ジャックに叩きのめされたハンニバル、千代に列車から突き落とされたウィル。ヨレヨレの男たちはどうなるのか?第3シーズン第6話を読み込んでみました。
- ウィルの本心
- ハンニバルとべデリアの別れ
- 「聖なる変容」を望むメイスン
- べデリアvs千代
- べデリアの逃走戦術
- メイスンの願望
- ウフィツィの再会
- ボッティチェリの間の秘密
- 万華鏡のセックス
- ウィルの許し
- ハンニバルの許し
ウィルの本心
ジャックのカポーニ宮急襲で怪我を負い、ヨレヨレで家に戻ったハンニバルを湯に漬からせて労わるべデリア。
その左薬指に煌めく、軽く2ctはありそうなプリンセスカットダイヤモンドの結婚指輪。フェル夫人の所有物だったのか?ハンニバルが誂えたのか?いずれにしても上品で贅沢で、ハンニバル夫人に相応しいものです。
一方、カポーニ宮ではパッツィ殺害の現場検証開始となり、立ち会うジャックの元にウィルが訪れます。
ハンニバルが怪我していると告げられても、
「人殺しだって、身の危険だって、あの人は動じませんよ」と、いなすウィル。
ジャックもウィルも合法的に捜査に関わっているわけではない。パッツィも賞金稼ぎになって、警察に事実を漏らさなかった。フィレンツェ警察が追うのはフェル博士。
ハンニバルは(捜査網を)「すり抜けますよ」と嘯くウィルに
「君もすり抜ける気かい?」と、正面切って訊ねるジャック。
「Part of me will always want to. 心のどこかでは、いつもそれを望んでました」と、本心を語るウィル。ボート小屋の1件以来、ジャックには、ドンドン正直になっているようです。もっと早くこの気持ちに正直になっていればと、願わずにはいられない視聴者。
「そのどこかは切り捨てるべきだ」と、忌憚なく告げるジャック。ベラの葬儀以来、ウィルを救いたいという彼のスタンスは変わりませんねえ。
皮肉な笑みを浮かべるウィル。ハンニバルを愛する気持ちを、切り捨てる気なんて彼にはないのですね。
「あの人を捕まえて、ボコったんでしょう。なんで殺さなかったんです?」と、イチビリ反撃するウィル。ジャックの心のどこかでも、ハンニバルはまだ友として存在している。だから殺せない。そこを突かれて逡巡ぐジャック。
「Maybe I need you to. 多分、君が殺るべきだから」
ハンニバルの一番の被害者はウィルなのだから、ウィルが殺すべきというのは、理屈では正しいのでしょう。でも、ハンニバルと逃げたかったウィルに、彼は殺せない。ジャックにもハンニバルは殺せない。
この3人の行動原理は、もう理屈ではない。情なんですね。だから、ややこしい。
ハンニバルとべデリアの別れ
人心地つき、自邸のテラスでフィレンツェの象徴ともいうべきドゥオモをスケッチするハンニバル。ドゥオモもヴェッキオ宮殿も、記憶で描けるようになりたいと言います。
傍らには、シックな色合いながら胸元が大きく切り込んだワンピース姿のべデリアがいます。ボルティモアにいた時の露出が少ないスーツ類から、なんともセクシーな服装に変わったべデリア。女性としての魅力を強調させるのが、ハンニバルの趣味なんでしょうね。
Memories of Florence will be all I have.
フィレンツェの思い出が、私の持つすべてになるだろう。
Florence is where I became a man. I see my end in my beginning.
フィレンツェで私は一人前の男になった。私の始まりに、私の終焉が見える。
フィレンツェ警察に加え、ヴァ―ジャー家、ジャックと追っ手が増え、包囲網が狭まっているのを実感し、ハンニバルも逃げ切れないと考え始めたのですね。
逃亡生活の疲れが見えるハンニバル。イル・モストロとして名を挙げたこの地に人生の終焉を見る。生き延びても、この後は多分獄の中。青春の地の思い出を抱えて生きるだけの人生を予測しているのですね。
詩的ですねえ。詩的正義ってところですか。
All of our endings can be found in our beginnings.
私達の終焉はすべて、始まりの中にあるわ。
History repeats itself, and there is no escape.
