女から見ると、ウィルの精神状況を正確に掴めなかったハンニバルの不甲斐なさ。救いを求める信号をいつも出していたウィルを軽く拒絶していた自分への後悔。そのすべてが入り混じって、凄まじい怒りが爆発したようです。
ウィルを救う決意をして訊問室に入り、オレンジ色の囚人服のようなものを着せられた彼と対峙するアラナ。
何度も付き合う申し込みを拒絶されたウィルは、
「 I’m surprised Jack let you in here. Given my romantic overtures.
僕のロマンスの序章を考えたら、ジャックが君をここに入れたのは驚きだ」
「Guess you dodged a bullet with me. 君はうまく難を逃れたわけだ」
と、最初は皮肉な態度をとっていますが、アラナの涙を見、残されたウィルの飼い犬たちの面倒を看るという決意を聞き、彼も心を開き始めます。
そして、ハンニバルに課されたエクササイズの話をしてウィルが歪み切った時計を描いたことで、アラナは彼の神経的な異変に気付いたのでした。
ハンニバルの涙
べデリアとの心療に訪れたハンニバル。表情はいつもどおり平静ですが、眼には涙が溜まって流れ出し、鼻声になっている(マッツ・ミケルセンの微細な表情のコントロールが凄すぎ!)。
「Despite the overwhelming evidence, I still find myself searching for ways Abigail could still be alive.
膨大な証拠があがっているが、私はまだ、アビゲールが生きるすべを探しているんだ」
この言葉を聞いて、アビゲールが死んでいるのかさらに疑問になりました。
「I never considered having a child.
子どもが欲しいと思ったことはなかったが、
But after meeting Abigail, I understood the appeal.
アビゲールと出会ってその気持ちが分かった。
The opportunity to guide and support, and in many ways, direct a life.
(子を持つのは)色々な意味で、支え教え、人生を導く機会なのだ」
自分の真情を語るために心療を受けているべデリアに対して、嘘をついても意味はありません。ハンニバルの涙も喪失感も偽りではないでしょう。
ハンニバルは心からアビゲールを慈しんでいた。できる限り世間の荒波から守り、優秀な心理操作者で殺人者であるアビゲールに、豊かな生活を与え、自分の知恵と経験を伝えたかったのでしょう。彼女に与えられなかった人生を嘆いているのですね。
ただ、恐ろしいことにハンニバルの愛情は、自分の都合に合わせて愛する者を傷つけたり、その人生を奪うことをためらわない。とんでもなく自己中心で破壊的な愛情なのです~~。
「I never think about living beyond that span of time. Except by reputation.
(人生の)時間の限界を超えて生きることなど私は考えない。(歴史的)評価ということをのぞいては…」
これがハンニバルの人生観です。キリスト教的復活も仏教的輪廻転生も、子孫を残すことも欲してはいない。その代わり、歴史上に名を遺すレガシーを望んでいる。だから、彼は見事な論文を発表し、唯一無二の芸術的カニバル殺人鬼 であり続けるのですね。
喪失感がウィルの話になると、ハンニバルは急に決然として「ウィルのことはあきらめていない」と言い出します。ウィルのリハビリには加わらないように諭されても
「I was so confident in my ability to help Will, to solve him...
私は、ウィルを助け、彼の問題を解決できると過信していた。
Trying to save him, I lost Abigail.
ウィルを救うためにアビゲールを失った。
It’s hard to accept that I could fail them both so profoundly.
