セクシーでグラマラス、パワフルでキレキレって、最盛期のブリトニー・スピアーズとか、ジェニファー・ロペスとか、ジャネット・ジャクソンみたいなパフォーマーを見た時に浮かぶ言葉ですが、バレリーナにもそういうお姉さんがいるんですね。
その人の名はヴィクトリア・テリョーシキナ。本当に惚れます❤
姉御肌なアダジオの醍醐味
これは、バレエ『ドン・キホーテ』の〆となる、ヒロインのキトリとバジルの結婚の場のグランパ(主人公たちがお取り巻き踊るメインの振り付け)のアダジオです(ヴァリエーションやコーダも掲載してますので、ぜひ、ご覧ください)。
グランパを踊るバレリーナというと、人工的にしなやかな女の人が男性パートナーに支えられてヒラヒラ踊ってたり、妙に筋肉質な女の人が重苦しく男性パートナー負いかぶさってたりするイメージがわくのですが、テリョーシキナは大違いです。
スリムで軽いのにナヨナヨしたところがなくて、キビキビ、シャキシャキ!比類なく正確なステップが音楽のフレーズ通りに、滑らかに舞われる、この爽快感!!!
(バレリーナが音通り動くって当たり前のように聞こえますが、技術的な難度に負けてアッチコッチで音取りが歪むのが現実です)
難しい回転やバランスも何事もないかのように、晴れやかな笑顔でぶれることなくサラリとこなして(0:57辺で回転がもたつくのはパートナーの責任です)~~~
パートナーが必死こいて支えたり、回したりみたいなことはない。ちょっと手を添えたり、軸を支えたりするだけで全然ヘイチャラなテリョーシキナ姉さんは、まさに、自立したバレリーナ!
要所要所でピシッとキメるポーズのカッコよさ。"見栄を切る"って表現がピタッとハマります。
肩をクイクイッと動かしたり、ちょっと得意げに首を振ったり、相手役に、客席に向けて艶然と微笑んだり… メチャ、セクシー!
バジルに笑いけけるときなんかも、「ついといで」的な姉御肌がうかがえて、その気性の強さに惚れ惚れするアタシでした。
思わず、歌舞伎の大向うの方々みたいに
「イヨッ、ヴィクトリ屋!!!」と叫びたくなる、テリョーシキナの十八番。
バレエ『ドン・キホーテ』は脳天気なロマコメ
ミゲル・セルバンテスの原作は、空想の世界にハマりきった貧しく老いた郷士が、自分が騎士だという幻想に取りつかれて遍歴の旅に出てさんざんな目に合う、なんとも痛ましいお話ですが…。
バレエの方は、脳天気な恋愛コメディ。
ドン・キホーテが憧れの貴婦人ドゥルシネア姫だと思い込んだ相手は、宿屋の娘キトリ。床屋の息子のバジルと恋仲ですが、父親は財産家との結婚を望んで許してくれない。
そこで、プチ駆け落ちをしたり、バジルは狂言自殺をしたり、あの手この手でなんとか結婚にこぎつるという、実に他愛ないお話。
ドン・キホーテ自身は、あまりストーリーに関係ない。というか、ストーリーはほぼカスカス。
そのかわりキトリとバジルが友人たちと踊りまわったり、闘牛士と街や酒場の踊り子が絡んだり、情熱的なロマのダンスやアラビア風のダンス、ドン・キホーテの夢の中では、森の女王やキューピッド、ドゥルシネア姫が優雅な舞をみせたり…。
と、恥を知らない踊って踊ってのお祭り騒ぎ!
中でもキトリは幕開けから第2幕の夢の場、さらに最後のグランパまで踊りまくり。ハイパーな技術とエネルギーが必要な役なので、大スターでも、キトリを踊れない人がチラホラいます。
高度な技術と体力に恵まれたテリョーシキナ姉さんには、ピッタリのキトリ役。
コメディが得意なうえにチャキチャキ男勝りな気性もピッタリハマって、
「ああ、キトリだあ」と、実感させてくれる稀有な存在。
眼福の扇使いヴァリエーション
扇をくゆらせながら、シナをつくって仇っぽく登場して、タタタタ~とポワントで小走りする。この緩急、スピードと正確さを備えたステップに愕然とする見事なエントランス!