歴史は繰り返すの。逃れようはないわ。
詰んでる男の独り言を歴史的真理にまで高めるべデリアの応答。相変わらず、ハンニバルの機嫌取るの上手ですね。
2人はもう荷造りも済ませている模様。
「ここで君は立ち去るのかい」と聞くハンニバルに「正確に言えば、立ち去るのはあなたよ」と返すべデリア。
ハンニバルは追い出されちゃうんですね。良い気持ちにさせといて我を通す。本当にべデリアらしい。
「こんな風に別れるつもりはなかった」と、未練を伺わせるようなハンニバル。
「あなたは私を食べるつもり、じっくり時間をかけて食べるつもりだったのでしょう」
どこまでも現実をあからさまに見きっているべデリア。でも、表情は陶然としている。
「君を味合わないなんて恥ずべきだ」ハンニバルも色気に反応している。
「あなた好みの味付けになるには、下漬けの時間が足りなかったわね」
意趣返しのような、誘惑のようなべデリアの言動。この強さ、賢さと色気は、まさにハンニバル好み。
「(尋問には)君に都合のよい形で、話を君に合わせるよ」なんてとこまで、ハンニバルは譲歩して接吻しようとする。そういう気分になっちゃったんですね。
「あなたも、いつか私をディナーにする日があるかも、ハンニバル...。でも、今日はダメよ」と唇を受け入れる様子をしながら、寸止めで逃れるべデリア。今度は何を企んでいるのやら。
製作総指揮のブライアン・フラーが、「マッツは誰とでもセクシーなケミストリーを作れるんだ」と語ってましたが、まさにその通り。
ハンニバルとべデリアのこのシーンは、なんとも官能的。「食べる」「味わう」という語が、性的にもカニバリズム的にも機能して、色で勝負したべデリアが一本勝ち。
2人は本当に好敵手。これが最後の競演となるのは惜しいと思わせる別れでした。
「聖なる変容」を望むメイスン
ヴァ―ジャー邸の飾り立てた食卓。関節付きの指に似せたピッグテールなど、コーデルの手でさまざまな腸詰料理を食するメイスン。ハンニバル捕縛が近づいて、憎い敵をどう調理して食べるかの予行演習ということですね。
腕を斬り落としたら起こる幻肢痛のことなどを想像しながら「詩的だよ、コーデル」なんて言ってますが、食としては不味いらしく咽るメイスン。
「どうぞ、吐きだしてください」なんて、チベット密教で使うようなのシンギングボウルを差し出すコーデル。食人を宗教的儀式にまで高める演出ですか?コーデル流のご機嫌取りって、主人の趣味を満足させることにあるんでしょうか?でも、ちょっと方向性が違いませんか?
メイスンは南部バプテスト連盟の熱心な信者なんですから、「仏教徒は肉を喰わないだろう」と、もっともな皮肉を返します。
早速、おべんちゃらの方向性を変えるコーデル。
I find there's something reassuring about you eating Dr. Lecter.
レクター博士を食べることで、あなたに保証できることがありますよ。
It makes you the apex predator.
その行為はあなを頂点捕食者にするんです。
確かに。地球上の食物連鎖の頂点に立つのはどこまでも雑食な人間。その人間を食べるハンニバルを食べた人は頂点捕食者。世界を支配下に置いたも同然です。
これにはメイスンもご満悦。ハンニバルの北京ダックづくりなんて言いだし~~。
タールを塗ったようにてらてらと仕上がった、ハンニバルのローストを夢想するメイスンは、「Transubstantiation聖変容/聖変化」と呟きます。
前にも説明しましたが、聖変化とは司祭に聖別されたパンとワインがキリストの聖体と聖血に変容するということ。カトリックのミサで行われる聖餐の儀式では、パンとワインを通して信者はキリストの聖なる身体を食することになるのです。
南部バプテストの信者が何でカトリックの儀式に拘るのか?それは、脚本を書いているブライアン・フラーがカトリック教育を受けて育ったからなのですね。カトリックの、実は血生臭い象徴や儀式は、幼い脳には強烈なショックです。そこに香油やら美麗な室内装飾が交じってくるので、想像力の高い子には恍惚と残酷が入り混じった原体験となって、なかなか抜け出せないイマジェリーとなるのです。
これは私情ですが、三島の『仮面の告白』に描かれた「セバスチャンの殉教」の絵画のように官能的な初体験とか、ピエル・パオロ・パゾリーニのマルキスト映画に突如出現する聖画空間とか、この原体験が強烈に焼き付いてるクリエイターをよく見かけます。
ブライアンもその一人かと。だから、『ハンニバル』はカトリックのイメージやらミサ曲やらに溢れ返ってしまうのだと、確信しております。
カトリックの信者はパンとワインを通して、キリストの身体と聖性を取り込むのですね。メイスンは、ハンニバルの身体をダイレクトに取り込む予定なのですから、メイスンに起こる聖変容はハンニバルのパワーを取り込む、ハンニバルに成り代わることそのもの。メイスンの愉悦に共感してしまう視聴者です。
