エンタメ 千一夜物語

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ヴァリス、英雄として死す! 王国というイデオロギーとリトルフィンガーの"カオス理論"

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ジョン・スノウに王位継承権があることを知って、どうやらまた企みを巡らし始めた様子のヴァリス。

非常に長いあいだ、私にとってはヴァリスとリトルフィンガーが一番面白い王座争奪戦のプレイヤーだった。

この二人の思想の違いを考えてみた先読み記事を、ヴァリス追悼に書き換えてみた。

 

 

リトルフィンガーから見た王国の概念

リトルフィンガーの視点を語るには、 

ゲーム・オブ・スローンズ史上でも、抜群の魅力あるモノローグを引用するのが適切だろう。

 

The realm. Do you know what the realm is?

王国とはなにか?わかっているのか?

It's the thousand blades of Aegon's enemies.

王国なんて、エイゴン王の敵の千の剣(鉄の玉座を作っている剣)さ。

A story we agree to tell each other over and over until we forget that it's a lie.

何回も繰り返しているうちに、自分でも嘘だってことを忘れちまう作り話だ。

 

 弱小領主の息子ペーター・ベイリッシュ(リトルフィンガー)は、タリー家に里子に出されて庇護を受け、主家の美しい娘キャトリンに恋をする。

当時キャトリンの婚約者だったのは、血の気が多いブランドン・スターク。騎士見習いの名誉をかけて決闘を挑むが、瀕死の重傷を負った上にタリー家から追放され

その後は、持ち前の奸智でロバート・バラシオン王の大蔵大臣にまでのし上がる。

 

恋のために、七王国に名を轟かせる勇者に挑むとは、愚かだが騎士らしい高貴な振る舞いだ。ここから見て、元々のリトルフィンガーはなかなかの理想家だ。

失恋とタリー家の仕打ちで、この理想は消え去ったのだろう。

リトルフィンガーは幻滅した理想家だ。幻滅した理想家は、しばしば一番危険なニヒリストになる。

 

高級娼館の主として娼婦たちを手中のスパイとして使い、王国の大蔵大臣と人間の性欲・金銭欲・権力欲が動くメカニズムを知り尽くしたニヒリストにとって、王国という概念、王国がよって立つ権威は唯のまやかし、権力者が欲望を満たすためのまやかしに過ぎない。

玉座に鋳造された200本以下の剣を千本というようなこけおどしだ。

 

支配者階級の中を泳いできたリトルフィンガーの視点は、あくまでも支配者のもの。

リトルフィンガーはリトルフィンガーに仕えている。

 

 

ヴァリスにとって王国とは

リトルフィンガーのモノローグにヴァリスは疑問を投げかける。

 

But what do we have left once we abandon the lie?

その嘘を放棄したら、私たちに何が残るんでしょう?

Chaos? A gaping pit waiting to swallow us all.

混沌でしょう。パックリと口を開けて私たちを飲み込む、奈落でしょう。

 

奴隷の境遇に生まれて旅役者に売られ、さらに魔術師に売られて魔法のために性器を切除され、盗みを働き、自分の身体も売って生き延び、情報が一番価値ある売り物だと知ったヴァリスは、排水溝のような社会の底辺の中から這い上がってきた。

 

情報力を武器に狂王エイリス・ターガリエンに仕え、簒奪王ロバート・バラシオンの情報省長官ともいうべき地位に就き、バラシオンの王位を継いだラニスター家の不安定要素を嗅ぎつけると、ラニスターの中で最も賢明なティリオンの逃亡を助けて恩を売り、その縁故で女王デナーリスの側近に鞍替えする。

 

ヴァリスは権力者を信じていない。だから、さっさと主を葬り去る。

 

彼の情報網は多くを底辺に生きる子供たち(小鳥たち)に頼っている。子供たちはヴァリスにお話を提供し、ヴァリスは子供たちに食べるものや保護、教育を与える。ヴァリスと底辺の子供たちは共生関係にある。

 

底辺を生きてきたヴァリスは底辺を生きる人々、民衆を信じている。

 

民衆を守ろうとするヴァリスは混沌を恐れている。

政局が混乱に陥れば七王国の内戦は不可避であり、戦争が起きて一番被害を受けるのは、巻き添えで殺され、略奪される民衆である。

 

ヴァリスは王国に仕えていると言う。

だが、彼にとって王国は民衆が仕事をし、食を稼ぎ、家族を養う安定した基盤を築くための社会的枠組みに過ぎない。

 

王はこの枠組みを機能させるためのパーツだから、不適切であれば交換するように取り計らえばよい。

ヴァリスは"人民のため"の公僕だ。だから王に対する忠誠心は全くない。

 

 

リトルフィンガーの"カオス理論”

 

 自分に仕えるリトルフィンガーは混沌を七王国の階級をよじ登るに当たって利用すべき手段とみている。

 

Chaos isn't a pit. Chaos is a ladder.

混沌は奈落ではない。混沌ははしごだ。

Many who try to climb it fail and never get to try again.

はしごをよじ登ろうとして落下した奴らは、だいたい諦める。

The fall breaks them. 

