エンタメ 千一夜物語

もの好きビルコンティが大好きな海外ドラマやバレエ、マンガ・アニメとエンタメもろもろ、ゴシップ話も交えて一人語り・・・

ハンニバル3.09『レッド・ドラゴン ~誕生~』それぞれの家族の肖像 

「幸福な家庭は互いに似通っているが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」とは、トルストイが名作『アンナ・カレーニナ』の冒頭で述べた箴言ですが、今エピソードでは描かれるのはそれぞれに軋む家族の肖像。ここを深読みしていきますかと。

 

 

ウィルとハンニバルの再会

ボルティモア精神病院の瀟洒な監房。

「ハロー、レクター博士」「ハロー、ウィル」
いつもの挨拶で3年ぶりの再会を果たした2人。相変わらず、ウィルのアフターシェイヴを貶して距離を詰めようとするハンニバルあくまでも仕事上の訪問であるという体裁を取り繕いたい、固い表情のウィル。

「私の手紙を破り捨てる前に読んだかね?」 
「読んで火にくべました」
「それでも、来てくれたんだ。嬉しいよ」

危険だから来てはいけないという趣旨のハンニバルの手紙を読んだうえでやってきたウィルに謝意を述べるハンニバル。これまでの謎と韜晦に満ちた言葉使いはどこへやら、寂しそうだったり、愛しそうだったり、驚くほどフランクに彼は語り掛けます。
「ご助力をお願いに来ました。レクター博士」噛みつき魔による連続殺人に関するカウンセリングを慇懃に請い、他人行儀に徹しようとするウィル。
自慢の鼻でウィルの生活が犬や松林や機械油に囲まれていること、シェービング・ローションの香りが子供の選びそうなものであることを嗅ぎ付け、
今の生活には子供がいるんだね、ウィル。私もかつてチャンスをやったが…」と、アビゲールと家族になるはずだった機会をウィル自身がが裏切りで潰してしまったことを、ハンニバルは仄めかします。
情を揺さぶられてビジネスライクに徹せず、悩まし気な様子でハンニバルを見つめるウィル。得意げな薄笑いを漏らしてカウンセリングを承諾しながらも、ハンニバルは口撃の手を緩めません。
You just came here to look at me.
君は私を見つめに来たのかい。 
Came to get the old scent again.
昔の匂いをまた嗅ぎに来たと。 
Why don't you just smell yourself?
自分自身の匂いをかいだらどうだい?

そうなんですよね。ハンニバルから手紙が来たら妻に隠れて読んで、できる限りのおめかしをして監房に会いに来る。認めていないけれども、ハンニバルと一緒にいた煌びやかでスリリングな殺人世界にウィルは未練があるんでしょう。自分が何者か知れとハンニバルは言っているのですね。
加えて「Why don't you just smell yourself?」の下りは、第1シーズン第5話で自分の感情に気づいてなかったウィルが放った「Did you just smell on me?」への意趣返しでもありますね。壮大な痴話喧嘩を繰り返してきた後で、スッキリ更生して新生活なぞできると思ってるのかい?お前も十分邪悪が匂ってるよ、てなところでしょう。

「あなたはもっとましかと思ってましたよ。相変わらずですね」と言い返されて
君は真っ新な人間になったのにね。君はいい父親かい?
と、ウィルの一番痛いところを突くハンニバル。第1シーズンでは、ハンニバルのマインドコントロールで父親になるという夢をウィルは持たされて、第2シーズンでは良き父になる夢を自分の裏切りで壊してしまったわけですから。
ハンニバルに突っ込みを入れられる度に目が潤んだり、不安げになったり、怒りに囚われたり、情緒ぐずぐずになっていくウィル

さらに、ハンニバルは
「家族の価値は前世紀以来下降し続けているようだが、我々は可能な限り家族を助ける。君は家族なんだ」と、追い打ちをかける。

ハンニバルとウィルこそが家族だという、今は偽家族の中に避難しているだけだという現実を突きつけられてしまったウィルでした。

 

