バレエ好きと自認する皆さまとお話すると、子ども時代に『くるみ割り人形』を見てと、うれしそうに話す方が多いのですが、悲惨なバレエ鑑賞体験に悩まされてきたビルコンティは、実際にどんな公演をご覧になったのか、根掘り葉掘りチェックします。
懐疑心だらけだったビルコンティを救ってくれたのは、やはりマリインスキーバレエ。
これも、ユーロチャンネルの公式コンテンツなので、ご紹介しますかと。
※動画をご覧になるには▽をクリックした後出てきた黒い画面のyoutubeリンクをクリックして、本サイトを開いてください。
- チャイコフスキー最晩年の作品
- マリインスキー版は幼ない少女の夢物語
- 子どもたちによる子どもたちのためのバレエ
- アリーナ・ソーモワ、永遠の少女の魅力
- 音楽的に最もすぐれた「金平糖」のグランパ
- 周りをかためる皆さま
チャイコフスキー最晩年の作品
『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』はチャイコフスキー作曲の三大バレエとして名高いものですが、『くるみ割り人形』の初演は1892年マリインスキー劇場。
チャイコフスキーは1893年に亡くなっているので、まさに最晩年の作品のひとつということになります。
幻想的な作風で名高いE.T.A.ホフマンの童話 『くるみ割り人形とねずみの王様』をもとに構想をねられたものです。
当然、子供が演じるバレエとなるので、舞踊作品としてのインパクトは欠けていました。
さらに、振り付けを担当するはずだった、クラシックバレエの大家マリウス・プティパがリハーサル前に病でたおれてしまい、『白鳥の湖』で共同振付を担当したレフ・イワーノフがなんとか作り上げた初演版。
当然のことながら人気が出ず、『くるみ割り人形』はプティパ決定版のない珍しいクラシックバレエ演目となってしまいました。
なので、世界中のバレエ団が自由に創造性を発揮している作品になっています。
マリインスキー版は幼ない少女の夢物語
さまざまな作品群の中では原作者のホフマン独特の世界観を取り入れて怪奇趣味のものなども多く見受けられます。
その中で、マリインスキー劇場で受け継がれているのは1934年初演のワイノーネン振り付け版。
クリスマスプレゼントの中でも不細工なくるみ割り人形に愛着を持った少女が、夢の中でネズミの軍隊からおもちゃを救って、王子に変身したくるみ割り人形とお菓子の国に紛れ込み、淡いロマンスに酔いしれる。
たわいのないファンタジーです。
それが、なぜ、これほどに愛されているのか?
そこをお話したいかと…。
子どもたちによる子どもたちのためのバレエ
ワイノーネン版『くるみ割り人形』はマリインスキー劇場の下部組織であるワガノワバレエ学校の定番演目。
年末にバレエ団本体が海外公演を次々こなさなくてはならなくなると、マリインスキー劇場は少人数でこなせる演目やワガノワバレエ学校の『くるみ割り人形』を上演して、人気ダンサーたちのいない期間を乗り切ります。
低学年の生徒たちが主人公のマーシャ(西洋ではクララ)やその友人たちを演じ、高学年生徒たちがネズミの軍団やコールドや、夢の中でお姉さんになったマーシャを演じます。
第1幕は小さな子どもたちが大活躍!
第2幕以降は、パステルトーンでメレンゲみたいな甘さがあるプロダクションですが、
バレエ団本体の公演でも、第1幕の子どもたちや第2幕の「葦笛」のパドトロワ(3人組の踊り)はワガノワバレエ学校の下級生たちが務めることが多いのです。
だから、ワイノーネン版『くるみ割り人形』は、とてもかわいくてキュート。
観客の子どもたちも舞台上の子どもたちと気持ちがひとつになれる。
家族でも安心して楽しめる人気作となっているのです。
アリーナ・ソーモワ、永遠の少女の魅力
子ども向けの『くるみ割り人形』の夢の中のマーシャを、マリインスキーバレエを代表する名プリンシパルのアリーナ・ソーモワが踊る。
それが、このヴィデオ最大のウリです。
ソーモワは、170cm近い長身に可愛らしい小顔、手脚がながい典型的なマリインスキー美女。
さらに、驚くほど柔軟な肢体で長く優雅なラインを描くことができる上に、例外的な身体能力とスピードに恵まれている怪物的な高機能ダンサーです。
とはいえ、アタシにとって一番の魅力は、その恵まれた肢体から自然にはじけ出てくるハイパーなエネルギーと、いつまでも失われることがない少女ならではの愛らしさ。
このヴィデオの撮影年は2012年なので30歳近くなっているはずですが、本当に可愛らしい。
たとえば、くるみ割り人形が王子に変身する場面で見せるナイーブな喜びや雪遊びをするところが本当に自然で💛
ワガノワの生徒さんが主役を務めるような場合、難しい技術に追いつけない、本劇場での大役ということもあり、「バレリーナでざいます」的な重くるしさが出て、反対にババくさくなったりしがちです。
それが、ソーモワだと、大人の女性の身体をえた小さな少女の魂というマーシャの本質がナチュラルに感じられて、本当に感動します。
音楽的に最もすぐれた「金平糖」のグランパ
チャイコフスキー視点で考えると、やはり、最後の「金平糖」の楽曲が全編のハイライトになると思うのですが、特にアダジオ(ゆるやかな曲調の最初の部分)は、ハープとヴァイオリンをフィーチャーした、浮遊感溢れる楽曲。
ワイノーネン版は、このグランパ(目玉となる大きな振り付け)マーシャと王子に加え4人の従者をふくむパドシス(6人組の踊り)にしています。
パドシスにしたことでダイナミックなリフトやサポートが増えて、マーシャが空中を漂っているように見える。だから、楽曲の浮遊感が踊りのコアになっている。
ここに、ワイノーネン版の醍醐味があるのです。
技術的には、このアダジオの成功は、最終盤のシェネ(直線状を両脚でクルクル回っていく技)にあると思っているアタシですが、ここも一機に猛スピードこなすソーモワ、素晴らしいです。
「金平糖」の女性ヴァリエーション(1人の踊り)には、ピアノを小さくしたようなかたちで、ティンティンと軽やかな音色を聞かせる楽器のチェレスタが使用されています。この細やかな音もくまなくひろっていく、ソーモワの技量に驚きます。
なによりも、優雅な動きをキメながら音楽に酔いしれて感極まっていくソーモワの美しさ。
最終的には、技術ではなく魂の高揚を魅せるマリインスキー劇場の伝統に、観客も酔いしれることができるのです。
周りをかためる皆さま
ソーモワ絶賛で終わったら申し訳ないので、ほかの皆さまのお話も…
まずは王子のウラジミール・シュクリャロフ。本当に綺麗なお顔立ちで、芝居がうまくて、パートナーとしての技量もあり、今の劇場を代表する王子役です。
第1幕で見事な人形ぶりを見せるヤナ・セリーナ。主役を踊るレパートリーは少ないのですが、様々なスタイルを踊り分けることができるので、アタシたちファンは「ヴァリエーションの女王」と呼んでいます。
人形ぶりもお得意で、『ペトルーシュカ』の主役であるバレリーナ人形も名人芸です。公演を見に行ってセリーナがでてきたら、大ラッキーです。
グランパの従者の中でもマーシャと多く絡む2人、アンドレイ・エルマコフとコンスタンティン・ズベレフも今ではプリンシパルと第1舞踊手。
今から考えると、なかなかゴージャスなキャスト。
オフィシャルの動画になっていて、本当に幸せです。