(2人を救うことに)ここまで深い失敗を犯すなんて受け入れられない」
なんちゅう自信、なんて狂った愛情でしょう。ハンニバルは、何をしようと、自分がウィルを救っていると信じている。アビゲールを葬り去ったのはウィルを救うため。ここまでウィルの人生をボロボロにしておいて、まだ彼の人生に介入して、彼を変えることができると信じている。サイコな愛の誇大妄想としか言えません。
固まるコピーキャット殺人容疑
アビゲール殺人の状況証拠に加え、自宅から押収されたウィルの手づくりルアーからコピーキャット殺人被害者たちの遺体の一部が検出されます。
飼い犬に餌をやるといいう理由で、ウィルの留守宅に自由に出入りしていたハンニバル。証拠を仕込む時間はタップリありました。
取り調べ室のブラックミラーにウェンディゴの影を見ているウィルを正式逮捕すべく、ジャックが訪れます。
「キャシー・ボイルとマリッサ・シュアの殺人時点では、意識もハッキリしていたし、自分は殺していない… 自分をハメた人間がいる… そいつはあんたに近いFBI関係者で、法医学にも詳しく、自分が精神不安定だと知っている。もしかして、あんたじゃないのか?」と抗議するウィルでしたが、証拠主義のジャックは取り合わない。
ウィルがプロファイリングした犯人像は、事実に近いところまできている。上の推理に加えて、ウィルの家に自由に出入りできる人物と言えば、ハンニバルしかいない。
それでもウィルはハンニバルを疑わない。ハンニバルの側には盲愛があり、ウィルの方には妄信がある。とても危険な関係です~~。
それでも、ハンニバルを頼るウィル
ボルティモア精神異常犯罪者用州立病院に護送される途中、ギデオンの手口を真似て脱走するウィル。
脱走の件を告げにハンニバルを訪れるジャックとアラナ。アラナはウィルが描いた歪んだ時計の絵を見せ、脳炎の可能性を指摘しますが、ハンニバルは2週間前のものとしてきちんとした時計の素描を用意して、急激な炎症の進行を証明します。本当に用意周到な男です。
第1話でホッブス射殺のきっかけとなった電話の件に関しても、「建設現場を訪れた時にウィルが事務所にひとり残って、電話をかける時間はあった」と示唆します。
事実は真逆ですが、 書類を運び出すゴタゴタの中でウィルが事務所で一人になる瞬間がありえたという点では、まったくの嘘でないことも手が込んでいます。行き当たりばったりに行動しているようだけれども、起こりえる結果を何パターンも想定しているんでしょうね。恐るべき犯罪者です。
事情を知らないウィルが逃げ込んだ先は、ハンニバルの心療室。
最初に訪れたのはアラナの家で、アラナに手助けを断られるというシーンがエピソードの編集段階でカットされています。アラナが法律の範囲でしか動かないがのは明白なので、このシーンを入れたら彼女の冷たさが強調されてしまいます。削除は正解だったと思います。
法を冒しても脱走犯のウィルを匿ったりするのはハンニバルだけ。この嘘の上に成り立っているけれども絶大な信愛の関係を強調するのが正解だと…
中2階の書庫にうずくまっているウィル。
「Hello, Will. How are you feeling? ハロー、ウィル。気分はどうかね」
と、いつも通り話しかけるハンニバル。
「僕がアビゲールを殺したと思ってる?」という問いに、
「君が彼女の耳を発見した状況に議論の余地があったとしても、可能性はありうる」と、これまたいつもの禅問答。
「アビゲールの件だけならそうかもしれないって思った。ホッブスの頭に入り込んで出てこれなくなったんだって」と、ハンニバルには不安と混乱の表情を見せるウィル。
「だが、アビゲールだけではなかった」と突っ込まれると、
「I know who I am. 自分のことは分かってる」と、悩まし気。
「今はそうかもしれないが、あの時は病気で意識が歪んでいただろう」と畳み込まれ、
「誰も殺してない。誰かが僕をはめて、誰にも信じてもらえないようにしたんだ」と寂しげに答えます。
自分でハメていても、苦しむウィルを見るの忍びがたいらしいハンニバル。二人でコピーキャット殺人の再検証をすることを提案。キャシー・ボイルの殺人は、ウィルに真犯人像を伝えるギフトだったという、自分を不利にする手がかりさえ与えます。
「君を助けたいんだ」というハンニバルの背後にハンニバルの顔をしたウェンディゴが見えるようになったウィルは、
「ミネソタに連れてって。アビゲールの死んだ場所がみたい」とせがみます。
ウィルを温かい普段着に着替えさせ、ベントレーを運転してミネソタに向かうハンニバル。その横で、なぜかぐっすり眠るウィル。
