ジョニー・デップ主演の『パイレーツ・オブ・カリビアン』といえば、いわずとしれたディズニーの看板アクションアドヴェンチャー。シリーズ5作を数え、スピンオフも計画されている大人気作品。
バレエにも大ヒットの『海賊』があるので、その原点となる作品をご紹介。
バレエの海賊って?
グォーンという強烈なゴングに始まり、ティンパニやシンバルを交えて、ハイテンポ&ハイピッチな序曲がバレエにしてはエキサイティングな『海賊(Le Corssaire)』。
アタシなぞは、この音楽を聴いただけで血湧き肉躍ってしまいます。
今ではKバレエの演目にもなっているので、日本のファンの方にもお馴染みですが、1989年のこのヴィデオ見るまでアタシにはなんだかサッパリわからないものでした。
ガラコンサート用のグランパドゥドゥとして有名な作品でしたが、
フリフリなチュチュで着飾ったバレリーナとハーレムパンツに上半身裸で、やたらにへりくだったポーズをする男という不釣り合いなカップルが、アンバランスな踊りを見せるのがどうにも奇妙で、本編を知らないないので、2人の関係が見えない演目だったのです。
おまけに、女性ヴァリエーションは『ドン・キホーテ』の森の女王のものだったり、『バヤデルカ』ガムザッティのヴァリエーションだったりし、本当に不可解でした。
なんで、こんなことになったのか?
ロマン派文学の無頼男バイロンの詩にゆる~~く基づき、アドルフ・アダンの楽曲にジョゼフ・マジリエが振り付けをして1856年に初演されたのだけれども、それが決定版にはならず、プーニやドリゴ、ミンクスの楽曲が差し込まれていろんな振付家の改定があって、なんだか分からないことになり~~~
20世紀に入ってからロシアでの改定で、キーロフ・バレエの大スター、バフタン・チャブキアーニが"奴隷のアリ"なんちゅう役をつくって、超ヴィルトゥオーゾな振りをつくって自分でおどった。で、この裸男アリのヴァリエーションが衝撃的だったので、ここだけ残ってガラピースとなっていたのでした。
で、このヴィデオの作品は、キーロフ・バレエ(現在はマリンスキー)の天才的芸術監督オレグ・ヴィノグラードフが1977年に復刻した1955年初演のグゼフ版。今でもマリインスキーの看板演目となっています。
そしてこのヴィデオとキーロフバレエのライヴで、世界中に『海賊』の全幕上演が広まったという画期的な作品でもあります。
海賊のお話って?
メチャ単純なロマコメ。
難破してギリシア近郊の海岸に流された海賊の首領コンラッドと奴隷のアリ、一番の手下のビルバントを含むその一党。救いの手差し伸べた村娘のメドーラと友人たち。一目で恋に落ちるコンラッドとメドーラでしたが、トルコ兵がきて海賊たちは身を隠すことになり、メドーラと親友のギュリナーラは奴隷商人のランケデムに攫われてしまい、市場で売られそうになります。
が、メドーラとギュリナーラ以外の女性たちはコンラッド一党に救出され、アジトの洞窟に帰って、メドーラから女性たちを解放してと懇願されて、ええかっこしいのコンラッドは二つ返事。ビルバントは不満で反旗を翻し、ランケデムの毒でコンラッドは昏睡して、メドーラはまたまた攫われてしまいます。
サルタンのハーレムに売られたメドーラはギュリナーラと再会、コンラッドとアリに救出されて新たな航海に出発。めでたしめでたし。
こんなバカバカしい話なんですが、
色彩とキャスト、見どころ満載~~~
なのですね。
まずはプロダクションデザイン。アールヌーボー時代のオリエンタリズムが描く千一夜物語の世界。
ターコイズやバーガンディ、ブルーグレイやベビーピンクに金襴銀襴、舞台一面にかけられた布地の上品かつエキゾチックな色の洪水に圧倒されます。
メドーラ役はゲイの皆さまが「ストレイトになりそう」と絶賛した美女アルティナイ・アシルムラトワ。パワフルなテクニックで勝気なメドーラを活き活きと演じます。
ギュリナーラには、まさにバレリーナ人形そのものなエレーナ・パンコワ。メドーラとは正反対、繊細で可憐な少女は、はまり役。
ランケデムにはアシルムラトワの夫君コンスタチン・ザクリンスキー。長年王子役を窮屈そうに踊ってきたプリンシパルが、本来のワイルドな持ち味を活かして、楽しそうに小悪党になりきっています。