アビゲールの通過儀礼と廃棄

ここで、ウィルの理想の家族だったアビゲールとハンニバルによる、第1シーズンアビゲールの殺害偽装のシーンへと場面は転換。

キッチンの流し台に腰かけたアビゲールは、彼女の父親よりも多くの人数を殺害しているハンニバルに
何人殺したの?あたしのことも殺すの?」と、恐ろしそうに尋ねます。
真顔になったハンニバルは、
本当にすまない、アビゲール。私は今生では君を守れなかった
血の儀式は死と再生で成立する。自然界の万象のように、君は適応し変異する
なんて哲学的な見解で偽装殺人を提案します。"血の儀式"という言葉に何故か安心して、アビゲールは興味深々で殺し方を尋ねます。
「本気で殺すなら君のお父さんのように喉を掻き切るね」と平然と語るハンニバル。
父親ギャレットによるアビゲール殺人未遂は、その通りの犯行でした。

「でも、あなたお父さんじゃないわ」と反抗するアビゲール。
「年齢が増しても賢明にはならないが、少しばかりの地獄を回避したり、招いたりするのを我々は学ぶんだ、アビゲール。どちらにするかは好みの問題だがね」
ハンニバルはやさしくアビゲールを説得していきます。

「(なくても困らないような)身体の一部をひとかけもらうよ。…この可愛い指を奪うなんて耐えられないな。…君にはハープシコードも教える予定だし
ああ、こうやって片耳を切ったのねと納得する視聴者。
さらに、ハンニバルはアビゲールの血液を1Ⅼほど静脈から採取。「死ぬ用意はできたかい?」なんて本人の意思を確かめながら偽装のために血液を撒こうとすると、
「いいわ。私がボタン押してもいい?」と積極的なアビゲール。
アビゲールのサヴァイヴァルメカニズムへの理解が深まりました。実父であれ、ハンニバルであれ、より強力な捕食者には従順に、進んで協力することで生き延びてきたんですね。そして殺人衝動に目覚めてしまった。哀れな少女です。

ハンニバルに抱えられて血をまき散らしていく。貧血のためか、犯罪を犯す興奮のかめか、アビゲールは恍惚として見えます。
「アビゲール・ホッブスは死んだ」
「アビゲール・ホッブスよ永遠に」
ゲーム感覚の2人。こうやって、アビゲールの精神はハンニバルに支配されていくのだなと、恐ろしく思った視聴者でした。

 

とはいえ「お父さんじゃない」と言われて、血と耳を供物にした通過儀礼だけでは満足できくなったハンニバル。ボルティモアの心療室でさらなる儀式を用意します。
「私たちは根本的に自分の家族に対する親和性を持っている。お互いを臭いだけで見分けることもできるんだ」と、目隠ししたアビゲールに父親手製のナイフを嗅がせます。
連続殺人鬼であるギャレット・ジェイコブ・ホッブスが、被害者の骨を柄にして拵えたナイフですね。
「お父さんは私の喉を切り裂いたのよ」と拒絶するアビゲールに
「それは愛からだ。それぞれの家族には、それぞれの愛し方がある。あらゆる愛は唯一無二だ。殺意のせいでお父さんへお愛を否定するのかね。…彼の臭いがするかい?」と、ハンニバルは現場でウィルに射殺され埋葬されているはずのホッブスの遺体を見せます。硬直し、皮膚が鈍色になり、瞳が濁り、土ぼこりに覆われた父親。

この儀式のために、死体を墓地から掘り起こしてきたのですね。相変わらず凝った趣向のハンニバル。一体、いつ死体を盗んできたんでしょうね。そんな時間がどこにある?ハンニバルは寝ないで犯罪の用意をしてるのか?いつも疑問に思います。

父親の死体を前に、娘の顔に戻るアビゲール。
「これは死がお父さんを貶めた姿だ。残っているのはhonesty(真意)だけ。君も正直になれるかね?」と、現実を突きつけるハンニバル。
家族を欺きながら殺人を続けていたホッブスの、情念も暴力も残酷も奪われたただの骸。それを目前にして、父親との狩りを楽しんでいた。つまり、囮となって被害者をおびき寄せるのを楽しんでいたと認めるアビゲール
「お父さんが愛してくれたように、お父さんを愛する権利が君にはあるよ」と導きの言葉をかけます。つられて父親の喉を掻き切るアビゲール。吹き出す埋葬用の保存液。しみじみとグロいシーンです。グロさにショックを受けたアビゲールに
「自分を恥じてはいけないよ」と、優しく囁くハンニバル。

