エンタメ 千一夜物語

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オリガ・スミルノワが『眠れる森の美女』でラリッサ・レジュニナの指導を受ける 動画付き

ウクライナ戦争が始まったら「戦争反対」を表明し、さっさと亡命したボリショイのプリマ、オリガ・スミルノワ。移転先のオランダ国立バレエの公式動画が国際バレエデイにアップされたので見てみたら大々的にフィーチャーされ、なんとアタシの憧れの元スターからコーチング受けていたのでご紹介。

 

 

オリガ・スミルノワという人

オリガ・スミルノワはワガノワバレエ学校で名教師リュドミーラ・コワリョーワ先生に師事。卒業公演で『バヤデルカ』のニキヤをこなし、周囲の期待を一身に浴びて2011年に卒業。そのままワガノワの母体であるマリインスキー劇場に入団するかと思ったら、最初っからソロイスト待遇を要求して決裂、ボリショイに入団したという経歴の持ち主。

2012年には『バヤデルカ』全幕主演デビュー、バランシンの傑作『ジュエルズ』の大取である『ダイヤモンズ』にも主演。2016年はプリンシパルに昇進するという、異例の出世を遂げた、まさに神童バレリーナ

内なる詩情にのみ耳を傾けているかのような芸風と華麗な演技力、年齢をはるかに超えた風格を感じさせる特別な存在でした。

最近はボリショイのオフィシャル動画『白鳥の湖』や『バヤデルカ』でも、大スターのスヴェトラーナ・ザハーロワ、同輩のユリア・ステパノワなどを差し置いて主演を演じるなど、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いというか、ドミナンスを発揮しておりました。

だから、彼女の出世主義に関して前芸術監督のセルゲイ・フィーリンとの関係やら、ご主人のとの結婚の経緯やらと合わせていろいろ噂に上っておりました。

 

そうなると、ファンの目も厳しくなって、『ドン・キホーテ』なぞ踊ったりすると~~

なんか音取りが遅いし、体幹弱いから重いしバランス今一、回転で重心失いがち、ジャンプ苦手そう、グランフェッテに工夫がないなんて、アラ探ししてしまいます。

とはいえ、ロシア国内の比較対象がマリインスキーのヴィクトリア・テリョーシキナとか、ボリショイのエカテリーナ・クリサノワとか怪物的ヴルトゥオーザ達なので、母国での最強プリンシパル争いはキツイってことになるんですねえ。

 

聡いオリガですから、戦争を機にした亡命というか移籍は、ある意味、新たなチャンスへの挑戦とも思えました。

 

外つ国にては偉大なるオリガ

オランダ国立の動画は、当然のことながらバーレッスンから始まります。

外国人に交じったオリガは、なんてか、完璧すぎるような美しさ。
身体つきから違うのです。補足長い四肢。骨と皮と筋肉だけで成り立ってるような、余分な脂肪なんてない、スキのないボディなんです。
ポジションも絵に描いたように正確。ポジションからポジションへ移動する肢体の軌跡も正確で無駄がない。ヒラヒラ腕を動かす無駄にエモーショナルな動きとか使わない、シンプルで的確な動きなのに誰よりも優雅なんですね。

ロシア国内で見てた時にはごく当たり前だったことが、外国の皆さまの間だと奇跡のように見えるんです。

反対にオランダ国立の皆さまのボディがスキだらけなわけですけど。オランダ国立の公演日程を見ると、バレエ公演は月に10日程度。オペラだけの日程以外はほぼ毎日公演があって週7日、毎日膨大なリハをこなしてるボリショイの踊り手さんとは仕上がりが違うんだろうなと思います。

 

そんなまばらな公園日程ですから、オリガさんはイタリアに今月は出稼ぎにでてますね。

じゃあ、何故こんな弱小バレエ団に移籍したのか?ってなりますが、ABTとかコヴェントガーデンのロイヤルバレエからのニーズがなかったってのが、一つ考えられますかと。

もう一つは、このカンパニー所属の高名な振付家でハンス・ファン・マーネンの直接指導で彼の作品を踊りたかったから。この動画でコーチをしているラリッサ・レジュニナさんがここの所属だから、彼女のコーチングを受けたかったってのが考えられますかと。

 

何故コーチを語るのか?

