この6月ついに、大好きなオレシア・ノヴィコワがマリインスキーバレエ劇場のプリンシパルになりました。長年ノヴィコワを応援してきたアタシとしては凄く嬉しいけれども、遅すぎるじゃないか!!という複雑な気持ち。その喜びとやり切れなさを、書いてしまいますかと...
モイセーエワの一押し
キーロフ・バレエが誇る往年の名花で、ガリーナ・メゼンツェワ、アルティナイ・アシルムラトワ、ユリア・マハリナ、スヴェトラーナ・ザハロワという近年のプリマバレリーナを次々に生み出してきた名コーチのオリガ・モイセーエワ。90歳を超えた元コーチが歴代の弟子の中で誰が一番すぐれているかと聞かれて答えたのは
「オレシア・ノヴィコワ。技術の完成度、天性の回転力と、どこをとっても申し分ない」
レジェンドなモイセーエワにここまで言われるとは、本当に名誉なことです。付け加えると、ポーズのアカデミックな精度というのもあります。メチャ伸びた膝と高い甲、長い頸とワガノワらしいしなやかな背筋が作り出すアラベスクなんて、バランス力も半端なく、見てるだけで恍惚といたします。
上に掲載してるのは短いお祝いヴィデオではありますが、『ライモンダ』上演後に昇進発表されたのは、なんともウレシイところ。
アタシにとってオレシアは今世紀最高のライモンダですから。
※『ライモンダ』は、十字軍に参加して後にエルサレムの王となったジャン・ド・ブリエンヌの婚約者のライモンダが、ブリエンヌの出征中にサラセンの王アブデラフマンに横恋慕されながら機知で城と貞操を守り、ブリエンヌと結ばれる的なお話です。
なんで最高かっていうと、お姫様らしいハンナリ感がありながらアブデラケマンの誘惑を経験してかすかに妖しさを光らせる演技もさることながら、山のようなヴァリエーションをクリーンにヒットしてくれるから。
特に、第2幕「愛の庭園」のヴァリエーションで、ポワントから飛びあがってポワントに降りる連続アントルシャ・カトル(空中で脚を2回交錯させる技)を、十分な高さとキッチリした交錯で魅せてくれるから。今はできそこないアントルシャみたいな方が多い中でスゴイです。ボリショイの方とかは、降りたポワントのプリエで腰が抜けたり、フリを変えたりが見られます。
こんなスゴ技アントルシャを可能にするオレシアの破天荒な脚の強さはどこからくるのか?時々考えます。薄い上体に比較して手脚の骨格が大きめというのもあると思います(例えばロパートキナのように手足が細く長いバレリーナは安定感を欠いてますよね)。また、膝の裏はメチャ伸展してますが、骨格的にはO脚。 O脚は強いとよく言われるので、これも補強要因となっていると考えてます。
手足の骨格が細く、スピードと正確なテンポ重視のヴィクトリア・テリョーシキナは、ここをシャンジュマン(1回交錯)に。 オレシアは、2回交錯にするためにテンポを遅くしてます。昔々、イリーナ・コルパコワ御大なぞは、猛スピードで高~いアントルシャを決められておられましたが、今はそんな高機能小型バレリーナがいないので、オレシアが頂上にいると判断するのです。
だから、ミラノ・スカラ座で『ライモンダ』を初演したときも、オレシアが主役招聘されたのだと思います。russianballetviideos2氏がオレシアの2008年『ライモンダ』デビューをアップしてますが、この時点でもう完成している。
『眠れる森の美女』や『ジゼル』の主演も申し分なく、オレシアが2000年代組では最初にプリンシパルになると、アタシなどは予想しておりました。
オレシアの幸運と不運
オレシアは2002年に、名教師マリーナ・ワシリーエワさんのクラスから卒業してます。同窓にはボリショイに移籍して大スターになったエフゲーニャ・オブラスツォーワがいて、進級試験や卒業試験が超デッドヒートなクラスでした。
2002年の卒業コンサートで踊った『パキータ』の『せむしの仔馬』ヴァリエーションを見て、アタシもオレシアに惚れこんじゃいました。スピードがあって、生き生きしてて可愛かった!特に、パセ&エカルテで下がってく最初のダイアゴナル(斜め進行)で、クイクイって民族舞踊風に首を振ってたのが、まだ学生さんなのに粋な雰囲気出してて、もう、一目惚れでしたね。
