海外エンタメ 千一夜物語

もの好きビルコンティが大好きなゲームオブスローンズを中心にゴシップ話も交えて、海外ドラマ・エンタメを一人語り・・・

コービー・ブライアント追悼 死んじゃうなんてつらいじゃないか!!!

f:id:biruconti:20200129165556j:plaintwitterを開いたら、コービー・ブライアントと愛娘ジジちゃんの写真が目に飛び込んできた。女子バスケ界で注目されはじめたジジちゃんの話題かと思って下を見たら「ヘリコプター墜落、死亡」なんちゅう文字が書いてある。

「そんな...」という言葉しか出てこなかった。信じたくなかった。胸が苦しくなって、泣けてきた。コービーファンになれなかった自分が、なんとも悔やまれました。

 

 

3連覇レイカーズのチームメイトたちは

こういう時は、2000~2002年にかけてNBA3連覇を飾ったコービーとシャック(シャキール・オニール)率いる無敵のロスアンゼルス・レイカーズのチームメイトの話が聞きたくなります。

だって、神格化された背番号24のコービー・ブライアントではなく、17歳でNBAに入って偉大な選手になろうと奮闘していた背番号8のコービー少年を知っている兄貴分は三連覇レイカーズのチームメイトたちだから。

 

 TNTの特番を見たら、いつもは陽気なシャックは実の弟に先立たれた兄ちゃんのように悲しそうだった。

「最初はフェイクニュースだと思って腹が立った。そのうち、皆が連絡してきて本当だと分かって泣けてきた」

あのレイカーズが4連覇できなかったのは、サラリーキャップの問題もあったけれど、大黒柱のシャックが体重管理してコンディションを整えることができなかったことも大きい。責められるばかりで契約更改時に要求通りの年俸をのんでもらえなかったシャックが、トレードを要求したことが三連覇レイカーズ解体の決定打だったのです。

「俺もコービーも我の強い人間だから、いろいろ言いあったこともある」

お互いに年を取り人間も丸くなって当時を思い出すと、こんな時には後悔することもあるのでしょう。

「俺は4回、コービーは5回、それぞれに優勝してるけど、一緒にやってたらレイカーズで10回は優勝してたって2人で話したこともある」

そう言って、巨体を小さく丸めて泣きだした

 「これからは、もう、人とケンカはしないことにした」

とさえ、言ってたらしい。

 

高校生だったコービー・ブライアントのトライアウトを見て、ドラフト時点でトレードしてコービーを獲得した、当時のジェネラルマネージャー、ジェリー・ウェストは、目が潤んで声がでなかった。

 リック・フォックスは本当に悲しそうだった。デレク・フィッシャー(Ⅾフィッシュ)は、いつも通り優等生らしく話をまとめてました。

NBATVでは、ブライアン・ショー(Bショー)が涙ぐみ~~。

 

でも、聞きたいのは公式見解じゃないの。シャックみたいな生々しい思いが聞きたい。

自分がどうしてファンになれなかったのか、その痛みが癒されるような話が聞きたいと、わがままなことを考えたアタシでした。

 

だって、3連覇レイカーズのファンだから

身長216cm、体重150㎏、普通のセンタープレイヤーの倍くらいの大きさで強くて速いャックとジョーダン2世といわれたコービー・ブライアントを両看板にしたレイカーズは、どこか頼りないチームでした。エディ・ジョーンズ、ニック・ヴァン・エクセルというスター選手を脇に擁してバカ勝ちするのにNBAファイナルを勝ち抜けない、腰砕け速攻チームといってもよかったかと・・・。

 

速攻は大量得点できるけれどもNBAファイナルまで体力を温存できない。一方、センターやフォワードとポイントガードを中心にした2メンゲームはディフェンスされやすい。

 

1999-2000シーズン優勝を目指して、シカゴ・ブルズを2度の三連覇に導いたフィル・ジャクソンがコーチとしてレイカーズに招聘されました。フィルはシャックとコービー以外の半端なスター選手を切り捨てて、子飼いのロン・ハーパーを筆頭にベテランのロールプレイヤーを獲得。ブルズ時代同様、アシスタントコーチにテックス・ウィンターを従えてNBA最強の戦術といわた「トライアングルオフェンス」をレイカーズに移植しようとしたのです。

 

センターとガードとウィングがつくる等間隔の三角形から攻撃開始して、状況に応じて自分で判断してパスやカットを繰り返して、さまざまな場所でピックアンドロールをかけて5人全員で複雑なゲームパターンを繰り広げるトライアングルオフェンスは強力だけれど、身につけるのは難しい。

 

若いレイカーズを見ながらトランアングルを学んでいくうちに、レイカーズのプレイヤーたちのIQや性格が見えてきて、まるで仲間のような気持ちになったアタシ。

ゲームの支配力は抜群だけど、練習嫌いで賢くないシャック。IQと身体能力は抜群だけど、生意気なコービー。

 スピードや角度を自在に変えていくドライブイン、本当にねじ回しのようにグルグル上昇していくコルクスクリューダンク。コービーの身体能力と技術には目を見張りました。

 

とはいえ、トライアングル愛に萌えていたアタシが惹かれたのは、ゲームを構築するデティールを完成する、一癖も二癖もあるロールプレイヤーたちでした。

 

 