現実は、メイスンの詩的世界とは無縁。
イタリアのキャスターがパッツィの惨殺を伝えるTV画面に見入るメイスンとアラーナ。自分たちに寝返ったパッツィの腐りっぷりを指摘した後で
「別の警官を雇わないと」と提言するアラーナ。
「部署ごとにする」と答えるメイスン。
2人の復讐への意志は微動だにしません。
べデリアvs千代
アパルトマンの壁穴に隠した注射器などを引っ張り出して、静脈注射の準備をするべデリア。そうか、ハンニバルに薬漬けにされて刑事責任能力なしにしてもらう魂胆なのね。と、ずる賢さにあきれる視聴者。
と、当たり前のようにその部屋に入って来る千代。合鍵持ってるんですかね。前エピソードの「あの人が何処にいるか、はっきり知っている」という台詞に鑑みても、jハンニバルが合鍵を隠す場所とか、知ってますね、きっと。
「ハンニバルを探しているようだけど、患者さんなの?」と、訝るべデリア。
「患者じゃないわ。あの人は何処?」と、不信感も露わな千代。千代はハンニバルに近しい人物にいい感情を持ってませんね。悪い連中が兄さんを誑かしてるんでは?みたいな疑いを全員に向けてますね。
Seeing how you let yourself in, forgive me if it's forward for me to ask, who the hell are you?
勝手に入って来るなんて。僭越ですけど、あんた一体何者?
珍しく感情的な物言いになるべデリア。会った早々、女の闘いバチバチ。
勿論、「家族ですけど」と嘲るように答える千代。
「遠路はるばる実家からおいでなのね」「私は彼の精神科医よ」と、いつもの嫌味な調子と自信を取り戻すべデリア。
「あなた、あの人の小鳥に見えるわ。あたしもそうだけど。あの人は、私達を籠に入れて、反応を見たいのよ」微笑みさえ浮かべて、千代はべデリアに挑戦します。どちらが、よりよくハンニバルを理解しているのか?愛し愛されているのか?と。
「飛び去るか、柵にぶつかって死んでしまうか」
「あなた、逃げなかったのね」
「あなたは彼の懐に飛び込もうとしている。どうしたら、そこまで献身できるの?」
「あなた、あの人の精神科医なんでしょう」もう、べデリアを見限り始めた千代。
「私は獣に会って、成長するのを見たの」
誘惑と騙し合いになってしまったべデリアとハンニバル。一方、家族という無償の絆で結ばれた千代とハンニバル。この勝負、最初から千代さんの圧勝が決まってましたね。
「私は、あの人を閉じ込めたいの」勝負を決めて本心を明かす千代。ハンニバルを生かしたい。もう罪を犯させたくない。家族の情ですね。
「ハンニバルの最大の間違いはウィル・グラハムだと思ってたけど...あなたがいたのね」べデリアも、ようやくいつもの冷静さを取り戻したようです。
べデリアの逃走戦術
注射でハイになった様子のべデリアを、次に訪れたのはウィルとジャック。
べデリアは自分がリディア・フェルだと言い張り、自分の国際手配写真を見せられても「私、混乱してますの」と、とぼけるばかり。喰えない女です。
「I... don't... believe you. 僕は...君を...信じない」
ボルティモア精神病院に収監されていた時に、べデリアから言われた「私はあなたを信じるわ」のネチッこい言い回しを真似て、反対の言葉を投げつけるウィル。
べデリアは「自分が何をしでかし、どうしたらこの状況から抜け出せるか正確に認識している」と、バレバレです。
ウィルを利用してハンニバルから逃れようと画策し続けていたの彼女ですが、ウィルの方はべデリアに言い知れぬ嫌悪感を抱き始めた様子。なんか、強烈なライヴァル対決が起きる予感がする2人。
スコポラミン、ミダゾラムと、ハンニバルがミリアム・ラスのサイキックドライヴィングに使った薬剤を揃えて自己投与したべデリア。自分もハンニバルのマインドコントロールでリディアと信じ込まされ、意識朦朧として暮らしていたということにする証拠を用意していたのですね。ますます喰えない女。
ジャックとべデリアが、彼女の証拠捏造やら所轄警察が買収されている可能性やら、虚実まぜまぜの言い合いをしている間に、ウィルはどこかに消えてしまいました。
まあ、そうでしょう。ウィルにとってはべデリアの共犯関係を立証するなんてどうでもいい話。彼はハンニバルを探しているだけなのですから。
最後にべデリアを訪れたのは、フィレンツエ署の捜査官。ジャン・カルロ・ジャンニーニの若い頃みたいな男前イタリアン(ジョルジオ・ルパーノ)。わかりますよぉ、ブライアン。このジャンニーニみたいな顔が欲しかったんですよね。オマージュしたくなるくらい、映画『ハンニバル』のジャンニーニは味わい深かった。