父親殺しは家父長を否定し、自身がその地位を継承する行為であります。象徴的に父親殺しを行うことで、殺人鬼の娘であることを恥じていた少女は殺人の従共犯から自立した人殺しになったのですね。
つまり、アビゲールは実の父との絆を断ち、誇り高い殺人者=ハンニバルの弟子であり娘として再生したのですね。

欲しいものを手に入れるには、手間暇を惜しまないハンニバル。
ですが、これほどまでにして手に入れたものの、アビゲールはハンニバルにとってウィルと家族に引き入れるための釣り餌。
それまでは可愛がっていても、『水物』でウィルの裏切りを知るとアラーナ殺害の手駒に使い、ウィルを罰するために殺してしまう

ハンニバルはギリシャ悲劇のメディアみたいな、恐るべき親ですねえ。

 

アラーナの守るべきもの 

院長室を訪れたウィルを迎えたのは、往年のハリウッド女優のように髪を結い上げて白黒のカッチリしたストライプのジャケットに身を包んだアラーナ
「あの人と再会って、どんな気分?」鷹のように鋭い目付きで質問を投げかけます。
ハンニバルに頭蓋の中身を見透かされてる…みたいな。飛び回るハエが何度も戻ってくるみたいな感じだ。馬鹿馬鹿しいけど、あの人が僕と一緒に外にでてきたみたいに感じて、ドアの前では立ち止まって、周りを見回して、本当に自分一人か確認しないと気がすまないっていうか…」
再会はハンニバルに勝機ありですね。心に隠している事実や願望を示唆されて、否定したいもろもろが拭えなくなっているのですね。 
「その気持ち、わかるわ」なんて言いながら、アラーナはどこかウィルの苦しみを楽しんでいるようでもあります。
ジャックの画策でここに来ることになったと、言い訳がましいウィル。

マーゴとの息子として、自分がヴァージャー家の跡継ぎを生んだと、得意気なアラーナ。今では、億万長者になっていることを匂わせます。

であれば、なんで院長職など続ける必要があるのかという意図のウィルの問いに、
ハンニバルと外界の間には5つの扉があるだけなの。でも、私はその鍵を全部持ってるのよ」と、アラーナは厳然と答えます。
ハンニバルを自身の意思で閉じ込め、その動静を一番身近で監視することでアラーナは自分の家族を守ろうとしているのですね。
「ハンニバルにはもう取り込まれないから…心配しなくていい」というウィルの言葉も「あなたのことだけ心配してるわけじゃないの。この前は、あなただけでは済まなかったでしょ」と、切り捨てるアラーナ。
『水物』でのハンニバルとウィルの痴話喧嘩が、自分とジャックへの傷害とアビゲールの殺害に繋がったことを指しているのですね。
だから、アラーナはハンニバルとウィルの再会を監視するということですね。それじゃあ、鷹みたいな目になりますよ。

母は強しですね。2人の強い母に守られた家庭が透けて見えます。

 

マインド・コントロール再び

シーズン2までお馴染みだったハンニバルの心療室。コンサルティングを受けるウィルは、すっかりその風景の中に立ち戻っています。

This is a very shy boy, Will. I would love to meet him.
随分とシャイな子だねえ。会ってみたいなあ。
噛みつき魔ことダラハイドの資料に目を通して、いきなりジャブを噛ませてくるハンニバル。彼が殺人鬼をboy(あの子)呼ばわりするのは珍しくありません。ですが、「会いたいと」組み合わせると、嫉妬というか対抗心を燃やさせる下心が見え見えです。ランドールをウィルに嗾けた時と同じ意図でしょうか?
聡明なハンニバルのやることですから、この手はウィルには通じなくてももう一方には効くんでしょうね。