現代的でありながら情念溢れるファン・マ―ネン作品は、確かにオリガにピッタリです。

でも、ここではコーチのことを語りたいなと思います。

何故かというに、ロシアではコーチと踊り手の関係が非常に重要とされ、踊り手への評価はそのままコーチへの評価となる運命共同体であるから。

かつまた、成長途中でワガノワ/マリインスキーからボリショイに移籍した踊り手は、その後の成長がどうもうまくいかないように見えるからです。

 

オリガもその辺に問題があったようです。ボリショイに移籍してすぐ『The Prodigy』というオリガ主演のドキュメンタリーが制作されたのですが、その中でコーチのマリーナ・コンドラティエワが「自分を一番と信じて、コーチの言うことに耳を貸さない」というような嘆きを呟いていたのですね。

とても違和感がありました。私が知っていたワガノワ時代のオリガは、コワリョーワ先生の指導に120%応える真面目な優等生だったのです。コンドラティエワも立派な踊り手でした。だから、何が起こったのかと不思議でした。
ボリショイのプリンシパルになってからもコワリョーワ先生を讃えるマリインスキーのガラに出演。『パ・ド・カトル』を踊ったのですが、同輩のクリスティーナ・シャプランや後輩のアナスタシア・ルキナと共に楽しそうに集い、主役のタリオーニを踊るディアナ・ヴィシニョーワに敬意を表して引き立て役をしておりました。ダンススタイルもしっかりとワガノワ/マリインスキーに合致して、とてもいい感じだったのです。

 

だから、ボリショイのコーチングスタイルには合わないのかなと思っておりました。
最近のインタビューで、オリガはボリショイでも「振付家が来た時は必ずそのクラスにでていること」というコワリョーワ先生の教えに忠実に守っていたと言っていましたっけ。オリガが全幅の信頼を置くのは、キーロフ/マリインスキー出身の教授やコーチたちなのだと、つくづく納得しました。

 

『ダイヤモンズ』を観比べてみた

気になると止まらないたちなので、『The Prodigy』にも出て来たオリガ初期の代表作『ダイヤモンズ』を見比べてみました。

『ダイヤモンズ』は、サンクトペテルブルクの帝室劇場(現在はマリインスキー劇場)出身のジョージ・バランシンがアメリカで成功し、NYC(ニューヨークシティバレエ)を率いた晩年の1967年、チャイコフスキーの交響曲第3番に振り付けた作品。作中の核である主役のアダジオ部分の曲調は大変メランコリックです。
ABT(アメリカンバレエシアター)で長年ダンサーを務めていた知人のDさんは、このアダジオをLunacyだと言いました。日本語だと、「物狂おしさ」ってところです。恋する女の物狂おしさ、私もそう思います。

この作品は、バランシンのミューズと言われたスザンヌ・ファレルのために創られたのですが、アメリカ人のダンサーは上体をガシッと正面向きで使っており、細やかな感情表現には向きません。では、どうやって物狂おしさをだすのか?
ファレル版を見ると、オフバランスが多用されているのが分かります。あえて身体の中心軸を捨てる、とても危険な技連発です。絶え間なくオフバランスにダンサーを置くことで、不安定な身体状況を作り出す。そうすることで、神経症的な心理を見せているのがバランシン本来の『ダイヤモンズ』だなと、信じております。

 

バランシンは背の高い、ラインの長いバレリーナを好みましたが、バレリーナの身長がぐんと高くなった1980年代から、マリインスキーバレエは積極的にバランシン作品を取り入れていきました。マリインスキーといえば、自由な上体の動きが見せる豊かな感情表現がお家芸。そこで、単に抽象的と言われていたバランシン作品が、驚くほどにドラマチックに再生してしまったのです。

そのマリインスキー版『ダイヤモンズ』の中でも傑作と言われているのが、ウリヤナ・ロパートキナ主演の2006年公式撮影版です。

George Balanchine - Jewels (Ballett in three parts): Diamonds (3/3) | Mariinsky Ballet - YouTube

ロパートキナは決して技術的に器用な踊り手ではありませんから、オフバランスで動き続けるなんてできません。その代わりに、長い手足で神々しいまでのラインを描き、ゆったりとした音取りとまたとないタイミングで魂の籠ったポージングを決め、情感溢れる上体の動きで、物狂おしい情念の物語を紡いでいくのです。ロパートキナ版はバランシンの方法論は捨ててバランシンの魂を表現した傑作と言えましょう。

最近、若手のマリア・イリューシキナの『ダイヤモンズ』を見ました。ロパートキナと同じ方法論で踊っているのですが、自発的な思いから動いているのではなく、コーチに師事された動きをなぞることに一生懸命、考え考え踊っているように見えました。そうなると、ただの動きであって物狂おしい物語は見えてきません。魂の欠けたロパートキナを見るような、不思議な体験でした。

そして、チューディンを相手役にしたオリガ版。オリガは内なる狂おしい思いで燃え上がっているようでした。ところが、ポーズする形の完成度やタイミングがあやふやなため、『ダイヤモンズ』という物語のブループリントを見せられているような気分でした。