入団してからはモイセーエワコーチが指導に当たる大出世コース。だったんですけど、大きな栄光と落とし穴を彼女の人生に持ち込む大きな出会いもここにはありました。
それは、同年にキエフから移籍してきた"バレエの帝王"レオニード・サラファーノフとの出会いですね。皆さまもサラファーノフがオレシアの旦那様だというのはご存じかと思います。
移籍当初は、ナデジダ・ゴンチャールさんとレオは結婚してたかと記憶しています。でも、可愛い可愛いオレシアにレオは夢中になり、2006年には超ラブラブな2人がキトリとバジルになって主演する『ドン・キホーテ』の公式DVDなども撮影され。入団4年目で大技満載のこのバレエで堂々の主役って、とんでもない快挙。
なんですが~~。オレシアはキトリの困難な振り付けを踊る能力はあるけれども、チャキチャキ&セクシーな下町娘キトリのキャラではないんですね。あくまでも姫なんです。だからせっかく主演なのに大インパクトにはならず、「眠れる森の美女のオーロラ姫がコスプレしてるみたい」なんて感じで、レオの帝王技ばかり目立つ的な、ちょっと残念な動画主役デビューとなってしまったんですね。
でもスゴイ躍進だしレオの嫁さんにもなって、2008年には『ライモンダ』主演デビューもあり、プリンシパル昇格は間違いなしと思ってたんですけど、昇り運気だった2009年に赤ちゃん産んじゃったんです。
2人がめちゃくちゃ仲いいのは見てるだけで分かるし、目出度いことですけど、これからが正念場って時に1シーズンの産休って、キャリア的にはきついですよ。
翌年戻ってきても調子がなかなか戻らず、オレシアも体力回復にかなり苦労してるように見えました。そうこうしてたら、2011年のお正月にレオがマリインスキーを飛び出してミハイロフスキー劇場に移籍してしまった。
”帝王の妻”から、不調な身で”ライバル劇場に亡命した奴の妻"になっちゃったわけです。レオとしてはオレシアをミハイロフスキーのプリマとして連れてきたかったようですが、そこはオレシアが踏みとどまってくれたんですね。さまざまな劇場のスターを集めたミハイロフスキー、明確なスタイルもないしコーチもバラバラ。古典を磨き上げるならマリインスキーのコーチ陣に勝るものなし。
名コーチ陣がいるからってのが、素晴らしいバレリーナさま方がマリインスキーに留まってくださる大きな理由って、よく聞きます。
ところで、レオって若くて"帝王"評価受けちゃった人だから、「欲しいものは手に入って当然」的な生き方を感じます。ガラにゲスト出演してオレシアと踊るときは、彼女の得意なドラマティックな演目じゃなくて、自分の超絶技が披露できる『ドン・キホーテ』を好むってのもあるし、最盛期の妻に3人も子ども産ませちゃう(3回も産休取らせちゃう)し、芸術監督代行と合わなければ妻を置いて移籍しちゃうし。夫唱婦随、妻のキャリアより家庭の幸せを優先してるのよく分かります。
いろんなこと後1年待ってくれたらって、いつも思ってましたよ。
さらに続く栄光と不運
でも、オレシアほどの踊り手ですから、救いの手もあるわけです。
モイセーエワがコーチ引退してオレシアはセルゲイ・ウィカーレフに師事してましたが、ウィカーレフは振り付け師でもあり、マリインスキー劇場で『眠れる森の美女』や『ラ・バヤデール』のプティパ版の復刻上演を指揮したことで有名です。
2011年にヴィカーレフがミラノ・スカラ座に招聘され『ライモンダ』の復刻上演をしたときに、主演バレリーナに指名したのがオレシアだったんですね。これが公式撮影されて、オレシアに再度注目が集まりました。
2011年12月ににオレシアが踊った『ラ・バヤデール』のガムザッティを見ましたが、イタリアンフェッテからグランフェッテに入るという難関コーダで、ダブル回転入りのグランフェッテを見せる超脱っぷり、プリンシパルの器って再度確信しておりました。
なんですけど、マリインスキー劇場には女性プリンシパルに必須の3大演目ってのがあるんですね。それって、『眠れる森の美女』でも『ドン・キホーテ』でもないんです。
『白鳥の湖』のオデット/オディール、『ラ・バヤデール』のニキヤ、『海賊』のメドーラをクリアして初めてプリンシパルみたいな暗黙の了解です。