鏡を割って死体に飾り付ける儀式から、噛みつき魔が何らかの顔面損傷を負っていること、ウィルもそれに気づいていることもハンニバルは察しています。

彼は家中の鏡を割って…自分の姿を見るために、被害者の両目に破片を置いた
再現を語りだすウィル。
「君自身の姿がそこに見えるかい、ウィル。皆殺しだ」
的確に殺人犯と自分を同一視することへとウィルを導くハンニバル。やばいですねえ。ウィルはどんどん術中に嵌っていきます。
君と同じで、彼は自分の内なるものから逃げ出せる家族を必要としている。
君のニーズを満たす、出来合いの妻子
義理の息子なら、君の遺伝子が非難されることはない
生殖行為よりましな方法だ。君が恐れる性質が受け継がれることはない
過剰なエンパシーで人付き合いが旨くいかず、殺人犯と共鳴してしまうウィルの悪しき性質。出来合いの妻子を選ぶことでその遺伝から免れる。モリーとウォルターを選んだ理由まで暴かれてしまいました。
ここで話が終われはただの意地悪な心理分析ですが、「庭はどうなっているのか?」という慧眼な現場示唆もハンニバルは忘れません。
満月の夜に犯行を重ねる噛みつき魔の習性から、血飛沫を浴びた犯人が身なりを整える前に、多分裸で月をみあげるであろうこと、隣人に見つからない庭の必要とすることまで言い当てます。
その犯人の咆哮にすっかり入り込んでしまうウィル。
Have you ever seen blood in the moonlight, Will? It appears quite black.
月明りの下で血を見たことがあるかい、ウィル?血は真っ黒に見えるんだ。

ウィルの好む詩的イメージを付け加えることも、ハンニバルは忘れません。

殺人捜査のコンサルティングをハンニバルから受けるのは、実に恐しいですね。犯人とともに自分の深層にある欲望も暴かれ剥き出しの自分へと導かれてしまう。

ウィルの家庭生活も風前の灯状態ですねえ。

 

アラーナの憎悪 

ハンニバルを拘束して優雅な監房の外に出し、家探しするアラーナ。
You've come to wag your finger?(尻尾の代わりに)指を振りに来たのかい?」無表情に嫌味を言うハンニバル。ハンニバルが表情を隠すときは、憎悪に囚われていることが多いですね。危険地域に踏み出しているアラーナ。
I love a good finger-wagging.上手な指使いは好きよ」マーゴとの房事を暗喩するような言い回しで迎え撃つアラーナ。前シーズンはこんな女性じゃなかったのに。変わりましたねえ。
「あなたの歯車はまた動き始めたわね…ウィル相手に…何か企んでるわね」
その企みを早急に暴くために家探ししてるわけですね。
自分は来ないよう忠告したと言い張るハンニバルに
あなたの好待遇は条件付きなのよ。この条件に議論の余地はないの。
…私はあなたが恐れるものは…痛みでも孤独でもないわ。尊厳を奪われることよ。…(言うことを聞かなければ)デッサンも本も個室トイレも取り上げるわよ
憎々しげにハンニバルに脅しをかけるアラーナ

彼女が院長として此処にいるのは、監視目的だけじゃないですね。私怨でしょう。裏切られ、障碍者になりかかるほどに害された元恋人の恨み、憎しみ。

ハンニバルが間違いを犯して、罰を与える口実ができるのを待っているんでしょう。女の憎悪は恐ろしいものです。

 

ダラハイドの家族と偏執

ダラハイド家と思われる、古めかしくセットされた食卓。
上座の家父長が座る席には厳めしい老婆が、食客たちが座る席には老人たちがいます。食客の人数を見ても裕福そうな家族ですが、本来は家父長の連れ合いが座る末席には幼い少年が居心地悪そうに座っています。
このシーンが現在に変わり、相変わらず末席で一人食事するダラハイドが映し出されます。

さらにシーン変わって、一家皆殺しヴィデオを見ながら満足気に唸るダラハイド。彼の腰から生えて蠢くドラゴンの尾。

 

