エンタメ 千一夜物語

もの好きビルコンティが大好きな海外ドラマやバレエ、マンガ・アニメとエンタメもろもろ、ゴシップ話も交えて一人語り・・・

ハンニバル3.01 古都の官能とお伽噺、誘惑と拒絶 深読みネタバレ

『ハンニバル』シリーズ中の最高傑作である『水物』の後に来る第3シーズン第1話『アンティパスト』。ウィル、アラナ、ジャック、アビゲールと死にかけていた人々の運命は?と焦るファンを尻目に、丹念に描かれるハンニバルとべデリアのユーロライフ。でも、これこそ必要な展開だったという、そこのところを読みこんでみました。

 

 

転身

印象的なオープニング。
鍵穴に差し込まれたキーが回り、ねっとりと流れ出す液体、燃え上がる炎、動き始めるシリンダー錠の物体。これまでの殺人の細部描写を思いだし、禍々しくもに肉感的な画面に惹きこまれ、一体何を見ているのかと思っていると~~
パリの街並みを疾駆するモーターバイクのレジェンドと言われる、漆黒のトライアンフ・スラクストン。さらに黒々としたヘルメットとレザーウェアに包まれたライダー。

で、冒頭の面妖なシーンは動き出すトライアンフのパーツだと、騎乗者はハンニバルだと分かり『ハンニバル』シリーズならではの眼福撮影に愕然とする視聴者。
バイクのパーツをあんなに色気たっぷりに描けるなんて、この番組だけ!と、もう期待が膨れ上がるのでした。

 

逃亡者のハンニバルは、なりすましを画策殺害ターゲットにしたローマン・フェル博士の出版記念パーティに、ライダースタイルでやって来たのでした。
紳士然とした三つ揃いスーツを見慣れたファンとしては、ラフなスタイリングにあら、ビックリ。ハンニバルってこんなにカジュアルだったの?と、驚いているうちに、ハンニバルはフェル博士を尾行して博士のアパルトマンで彼を殺害。

このアパルトマン、部屋割りは小さいのだけれど、過不足のない、室内装飾がいかにもパリらしい。これまで、やたら広いけどモダンで素気ないボルティモアの室内を見慣れてきたので、パリのアパルトマンは本当に居心地良さそうでシック。街自体、軽やかに官能的なんですよ、アタシには。

この瀟洒なお宅で、ドニゼッティのオペラ・ブッファ『ドンパスクワーレ』の『甘く清らかな夢よさらば』なんてレコードをかけながら、博士のレ肝臓ステーキを嗜み、奥方のリディアさんも殺してしまうという一幕。

『甘く清らかな夢よさらば』が意味深ですね。味気ないアメリカで着ていた謹厳で清廉な精神科医という人の皮を脱ぎ捨て、ウィルとのプラトニックなロマンスを切り捨て、本当は大好きな欧州文化の中で感覚の放縦に生きる気でいるのだなあと、感慨深く思いました。

 

アントニー・ディモンドとの出会い 

被害者のフェルご夫妻には申し訳ないのですが、出版記念パーティー席上で起こった物語の展開上最も重要なことは、ケンブリッジでフェル博士の指導助手だったアントニー・ディモンド(トム・ウィズダム)の登場。シャンパングラスを両手に抱えて~~

It's a double-fisted kind of bash.
両手飲みしないと(我慢できない)パーティですね。
Antony Dimmond. I'd offer a hand,
アントニー・ディモンドです。握手したいとこなんですが..

なんて言って、クソつまらないアカデミアの集まりで、フェル博士を軽侮するように眺めるハンニバルに、"粋なレザーイケおじ見っけ"みたいな感じで近づいて~~。フェル博士は才能もないのに半年に1回は本をひり出すなんて悪しざまに罵ったりします。

自分は詩を1行書くのに同じだけかかるって、才能ないんかアントニー?それとも、仕事しないってこと?四十絡みで指導助手って、それ院生の仕事でしょ、あんたって情けないでしょ!と、喰いつきたい視聴者。
着てる服装も上質ではあるけれど、くたびれた感じ。だけど、スレンダーなイケメンで、ブルネットにブルーの瞳にヒップな無精ひげを蓄えてって、誰かを思いだしますねえ。ぱっと見は、ウィル・グレアムの不出来な兄弟みたいです。