ボリショイのコーチングは踊り手の自由度が高いと聞き及び、動画を見ながらもそれを感じていた折、コワリョーワ先生の細かなディテールを磨きぬく指導法に比べると、コーチングに不満が出てくるのかなと思っておりました。

ボリショイでは、オリガはポテンシャルの頂点までは至らないのでは?という疑問が頭に浮かんでおりました。

※このページでは公式チャンネル以外の動画のみ掲載していますので、興味をお持ちの方は是非探してご覧ください。

 

ラリッサ・レジュニナという人

で、今回の動画冒頭のバーレッスンから、オリガとレジュニナ先生の間には信頼と尊敬が成り立っているのが見て取れます。

レジュニナさんは1987年にワガノワを卒業してキーロフに入団したオリガの大先輩。第1ソロイストになったのは1990年なのですが、その前に公式動画の主演デビューをしているんですね。それは1989年撮影の『眠れる森の美女』。大スターとして君臨し始めたファルフルジマートフの相手役としてオーロラ姫を演じたのです。
当時のキーロフで群を抜く技量を誇ったオーロラはタチアナ・テレホワでした。精度の高いジャンプや目にも止まらぬ高速回転で、テレホワのオーロラは観客を熱狂させていました。そのテレホワを『青い鳥』のパドゥドゥに回してレジュニナを主演にした。将来性を見据えての大抜擢でした。
とはいえ、入団2年目の踊り手にオーロラは荷が重い。『ローズアダジオ』のグランピルエット2回転が1回だったり、グランパの3回連続2回転のピケターンの頭出しが1回転だったり、至高の水準にはほど遠いものでした。

レジュニナの輝きが頂点に達したのは1991年撮影、マハリナ主演の『パキータ』の第4ヴァリエーション。ポワッソンやポワントのソテという技術をなんとも精度高くアカデミックに、かつ叙情的に優雅にこなし、3回転も入れながら華やかで官能的な舞踏会の1シーンのように表現していく、まるで魔法のような演技でした。その後も1994年の堂々たる『くるみ割り人形』と天井知らずの活躍でしたが、同年にオランダ国立バレエに移籍してしまったのです。

その当時のインタビューを読みましたが、至高の技術力を持つ「テレホワに師事したかったのに、芸術監督に認めてもらえなかった」という移籍理由が上がっていました

この人と思ったコーチの指導を受けられなかったら、退団移籍を辞さない。それくらいコーチングは重要な問題であり、レジュニナは自分の意志が通らなかったら実力行使する、大変強固な人間性の持ち主だったのです。

 

『眠れる森の美女』リハーサル

ところで、アタシはオリガのオーロラを気に入ってはいません。
作品中屈指の難曲であり、オーロラが踊り続けるとことでキャラの解釈がよく分かる『ローズアダジオ』を例にとって説明しますと、オリガの場合、難しい振り付けを笑顔でこなす優秀なバレリーナさんに過ぎません。某チューブで『rose adagio』と入れるとすぐに出てくる、マリインスキー劇場のオレシア・ノヴィコワアリーナ・ソーモワの輝きがないのです。

オレシアは内気な少女が社交界にデビューして、その日に4人のハンサムな求婚者も得た。その嬉しさに内側から輝いています。アリーナはちょっと生意気な少女で、「ねぇねぇ、アタシを見て~」と言いながら、このハレの日に陶酔している。腕や首のポジション位置も自由に、オーロラという少女の幸せな1日を、ただただ生きているのです。

オーロラの素晴らしさは、生きることのアオハルの歓びに溢れているところにある、彼女の幸福に観客も幸せを感じるところにあると思うのです。この歓喜がなかったら、『眠れる森の美女』に魂はない。画竜点睛となってしまいます。

オリガのオーロラは長年、この魂を欠いていたのです。

 

とりあえず、動画を見ていきましょう。『眠れる森の美女』のリハーサルは1:22くらいから始まります。

オリガのパートナーは、マリインスキー劇場から移籍してきたヴィクター・カイシェタ。オリガに比べたら、カイシェタははるかに格下の踊り手ですが、納得できる顔合わせです。なぜなら彼は、かかあ天下のマリインスキー劇場で5年中堅どこで勤めあげて来たので、バレリーナファーストの心構えが叩き込まれている。アラベスクでもなんでも、ラインはバレリーナさんにあわせ、実直にパートナリングして差し出たマネをしない。男性はあくまでもバレリーナさんを引き立て、尽くすためにいるという心構えですね。これなら、オリガも気持ちよく動けます。

この『眠れる森の美女』はピーター・ライト版。衣装は果てしなく豪華に、振り付けでは困難なつなぎのステップは省いて、派手なステップをより難易度高くみたいな感じの作品ですか。つなぎのステップの精度を大事にして欲しいんですけど...