スカラ座の快挙があった2011年当時、3大プリンシパル演目の中でオレシアのレパートリーに加えられたのは『白鳥の湖』だけ。かつまた、テリョーシキナやアリーナ・ソーモワのように空中にフワッと浮かぶ翼のような腕がなかったせいか、このお役は長い間黙殺されてました。
これ以降2回も産休してしまったオレシア、すごい実力を持ちながらも不調のことが多く、残りの2大演目が長いことレパートリーになかったんですね。
なので、『ジゼル』とか『ラ・シルフィード』『ロミオとジュリエット』『フローラの目覚め』『バフチサライの泉』なぞ、劇場の主力が海外公演してる時に少人数で持ちこたえる的な小さな演目に長いこと押し込められてました。
2017年には後ろ盾だったウィカーレフが亡くなってしまい、昇進はもうだめかと思ってたんですが...。何故かこの時期にソーモワの2回目の出産があり、オレシアの『白鳥の湖』も、また上演されるようになりました。腕は最高じゃなくても、細かい情緒表現に優れたオレシア、テリョーシキナ&ソーモワを除くオデット/オディールの追随を許さない感じがありありですから、当然かと。
かつまた、ミハイロフスキーに客演すれば帝王の妻、プリマ待遇なわけです。
てことで、やりたい演目で主役はできる。この経験を基盤にして、この頃からマリインスキー劇場でもニキヤを演じるようになる。これが立派ときてるわけです。ところが昇進しない。
逃げちゃったレオへの意趣返しで昇進させないだろうなんて噂も、よく耳にしました。
何故、今昇進なの?
入団19年目という異例のタイミングでプリンシパルに昇進した(普通は20 代で昇進です)オレシア。嬉しいけれど、何故今って不思議になります。
去年ミハイロフスキーでメドーラデビューを果たして、3大演目を全部クリアーしちゃったってのもあると思います。20代でメドーラデビューしたテリョーシキナ&ソーモワの最盛期に比べたら、勢いというかゴージャス感に欠けてます。でも、ほとんどの後輩に比べたら、技術の精度は申し分ありません。
テリョーシキナ&ソーモワの後にプリンシパル昇進した2001年卒業のエカテリーナ・コンダウーロワ。この人の得意領域はバランシンからコンテンポラリーなので、古典ものだと精彩がありません。2007年にペルミからきてプリンシパルになったオクサナ・スコリクは公式撮影の対象になってもいないので、評価は差し控えますかと。
で、この後の世代が順当に育っていないのですね。ワガノワバレエ学校の最優秀卒業生をことごとくボリショイに取られてきたのです。2018年のマリア・ホーレワ獲得までめぼしい新人がいなかった。
近年の女性プリンシパル昇進を見ると、1992年卒業のウリヤーナ・ロパートキナ、94年卒業のアナスタシア・ヴォロチコワ、95年度卒業のディアナ・ヴィシニョーワ、96年卒業のダリア・パブレンコ、2001年卒業のヴィクトリア・テリョーシキナ&エカテリーナ・コンンダウーロワ、2003年卒業のアリーナ・ソーモワと、5年の間隔を空けずに新女性プリンシパルの昇進があり、着実に世代交代できる体制を造ってきたのです。
ところが、2007年卒業のオクサーナ・スコリク昇進の後は今年まで新しくプリンシパルに昇進する人が出なかったのです。
その結果として、安定した主演クラスのバレリーナが30代の後半に入ってしまい、軒並みに力を落としてしまうという厳しい現実が出てきてしまいました。
本来なら2010年代でも淀みなくプリンシパルが出て欲しいものですが、リクルートと後進の指導がうまくかみ合わず、ここまで来てしまったのですね。
大急ぎでホーレワを第1ソリストに昇進させたけれども、演技が幼くプリンシパルならではの芝居ができるようになるにはまだ時間がかかりそう。
古典作品の公式ヴィデオの撮影の主演は、テリョーシキナとソーモワに頼るしかない状況が長く続いてました。でも、彼女たちが老いてくのは避けられない。彼女たちに代わって喝采を浴びる力量のバレリーナといったら、オレシアしかいなかったと。
昇進させなかったら、愛妻家のレオがいるミハイロフスキーに移籍されてしまうかもしれないみたいな懸念もあったかと思います。
神々も老いるということ
神々しいバレリーナたちが、どう老いていくのか?