違っているのは、アントニーはいかにも崩れた、怠惰でずる賢く、如才ない気配の色男ってこと。不器用で、仕事に憑りつかれた人間嫌いのウィルの正反対。
で、アントニーにはなんとも淫靡で卑し気な色気がある

double-fisted握りこぶし2つ分=両手にグラスなんて表現も、彼が使うと思わせぶりです。エロ用語のdouble fistingとか思い浮かべて、「ダブルフィスティング目的みたいなパーティ」ってなって、そういう趣味なのかと思っちまう。で、この文脈だと「I'd offer a hand」は、「手を貸したいとこですが」ってなって、エロな誘い文句。

だからハンニバルも「It's a double-fisted kind of bash」なんて答えちゃう。ハンニバルの場合は、拳固2殴り分みたいな暴力的な意味もこめてるんでしょうが。

 

指導助手っていうより、文学ジゴロみたいな男にナンパされました的な、アントニー初登場で。
1分少々の登場時間で、こんな情報量を与えてくれるトム・ウィズダムが凄い!製作総指揮のブライアン・フラーもアントニー役には拘りまくり。別の俳優で撮影したけど気に入らなくて、トムを再キャストして取り直したという。

そんくらい、重要なアントニー役でした。

 

ギデオンとの晩餐

フェル夫妻殺害の後、場面はモノクロ転換。チェサピークの切り裂き魔を名乗ってハンニバルに誘拐監禁されて、自分自身を食べ続けるという罰を与えられたエイブル・ギデオンとのディナーの回想に。

その日のメインディッシュはギデオンの最後の脚のロースト。「死んだも同然だから食べたくない」と嫌がるギデオンに、「生きてる以上は食べないと」とローストを押し付けるハンニバルを悪魔だと非難気味のギデオン。悪魔と認めるハンニバル。
この期に及んで逃げたい衝動にかられるというギデオンを、「最期の焦燥」なんて揶揄するハンニバル。2人のやり合いは続きます。

GIDEON:Cannibalism was standard behavior among our ancestors. Missing link is only missing because we ate him.
ギデオン:カニバリズムは、我々の祖先の標準的行動だった。進化論的証拠が「失われた環」となったのは、喰っちまって痕が残らないからだ。
HANNIBAL:This isn't cannibalism, Abel. It's  only cannibalism if we're equals.
ハンニバル:エイブル、これはカニバリズムには当たらない。我々が対等な存在でなければカニバリズムにはならないのだから。

自分を喰ってる嫌悪感を、カニバル行為を一般化してこらえようとするギデオンに、彼が食物連鎖の下位に存在する劣等な生物、豚であることを指摘するなんとも残酷なハンニバルです。そこでギデオンも蜂の一刺しをお返し。

GIDEON:At this point, there is absolutely nothing I have to do. But I don't want to spoil the fairy tale, do I? You and your gingerbread house.
ギデオン:もう、私にできることは何もないがね。お伽噺を壊すつもりもないんだ。あなたとあなたのお菓子の家をね

この期に及んでハンニバルの考えが、脆弱な幻想だと指摘してるのですね。素晴らしい観察眼と胆力です。
出会い方さえ違っていれば、ハンニバルとギデオンは、お互いに良い話し相手だったかと。だから、ハンニバルもギデオンをお思い出すのでしょう。残念ですねえ。

そしてバックに流れるのは、ドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』。これについては、後程ジックリ語りますかと。

 

BellisimaかBellisimoか

ハンニバルのお菓子の家があるのはフィレンツェ。舞踏会でハンニバルとべデリアがフェル夫妻として踊っています。
プラチナブロンドを往時のハリウッド女優みたいにセットして、黒地に金糸刺繡をほどこしたドレスを纏ったべデリアがbellissima(最高に美しいの女性形)。ハンニバル役のマッツ・ミケルセンが格調高くリードする。さすがに、元ダンサーのマッツ。もうもう、美麗なご両人。

フィレンツェのアカデミー界隈で何やらに任命されたフェル博士ことハンニバル。気取ったソリアート博士が、外人にしちゃイタリア語も上手いが、中世イタリア語、前ルネサンスのトスカナ方言もわかってるのか?なんて、イチャモンをつけてきます。