コンラッドにはノーブルでメランコリックな王子が役どころのエフゲニー・ネフ。全然海賊に見えないので存在感激ウス~~。
その結果、前面に飛び出してきたのが、この作品で大ブレイクしてロシアの至宝となったファルク・ルジマトフ演じる奴隷のアリ。無駄のない筋張ったボディとウズベキスタン出身ならではのエキゾチックな風貌で、もう"世界一奴隷の似合う男"。両肩に手を置く奴隷のポーズで立っているだけで圧倒的な存在感を放ち、目が離せなくなるのでした。
各幕の見どころはというと、
第1幕 パ・デスクラヴ
冒頭の海岸でギュリナーラもメドーラも頭っから飛びまくり、ガンガンの女性群舞から奴隷市場に切り替わるスピーディな演出。
市場では売らるる身の上を嘆く女性群舞のキャラクターダンス(民族舞踊風の踊り)で激情盛り上がったところで
ギュリナーラと奴隷商人のランケデムの大人気パドゥドゥ『パ・デスクラヴ(奴隷の踊り)』が入ります。
シフォンに包まれ顔を隠したギュリナーラを、大事な初物てな感じでお披露目するランケデム。なんとか逃げようとするギュリナーラのシフォンを少しづはいでいく残酷さ、周りの買い手たちにさえ救いを求める純真なギュリナーラ。愛しあう男女を描くのが相場のアダジオで、攫われた少女と奴隷商人の葛藤を描くというところが、実に斬新でした。
途中で勇壮なランケデムのヴァリエーション、恐れを感じる反面注目されることである種の"春の目覚め"のような感覚に陥りながら、サルタンを拒絶するギュリナーラのヴァリエーションの後に
「買った、買った」みたいに威勢の良いコーダがあって、群がる男たちに気絶してしまうギュリーナーラ。
ザクリンスキーのとぼけた悪党ぶりがなんとも憎めず、いい味出してます。
そして、ここはなんといっても、触ったら壊れてしまいそうなパンコワの見せ場。ジャンプや回転で技にこだわりすぎると、最後には気絶してしまうギュリナーラのか弱さが出てこない。軽やかなパンコワは不安や悲しみとともに、少女ならではの官能性も秘めてたおやかな葦のよう、海賊史上屈指のギュリナーラだと、アタシは確信しとります。
この後に登場するメドーラは、直径2.5mくらいの円盤の上で豪快にジャンプしまくり、あくまでも奴隷になることを拒否しますが、2人の女性主役キャラの対照も鮮明です。
第2幕 洞窟のグランパ
海賊たちの勇壮な群舞やキャラクターダンスの後に、"海賊のパドゥドゥ(2人の踊り)"として、あまりにも有名なグランパが始まります。
とはいえ、マリンスキー版はメドーラとコンラッドがラブラブな踊りにアリが加わるパドトロワ(3人の踊り)となっています。
ここでようやく長年の謎が解けたんですね。ガラで見てきた意味不明な裸の男は奴隷だから、屈従のポーズを見せていたのだと。それにしても、ご主人様の恋人のそば近くに仕えることができるってことは、アリって宦官なの?だって普通の召使は女主人の身の回りに置いてはもらえないでしょう。とか、ぐずぐず考えながらなんとか納得するアタシでした。
他の演目からの借り物ではないメドーラの"大回転ヴァリエーション"を見たのもこれが初めて。
いきなり、ダイアゴナル(対角線上)の回転シーケンスがあって、これだけでも相当大変。超スローモーションで対応するバレリーナさんもいるくらい。で、パセ(片脚を曲げて横に蹴り上げる)のシーケンスの後にダブルピルエット(2回転)とグランピルエット(脚を横に上げた回転)をストゥニュ(両足ポワントでする回転)でつなぐという離れ業が入ります。ここなんて頭クラクラ、スローにしても軸を失ってアチコチふらふらする方や、イタリアンフェッテ(脚を横に上げて振り下ろす勢いで回ってアティチュードに入るので様々な種別の回転をするよりも安定します)にすり替える方々も多い。この難関ヴァリエーションを華やかな笑顔で、上半身の情感もたっぷり魅せるアシルムラトワ、素敵すぎます。
とはいえ、一番の売り物はルジマトフのアリ。男性にしては高いアラベスクや、大きく空間を捉える長い腕の存在感にまず、ビックリ!三日月刀が空間を切り裂くように鋭いムーヴメント。無駄のないボディがキメていく奴隷のポーズがが、なんとも彫刻的かつ官能的で~~~。何よりも奴隷という自分の存在に怒りを覚えているような、鬱屈した情熱が噴出してくることに驚愕~~~。