TVシリーズではフランシス・ダラハイドの描写にたっぷりと時間をとっていますが、彼のストーリーラインは物足りなく見えます。

家父長席の老婆、ダラハイドの祖母が悪夢のようなフラッシュバックとして立ち現れるだけで、その関係性が明確に描かれていないのが、物足りなさの原因ですかと。
原作のダラハイドは厳格な祖母に、おねしょは「性器をちょん切ってやる」と咎められ、駆け落ちした美しい実母の淫らさを責められ、性への関心を禁じられ虐待のような躾を受けて育っています
口唇口蓋裂による発音障害に加え虐待のトラウマから吃音症もあり、劣等感に苛まれて精神を病んでいく男として描かれているのです。
そんな脾弱な自分から逃れるためにドラゴンというアルターエゴが生まれ、美しく淫蕩な母を罰する形で幸福そうな一家惨殺を始めたのですね。

 

その説明部分を飛ばして悪夢的イメージだけを残しているので、TVシリーズのダラハイドは理解しづらくなってしまっているのです。ここの処理を、もう少し上手くやってもらえたらと、残念でなりません。

幸福な家族の肖像

モダンで広々とし、裕福そうな被害者ジャコビ家の居間。ウィルは誕生日を祝う在りし日の被害者一家のヴィデオを見ています。いかにも、ダラハイドの憎しみを掻き立てそうな、幸福そのものの家庭。

 

FBIの分析室。
ケイトと書かれたボックスに埋葬されたような、絞殺された猫の死体を見つけたプライスとゼラーが怒っています。犯人は騒がれないようにペットたちから殺した模様です。

シカゴとバッファローと遠く離れ地で惨殺された家族たち。
「この二家族をつなぐリンクは何もない」というジャックに
「どっちも幸福な家族だった」と答えるウィル。

広く豊かな家、元気な子供たち、リッチな父親と美しい母親。可愛いペットたち。幸福な家庭は皆似通っていると、このドラマも言っているようです。そして、幸福という以外に特徴はないと。

 

殺人夫夫- Murder Husbands

ハンニバルの指摘に従い被害者宅の庭を探索、家を見通せる位置の木の幹に「中」の漢字を発見します。
麻雀の三元牌の「中(チュン)」。三元牌を英語圏ではdragonというのだそうで、赤で記されることの多い「中」の牌は、レッドドラゴンということになります。

そこに現れたのはウィルの旧敵である特ダネ記者フレディ・ラウンズ。このエピソードでもウィルの盗撮をしまくっていましたが、『水物』の後は入院中の病院に忍び込みウィルが人工肛門を装着されてるところも撮ってました。人権侵害の領域ですね。
抗議すると「あんたのブツはデカいブラックボックスで隠されてたじゃない。おめでとう」なんて下ネタを振ってくる。
「殺人夫夫」なんて仇名で記事を書いてたことへの非難には
「だって、一緒にヨーロッパに逃げたじゃない」と言い返してくる。フレディの主張にはいつも、それなりの根拠があるのが反対にに憎々しいですね。
ヴァージャー農場の大殺戮に触れて、

「ブルーム博士は生き残った上に大金持ちになって、レクターは博士の病院でのうのうとしてるわね。どんな裏取引があったもんやら」と揺さぶりもかける。
噛みつき魔捜索にも触れて、
「殺人鬼を捕まえるには殺人鬼が必要じゃない?」ととどめの嫌味。
「ハンニバルのことを言ってるのか、僕のことか?」と怒り沸々で言い返すと、
「そこは読者の判断に任せるわ」

口では、ウィルなんてフレディにかないませんね。口先三寸で荒稼ぎしてきたゴシップ記者だし、言い合うほどに神経が逆撫でされるばかりです。

ティールームに座り「殺人夫夫」の写真付き新聞記事を読むダラハイド。2人のプロフィール写真をウィルの側から始めてハンニバル周りをしつこく指でなぞって、そこに付いた印刷インキを舐めている。

性的な抑圧に生きる男にしては、妙にエロい仕草がとても気になります。

 