ダンテ大好き男のハンニバルですから、当然、怒り心頭。今は亡き恋人ベアトリーチェに捧げた『新生』の最初のソネットなんぞを朗唱し始めます。

ダンテ時代のトスカナ方言なんて全然わからないので、正確な対訳はできないのですが、重要ポイントなので、なんとか日本語訳をを併記しますかと。

Allegro mi sembrava Amor tenendo 
Meo core in mano, e ne le braccia avea 
Madonna involta in un drappo dormendo.
Poi la svegliava, e d'esto core ardendo
lei paventosa umilmente pascea;
appreso gir lo ne vedea piangendo

愛の神アモールは楽しげに見えた
私の心臓を片手に持ち
ヴェールにくるまれて微睡む私の愛しい人を腕に抱え。
それからアモールは彼女を起こし
彼女は敬虔に怖れを持って、燃える心臓を食した。
その後、アモールは涙にくれて立ち去った

シーズン1第13話で流れていた『Vide Cor Meum』もそうですが、ハンニバルは愛する人に燃える心臓を捧げ、それを喰い尽くされるっていうダンテの激情に憑りつかれていますね。それが、サブテクストではなく、脚本自体に反映された記念すべき瞬間。

ただ、シーズン1でこの思いが捧げられた相手はBelissimo(最高に美しいの男性形)なウィルだった。どうも、べデリアには分が悪い朗唱です。

 

冷めた官能の攻防

ダンテの朗唱で悦に入るハンニバルとは対照的に、緊張した面持ちでソリアート博士を連れ出すべデリア。無礼者ソリアートの豚としての運命を知ってる。今では、ハンニバルの正体を知ってるんですね。

 

シーンは、フィレンツェの絶景を望むハンニバルのアパルトマン年代物で装飾過多な室内がボルティモアともパリとも違う圧巻の歴史を持つ、この都市をヴィジュアルに語りつくします。やや暗い暖色系の照明に浮かぶ稠密な室内が、なんとも重厚で官能的。

カッポーニ宮附属ライブラリーの司書の座に収まって満足し、この街ではほぼ人殺しもしていないとハンニバルは述懐します。少なくとも司書の前任者を始末していることを指摘するべデリア。第1、2シーズンで見せた余裕対応はどこへやら、不安気な様子。

You no longer have ethical problems, Hannibal. You have aesthetical ones. 
あなたにはもう、倫理的問題はないわね。美的問題だけでしょ。

精神科医から司書にキャリア変更したことにへの、べデリアらしい蠍の一刺し。
「倫理は美学になった」「道徳自体存在しない」と切り返し、べデリアがドレスを脱ぐのを手伝うハンニバル。暴かれていくべデリアの背中が、ひんやりと婀娜やか。

猫脚のバスに身を横たえたべデリアは、暗黒の液体の中に沈み込み、溺れかけて浮上します。ハンニバルがカニバルであることを知り、従犯という立ち位置になり身動きがつかない、ハンニバルの闇に飲み込まれ、半幽閉状態でもがいているのですね。

 

変わって、FBIで事情聴取されるべデリアの回想シーン。
「ハンニバルの逮捕目前と考えているとしたら、彼にそう思わされてるということよ」ハンニバルの一番の理解者と確信を持ち、ジャックに言い放ったべデリア。この頃は、ハンニバルの犯罪は殺人教唆から殺人くらいに考えて、自信たっぷりでしたっけ。

後日、『水物』の大立ち回りの後。べデリアが外出から戻ると自宅ではハンニバルがシャワーを浴びている。ウィスキーグラスを片手に、もう一方でガンを構えて彼を待つべデリア。堂々と裸で出てくるハンニバル。そこから始まる2人の問答。
べデリア:一体、何をしでかしたの?
ハンニバル:人の皮のスーツを脱いで... 奴らに(正体を)見せただけだ。
べデリア:見られるって、どんな感じかしら?
ハンニバル:もう、精神科医と患者の関係を終了したのだから、聞ける立場ではないだろう。デュ・モーリエ博士。
べデリア:私にはあなたの治療を続ける能力が欠落していたの。
ハンニバル:欠落は見受けられなかったよ。
べデリア:相応しい代替医師に引き継がず、申し訳なかったわ。ウィル・グレアムは生きてるの?
ハンニバル:ウィル・グレアムは、セラピーに相応しい代替ではない。
べデリア:彼は何だったの?
ハンニバル:それは、職業上の好奇心かね。
べデリア:全面的にではないわ。
ハンニバル:私を信じているかね?
べデリア:全面的にではないわ。

