人体で造り上げた心臓という貢ぎ物をハンニバルが飾り付けたところで終わった前エピソード。贈りたい相手のウィル・グラハムにそれは届くのでしょうか?だいたい、彼は生きているのか?気になる第3シーズン第2話を読んでみました。
- 『水物』の血の海へ
- 目覚めたウィルを訪れるアビゲール
- ノルマンニ教会の幻想と現実
- パッツィの登場とフィレンツェのモンスター
- ボッティチェリの『プリマヴェーラ』
- 心臓という貢ぎ物
- アビゲールという幻想
- 生と死の過程の相似
- ウィルの許し
『水物』の血の海へ
モノクロの回想とも思われる『水物』のハンルニバ邸刃傷シーンで開始する冒頭。
アラーナを2階から突き落として震えるアビゲイル。
「あなたは逃げたはずだったのに」と、現れたハンニバルに惹き寄せられるように近づくウィル。ハンニバルのナイフの抱擁と裏切りを詰るモノローグ。
「君の世界にアビゲールのための場所がつくられていた。...3人で一緒に暮らせる場所を造ったのだ。...君に私(の本当の姿)を教えた。私を見せた。類まれな贈り物のつもりだったが、君はそんなものを望んでいなかった」
「望んでいなかったですって?」と、この期に及んで曖昧に逆らうウィル。そして、(ハンニバルが自分を変えたように)自分もハンニバルを変えたと、言い張ります。
「運命と状況が、再びティーカップが壊れる瞬間に戻ってきた。私は君を許すよ」
という言葉と共に、舌戦に楔を打つようにアビゲールの首を切り裂くハンニバル。
彼の許しは、2人の絆であるはずの愛し子を殺害することだったのですね。
腹を抉られて倒れるウィルに「頭を浸して、目をとじて、静かな流れに身を任せなさい」言い含める。これは、ウィルが親しむリラクゼーションのイメージ。あえて、この言葉を選ぶのところに、ハンニバルの意地悪なやさしさが感じられます。
アビゲールの出血を抑えることができず、血の海に沈んでいくウィル。
ウィルと同じように、腹を穿たれて倒れる「鴉の羽を持つ雄鹿」。あたかも、ハンニバルがウィルとの絆を殺してしまったかのように。
割れて散乱しては戻るティーカップ。まるで、時間が巻き戻り、なくした3人で生きる場所が戻るかのように。
ここで、画面は病床で横たわるウィルを映します。どうやら、モノクロのシーンはウィルの夢のようです。
絆は絶たれてしまったのか?それとも修復可能なのか?混乱するウィルの内面が現れていたのですね。
目覚めたウィルを訪れるアビゲール
術語の昏睡から目覚めたらしいウィルに、「お見舞の方が来ていますよ」と声をかける医師。その医師と入れ替わりに入ってきたのはアビゲール。
ハンニバルのナイフは「外科手術のようだった。彼は私たちを生かしたかったの」と告げるアビゲール。「He left us to die. 僕たちを死ぬに任せた(死ぬように置き去りにした)」と言い返すウィル。
ハンニバルの3人で暮らそうとした思いを語り「なんで嘘をついたの?...誰も死ぬ必要はなかったのに」と、詰るアビゲール。「起こるべきことが、起こっただけだ」と、いつもの禅問答のように言い訳をするウィル。
「まだ終わっていないわ。あの人は私たちにみつけて欲しいのよ」と、アビゲール。
「あんなことをされたのに、まだあの人のとこに行くつもりか?」と、返すウィル。
「起こるべきことが起こるなら、間違うことはないでしょう。あなたの行為は想定内なんだから」と、ハンニバルを追うよう説得するアビゲール。
ところで、このアビゲールには大きな違和感があります。彼女は、第1シーズンにみかけた反抗的で狡賢い小娘ではありません。『水物』で見た、洗脳されながら不安におののく小鹿でもない。
病室にやってきたアビゲールは、落ち着いて穏やか、慈愛に満ちて、確信に溢れています。おまけに、父親に殺されそうになった時の首の傷跡を隠すスカーフもしていない。すっきりと胸元が開いたブラウスから覗く首筋には、ナイフの痕跡も見えない。
「誰も死ぬ必要はなかった」としたら、誰かは死んでいる。誰が死んだのでしょうか?ウィルは生きている。アラーナかジャックが亡くなったのでしょうか?