ビッグ・ショット・ロブは語る

なかでもお気に入りだったのは、のちにビッグ・ショット・ロブのあだ名でNBA名物になったフォワードのロバート・オーリーでした。

ロブは飄々とした不思議な男で、即座にトライアングルオフェンス習熟する頭脳を持っているのに、普段はかなりチャランポランなプレイでお茶を濁してます。ところが、試合の正念場、ブロックでもスティールでもシュートでも勝利のキーとなるプレイを決めるのは、何故かロブ。プレイオフでは山のように勝利の逆転3ポイントシュートを決めて、なんと7個の優勝リングを抱えて引退した強者です。

 

ご意見無用の人を食った男、ロブの思い出話はキレイごとではありません。

「ジョーダン2世なんて騒がれて17歳でリーグにきたんだ。当然、反感を持つベテランもいたよ。俺はちがうけどね」

「17歳っていうまだ子供が、突然、酒飲んじゃギャンブルしのの30男に囲まれて仕事することになるわけだ。とんでもないカルチャーショックだろ」

「ジョーダンと比較されるし、そりゃプレッシャーだよ。だから、いつも、防御服を着てるみたいに身構えてたね」

 

キャプテンなのにチームメイトの面倒をみないコービーに腹をたててましたが、大人のチームメイトを若造のコービーが仕切れるわけもなく、孤立しがちだった理由が見えてきました。

 

「移動中の飛行機で、賭けスペード(カードゲーム)をやってたら、コービーが何やってるんだてうるさいんだ。知らなかったんだよ。アメリカの黒人男がスペードを知らないってのは何事だってな感じだろ。早速、教えてやったさ。最初はぼろ負けしてたけど、コービーの性格知ってるだろ。もう1回、もう1回ってせがまれてさ、結局、コービーが勝つまでやるはめになったよ

 

イタリア育ち、郊外育ちのお坊ちゃまコービー君、黒人男の口調や遊びも、リーグにきてから一生懸命覚えたんでしょうねえ。子供のくせに必要以上に男っぽいふるまいをしてた背景も見えてきました。

 

「そうやって、少しずつ守りの姿勢が消えてって、コービーはただのプレイヤーじゃなくて、チームメイトになってたんだ

「メディアの連中は、コービーの試合中の顔しかしらないいだろ。素のコービーは一緒にじゃれたり、笑ったりする普通の子だったよ」

 

レイプスキャンダルなどもありどうも信用できず、どうしようもなく生意気に見えていたコービーが急に身近に思えてきました。兄貴分のロブは、若いコービーに色々教えて鼻高々です。

 

「練習でもコービーはドライブインとか仕掛けてくるんだ。初めは、俺らも絶対リングにいかせなかった。それがスポンジみたいに技を吸収して、よくなっていったんだ」

「3ポイントの賭けゲームしてると、コービーも交じってきて・・・。最初はこれも勝てなかったねえ。それで、毎日、あのゲームしようっていってくるんだ。奴が偉大な3ポイントシューターになったのも、俺らがいたからさ」

コービーがゲームのディテールをうるさかったってはなしだけど、いい選手なら皆ディテールにこだわるもんだ。俺もリック・フォックスもⅮフィッシュもBショーも、デティールにこだわってた。俺たちがコービーに教えたんだよ

 

3連覇レイカーズのケミストリーの秘訣が見えてきた気がします。

スター選手に代わって、ロブとリックとⅮフィッシュとBショーが後輩の面倒を見て、育ててたんですね。

 

では、コービーと他の選手の違いは何なのか?

 

「(普通の選手は途中から能力がおちるけど)コービーは引退するまで、毎日毎日よくなっていった。だから、奴は偉大なプレイヤーなんだ

 

コービーが負けん気の努力家なのは知ってましたが、出発点の話を聞くと、その頑張りが一段とリアルに感じられます。

もっと早くに、ロブの話を聞きたかった(泣)

 

 

レブロンの33,644点

引退したコービーからレイカーズを引き継いだレブロン・ジェームズが1月26日、試合第4クォーターのレイアップで通算得点を33,644として、コービーの33,643点を超え、通算得点歴代3位の座を奪いました。

その翌日、コービーは亡くなってしまいました。運命のようなものを感じます。

 

バスケの歴史が大きく動くとき、いつもそこにはレブロンがいます。マイケル・ジョーダンが引退した翌年、登り龍の勢いでリーグに登場したのもレブロンでした。

 

コービーがーつのフランチャイズを守り切る昔気質のスター選手なら、レブロンは選手の権利保守を主張してチームを移籍する新型フランチャイズプレイヤー。社会的にもアメリカを改革する活動に積極的な姿勢を示すレブロンの下でNBA文化自体も変革しています。

 

コービーとともに、ひとつの時代が確実に終わりをとげたと痛感しています。

 

 

知的なビジネスマン、コービー

引退後のコービーはスポーツ産業のオーナーシップみならず、映画を製作したり、本を出版したたり、巨万の富を活用して思い切りクリエイティブな活動をしていました。

 

ピアノでベートーヴェンの「月光」を弾いたり、なんか、ユーロな知性を感じさせるところもあり、

若いコービーがNBAで起こした摩擦は、ユーロな少年とアメリカの黒人男の文化摩擦だったのかとも思える今日この頃・・・。

 

そのハイブリッドな感性を活かした活躍に期待していたので

本当に残念です。