ボルティモアでの2人の関係性を、よく表している会話です。
表面上は精神科医と患者という仕事上の関係。とはいえ、共にワインを嗜んだり、裸を晒したりできるほどには親密な関係。べデリアが去ったことに嫌味を言う程度には、ハンニバルは彼女に執着している。ウィルの存在が気になる程度には、べデリアもハンニバルに執着している。
エロティックだけれど互いを信頼しない、冷めた駆け引きを交わす2人。
とはいえ、ハンニバルの複雑な思いを聞いて心療できるという点では、べデリアはウィルに対して優位性がある。だから、ハンニバルには逃避行のパートナーの代替えとしてはちょうどいい。
ハンニバルを疑っているけれども、彼の精神科医というポジションを維持できれば、自分の優位性は保たれる。だから、べデリアは堂々としている。彼とのヨーロッパ逃避行は好奇心からのアヴァンチュールだと高を括ってたのだと。

 

ところが、ハンニバルがカニバル殺人鬼だと知ってしまったべデリアは怯えている。一緒に殺し、カニバる歓びを分かち合えるウィルの代替とはならない半端なパートナー。

 

対等なパートナーになれないべデリアは、いつ自分が被害者になるのかと、汲々としています。怯えながら華やかに着飾って、彼の好物であるブルゴーニュの白ワイン「バタール・モンラッシェ」と白トリュフを買いにいくだけの、偽りの妻兼セラピスト、ハンニバルの着せ替え人形を演じ続けるしかないのです。

 

アントニーの誘惑:そういう集いなの?

危うい均衡を保って暮らす、偽物のフェル夫妻にチャチャを入れるのはアントニー。

イギリス風の三つ揃いを捨てて、イタリアンカットのスーツを着る、粋でくだけた様子のハンニバルをカッポーニ宮で見つけて、親し気に再会の挨拶をする。フェル博士がライブラリーの司書になったと聞いて、何やらたかりに来た模様。
フェル博士の成り代わっているのがバレそうなのに、悠々とディナーに誘うハンニバル。

 

楽し気に食卓につくアントニー。フェル博士夫妻との関係や一人で旅しているのかと探りを入れるべデリアとハンニバル。後腐れなく始末できる相手かどうか、探っているのですね。
自分を待つ運命を知らないアントニーは、博士がDV系男だったとか、その妻リディアとも親密な様子を匂わせます。やっぱり、色仕掛けでアカデミーに居座ってる感じですよ。この男。
「フェル博士が金曜に講演をする」とアントニーを誘うハンニバル。正体がバレてしまうのに余裕綽々ですね。どうやって殺すつもりなのか?

「中枢神経系のあるものは食べない」と、震えるように牡蠣ばかり口にするべデリア。間違って人肉を食してしまうのが恐ろしいのですね。 
彼女のプレート回りを見て、「牡蠣とどんぐりと甘いマルサーラ酒。ローマ人が家畜の味わいを上げるために食べさせていた飼料ですね」と、何気に言い放つアントニー。

言っちゃいましたね。ハンニバルはカニバリズムを怖れるべデリアを見放して、食用家畜として扱って飼育していると、べデリアも気づいてしまいました。何とか平静を保って、やっと応えるべデリア。
My husband has quite a sophisticated palate. 
主人は洗練された味覚の持ち主ですの。
He's particular about how I taste.
私の味わいには、うるさいんです。

べデリアはカニバリズムのことを語っていますが、アントニーはこれをエロいお誘いと解釈したよう。
Is it that kind of party?
これってそういう趣旨の集いなの?