この、見慣れないアビゲールは何処から来たのか?『水物』に描かれた出血を鑑みると、アビゲールは死んでいるはず。奇妙に思えてなりません。
アビゲールの「見つけて欲しい」という言葉に反応して、ウィルの意識は『水物』の前日のハンニバルの心療室に飛びます。
一緒に患者の心療記録を焼却するハンニバルとウィル。
自分の記憶の宮殿は「巨大であり、...入り口はパレルモのノルマンニ教会のようだ」というハンニバルの述懐が聞こえます。
そして、ウィルは心療室の床にノルマンニ教会(正確にはノルマンニ宮殿内のパラティナ礼拝堂)の骸骨の模様を見出します。
ノルマンニ教会の幻想と現実
術語の覚醒から8カ月後。
ノルマンニ教会を訪れるウィルとアビゲール。アビゲールの言葉と心療室の記憶を頼りに、ウィルはハンニバルを追いかけてここに来たのですね。金を被せたビザンティン様式のモザイクが、なんとも厳かな内装。礼拝に来た善男善女。
司祭がアビゲールの方を見やり、胡乱な眼つきをします。それを睨み返すアビゲール。この視線のやり取りには何の意味があるのでしょう?
「あなたは神を信じてる?」と、アビゲールが始めた質問に答えるウィル。
God can't save any of us because it's inelegant.
神は誰も救うことができない。だって、そんなのエレガントじゃないから。
Elegance is more important than suffering.
エレガンスは苦悩よりもはるかに重要なんだ。
That's His design.
それが彼のデザインだ。
「神とハンニバル、どっちの話をしているの?」と、当然な疑問を挟むアビゲール。「ハンニバルは神じゃない」と、ウィルは続けます。
Defying God, that's his idea of a good time.
神に逆らうのが、あの人の楽しみなんだ。
Nothing would thrill Hannibal more than to see this roof collapse mid-Mass, packed pews, choir singing...
信者席が一杯になり、聖歌隊が歌うミサの真っ最中に、教会の屋根が崩落するのを見るのが、ハンニバルには一番スリリングなことなんだ。
そして、天井に亀裂が入り軋んでいくのをウィルは幻視します。
ここまでハンニバルを追ってきて、神ではないと言いつつも、まるでハンニバル教徒みたいな言動を続けるウィル。男心は複雑です。
現実のノルマンニ教会の天井は崩れることもなく、前エピソードでハンニバルが作った、人体による心臓の飾り物が置かれ、犯罪現場となっています。黄色の規制テープが張り巡らされ、遺体である心臓を隠すスクリーンが置かれている。
そこに立ち入る部外者のウィルは、「失礼ながら、お話を伺いたい」という警部により地元警察に連行されます。
パッツィの登場とフィレンツェのモンスター
警察署の入り口。事情聴取に向かうウィルの行くてを遮って話しかけてきたのは、フィレンツェからわざわざやって来た主任捜査官リナルド・パッツィ。
ルネサンス好きには、お馴染みの家名パッツィ。フィレンツェで中世から金融業を営んできた名門です。ルネサンス期にフィレンツェを事実上統治していたメディチ家最盛期の当主ロレンツォ・イル・マニーフィコ(豪華王の意)暗殺を企み、弟のジュリア―ノを殺したことで実行犯が皆処刑され、一族郎党弾圧されたという「パッツィ家の陰謀」で、歴史的に悪名を馳せています。
このリナルド・パッツィですが、映画『ハンニバル』ではイタリアの名優ジャン・カルロ・ジャンニーニが演じた、重要な役どころ。ハンニバルがクラリスに執着するように、若い妻に入れあげた初老の男を、ジャンニーニが悩まし気に演じてました。