リーバ‐太陽の衣をまとった女

自身がヴィデオ加工技師であるダラハイドですが、赤外線フィルムで撮影した動画の現像依頼に訪れたゲートウェイ社で、女性技師リーバ・マクレーンと出会い、女性が盲目であると気付きます。赤外線フィルムの現像は完全な闇の中で行う必要があるようで、リーバには天職ですね。
動物園の夜行動物を撮影するという口実で、赤外線フィルムを使うということなのですが、「Hot, sensitive」なんて赤外線撮影を形容します。熱量の高い赤外域への感度が高いという意味だと判断しますが、イケてて感じやすいみたいなダブルミーニングもありますね。目が見えないリーバには、劣等感の源である口唇裂も見えないということで、積極的になってるんでしょうか?
「プライヴァシーは完全に守れますから」なんて、自分の盲目すらセールストークにしえしまうリーバ。これは惚れちゃいますね。

なので、雪の積もったバス停に座るリーバを家まで車で送るとダラハイドは申し出、そのお礼に家に招かれてパイをご馳走になることに。

ゲートウェイに入社するまでは10年程盲目になった人々の職業訓練に携わっていたけれども、目の見える人々のいる社会で生きたくなったと、何でもフランクに語るリーバ。
耳が悪くと言葉が不自由な子供たちのためにスピーチセラピーに通うことも考えていたと言い、思い切りダラハイドの地雷を踏みぬいてしまいます。
硬直して言葉も出なくなるダラハイド。

「スピーチセラピーって言ってから、あなた何も話さなくなったわね。
あなたは立派に話せてるし…。他人は気にかけないわ。
話しても黙っててもいいけど、話せるんだからお話して欲しい。
だって、私あなたに興味があるのよ
「あなたは私に同情してないのが分かる。そこがいいの。同情されると顔に唾を吐かれるみたい。私、自分を憐れんだりしないの」

そこまで言って、ダラハイドが笑っているか眉をひそめているか知りたいから、顔に触りたいとリーバは手を伸ばします。その手を止めて
信じて欲しい。私は笑ってるよ」と、ダラハイドは言い張ります。

リーバは、自分の障害を受け入れて卑下することもなく、真直ぐに生きています。恐ろしく善良で優しいけれど、直截で正直、忖度のない女性ですね。ダラハイドのウジウジした劣等感が作りげた壁を一撃で粉砕して、隔てのない善意を向けてくる。ダラハイドが、無意識のうちで求めていた理想の女性に思えます。

小説のリーバは単純にセックスの好きな女で、その奔放さがダラハイドの狂気に拍車をかけてしまいますが、TVシリーズのリーバは違います。

撮影当時『トゥルーブラッド』でブレイクしたルティナ・ウェスリー演じるリーバは、純粋で無垢な生命力が内側から輝いているように見受けます。

 

このエピソードの元タイトルは『and the Woman Clothed with the Sun。上の写真、ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵のウィリアム・ブレイク作品『The Great Red Dragon and the Woman Clothed with the Sun‐巨大な赤い龍と太陽の衣をまとった女』のタイトルの一部を使ったものです。
ブレイクの世界観ではドラゴンは大いなる悪であるサタンの具現化、女はキリスト教信徒を生み出す対立的存在。この絵のドラゴンは女を攻撃しようとしていると言われていますが、お互いに腕を広げて抱擁しようとしているようにも見えます。ことに女はドラゴンを全面的に受け入れようとしているようです。対立する二者が打ち消し合うのではなく、互いを活性化するという考えがブレイクの根本思想。この絵は、この調和へ向かう絵画だと言えるのではないでしょうか?

TVシリーズのリーバはダラハイドにとって、将に「太陽の衣をまとった女」。暗黒に陥ろうとする人間ダラハイドを受け入れ、救済する存在なのだと考える視聴者です。

 

普通の女モリーの想像殺人

モーテルでモリーと通話するウィル。

飼い犬ランディの「地面に引きずるほどデカい金玉」の話をモリーが振って和気藹々。下世話なネタで盛り上がれる、特別美人でもなく、才媛でもない普通の女、モリー。そこがいいんでしょうね。
アラーナ、マーゴ、べデリア…。これまでウィルの周囲にいたのは、とびきり美しく、才気煥発で奸智に長けた女たち。ウィルではなく、ハンニバルの趣味に沿う女たちでした。正反対のモリーだと安心できるんでしょう