つまり、味わいを磨き上げた妻をシェアするディナー、3Pへのお誘いだと。
ハンニバルとべデリアは即座に否定しますが、べデリアは嫌悪を露わにし、ハンニバルは楽しんでいる。どうも、無謀で妙な知識が豊富、バイなヤリチンらしいアントニーがお気に召した模様です。
一人旅だと確認したのに殺しもせずに、ハンニバルはアントニーを帰してしまう。

べデリアも間近な脅威を感じてますね。自分よりも若い、ウィル似のビッチ男にパートナーのポジションを乗っ取られ、不要になって喰われてしまうという恐怖感を。 

 

ハンニバルとべデリアに肉体関係はあったのか? 

っていうのが、ファンニバル(番組のファン)の間でいつも論議されています。
「ハンニバルとべデリアの間柄って冷めてるし、肉体関係なんかないわよ!」っていうのが、強固なハンニグラム(ハンニバルとウィルのペア推しの人達)のご意見。

ユーロ映画好きの大人のアタシとしては、「2人の冷めた官能に気づきなさいよ」てな感じ。べデリアみたいに気位が高い女が、簡単に他人にシャワー使わせたり、他人に裸を見せたりしないでしょ。怖気を震いながら冷えた心と身体の底でハンニバルに興奮してる感触が、フィレンツェのべデリアにはあるんですよね。

 

こう考える前振りは下記の通り:

アントニーとの会食の前に、ギデオンに関する回想が入ります。
交じり合う蝸牛が大映しになり、ギデオンがそれを眺めている。ハンニバル邸の植栽ガーデンで、切り取られた自分の腕を餌であり宿木として養殖されているエスカルゴを見ているのです。ぞっとする光景です。

おまけに、ギデオンは牡蠣とどんぐりと甘いワインで自分が美食として飼育されしることを熟知しています。どこまでも残酷な境遇です。


とはいえ、「蝸牛はセックスの象徴だから」とブライアン・フラーは言ってます。ぬめぬめして交わる様子は、まさにセックス。

さらに、このシーンのBGMが『牧神の午後への前奏曲』だから。この曲は、トンデモなくエロティックって言われてます。
この程度に官能的な楽曲は他にもあるのに、なぜ特筆されてしまうのか?それは、これがマラルメが台本を担当したバレエのための楽曲で、振り付け・主演のヴァーツラフ・ニジンスキーによるプレミアが大スキャンダルだったから。

まず、牧神の衣装が身体の形が丸見えの総タイツ。今では何処でも見かける衣装ですが、初演の1912年にはかなりショッキング。水浴するニンフ達に欲情した牧神が1人を捕まえようとするけれどもヴェールを残して逃げられてしまう。てな内容で、動きはギリシアの壺絵みたいに、2次元的で抑圧的。なんですけど、最終場面で牧神がヴェールでシコッて絶頂を迎えてしまうという、ドビュッシーにもマラルメにも失礼だろと、客席怒り沸騰なほぼポルノ!だったのです。
アタシも、パリオペラ座の復刻版を観た時は、バレエの舞台でこんなことするわけ、子どもいたらどうするよ?と、ギャフンとなりました。

なんで、ドビュッシーには申し訳ないけれども、『牧神の午後への前奏曲』は男の欲望のストレートな表現として定着したわけです。

 

だから、ギデオンのこのシーンは肉欲的なシーンへの前奏曲として機能していると判断するのです。ハンニバルとべデリアは性的関係を持っていたと。

なんで、寝台場面にせず、そんなややこしいことをしたのか?も、考えてみました。
べデリア役のジリアン・アンダーソンが、ベッドシーン不可だったのかな?と思ったりもしましたが~~

考えてみたら蝸牛は雌雄同体。だから、この暗喩はべデリアにもアントニーにも適用される。全国ネットの番組でハンニバルとアントニーがベッドインするなんて、アメリカの常識的に不可。だからといって、男女間だけ露骨には描けない。

だから、両方ぼかして表現する。っていうのが最適解だったのではと、結論付けたアタシでした。

 

べデリアの裏切りと殺人

食用豚としてお尻に火がついてしまったべデリア。ワインとトリュフの買い物の帰りには、わざわざ駅の監視カメラに顔を向けて居座ったりし。なるほど、インターポールとかにみつけてもらおうという魂胆ですね。
相変わらず、喰えない女です。

 