TVシリーズのパッツィ捜査官は、20年前に逮捕し損ねた殺人鬼「Il Mostro=イル・モストロ:(フィレンツェの)モンスター」と彼の芸術作品に憑りつかれています。
だから、フィレンツェからシチリアのパレルモまで来たのですね。
イル・モストロがハンニバルだと確信し、FBIの資料を読みこんんで、ウィルとハンニバルが切っても切れない関係にあると踏んでる、しつこい捜査官です。ウィルがパレルモに来て、ノルマンニ教会に足繁く通うようになって間もなく人体心臓が教会に飾り付けられたことにも気づいています。
「教会に死体があるからウィル・グレアムがいるのか?ウィル・グレアムがいるから死体がここにあるのか?」と、まるで、ウィルとハンニバルの共犯関係を疑うような物言いで、ウィルに話しかけてきます。
自分とウィルは同じ、「想像力という賜物」を共有しているのだ、
Those moments when the connection is made, that is my keenest pleasure.
相関関係が見いだされるときが、私の最大の喜びです。
Knowing. Not feeling, not thinking.
感じるでもなく、考えるでもなく、端的に知る瞬間が。
と言い張ります。
勿論、ウィルは自分たちの相似を一蹴します。「ウィルがいるから死体があり、死体があるからウィルがいる」という相関関係は事実でが、それは自分の貢ぎ物に辿り着くように、ハンニバルがウィルに手がかりを与え、タイミングを計っているから。第三者のパッツィには2人の情愛が見えない。だから、微妙にニアミスな回答に辿り着く。
さらに、ウィルと自分が同類というパッツィの考え方は危険すぎます。想像力と冴えた直観があれば、事件の真相には近づく。とはいえ、それでウィルに成り代われるのか?無理でしょう。殺人への渇きを表現する詩的言語とハンニバルへの飽くなき愛着が、ウィルと他の人々を隔てているのです。これなしに、ウィルと同じようにハンニバルに近づいたら、無礼者への罰が待っているだけ。
自分が落ち込もうとしている陥穽を知らないパッツィは、20年前のイル・モストロによる殺人の現場写真と、若き日のハンニバルのの写真を見せ、何らかの共謀を疑いながら、情報共有をすることでウィルとの間合いを詰めてきます。詰めたと思っています。
ボッティチェリの『プリマヴェーラ』
パッツィが見せた20年前の現場写真は、まさに殺人タブロー。イル・マニーフィコ御用達の大画家、ボッティチェリが描いた代表作『プリマヴェーラ(春)』のオマージュ。
現代では、ウフィツィ美術館の目玉商品であるこの作品。メディチ家の注文と言われる宝石のようなテンペラ画です。
画面中央の女神ヴェヌスが治め、果実生い茂るオレンジの園。西風の神ゼピューロスがニンフのクローリスを捕え、息を吹きかけるとクローリスは花の女神フローラへと変身する。春の息吹に満たされた画面左側には三美神が集い、美神の一人に向けてクピードーが愛の矢をつがえ、左端では富裕を司るメルクリウスが果実に手を伸ばしている。まさに、フィレンツェの春であり、金融業で財を成したメディチ家の隆盛を寿ぐようなテンペラ画。いかにもハンニバルが好きそうな主題です。
そのメディチ家が起こした春、ルネサンス文化へのオマージュを、メディチ家の宿敵の子孫と思しきパッツィ主任捜査官が差し出す。なんとも皮肉が効いています。
イル・モストロの殺人タブロー、正確には『プリマヴェーラ』の画面右側、ゼピューロスとクローリスのみを描出していますが、ゼピューロスがチビデブの親父だという以外は実によくできたオマージュです。
現場写真を見て、「あなたはウフィッツィ美術館でイル・モストロに会ったのですね」と察するウィル。
多分、ウィルの想像の中、ゼピューロスとクローリスのドローイングをする手にパッツィのモノローグが被ります。
Success comes as a result of inspiration.