落下でうちのめされるのだ。

And some are given a chance to climb; they refuse.

よじ登るチャンスがあっても、拒絶するものもいる。

They cling to the realm or the gods or love. Illusions.

奴らは王国だの神々だの愛だのにしがみついている。幻想にね。

Only the ladder is real. The climb is all there is.

実在するのははしごだけ。登ることだけだ。

 

カオス理論とは、ご存知のように数学理論で、わずかな初期条件の変化で結果に大きな差異が起こる現象、予想がつかないような複雑な現象を起こす力学体系をさす。

 

社会が安定していると混沌は生じない。

リトルフィンガーは、このわずかな初期条件を変化させる。

 

ロバート・バラシオンが信頼する"王の手"ジョン・アリンの妻であり、キャトリンの妹ライサとの懇ろな関係を利用して夫を毒殺するように仕向け

次の"王の手"となったエダード・スタークとキャトリンの息子ブランに刺客を送り

それがラニスターの仕業であることをほのめかして両家の反目を煽り

不器用なエダード(ネッド)がアリンの死を嗅ぎ周り、

サーセイの不義にたどり着きサーセイの術中に陥るよう罠をしかけ

王座争奪をかけた"五王の戦い"の外交交渉で経済的価値の低いハレンの巨城を与えられると

領主の名目を活用して寡婦となっているライサと結婚しアリン家の領地を手に入れる。

 

キャトリンを唯ひとり愛した女といいながら、彼女を窮状から救うわけでもなく運命のままに放置しておく。

なぜなら、愛は幻想であり

必要なのはあらゆる状況を想定しながら、正しくはしごを登る手段とタイミングを探り続けることだからだ。

 

計算通り生きていれば、リトルフィンガーの人生の破綻にはもっと時間がかかっただろう。

だが、信条に反してサンサ・スタークを愛してしまい

彼女のためにライサを殺した辺りからリトルフィンガーの計算は狂い始めたと私は見る。彼の最大の力である隠密な工作ということを、愛という幻想のために忘れてしまたのだと。

サンサの前ではあらゆる状況を想定がうまく機能しない。だから弟子というべきサンサに利用され殺されてしまったのだと・・・

 

 

ヴァリスの生きざま

 

宦官であるヴァリスには、男としての欲望はない。その点、他の男たちより状況の見方がクリアだ。

ヴァリスも情報を操作するが、立身出世の手段に使うわけでもない。

 

男としての見栄や欲望が時々頭をもたげるリトルフィンガーに比べて、ヴァリスのステルス度は高い。

 

クリアな視線を持つヴァリスの見ていることは常に正しい。

エダード(ネッド)・スタークは名誉ある領主でも、王都の為政者としては柔軟性にかけていた。タイウィン・ラニスターは為政者として有能だが、サーセイは機能不全だ。

そしてデナーリスは禍だ。

彼は理想の公僕として動き続け、王国のために寄り良い選択をし、有能な為政者を助け無能なものは見捨て続けた。

 

ヴァリスが切って捨てるとしたら、その為政者は当地に値しないのだ。

 

何度も言うが、何故、人々はヴァリスを信じない、過小評価し続けるのだろうか?

彼が宦官だからだろうか?これは、歪んだ父権社会のとんでもない見当違いだ。

 

ヴァリスの弱点は何か?民衆への共感と、民衆にとってより良い王への渇望だ。

民衆のためというイデオロギーは、統治者からすれば大逆罪に値する罪だ。

それでもヴァリスは、理念を固持しつづける。 

 

ヴァリスの死に方

これだけ主筋を裏切り続けると忠誠心のなさは誰にも明らかだ。デナーリスにとって、ヴァリスは要チェックな相談役。裏切りを察知したら誅殺すべき家臣だった。

 

赤の女メリサンドルは自分と同じようにヴァリスもウェスタロスで死ぬ事になると予言した。予言は成就した。

 

それでも、ヴァリスはジョン・スノウの為政者として優位を語り

それを文書として配りまくる。

 

文書をしたためるヴァリスは、軍靴の音が聞こえた時、捕縛を悟って指輪を外した。

死は覚悟の上で、思想のために行動し続け

自分の疑念が間違いであることを祈りつつ、潔く刑に臥す。

 

明治維新を支えた長州藩の若者たちを、死刑の直前まで教育し続けた

吉田松陰なみの潔さだと思う。

 

ところで

ヴァリスを去勢した魔術師の炎の中から聞こえた恐ろしい声は、ヴァリスに何を語りかけたのか?

光の王の女祭司キンバラはそれが何か知っていた。

 

ヴァリスは好敵手リトルフィンガーの死をどう受け止めていたのだろう?そこが語られないままになっている。

 

数々の謎が解けないまま残っているのが口惜しい。

 

 いずれにしても、ヴァリスはイデオロギーのために死んだ。

そして、その行動は少なくともティリオンをインスパイアして

未来のためにデナーリスを裏切らせる。

ヴァリスに続く人々が出てくることを願う。

 

ヴァリスの死は立派な最後。

歌に詠われることのないヒーローの最後であった。

 

 


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