こんな喰えない女が、何故ハンニバルのなすがままになっているのか?第1シーズンからの疑問に答えが出るエピソード。
べデリアは患者(ザッカリー・クイント)を殺していたのです。床に倒れて呼吸困難になっていた彼の喉に、腕を突っ込んで確実に気道をふさいで窒息死させたのです。

彼女が頼ったのはハンニバル
ハンニバル:正当防衛だったのかね?
べデリア:無謀だったわ。無謀な暴力は劣悪なサヴァイヴァルメカニズムね。
ハンニバル:これは無謀な暴力ではない。コントロールの効いた力の行使だ。

べデリアが殺意を持っていたことを指摘しながらも、これが正当防衛だったと偽証するとハンニバルは誓います。返り血を洗い流すべデリアをハンニバルが愛撫するシーンが艶っぽい!
この殺人隠蔽工作により、ハンニバルはべデリアの最大の弱みを握り、いつも無理を通していたのですね。
とはいえ、この患者はハンニバルがべデリアの元に送り込んだ男。ウィル出現前に執着していたべデリアを、ハンニバルは上手くハメたのですね。

そして、彼女は用済みになろうとしているというわけです。

 

それにしても、エキストラ状態でザッカリーが出演するとは、贅沢な番組です。

 

誘惑と裏切り、拒絶と罰

ダンテの『神曲』に描かれた地獄を、フェル博士ことハンニバルが語るライブラリーの講演会スクリーンに映写されたルシファーの頭部がハンニバルの顔と重なり、まるで、彼自身が堕天使の長のように見えます。

『神曲』にあっては、裏切り者のイスカリオテのユダと無実の罪で捕えられた文人ピエトロ・デラ・ヴィニャが、自殺の罪により第七圏の地獄に囚われている、リンクしていると。古代において、裏切りと首吊りはリンクしたイメージだったと。キリストの磔刑とユダの首吊りが同時に彫り込まれた4世紀の浮彫を見せたり。ユダもヴィニャも首吊りで描かれていると。いつもながらのグロで皮肉なペダントリーをハンニバルは発揮します。

息も絶え絶えな様子で聴講するべデリア。呑気に遅刻して現れるアントニーハンニバルがフェル博士に成り代わっていると知ったにも関わらず、微笑んで会釈します。逃げ出すべデリア。

危機意識のないアントニーは、ハンニバルに近づき状況を察しているような言い回しで、脅しじみたジョークを吐き続けます。
Antony:An exposition of Atrocious Torture Instruments appeals to connoisseurs of the very worst in mankind.
アントニー:惨い拷問危惧の展示は、最悪の人間を観る目利きを惹きつけますね。
expsition(展示)という語句のexpose(暴露する)という部分にかけて、ハンニバルはアントニーの卑しさを指摘して応酬。
HANNIBAL:Now that ceaseless exposure has calloused us to the lewd and the vulgar, it is instructive to see what still seems wicked to us.
ハンニバル:なんでも、しょっちゅう暴露しつづける今の世の中は、卑猥さや下品に対する我々の感覚を麻痺させる。今でも邪悪と感じられるものを見ることは教育的な勝ちがある。 
で、アントニーの邪悪さが何に引かれているのかと核心に迫り、アントニーも負けずに言い返す。
Antony:Yours... "Dr. Fell." I have no delusions about morality; if I did, I would've gone to la polizia. I'm curious as to what fate befell Dr. Fell to see you here in his stead.
アントニー:あなたの邪悪さですよ。僕は、道徳というものに幻想は持っていません。持ってたら警察に行ってる。フェル博士がどんな目に会ったんで、あなたが彼に差し代われたか、興味があるんです。
HANNIBAL:You may have to strap me to the breaking wheel to loosen my tongue.
ハンニバル:口を割らせるには、車裂きの車輪に私を括りつける必要があるのでは…。

展示中の拷問具、処刑される者を括りつけて身体を粉砕する車輪にかけた軽口。ハンニバルとアントニーの会話は、どこまでも残酷で洒脱です。痺れます!
フェル博士への共通の嫌悪を強調するアントニー。自分は味方だと言いたいのですね。否定するハンニバル。
Antony:We can twist ourselves into all manner of uncomfortable positions just to maintain appearances, with or without a breaking wheel.
アントニー:車裂の車輪があってもなくても、体面を保つためには、我々はあらゆる種類の不快なポジションに身を捩ることができますよ。
HANNIBAL:Are you here to twist me into an uncomfortable position?
ハンニバル:君は、私の身を不快なポジションに捩るためにここに来たのかね?Antony:I'm here to help you untwist... to our mutual benefit.
アントニー:僕は捩れを解く手伝いに来たんです...お互いの利益のために。