成功はインスピレーションの結果として齎される。
Revelation is the development of an image, first blurred, then coming clear.
最初はおぼろげでも次第に明瞭になるイメージの展開が啓示なのだ。
『プリマヴェーラ』の前に腰かけドローイングしていたのは、若く端正な青年。
事件のインスピレーションを求めていたパッツィは、ウフィツィ美術館に日参。そこで、来る日も来る日も『プリマヴェーラ』を模写し続けるリトアニアの青年を見かけ、「I knew:分かったのだ」だと。そのリトアニアの青年ハンニバルががイル・モストロ、殺人タブローの犯人だと分かったのだと言います。
精密な殺人タブローは、果てしない細部への拘りと詳細な記憶があってこそ。憑りつかれたように模写を続ける執念がなければ、見事な殺人タブローは作れない。だから模写する青年が犯人だというのは、的確な推理です。
この発見は人生最良の瞬間、悟りの瞬間であったと、パッツィは述懐します。
青年ハンニバルの後ろ姿を、ウィルがパッツィとともにじっと見つめています。想像力で,ウィルはパッツィの記憶に入り込んでいるのですね。
この場面のウィルの表情は読めません。ただ、パッツィの推理は単に事実の連携に過ぎないこと。ウィルの共感力は表層を超えて、その殺人と制作衝動の奥深くにある情熱、道徳よりも美意識を、エレガンスを上に置く神に逆らうハンニバルの苛烈な意志を見て、それに惹きつけられている。
ここにウィルとパッツィの決定的な相違があります。
だから、切り裂き魔の捜査はウィルを壮大なロマンスへと導き、イル・モストロ捜査はパッツィに徒らな名声と、焦った当局による別人の逮捕投獄という苦い経験を齎したのでした。
心臓という貢ぎ物
パッツィから渡された現場写真から、今回の人体心臓に見入るウィル。
すると、いつもの振り子がスイングし、ウィルはただ一人、ノルマンニ教会で人体心臓と向き合っています。殺人の想像再現が始まります。
I splintered every bone, fractured them dynamically. Made you malleable.
私はあらゆる骨を砕き、大胆に粉砕し、君に可塑性を与える。
I skinned you, bent you, twisted you and trimmed you, head, hands, arms, and legs.
君の皮をむき、折り、捻じ曲げ、君の頭部も腕も手も脚もトリミングする。
A topiary.
トピアリー(整形樹木)だ。
今回の想像再現は、最後に冷笑したり、皮肉げです。「twist:捻じ曲げる」という、前エピソードでアントニーの印象的なセリフが繰り返されているので、この死体はアントニー確定ですね。ハンニバルがアントニーに対して持っていた、軽蔑もウィルは感じているのでしょうか?
とはいえ、恒例の「This is my design.これが私のデザインだ」と言いながら、人体心臓に触れる手つきは、ためらいがちで優しい愛撫のよう。
A valentine written on a broken man.
壊れた男の上に書かれたヴァレンタインだ。
と、ウィルはハンニバルの意図を正確に感じています。
ダンテが恋人ベアトリーチェに心臓を捧げたように、ハンニバルもヴァレンタインの貢物を贈っている。ハンニバルならではの、血みどろな愛の告白です。
とはいえ、ハンニバルのヴァレンタインギフトは、生やさしくありません。
ウィルの幻視の中で、人体心臓の内側に織り込まれていた四肢と切断された首は外に戻り、その切断面から黒い雄鹿の蹄と角が生えだして、それは動き始め、ウィルを巨大な角で追い詰めます。まるで、裏切り者を追い詰めるかのように。愛しい人を幽閉するように。アントニーの思惑が反映しているなら、邪魔者を追い込むように。
いずれにしても、『水物』で死んでしまった漆黒の雄鹿は、アントニーの死体で出来た歪な怪物として蘇りました。まるで、ウィルとハンニバルの愛憎のように歪です。
アビゲールという幻想
ところで、パッツイがウィルに話しかけている間アビゲールはずっと傍にいるのですが、パッツイはウィルには連れがいないかのように、アビゲールが見えないかのように振舞っていました。異質感だらけのアビゲール回り。
ノルマンニ教会の祭壇の前に腰かけているウィルの元に、音もなくアビゲールはやってきます。
「ここではハンニバルを身近に感じる」というウィル。
Will:God only knows where I'd be without him.