2人が踊るパドゥドゥは、本来なら3幕の前に演奏するヴァイオリン間奏曲。これを幕間に聴くというのが至上の贅沢なのだけれど、作品中最も美しい楽曲なので振り付けたくなる気持ちもわかります。

レジュニナ先生は腰に怪我をしているヴィクターを気遣いながら、彼にはラインを長く見せる、ソフトにランディングするなどの注意が入れますね。
オリガには王子への憧れを示す、カンブレの感触を身体で伝える。こういう情緒表現の指導はコワリョーワ先生も行っていましたね。
そして、1:26:40辺りでワガノワスタイルのシグニチャーともいうべき1番アラベスクへの注意が入ります。腰と脚は正確に正面向きのアラベスクポジションにおいて、上体を挙げている脚の側に捻って両腕を限りなく伸ばす。アラベスクに解放感を与えるこの困難なポジションで、後ろ肩を竦めないように注意しています。細かいです。でも、これでラインが一段と優雅に洗練されます。さらに、アラベスク自体は歪ませない。言われた通りしていると、美しさに磨きがかかる、納得のコーチングです。

オリガが動きやすいよう、ヴィクターの立ち位置もチェック。

 

それから、第1幕のオーロラのヴァリエーション。この振り付けはあまりにもアイコニックなので、ほぼ、プティパ/セルゲイエフ版通り。
安定した最初のアラベスクは褒めて、歪みが出たアティチュードは骨盤を上げ過ぎないように調整。方向転換した後は大技を焦らず、繋ぎのポーズを丁寧にキメるよう指示。

ダイアゴナルに入ってからは、スタッカートに音取りをするよう指示。これ、とっても大事です。総譜だとこのパートには鉄琴もはいりますから。

アティチュードの腕を開き過ぎないように、いかにもご挨拶の腕のように直しているのもナイス。宮廷の皆さまにお披露目で「ごきげんよう」をしてるわけですから。

後ろへのステップから回転のパートに入ると、2番目のピルエットが不安定なのを気にしてますね。ルルベでジャンプアップせず、プッシュアップでしっかりアロンジェさせることで安定させるようにしてます。ステップがしっかりクロワゼにするよう注意も入ります。ここで崩れるってありますからね。オリガは2番目のピルエットのランディングで腕を4番ポジションにしたい。レジュニナ先生は、4番にしっかりランディングしてポーズに入ればいいと言ってる。

ライト氏は回転シーケンスの終わりに、ソテを入れてますね。これ、美しくないからやめればいいのにねえ。

最期は、またまたアイコニックなブレからマネージュ。マネージュはジュテからピケアンドゥダンなんですね。ジュテはライト版の変更点。しょぼい動きになるから、プティパ/セルゲイエフ版どおりがいいのにね。

オリガはピケのところで勢いついてジャンプ入れちゃいますが、それはやめるようにご注意入りました。ジャンプ入って上体、特に肩が縮こまるのがよくないと。この指摘だけでオリガの動きがエレガントにスムーズになっていきます。

シメとして、ステージを大きく使うようにというアドヴァイス。ピケアラベスクでは腰から脚を挙げようとせず、床を押す力で素早く挙げるようにと。チュチュが長いからパセは低い方が良いという指摘も入る。これで、スタッカートのところがより明晰な音取りになりますね。

 

レジュニナ先生の指摘はすごく細かいんだけど、一つ一つが分かり易く対応しやすい端的な指示なんですね。で、その通りするとより踊りやすくなるうえに、役柄の情緒性もアップする。将に、キーロフ式の優秀なコーチング。

そして、「今日はここまで」と言って終わります。形から入っているけれど、レジュニナ先生はオーロラの魂をオリガに伝えたいのだろうと感じました。だから、ところどころに情緒的な演技を、自分の動きで見せていたのだと。

そうそう、キーロフのコーチングの最終形は「舞台の上では全部忘れて、役に没頭するように」でした。そうやって、オレシアやアリーナのオーロラは生まれてきたのだと思います。同じ奇跡がオリガにも起こりますように。

 

ロシアから海外に出ると、いきなり衰えてしまう踊り手さんが多いですが、オリガは反対に良くなっているようです。

 

オリガがオランダ国立とレジュニナ先生を選んだのは正解だったと思います。レジュニナ先生も、指導をすぐに具現化できる踊り手を教えられて幸せそう。2人とも幸せそう。

 

これからのオリガの活躍が、とても楽しみになってきました。

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