猛スピードなのにアティテュード(膝を曲げた片足を後ろに挙げるポーズ)のバランスは盤石で長い。絶妙です。
そして、激激滑らかにステップ踏んでるのに、何事もないかのよう扇子を閉じたり開いたり、ハタハタ仰いだりしています。
ボリショイのキトリヴァリエーションは扇子を使いますが、皆さん、もっとぎこちないです。
なんで、テリョーシキナ姉さんだけが奇跡のように扇を使いこなすのか?
それは、彼女が体操一家の出身で、10歳までは新体操の選手になるべく訓練を受けていたから。ボールとかリボンとかフープとか、手具操作がマストな新体操。選手生命は短いので、長いキャリアを築けるバレエに方向転換したということで、私たちは、この妙技を見ることができるわけです。
さらに、テリョーシキナ姉さんが踊るヴァリエーションはキーロフ伝統のバージョン。最後のダイアゴナル(斜めに進行するシーン)がパドゥシュヴァルになっています。
パドゥシュヴァルというのは、馬が 前脚の蹄で地面を蹴るような動作をポワントで行うステップです。ポワントでの習得が難しい上に派手な見栄えがしないので、今では継承する人がほぼいなくなったエンディングを、テリョーシキナは採用しています。
パドゥシュヴァルと扇の動き、演技の組み合わせで、このシーケンスが
埃っぽいスペインの街中で、裾が汚れを気に掛けるお姉さん的な、凄く色っぽい見せ場になっているのに、ウルウル感激するアタシです。
そして奇跡のグランフェッテ
グランフェッテというのは、片脚を鞭のようにしなわせて回転する、コーダ(グランパのエンディング)の見せ場です。
扇を自在に扱いながら、ダブルの回転も交えてグランフェッテをこなす姿は、まさに圧巻。この技が終わると、いつも客席がどよめいて、拍手と大歓声が沸き上がります。
これに挑戦して、多くのバレリーナがずっこけるテリョーシキナならではの大技。ボリショイのクリサノワもやってますが、顔が引きつって余裕がなく、見ていてキビしいものがあります。
このヴィデオのパフォーマンスをやった2011年のダンスオープン国際バレエフェスティヴァルで、テリョーシキナは連続2度目の"ミズ・ヴィルトゥオーザ"賞を受賞しています。
ヴィルトゥオーゾといのは、破格の大技を持つ男性舞踊手に与えられる称号ですが、女性でありながら破格の大技をたんまり抱えるテリョーシキナの偉業を称えるために、この賞は作られて他に受賞者は出ていないということから、テリョーシキナの特別な能力が分かっていただけるかなと思います。
なかなか昇格できなかったテリョーシキナ
今では、マリインスキー劇場の看板バレリーナとして、数々の賞に輝き、2018年にはロシアでは最高の栄誉である"人民芸術家"のタイトルも、同年代のプリンシパルたちを大きく引き離して獲得しているテリョーシキナ。
でも、そのキャリアは楽なものではありませんでした。
特別な美人でも、モデル体型でもなく、可愛い系でもなかったテリョーシキナ。若い頃は自分の技術しかたよるものがなく、早々に主役をいただいたものの、売り出し用のドキュメンタリーや主演ヴィデオ製作などもしてもらえず、コールドとソリスト間をいったりきたり。
2006年のアラベスク国際バレエコンペティションに、このドンキのグランパを引っ提げて出場して入賞したことで名前を挙げ、自力で出世街道を掴んだのですね。
受賞したパフォーマンスは完成形には至っておらず、扇使いのダブル回転入りグランフェッテなどは入っていませんでした。その技術で満足していたら今日の成功はなかっと思います。
思いあがることなく努力し続けることで、技と演技を磨き続け、ロシアバレエ界の頂点にたったテリョーシキナ。
ある時、インスタグラムにこんな言葉を載せていました。
「バレエ学校の入学試験には体格や体質を測る基準はあるけれど、心の強さを測る基準はない」
その強さと努力に、いつも感動するアタシでした。