で、この捜査官も『ハンニバル』のジャンニーニ並みに腐ってます。イル・モストロなど関係なく、ソリアート教授殺害事件とパッツィの失踪に関してフェル博士を探しているなんてほざいてます。
あくまでも、フェル夫人として対応するべデリア。
FBIのデータベースを見れば、フェル博士とハンニバルが同一人物だと分かったはずと割り込むジャック。
「正体が分かってたら、何で捜査本部に伝えなかったんです?」なんてとぼけて、パッツィが賞金稼ぎをしようとしてたことまでジャックから聞き出して、
「そんな大金がかかってたら、パッツィも責められませんね」「あなたは公式に捜査に加わってるんじゃないだからお引き取りください」なんて言って、ジャックを煙に巻くジャンニーニ男。
ジャックを追い払ってからジャンニーニ男は「ご主人に捨てられたんでしょう」なんて、べデリア攻略を始めます。
まずは、本物フェル夫妻の写真を出して、べデリアの正体を押し問答。と思ったら、
「あなたが誰だろうと、正気だろうと狂ってようと私には関係ない」なんて言い出す。
聡いべデリアは、ジャンニーニ男が懸賞金稼ぎ側に寝返ってると察して協力を申し出、
「主人は、イタリアを立つ前にある友人に会いたいと願ってるの。...密会には、プライヴェーとな場所が必要でしょ。思いもつかない場所にいるはずよ」なんて、どんどん実情をバラします。
べデリアの太股に触れてくるジャンニーニ男。魚心あれば水心、この男は色で誑しこめるわねなんて、余裕の笑顔のべデリア。
喰えない女が喰えない男に喰われて、うまく窮地を脱するということでしょうか。とことん腐ってますねえ。
メイスンの願望
床下の水槽にウツボが蠢くメイスンの寝室。
豪壮な寝台に横たわったメイスンに、マーゴが、「イタリアに新しい友人たちができた」と報告します。ハンニバル探索の新しい密偵のことですね。友人たちと複数形だから、多分、ジャニーニ捜査官含む部署まるごとを、金で買ったんでしょう。あの腐りっぷりだから,全員喜んで引き受けてるハズ。
メイスンはと言えば、「サンタさんのお膝においで」なんてマーゴを誘い~~
「お前から創造の力を奪ったことが、僕の最大の後悔だ。...君にヴァ―ジャーの赤ちゃんをあげたかったなあ。...君と僕の赤ちゃんを...。一緒に育てられたのに」なんて、超絶キモ発言。マーゴはオエップとなってます。
べデリアとジャンニーニ男の色と欲でお腹いっぱいなのに、近親相姦ネタまで出てきて視聴者も吐きそうです。
でも、原作のメイスンは10代の時にマーゴをレイプしてるんです。そのトラウマで、マーゴはステロイドで男性化したボディビルダーのレスビアンになってる。メイスンの方は小児性愛で逮捕もされて、コーデルは性犯罪者仲間からボディガードになったということで、メイスンとコーデルはとんでも外道な畜生たちなんですね。
外道過ぎて、全国ネットではTV放送できないから悪辣度を下げている。下げてもキモさは天元突破してるという、やっぱり、トンデモ鬼畜。
動けないメイスンは脅威じゃないのでマーゴも
「この前赤ちゃんが欲しいって言った時は、兄さん私の子宮を奪ったでしょ」と一刺し。
「自己弁護させてもらうと、君は自分の子宮を武器にしただろ」と、メイスンもマーゴの無理やり妊娠を皮肉ります。
「僕は、有効な精子をまだたっぷり持ってる可能性があるんだ」と、あくまでも子づくりに拘るメイスン。
「有効な子宮が手に入ったらの話ね」と、何やら企み始めた様子のマーゴ。
ヴァ―ジャー兄妹の騙し合いも、エグいものがありますねえ。
ウフィツィの再会
ウフィツィ美術間のボッティチェリの間。『プリマヴェーラ』の前に腰かけて、絵を模写するハンニバル。そこに被る『水物』のテーマ曲ともいうべき『Bloodfest』の荘厳な調べ。ゼフュロスとニンフの顔がウィルとべデリアになっている。やはり、彼にとっては2人ともエロスと食の対象なのですね。
※ウィルを「食さねばならない」という観念は、第3話でべデリアの誘導で生まれていましたね。
背後から、脚を引きずって近づくウィル。エンポリオアルマーニみたいなラインスーツが素敵ですね。ウィルはヨーロッパに来てから、とんでもなくオシャレしてます。いつハンニバルに会っても恥ずかしくないようにおめかししてるのかな。可愛いですね。
同じくボロボロのハンニバルの隣に静かに腰を下ろすウィル。かつてないほど、柔らかい雰囲気で微笑み合う2人からハンニバルの名台詞。
If I saw you every day, forever, Will, I would remember this time
これからはずっと、毎日君と会えるとしても、思い出すのはこの瞬間だろう。
番組のファンなら、もう空で覚えてるハイパーにロマンチックな口説き文句。小説も含めたシリーズ屈指の名台詞。ハンニバルもやっと本音を語り始めたのですね。
Strange seeing you here in front of me.