テリョーシキナの今年の『ドン・キホーテ』の一部がmedici.tvの公式動画でアップしてるので貼っておきます。
長年世界屈指のキトリを演じているテリョーシキナは、もちろん、途轍もなくかっこいい。堂々とした貫禄、見栄をきるように決まるポーズ、華やかな笑み、挑発的に相手役の若者を見る眼差し。どこをとっても、粋でセクシーなスペインの姉さん女房、これぞキトリって感じです。
とはいえ、下に掲載した若い頃のキレキレ動画に比べると、確実に身体能力は落ちています。羽のような軽さ、トランジションの速さ、エポールマンの深さやハイ・アラセゴンンドの高さはずっと緩くなってます。
落ちた身体能力を、技のメリハリや演技の濃さで補って芸術性をアップしてる。ここにテリョーシキナの並外れたスター性があるのですが、若い頃のように連日でグランドバレエ(大作バレエ)を踊ってもらえるなんてことはなくなってきてます。
だから、若いスターが必要なんですね。若いスターが追いつかないから、オレシアに気張ってもらうしかないのです。
9月からの新シーズンのラインアップを見ても8月20日現在は、テリョーシキナとノヴィコワが主演する『ロミオとジュリエット』の他、プリンシパルの名前が掲載されているのはガラ用の小さなレパートリーばかり。
『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』『海賊』なんていうグランドバレエがガンガン並んでいた昔のシーズンオープニングが懐かしく、惜しまれます。
遅すぎた昇進の波及効果
オレシアほどのバレリーナが長い間プリンシパルの称号を得られなかったって、力量に見合う主演作をなかなか与えられなかったのは、とても悔しいことです。でも、ついに認められたことは本当にウレシイ!
ところで、能力あるバレリーナに適切な昇進と主演作が与えられないとどうなってしまうのか?モチロン、本人のモチベーションは下がります。
さらに後進のバレリーナたちも先輩が頑張っても報われないを見るとモチベーションが下がる、移籍を考えるみたいな方向性になっていくように思えます。
オレシアが適切に評価されていれば~~
2005年卒業のダリア・マカテリ(フィンランド国立バレエでプリンシパルとなる)、2009年卒業のユリア・ステパノワ(現在はボリショイバレエの プリンシパル)といった逸材の移籍がくい止められたかもしれないし、オリガ・スミルノワ(現在プリンシパル)、アリョーナ・コワリョーワ&エレオノーラ・セヴェナルド(現在 第1ソリスト)といったワガノワ卒業生のボリショイ流出を食い止められたかもしれない。
適切な昇進を怠ることの、ネガティブな波及効果は計り知れないのです。
マリインスキー劇場に残った後輩たちも、適切な主演や昇進の時期を逸することで、本来のポテンシャルを発揮できない状態になっていきます。
最近のマリインスキー劇場公式動画で、ウラジーミル・シクリャローフの『ドン・キホーテ』の相手役を務める2009年卒業のナデジダ・バトエワもそんな一人。
卒業試験で見た彼女は安定した技術があり回転に優れ、入団後すぐにも役がつく器と思っていたのですが、2年後の『スパルタカス』の『エトルリアの踊り』までは目立った役がなく、その後も小さなヴァリエーションを与えられるばかり。彼女の世代の卒業生たちは、本当にチャンスを与えられ事が少なかったのです。
バトエワ自身は2015年あたりの『ドン・キホーテ』主演でやっと頭角を現したけれども、ポジションはずっと第2ソリストに留まってました。力量のない踊り手が外部からリクルートされ、彼女より先に第1ソリストに任命されて降格されるなどということもありましたかと。
そんな中でも演技力を磨き名女優と言われるようになり、ソーモワの産休の穴埋め的に『白鳥の湖』主演までこぎつけてきましたかと。
この動画に抜擢されたのも、このスピードでガンガン動ける若手は彼女しかいないから。
その躍進をなぜ嘆くかというと、バトエワのポテンシャルははるかに高かったからです。2015年にはキトリのコーダ前半で2回転入りのグランフェッテをバトエワは立派に決めていました。第2ソリストに留めることなく、バレエ団を背負って立つ人材として育てていれば、テリョーシキナのように全面2回転入りのキレキレキトリを踊っていたかもしれない。
有能な人材に、昇進や主演演目を与えるのが遅くなることでバレエ団の新陳代謝が遅れ、全体のパワーが落ちていく。だから、適切に行って欲しい。
と、願ってやまないファンでした。