こんな状況になっても、一番安心できる場所はハンニバルのそばなんですね。胸が痛みます。
べデリアとアラナの違い
ウィルがハンニバルを誘拐してミネソタに向かったと思い込んだジャックとアラナは、べデリアを訪ねます。
杓子定規なアラナはウィルがハンニバルを殺すかもしれないと心配します。
「ウィル・グレアムを手助けする人物がいるとしたら、ハンニバルでしょう。今もそのつもりなのでは」
ハンニバルをよく知るべデリアはうろたえません。ハンニバルに脅しが効かないことを、彼が人の皮を着たモンスターであることに、彼女は気づいている。銃で脅かされなくても、ウィルが頼めば、ハンニバルが自分の意志でウィルをミネソタに連れていくことが分かっている。
善意の人アラナと、果てしなくグレイなべデリアの対比を見事に描くシーンです。
ウィルがつないだ点と線
ホッブスの家にかかってきたコピーキャット殺人鬼の電話をとる夢を、車中で見るウィル。電話機からの声に「ウィル」と彼を起こすハンニバルの声が重なる。
実際にホッブス家に入って、第3話でアビゲールが家族無理心中未遂の直前に電話をかけてきた相手がハンニバルだとにおわせていたことも思い出します。
やっとウィルにも現実が見えてきました。
「ここに来たのは自分を知るためではないか?ここでホッブスを殺したろう」と懐柔しようとするハンニバルへの答えは
「I stared at Hobbs and the space opposite me assumed the shape of a man filled with dark and swarming flies. And then I scattered them.
ホッブスを、目の前の空間を見て、闇のように暗いハエがたかった男の姿だと思った。だから、そいつを粉々に(まき散ら)したんだ」
これは 、さまざまな解釈がなされている言葉です。ハエは死と腐敗の象徴、闇と腐敗に満ちたホッブスを倒したつもりが、ホッブスが抱えていた悪と死を周囲にまき散らしてしまったとウィルは考えているのだと、アタシは解釈します。
すかさず、「You are alone because you are unique. 君はユニークだから孤独なんだ」と畳みかけるハンニバルに
「I’m as alone as you are. あなたと同じようにね」と、答えるウィル。
真犯人とハメられた男の間で交わされる究極の合意。2人は同じように特異な存在で、同じように孤独。だから、どうしようもなく、惹かれ合ってしまうのですね。
「If you followed the urges you kept down for so long, cultivated them as the inspirations they are, you’d become someone other than yourself.
君みたいに長い間欲望を押さえつけてきたら、インスピレーションみたいに、その欲望を育ててしまうのだ。そして、自分ではない自分になる」
ハンニバルもついに本心を語ります。殺人鬼の精神を追い求める中、ウィルの殺人欲求は押さえつけるほどに膨れ上がり、ついには彼も殺人鬼になってしまう。そして、それがハンニバルが真の友としてのウィルに求めてきたものだということを。
ただ、真犯人を見つけに来たウィルはその言葉で覚醒します。「自分が何者かはわかっているけど、あなたのことは確信がもてなくなった。確かなのは、僕たち2人の一方がアビゲールを殺したってことだ」と、ハンニバルに銃口を向けます。
「私が殺せるのか?君は人殺しなのか」と、銃口に臆することなく語り続けるハンニバル。やっとその真の姿が見えてきたウィルは、ハンニバルがコピーキャット殺人犯であること、明白な動機がなく、ウィルがどう反応するかという興味だけで人殺しをしたから、ハンニバルの意図がずっと見抜けなかったことを明らかにします。
裏切られたショックと怒りで銃を持つ手が震え、撃てないウィル。
ウィルの疑問を否定せず、まるで銃を撃たせたいようなハンニバル。やはり撃てないウィル。
ホッブス宅まで後を追い、ひっそり家に入ってきたジャックに、反対に肩を撃たれて、ホッブスの死に際のセリフ、「See? See? 見えないのか?(真相が)見えないのか?」とつぶやきながら、気を失います。
見事に第1話のモティーフに円環して終わる第1シーズン。と思ったら、まだ先がありました。
それでも、切れない絆
昏睡状態で脳炎の治療を受けるウィルの病床に付添っているハンニバル。見舞いに訪れたジャックが、