あなたを目前にするなんて、妙な気分だね。
Been staring at afterimages of you in places you haven't been in years.
あなたが何年も不在にしてた場所であなたの残像を見つめていたから。
ハンニバルの思い出の場所を辿っていたことを、彼の姿を追い続けていたことをウィルも素直に認めている。
"To market, to market, to buy a fat pig. Home again, home again, jiggity-jig."
太った豚を買いに市場から市場へ、行ってもすぐまたおうちへ、おうちへ
突然、『マザーグース』をライミングするハンニバル。自分たちのことを語っているんでしょうね。獲物を求めてあちこちさ迷っても、帰る場所はお互いの元だと。
「もう一度会う前に、あなたを理解しておきたかった。自分が何を見ているのか、はっきりさせたかったんだ」というウィルは、少し自嘲的な内省を始めたようです。
Where does the difference between the past and the future come from?
過去と未来の分岐点はどこだね?
いかにも、精神科医らしい質問をするハンニバル。なんか、いつもの韜晦に陥りそうな嫌な予感。
Mine? Before you and after you. Yours? It's all starting to blur. Mischa. Abigail. Chiyoh.
僕のですか?あなた以前とあなた以降ですよ。あなたのは?いや、総てがぼやけ始めてます。ミーシャもアビゲールも千代も。
ハンニバルと出会ったことで、ウィルは後戻りできないほど変わってしまった。ハンニバルに愛されながらもその所業の犠牲となった女性たちに同調し始め、様々な思いがごちゃごちゃになり、彼は怒りを再燃させているようです。
You and I have begun to blur.
あなたと自分の境界がぼやけ始めたんです。
Every crime of yours... feels like one I am guilty of.
あなたの総ての罪に対して、自分に責があると感じてしまう。
Not just Abigail's murder, every murder... stretching backward and forward in time.
アビゲール殺人だけじゃなく、総ての殺人に…過去にも未来にも亘る総てに。
確かに、ハンニバルの故郷の城で千代に囚人を殺させて喜悦するウィルは、ハンニバルのドッペルゲンガーのようでした。2人は同化し始めているけれど、今となっては悩まし気なウィル。普通の神経や道徳観を持つ人間なら、カニバル殺人鬼のハンニバルと意識が同調すれば苦痛を感じるでしょう。
Freeing yourself from me and... me freeing myself from you, they are the same.
君が私から自由になるのも...私が君から自由なるのも、同じことだ。
別れて生きるのか生きられないのか、精神科医らしく可能性の問題として客観視しようとするハンニバル。
We're conjoined.
僕たちは、シャム双生児なんですよ。
若いウィルには、達観したフリはできない。離れられないことを認めてしまいます。
I'm curious whether either of us can survive separation.
分離手術後、どちらが生き残れるか興味深いね。
未練がましくウィルを描いて彼を待っていたのに、離れられないとは告白できない。大人の矜持にまだ拘っているハンニバル。素直じゃないんですよ。ウィル以上に素直じゃない。
ミーシャやアビゲールや千代のように、自分も飽きたら打ち捨てられてしまう愛玩物なのか?という、ウィルの不安を取り除く思いやりより利口ぶった誇りが捨てられない。そういうとこは、ハンニバルとべデリアはいい勝負なんですね。
それに、ウィルの告白の中にべデリアの名前がないんですね。本来、ウィルが居いたはずの場所に入り込んで、この一年ハンニバルの妻として暮らしていた。一番気になる女性のハズなのに、彼女のことには一切触れない。言葉にしないことを勘ぐると、ウィルのべデリアに対する恨みつらみが、とてつもなく根深く思えるのです。
ロマンチックな再会の雲行きが怪しくなってきました。
「行こうか」というハンニバルの誘いで、外に出る2人。何故か、屋上の狙撃ポジションで待っている千代。ウィルが取りだしたナイフが光る。千代がウィルを狙い撃つ。
ウィルの方は、殺意があるナイフの出し方じゃないんですよね。自分の気持ちの整理ができないから、ハンニバルも安心させてくれないから、疑念が募って、ちょっと反抗的になってた感じですか?