ウィル:あの人がいないと、どこに行けばいいのが分からない。
Abigail:He left us his, uh... his broken heart.
アビゲール:あの人は、私たちに傷ついたハートを残したのよ。
黒い雄鹿が戻って、ウィルも正直になったいます。ウィルの居場所はハンニバルの元。ハンニバルがいないと帰る場所がないのですね。
broken heartの主たる和訳は失恋。ウィルとハンニバルの本音がやっと出会いました。
「あの人、さみしいのよ」というアビゲールに、ウィルは「ハンニバルは、一時にさまざまな考えを、混乱することもなく巡らせている。そのうちのいくつは、自分のためのお楽しみだ」と、長い間の懐疑を返します。
「ハンニバルに弄ばれている」と分かっていても「あの人に付いて行きたい」というアビゲール。
「アビゲールを与えたり、奪ったりする」ハンニバルのやり方を思い、『水物』のハンニバル邸で殺人があったことを思いだします。ハンニバルがウィルとアビゲールに用意した居場所は、何処かにあるけれども、この世以外の何処かかもかもしれないということを。
A place was made for you, Abigail, in this world.
この世に、君の居場所は用意されていたんだ。
It was the only place I could make for you。
僕が君に与えられる、唯一つの場所だったのに。
その言葉と共に、アビゲールの首筋に傷痕が現れ、夥しい出血と共に彼女は倒れます。
そう、アビゲールはもう亡くなっていたのです。ウィルもそれを漸く思いだしました。
ハンニバルへの愛と許しを囁き続けたアビゲール。彼女はウィルの中のハンニバルを愛する心だったのですね。
これまでのウィルとアビゲールの会話は疑り深い現実のウィルが、ハンニバルを愛する自分の深層の欲求と語らっていたのです。
アビゲールという慈愛の幻想を失って、孤独に座り込むウィル。
そのウィルを、側廊からハンニバルが見つめていました。
素直になれない、2人の孤独な男が近くて遠いところにいる...。
生と死の過程の相似
アビゲールの死が確定したところで、ウィルとアビゲールがハンニバル邸から搬出され、処置を受ける過程が描かれます。
酸素マスクをつけられて担架に乗せて運び出されるウィル。黒い死体ケースに包まれるアビゲール。
手術台と解剖台に載せられ、医師たちに囲まれ、瞼を閉じられ、傷口を開いて確認され、縫い合わせられ、清められ、...。ウィルは蘇生の処置を受け、アビゲールは検死から遺体処理を施されるのですが、その過程は相似形を成しています。
生と死は酷く近しい。ちょっとした手順の違いが両者を分かつ。蘇生と死体処理過程のパラレルを見せられて、生と死の皮肉な悲哀を視聴者は悟るのですね。
背景に流れる音楽は、シーズン2第12話でも使われたミサ曲、フォーレの透明感溢れる『レクエム:ピエ・イエズス』。
「慈悲深い主よ、彼らに安息を与えたまえ」という内容ですが、死したアビゲールにも生きて行くウィルにも必要な魂の安息。
このエピソードでは、心安らかなアビゲールをずっと見続けてきましたが、ウィルの心は安らかさからは程遠い。生きる者の方が、より強くこのミサ曲の祈りを必要としているという事実も、なんとも皮肉で悲劇的です。
※このブログに読者として参加してくださっている pomegra77716045さんから、ノルマンニ教会の司祭だけがアビゲールの存在に気づいていたのは、映画『シックス・センス』的な霊感現象ではというご意見をいただきました。