とはいえ、モリーにはウィルの複雑さを理解するインテリジェンスはありません。あれば結婚などしていないでしょう。

金玉繋がりでスイカを盗んだ昔話をウィルが語ると、モリーは
その頃から犯罪者心理があったのね」なんてツッコミを入れてウィルの地雷を踏みぬいてしまいます。弾んでいた会話に入り込む微かな間。
話題を変えはしたものの、モリーの「愛してる」に答えないウィル

犯罪者心理に浸食された現状から逃れるためにモリーに縋っているのに、犯罪者心理を無意識にでも指摘されてしまうとは…。

普通過ぎるモリーとウィルは微妙に嚙み合いません

 

深夜ののモーテル。被害者家族の妻たちのように血だらけでベッドに横たわり、鏡の破片を飾り付けられたモリーの悪夢を見て、汗ビッショリで起きるウィル。
バスルームに濡れた下着を持っていきますが、洗面台の鏡が割れ始め、その破片に自分が映っている。

 

恐ろしいですねえ。ウィルの無意識下にはモリーを殺したい願望があり、ウィルはダラハイドに自分を見ている。
ハンニバルに出会った途端に、妻への殺人願望が噴出してしまうとは!

なんとも悍ましい夫、ウィルです。

 

ジャックの計画

以前とは異なるカジュアルなコート姿でハンニバルの監房を訪れ、新しいパートナーができて、「スポーツでも始めたのか?」と見透かされるジャック。あれほど亡き妻のベラに執着していたのに、立ち直りが早い男ですねえ。
さらに「(ハンニバルの方は)古いパートナーとスポーツを始めたんだね」と、早速嫌味をかまします。

ジャックが「迎えに行くと注意するメモ書きをウィルに送った」と、自分には非のないことを主張するハンニバル。
勿論目を通したうえで、あえてウィルに送っていたジャック。
「噛みつき魔は既にウィルの顔も名前も知っているはず」と、ウィルを捜査に加える危険性を理性的に説くハンニバル。
殺人鬼を捕まえるには殺人鬼が必要…ウィルはあなたが頭に入り込んでる時に一番いい仕事をする
フレディ並みの倫理観を開陳するジャック。大人の事情と言いますか、新しい恋人もできて、新しい手柄も欲しいんでしょう。

ハンニバルにとってアビゲールがそうだったように、ジャックにとってウィルは捨て駒なんでしょうか?立ち直りが早いエゴイストな仕事人っていうジャックの側面が見えてきました。

ハンニバルもアラーナもジャックも、自己中心な欲望で動いてますねえ。ウィルの状況、精神的にも現実的にもも危ういです。

 

ドラゴンとハンニバルの出会い 

「弁護士さんからです」と、刑務所用の電話機を監房のハンニバルに手渡す病棟職員。
ハンニバルが受話器を耳に当てると、聞こえてきたのはダラハイドの特徴的な声。

「こんにちは、レクター博士。
私に興味を持っていただき歓喜しているとお伝えしたかったのです。
私が誰か分かっても、あなたは口外しないと信じています。
重要なことは…私が成ろうとしていることです。
分かるんです、あなただけがこのことを理解できると」
「何に成ろうとしているのかね?」
「巨大な…レッド・ドラゴンにです」

ついに、嚙みつき魔ことダラハイドがレッド・ドラゴンとしてハンニバルに連絡を取ってきました。


多分、父親がいないダラハイドはハンニバルに認められたい。超越者ドラゴンになろうとしているダラハイドはハンニバルを求めている。
ダラハイドの中の人間フランシスは善き人であるリーバを求めている。
これら二つの欲望ののどちらにもエロス的なニュアンスがある。背反する間でダラハイドはどう揺れ動くのだろうと、
そして、ハンニバルの寵を受けるウィルとの間に確執が生まれるのだろうと、

推測して興奮に震える視聴者でした。

 

ダラハイドは誰と家族になっていくのか?
ウィルは夫であり父親を続けられるのか?
本当に、不幸な家族はそれぞれに不幸です!

 

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