これで撃っちゃうんですか、千代さん?ウィルが小馬鹿にし続けていたから、千代さんは反感を持ってましたよね。あと、ハンニバルは悪い人間に囲まれているって、千代さんは確信してますよね。だから、彼女なりのお仕置なんでしょう。
またまた、裏切り合いになってしいまいました。
ボッティチェリの間の秘密
ところで、ハンニバルはウィルの許しを請い、愛を告白しなかったっけれど、2人がいたボッティチェリの間には愛の告白が隠されていたのですね。
ウィルとハンニバルの背景に飾られた絵が愛を語っているのです。
ハンニバルの背後にはウフィツィ美術美術館所蔵の『メダルを持つ男』が飾られています。この男のモデルは明らかにされていませんが、この絵画では男が持つコジモ・デ・メディチ(通り名はコジモ・イル・ヴェッキオ、老コジモの意)のメダルが異様に目立つのです。イル・ヴェッキオはロレンツォ・イル・マニーフィコの祖父。メディチ家のフィレンツェ支配を確立した人物です。人文主義の学芸サークルのパトロンとなって新プラトン主義の隆盛を齎し、メディチ家に多くの文人、芸術家を擁しました。ボッティチェリも、新プラトン主義に傾倒したメディチ家のお抱え画家です。そして『メダルを持つ男』の容貌は、『東方三博士の来訪』に描かれた自画像とよく似ている。ですから、『メダルを持つ男』は、イル・ヴェッキオにオマージュを捧げるボッティチェリ自身と考えることもできましょう。
そして、ウィルの後ろにあるのは『理想の女性』と名付けられたボッティチェリ作品。ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』のモデルであり、ボッティチェリら、メディチ家お抱えの芸術家たちのミューズとなったシモネッタ・ヴェスプッチを理想化して描いたと言われています。つまり、この絵の女性はボッティチェリにとって、本当に理想の女性と言えるのです。加えて、この絵画はウフィツィ美術館にはありません。フランクフルトのシュテーデル美術館の所蔵品です。
本来、ウフィツィにはない『理想の女性』をわざわざ飾った。ハンニバルは、『プリマヴェーラ』を模写し、殺人画で再現することで、自分をボッティチェリに擬えている。そして、ウィルの背後にあえて『理想の女性』を飾った。
ということは、ウィルはハンニバルにとって美の理想。理想の伴侶ということになると判断するしかありません。
なんとも粋で凝った背景づくり、感動です。
万華鏡のセックス
ウィルとハンニバルの、浪漫でありながら悲劇の予兆を感じさせるランデヴーに続いては、第3シーズンでも眼福を極めるマーゴとアラーナの寝台シーンが展開。
万華鏡に映り込んだように、2人の美女が妖しく絡むセックスが脱構築されている。美学的には、とてもとても嬉しいシーン。
ウィルとハンニバルの間にも常にエロスは漂っているのですが、それが実体化はしないのが、このシリーズのコアですね。それを補完するのが、シーズン2第10話で2人と交わったアラーナとマーゴの関係であるというのは理解できるのです。
置き換わりであり、ダブルイメージであるということが、万華鏡の多重映像で示されていると、察します。
でも、プロットライン的にはめちゃくちゃ不満です。ここまでに、アラーナとマーゴの関係性が丁寧に描かれ、盛り上げられてきたでしょうか?
厩舎で視線を交わして以降、2人にはこれといった交流がありませんでした。何故?