 

何げなく聞いてると、犯罪のほのめかしと脅迫があるだけなのですが、ブライアン・フラーの脚本ですから、深読みさせてきます~~。
あらゆるポジションて言われると、体位のことほのめかしてるの?もしかして、夜のお誘いしてる?不快な体位って、いろいろあるよね。ハンニバルは不快な体位が不要ってこと?アントニーがうるわけ?君はネコか?
いろいろ、エロく勘ぐれます

まあ、ハンニバルに対して、こんな無礼な脅迫=裏切りを企てたわけですから、当然罰は下される。ってことで、ハンニバルのアパルトマンで撲殺&首折されてしまいます。

 

で、勘ぐりの真骨頂としては~~
アントニーを連れて帰宅したハンニバルの蝶ネクタイがなくなって、髪型が乱れてる。だから2人は外で宜しくやってきた、事後だっていう案件ですね。

これがあるから、べデリアとの寝台場面もぼかされている、という...。

もう、盛りだくさんの勘ぐりを魅せてくれたアントニー・ディモンド君。惜しい人を亡くしました。

 

亡き王女のためのパヴァーヌ 

Observe or participate.:観察しているのか、(殺人行為に)参加しているのか?
アントニーを殺すハンニバルがべデリアに問います。べデリアは即座に「観察している」と回答します。べデリアは共にカニバるどころか、共に殺すパートナーにさえなりえないことが確信となる決定的瞬間です。
邪悪なパートナーになれたはずのアントニーは、多分、あまりにもビッチで品性も下劣だったのでしょう。
パリとフィレンツェという官能的な古都で放縦な生活を送るというハンニバルのお伽噺、夢物語は潰えてしまいました。

 

夢破れたハンニバルは、一人で大きなトランクを抱えて列車のコンパートメントで旅しています。

 

そこにカットインしてくるギデオンとの最後の晩餐。 
蝸牛のように無自覚に食された方がよいかと尋ねるハンニバルに、分かっている方がよりパワフルに感じられると告げるギデオン。
さらにハンニバルから、「何でこんな(晩餐をともにするような)待遇が受けられると考えているのか?」という意図の質問をされてギデオンは窮極の答えを導き出します。

'Cause snails aren't the only creatures who prefer eating with company.
それは、仲間と共に食すること好む生物は蝸牛だけではないからだ。
If only that company could be Will Graham.
その仲間がウィル・グラハムであれば良かったのだろうが。

ハンニバルの仲間はウィルしかいない。相変わらず炯眼なギデオンです。

 

何故、これが最後の晩餐と言いきれるのか?一つには、ギデオンの四肢がもう片手しか残っていないから。次の切除で、彼は会食仲間にはなれなくなります。

そして、BGMがラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』だから。ルーヴル美術館所蔵のヴェラスケスの名画『マルガリータ王女』にインスパイアされたとも言われる楽曲。典雅で抑制されたメランコリーともいうべきものが漂います。

多分、ハンニバルの会食相手としてウィルに次ぐ適任者はギデオンだったのでしょう。そのギデオンも殺してしまってもういない。

 

亡きギデオンの金言を思いながら旅するハンニバルは、レオナルド・ダ・ヴィンチの『ウィトルウィウス的人体図』で心臓を折る。その行く先は、どうやらパレルモ。

恐らく、アントニーの死体で作った心臓を飾り付けてきたようです。心のない美中年の死体を裏返して作った心臓=ハート。なんとも皮肉な捧げ物。

ダンテがベアトリーチェにしたように、ハンニバルはウィルに心臓を捧げようとしてるのでしょう。ウィルしか、ハンニバルに相応しいパートナーはいないのだから。

 

面倒くさい男ハンニバルのロマンスが一段と面倒くさくなる。美的に、詩的に、

なんとも芳醇な第3シーズン第1話でした。

 

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