「 銃を突き付けられなくても、ミネソタに行ったか?」と聞くと
「そうしたと思う。今でもウィルに対する義務を果たすのに失敗したと思っている」と、答えます。
「ウィルはあなたの(医師としての失敗の)被害者ではない」と慰めるジャックを、「いや、ウィルは君の被害者だ」と、いつも通り非難します。
情緒的な嘘を自分につかないハンニバルですから、この言動も全くの嘘とは言えないでしょう。この期に及んでも、自分はウィルを救っているつもりなのですね。悪いのは、ウィルを精神的に追い詰めて、ハンニバルの心理操作を邪魔してきたジャックなわけです。恐ろしい思い込みだと、この時点では思いました。
その後、小牛肉の料理を携えてべデリアを訪れるハンニバル。
ここで、べデリアはハンニバルのディナーの誘いに一度も乗らなかったので、彼は自分から押しかけてきたのが分かりました。
FBIとのやりとりを窺う目的と同時にべデリアとウィルのことを語りたい、さらに、守りの堅いべデリアをカニバラせるという皮肉な意図もあるのでしょう。誰の肉なのか、気になるところですが、これは明らかになりません。
「As a farewell. Of sorts. いわゆる、 (永遠の)別れを告げに」ウィルを訪れるというハンニバルを、
「暴力的な資質のある患者と絆を持つ傾向があるという…あなたのパターンが気づかれ始めている」と、自重を促すべデリアでしたが~~
病院では付添っていたわけですから、一体ウィルがどこにいるのか?そして何に別れを告げるのか、気になりました。
そして次のシーン
刑務所と思われる鉄の扉を入って歩き始めるハンニバル。その顔がいったん闇に沈み、また明かりの中に立ち現れる。独居房の寝床に座るウィルにいつも通り、「Hello, Will」と呼びかけます。
立ち上がって鉄格子に近づいたウィルは、凶悪な、決意に満ちた形相で「Hello Dr. Lecter」と応える。快心の微笑みを浮かべるハンニバル。
ハンニバルに裏切られ、連続殺人犯にしたてあげられて投獄されて、無垢でやさしく愛に飢えていた虚弱なウィルは死んでしまった。ハンニバルは死んでしまったウィルに、永遠の別れを告げ、内なる闇に目覚めたウィルに会いに来たのですね。
そうなった以上、ハンニバルも内なる闇を隠すことなく、正面からウィルと対峙できる。ハンニバルにとっては、これからがウィルとの本当の絆を築くチャンス。
だから歓びを隠せない。これが、このシーンの意味だと解釈しました。
ここに重なる音楽は映画『ハンニバル』のサウンドトラック『Vide Cor Meum(我が心を見たまえ)』、ダンテ・アリギエーリが亡き恋人ベアトリーチェに捧げた詩集『新生』からの詩を楽曲化したものです。トスカナ地方の俗語とラテン語まぜこぜで書かれているので、アタシにはさっぱり分からないので、英語訳をチェックしたら、これ、愛の神アモールとダンテの会話なのですね。
アモールはベアトリーチェと燃えあがるダンテの心を抱えている。
Dante: And thinking of her Sweet sleep overcame me
ダンテ:彼女のことを考えると、甘い眠りが訪れる
Amor: I am your master See your heart
アモール:私はお前の主。お前の心臓を見よ。
Dante: And of this burning heart
ダンテ:そしてこの燃える心臓を
Amor: Your heart
アモール:お前の心臓を
Dante: She obediently fed
ダンテ:彼女は従順に貪り
Then I saw him (Amore) leaving in tears
私はアモールが涙ぐんで去るのを見た
Joy became bitterest lament
歓びは甘く苦い嘆きに変わったが
I am in peace My heart I am in peace
私の心は安らかだ
See my heart
私の心(心臓)を見てくれ。
映画では、ハンニバルはクラリス・スターリングに愛を捧げていますが、このシリーズでは、愛の対象はウィル・グラハム。
ハンニバルは、ウィルに燃える心臓を捧げ、貪りつくされることに至福を感じるということでしょうか?となると、ウィルがどれほどハンニバルを憎んでも、2人の絆は切れない。むしろ、ハンニバルの心は燃え上がるばかりなのだろうと…
細かく読み込んだら、なんとも捻じれて、奇怪な愛の世界が浮かび上がってきて、不思議に納得してしまったアタシ。2人のこれからも気になるけど、これまでも気になるという、凄いフィナーレということが分かったのでした。