アラーナ役のカロリン・ダヴァーナスは「彼女は元々バイセクシュアル」なの、と説明してくれました。であれば、それが理解できる前振りが欲しかった。
アラーナとマーゴという、人生の辛酸を舐めた美しいバイとレズの女性たちが出会った。2人にしか分からない、2人だから分かるものも多いはず。各話1シーンでもいいから、そういう心の触れ合いを描いて欲しかったですねえ。
ウィルとハンニバルの心模様、ジャックとベラのすれ違いと深い思いには、膨大な時間をかけてきたドラマなんですから、アラーナとマーゴにも時間をかけて欲しかった。
レスビアンはゲイと違って米国のドラマ界と視聴者に歓迎されていて、セックスシーンが売り物になる番組は多いです。だから、2人の絡み自体は嬉しい限り。ただ、美人が出たらすぐ裸にする的な安直な視聴者サービスしたらいかん。セクハラでしょ。
もっと丁寧に描いてくれよ!ブライアン・フラーの『ハンニバル』なんだから、もっと機会均等してくれよと、ムッとする視聴者でした。
当然ながら、メイスンによるハンニバル捕縛の未来を話す事後の2人。アラーナは、捕縛後ハンニバルをFBIに渡そうとしている。そうなると、公務執行妨害なんぞででメイスンも御用となる。
「その前に欲しいものがあるの。精子を収穫したことはある?」と、冷ややかに言い放つマーゴ。嫡男がいないと財産を失う彼女。メイスンから精子を採って子づくりを考えているのですね。でも、どうやって?誰の子宮で?
マーゴの狡賢さも健在です。
ウィルの許し
肩を撃たれ、フラフラになり喘ぐウィルをどこぞの室内に連れて来たハンニバル。撃たれたのに、大出血してないウィルが不自然。こんな状態の人物を連れ歩いて、よくも通報されなかったねえと不審に思う視聴者ですが、『ハンニバル』ですから経緯は問うまいと...。
とにかく、2人はかなり豪勢なアパルトマンのようなところにいて、水を飲ませたりハンニバルはウィルを介抱しています。「ちょっと痛むよ」と乱暴に上着を脱がせたり、やさしく抱くように支えたり、行動がちぐはぐなハンニバル。
「千代は過保護だから」なんて軽口を言いながら、手当を進めます。
隠し持っていたナイフをウィルに手渡すハンニバル。
You dropped your forgiveness, Will.
君の許しが落ちたよ、ウィル。
なんて息も絶え絶えの人物の戦意を測るかのようなハンニバル。おまけに、嫌がるウィルから麻酔なしで銃弾を抉り出します。残酷ですねえ。
そうなの、この2人の間ではナイフが許しなのよと、嘆く視聴者。『水物』でハンニバルがウィルを許すには、ウィルの腹をナイフで捌く必要があった。ハンニバルをフィレンツェまで追いかけて来たウィルは、ハンニバルを刺しそうだった。だから、この麻酔なし手術はナイフへのお仕置き。
全き許容や抱擁と血みどろの許し。血生臭い愛憎の間をいつも揺れている2人。「許し」なんて言った以上、ハンニバルも本格的な仕返しを考えている。
何度同じことを繰り返したら気が済むんでしょう?と、呆れる視聴者です。
気が遠くなったウィルが見るモノクロの幻想。ハンニバルと自分自身が、黒インクをミルクに垂らしたように溶け合って一つになっていく。
この状態を素直に受け入れれば、いいのにねえ。と、思ってると、ハンニバルのカニバル殺人鬼の側面を象徴するウェンディゴも幻想に立ち交じる。
簡単には一つになれない2人なんですねえ。
ハンニバルの許し
「ディナーにおける儀式や外観、会話は劇場より遥かに魅力的だ」なんて言いながら、ハンニバルはやや回復気味のウィルにスープを飲ませようとしています。
とはいえ、ディナーの食材は「秘密だ」と、教えない。なんか意味ありげですねえ。
「私は後悔しない性質だが、イタリアを離れるのは残念だ。カポーニ宮には読みたい物が沢山あるし、ハープシコードを弾いて...作曲もしたかった。君にフィレンツェを案内したかったよ」
大好きなルネサンス文化が詰まったフィレンツェを捨て、新たな逃避行を始めなくてはならないハンニバルは、感傷的になっているようです。だから、この地の生活の本来のパートナーがウィルであったこと、存在しなっかったdolce vita(甘い生活)への渇望を、つい口に出してしまいまったようです。
とはいえ、彼がウィルに呑ませるスープはパセリとタイムの煮汁で、酷く不味い。これって肉料理のスパイスだよね。もしかして、ウィルに下味をつけてるの?と嫌な予感マシマシになる視聴者です。
「誰か待ってるの?」
もったいぶったハンニバルにウィルが訊ねます。