それまでは無意味な裸男だったアリが、生身の人間として目の前に立ち現れた感動は、今も忘れられません。一生に一度しかないだろう、とんでもない表現者ルジマトフとの出会いに感謝し続けるアタシです。
ネフのコンラッドは、柄はあっていないけれども、すぐれたパートナー技術をみせてくれます。
第3幕 眼福の"花園(Le Jardin Animé)"
キーロフ(マリインスキー)といえば、眼がくらむほどキレイなコールド(群舞)の女性たちと、主役級の実力を持つソロイストの皆さま。そのゴージャスが極まるのが第3幕、日本では花園と呼ばれる、サルタンのハーレムの場面。キーロフ(マリインスキー)では、第3幕をガラ演目にするほど、人気のある幕です。
コールドがロココなウィッグとコスチュームなのが、フランス宮廷ですか~~みたいにビックリですが、まあ荒唐無稽な話だから、これもありかと。
ロココな女性たちとメドーラやギュリナーラが繰り広げるダンスシーンもゴージャスなのですが、ここの見せ場はオダリスク(ハレムの女奴隷)のパドトロワ。
女奴隷といってもキーロフですから、上品ではんなりした色香を漂わせます。
第1のオダリスクを演じるのはヴェロニカ・イワノワ(現在ワガノワバレエ学校で教師をされています)、第2のオダリスクは長年プリンシパルを務めたジャンナ・アユポワ(ワガノワバレエ学校副校長)。お二人とも、バタバタしがちなアレグロ(速い踊り)を優雅にしなやかにキメてしまうのがタマリません。
そして、なんといっても第3のオダリスクを踊るイリーナ・チスチャコワ。この人はつい最近まで現代最高の白鳥と言われたユリアナ・ロパートキナのコーチをされてました。圧倒的な体幹を持つチスチャコワ。下手(舞台の向かって左側)からのダイアゴナルでアラベスクから入ってくるピルエット3回転を3度もキメてきます。これは凄い!西洋の方でも3回転をいれてる方がいますが、音をスローダウンしてますね。それでは意味がない。この速度に3回転を入れるから素晴らしいので、遅くしたら楽曲がつまらなくなってしまいます。上手からのダイアゴナルでは連続8回のピケターン(片脚のトゥを突き刺しての回転)を全部ダブルでフィニッシュ。シングル・ダブルの組み合わせの方が多い中で、突出したチスチャコワの演技。今までに、彼女を超える3番を見たことがありません。
全3幕にそれぞれの美味しさがあるある海賊、踊り好きのアタシなどは月にいちどは海賊見たいと、病みつきになっております。
最近の海賊事情
どうしてもアリが目立って しまうので、マリインスキーでは売り出し中の若手男子の登竜門的な位置づけになっていた海賊。その結果として、アリの役作りがカスカスだったり、ストーリーのバランスがどうもとれなかったり、つまらない時代はありました。
それを変えたのが、友人のロシアンバレエヴィデオズ氏が"バレエ史上最大の名優"と敬愛していたイリヤ・クズネツォフ。ワガノワバレエ学校時代に『白鳥の湖』の本舞台主役デビューなんかもしちゃったイリヤがコンラッド枠に入ったら…
アリがどんなに技術を見せても、イリヤの、粗忽で間抜けで滅法ケンカは強いけれども女好きが災いの元みたいなコンラッドが面白くて、面白くて、アクションや恋愛の場面に目が行くようになり、本来のコンラッドが主人公のロマコメに戻ったんですね。
その他にも、ダニーラ・コルツンツェフやアンドレイ・エルマコフがコンラッド枠に来て、以来、ストーリーが活き活きしています。
メドーラ枠は、なんといってもヴィクトリア・テリョーシキナの横綱バレエで2010年代が最強です。
奴隷市場の暴れっぷりもカッコよすぎですし、洞窟のグランパなどはテリョーシキナ姉さんがコンラッドとアリを仕切って、ダブル入りのグランフェッテ(利き足を鞭のように使って推進力にする連続回転)を華やかににこやかにキメ、花園の場面では4回転ピルエットという快挙。ここ10年くらいはテリョーシキナ姉さんを見るための海賊でした。
最近はスピードが落ちてきたとはいえ、横綱は健在!
たった一人のダンサーでバレエは筋書が変わってしまう。
そういう意味でも、海賊は見て飽きない演目です。