アタシとしてもそれに近いものは感じ... 司祭の視線が疑わし気で、振り返るアビゲールの視線には明らかに悪意がありという感じなので、そうするとアビゲールは超常的邪悪なのかという疑念が湧いてきはしたのですが、アビゲールは許しと平穏に満ちているし、なんとも結論付けがたいというのが、3シーズンをフルに見ても残っている疑問点であります。
ウィルの許し
場面はノルマンニ教会に戻って、祭壇の前に寝そべっていいるウィル。
「祈っているのかね」と、近づいてくるパッツイ。
「ハンニバルは祈らないけど、神を信じている、親密にね。...ここにいると、僕の祈りは聖人たちと全能のキリストに抑制されてるように感じる。...僕の祈りがここから、ここから逃れて神に届けばいいのに」
と、詩的なハンニバル論を始めるウィル。ハンニバルに、相当会いたくなっているのですね。
想像的推理力はあっても現実主義的なパッツィにウィルの言葉は通じないようです。「奴を捕まえられるよう祈ってってるのか?」と、2人会話はかみ合いません。
「あの人に捕まらないよう祈ったらいい。…何で僕があの人を捕まえたがってるって覆うんだ?あなたはイル・モストロを見逃した方がいい。殺されるよ」と、どこまでもウィルはパッツィを拒絶します。
「He sent you his heart:奴は君に奴の心を贈ったんだ」と気づいているパッツィは、それでもウィルがハンニバルの居場所を知っていると確信して引き下がりません。
無粋な男ですね。そこまで理解してたら、協力なんて望めないのは自明でしょう。
ハンニバルがすぐ近くにいることに気づいたウィルは、ハンニバル好みの場所カタコンンベ(地下墓地)へと降りていきます。
このTVドラマだと、カタコンベがノルマンニ教会の地下にあるように思えますが、実際にあるのは、サンタ・マリア・デッラ・パーチェ教会に隣接するカプチン派のカタコンベだということです。白い石灰壁に並べられたミイラが煌々とライトアップされて、観光名所といった感じ。そういえば、ノルマンニ教会の床には骸骨など描かれていません。いろいろなグロ要素がノルマンニ教会に圧縮されて、強烈死臭を呼び起こします。
さらに、カタコンベの製作デザインも実際とは異なっています。蝋燭が灯されただけの闇深い迷路の壁のところどころに、修道僧と思しきミイラが置かれている。なんともおどろおどろしい演出ですねえ。
カタコンベまでウィルを追ってくる、意地汚いパッツィ。またも、すげなく追い返すウィル。迷路の物陰に潜むハンニバル。本当に、捕まったら殺されるよ!な状況。
闇の中、ウィルとハンニバルだけが残っての鬼ごっこ。
正体を現さないハンニバルにウィルは呼びかけます。
「Hannibal...I forgive you:ハンニバル...あなたを許すよ」
またまた、 pomegra77716045さんからのご指摘で書き漏らしに気づいた愚生。実はこれまで、第3者と話す時にはウィルも「ハンニバル」呼びに参加していたのですが、本人には意固地に「レクター博士」という他人行儀な呼びかけをしていたのですね。出会い頭に自分の本性を見抜かれてしまった悔しさやマインドコントロールされたり、冤罪に陥れられたり、様々な恨みがあってこうなっていたのでしょうが...
何があろうとハンニバルを愛する気持ちを幻想のアビゲール、つまり正直な自分の心と語り合うことで、呼びかけに親愛を込めることができるようになったのですね。
とはいえ、ハンニバルの許しはアビゲールの殺害でした。ウィルの許しはどんなものになるのか?またも、惨たらしい惨劇が始まるのか?
ドキッとしたエンディングでした。