一方、アパルトマンにやって来るジャック。各階のプレートには「ソリアート」の文字があります。なるほど、ハンニバルは一時の隠れ家に、殺したソリアート教授の部屋を選んだのですね。
ジャックが乗るエレヴェーターに、後から入って来る千代。ジャックがソリアート宅を訪れるのを確認して、「階数違い」と去って行きます。
なるほど、ハンニバルはジャックを待っていたのですね。ジャックはカポーニ宮でハンニバルを傷つけた。だから、ウィルと贖罪を共にする必要があるとハンニバルは考えているのですね。
銃を構えて部屋に入るジャック。微かに聞こえる音楽は、パトリック・キャシディの『アヴェ・マリア』。
アタシなどは、『アヴェ・マリア』を『天使祝詞』って幼稚園で習いましたよ。大天使ガブリエルが聖母マリアに処女懐胎を告げるお祝いの言葉ですね。「めでたし、聖寵充満てるマリア、主、御身と共にまします」ってね。
これは全くの私見ですが、ハンニバルがウィルを傷つけようとする時には清浄受胎のイメージが漂うのです。『水物』ではウィルの腹を掻っ捌いてましたし、このエピソードでは『理想の女性』の絵画があり、アラーナとマーゴの子宮切除と受胎を暗示する会話があって、『アヴェ・マリア』と連なる。子宮のない身体による清浄受胎ですか....。
受胎するのは赤ん坊とは限らない。新たな生を身に受けるとも解釈できましょう。すると、それまでの人生を切り取って、新たな人生を始める種を植えるという解釈が成り立つ。そういえば、このシリーズに何度も出てくる詩はダンテの『新生』でした。
ユダヤ・キリスト教的世界観からルネサンスを通して、聖なる新生を物語る。この重層的なイメージの構造が、アタシなどには何とも言えない魅力なのです。
と、塾講する視聴者を置き去りに、ディナーテーブルの下に潜んだハンニバルはジャックのアキレス腱を切断。身動きとの取れない2人とハンニバルのディナーの儀式が始まります。
「何か飲み物でもどうかね。...カポーニ宮の展示は気に入ったかい?」薬剤を点滴投与されて身動きがつかないジャックと、いつも通りのディナー会話を始るハンニバル。
「我々は、君のボルティモアの家で食卓を囲むはずだった。...3人だけで」と、涙目になっているジャック。気の置けない友人として、共にしてきたディナーの数々が、互いの謀略と裏切りで再びどん詰まりに来てしまった。救うはずのウィルと一緒にハンニバルに囚われてディナーを強制されようとしている。ジャックは失意や悔しさに苛まれているんでしょうね。
「でも、メニューが間違ってたんだ」と、多分、ジャックと同じ薬剤でぼんやりしたウィルが呟きます。
「その通り。...ジャックが、君の頭の中に入るよう提案した最初の人物だった」と、小型電ノコを取り出すハンニバル。やっぱり、べデリアの意見以来、ウィルを特別な存在にする頭脳を食すプランは練られていたのですね。
「ハンニバル、止めろ!止めるんだ!」ジャックの制止を聞かず、ウィルを開頭しだすハンニバル。部屋中に飛び散る血しぶき。
映画『ハンニバル』で、故レイ・リオッタが演じたポール・クレンドラの名シーン。頭蓋を開いて脳ミソを本人に食べさせるあのグロシーンのオマージュですね。
大喜びしながら、ウィルは食べられちゃうのと、心配する視聴者。
すると、シーンはいきなり雪の森。ああ、ここはボルティモアねと思っていると、ハンニバルとウィルは豚肉用の倉庫みたいなとこで、逆さづりにされてます。
何が起こったの?ヴァ―ジャーに捕まっちゃったの?勿体ぶって、面倒くさい手順踏んでるから、ウィルを喰らう前に捕まったんでしょ。なんて、ぶつくさ考えとりましたが~~、
ハンニバル役のマッツ・ミケルセンが説明してくれました。
「ハンニバルはウィルを殺したくなかったから、わざと時間をかけて、誰かに止めてもらいたかったんだ」
ウワァ~、面倒クセェ男だ、ハンニバル(知ってたけど)。だったら、サクッとウィルを許して最後のフィレンツェデートしてればいいじゃん。いつも相手に罰を与えるポジションにい続けようとするから、ここまでロマンスが歪んだんだよ。
ホントに2人とも、救えないよ。女たちは復讐に、逃走に決然と突き進んでいるのに、男どもは愛憎に揺らいでるわけだ。
来週からまた、グダグダが始まるんだよ。あの再会を無駄にするなよ!
と、稚拙な2人の中二病患者に、頭痛くなるエンディングでした。
※今回は、ハンニバル研究のお仲間 id:pomegra77716045 さまのご指摘を受け、説明不足な部分を処々追加しております。pomeさまには、感謝感謝です。