ハンニバルとのセラピーを再開したウィル・グレアム。それはハンニバルがチェサピークの切り裂き魔だと証明する囮捜査になるのか?それともウィルの混乱をさらに深めるものになるのか?佳境を迎える第2シーズン後半第8話を、読み込んでみました。
※「普通こんな会話しないよね」なセリフやアートすぎなイメージや音楽も、回が進むほどに重要な意味を持ってくるので、詳しく掘ってます。
- 釣り人の誘惑が本格始動する
- めちゃ近親相姦なヴァ―ジャー兄妹登場
- 再生への願いを込めた殺人と死体?
- ハンニバルとアラナの寝台場面
- ハンニバルのためにオシャレするウィル
- 聖なる人、ピーターとの出会い
- 「僕の手で殺すのを夢見てる」とウィルは言う
- 大いな残虐行為を犯す可能性は万人にある
- 連続殺人鬼の民生委員
- 憎める君がうらやましい
- ウィルの意想外な孵化
釣り人の誘惑が本格始動する
一面真っ白な雪の湖でマスの氷釣りをするウィルとジャック。
「マスは狩人だから餌に喰いつく」というジャックに
「冬場は代謝が下がって魚の食欲が落ちるので難しい...生餌で興奮させて喰いつかせないと」と語るウィル。さらに、彼は続けます。
You have to create a reality where only you and the fish exist, where your lure becomes what he wants most, despite everything he knows.
自分と魚だけが存在する仮想現実をつくらないと。そこでは、彼があらゆる状況に気づいていても、彼が一番欲しいものは僕の餌(僕という誘惑)になるんだ。
お得意のダブルミーニングですね。自分が囮になってハンニバルを誘惑して彼を逮捕する作戦ですかと。
ウィルは自信満々ですが、これまでの経過から他の人物には自信満々で語っていたものが、ハンニバル本人の前に出ると腰砕けになってしまうのが彼の傾向。
反対にハンニバルに取り込まれてしまうんじゃないか?なんて考える視聴者のアタシでした。
釣ったマスを持ってハンニバル邸を訪れるジャックとウィル。器用に捌いて見事な姿焼きを造るハンニバル。
なんですけど、今回の料理は凄くグロで食べたくない!人肉だと美麗に盛り付けるのに、他の材料だとこうなるって、本当に悪趣味なオヤジだと思いましたよ。
魚持ってきたのに、「今度は自分が肉を提供する番」なんていう嫌味なウィル。「まだうちの食材を(人肉だと)疑ってるのかね」なんて言い返し
I find the trout to be a very Nietzscheian fish.
マスは極めてニーチェ的な魚だと思う
Trials of his wild existence find their way into the flavor of the flesh.
自然界で生き残るための試行錯誤が、その身のうま味になっている。
なんて、いつもながらの知的会話につなげるハンニバル。
極めて興味深い発言ですね。ハンニバルと言えば、神様コンプレックスがあるのでニーチェと進化論てのは親和性の高い思考パターンです。
マスに関して言えば...
淡水のみに生息したり、淡水から成長して海洋に出てまた淡水に戻ってきたり、元は同じ種であるのにマスであったり、サケであったりと生態系に合わせて様々に進化しているからニーチェ的なのかと。
かつまたハンニバルは、「(切り裂き魔事件の)経験が自分たちを変化させた。この意味において我々全員がニーチェ的な魚である」なんて、うがった意見を述べ、
「Makes us tastier 僕たちもより美味しくなった」なんちゅうカニバルジョークとも、口説き文句ともとれる返事をウィルがすると、ウヒヒなんて喜んでます。
思わず、そのネタふりはやめろ、ウィル。火傷するよ!と、ギックリしたアタシでした。
めちゃ近親相姦なヴァ―ジャー兄妹登場
今回は、『ラストデイズ』のマイケル・ピット演じるメイスン・ヴァ―ジャーと、『フレディVSジェイソン』のキャサリン・イザベル演じる妹のマーゴも登場します。
登場シーンでいきなり、メイスンがマーゴの顔をウナギの水槽に叩きつけ、マーゴが流した涙を掬って入れたマティーニを賞味する。なんともサディスティックです。
原作のマーゴは子どもの頃から兄に性的虐待を受け続け、その反動で筋肉モリモリのレズビアンになってます。今どきのポリティカルな性的アイデンティティ解釈からしたら、とんでもない偏見て言われそうなキャラ設定なので、マーゴ役は妖しいフェミニン美女のキャサリン・イザベルにしたと解釈してます。さすがに、クィアーな製作者を自負するブライアン・フラーですかと。
で、性的虐待は涙のマーティニに置き換えています。第1シーズンから、性愛的描写がほぼないのに妙にエロな『ハンニバル』シリーズ。性愛的な描写を他のイメージに互換してるからこうなるんだなと、納得したシーンでした。
虐待に堪えかね「狂犬は殺処分」と、メイスンを襲ったマーゴはハンニバルの治療を受けることに。
Doing bad things to bad people makes us feel good.
悪しき人物に悪をなすのは気分がいいね。
なんて、ハンニバルはお得意の 説得を始めますが、マーゴもなかなかの曲者。
「私が今朝実際に殺人を犯してたら、あなたに通報義務はないけど。計画してたら義務があるのよね」と、うまくはぐらかし、
「他に守ってくれる人がいなければ、自分で自分を守るのは当然。彼を殺してたら、良いセラピー効果があっただろうに」なんて本音を、ハンニバルに吐かせます。
ウィルも人殺し好きになってしまいましたし、ハンニバルの心療室って殺人犯製造所なわけ?と、気になり始めたアタシでした。
再生への願いを込めた殺人と死体?
今週の殺人は、とある厩舎に転がる馬の死体に残る帝王切開の痕跡。不審に思った番人が縫合を解くと、中から女性の死体が。
まだ、FBI行動分析課のコンサルタントを続けているハンニバル。
The horse is a chrysalis
この馬はサナギだ。
A cocoon meant to hold the young woman until her death could be transformed...
(into) A new life.
この女性の死が新たな生へと蘇るまで、彼女を包む繭だ。
This is a birth. Or it was intended to be.
これは誕生だ。もしくは誕生を意図しているのだ。
と、ここまで分析したところで、「殺人と新生の意図は相反するもの。こういう予測外の事件には型破りな思考ができる人間が必要」と、なにげなくウィルの現場復帰を促します。
一体、何を企んでいるのやら?です。
ハンニバルとアラナの寝台場面
性愛的描写が他のイメージに置き換えられているという読み込みをしましたが、本当にベッドシーンを入れる必要があるときは、殺人同様思いっきりアートになるのも『ハンニバル』シリーズの特徴。
ハンニバルとアラナのベッドシーンは、ただただシーツがウネウネ状態。このドラマが描きたいのはハンニバルとウィルのロマンスなので、ハンニバルとアラナの色事は極力低エナジーにしたいのですね。
だから、この場面でも重要なのは会話。
「会話を避けたいからこうしているんでしょ」「馬から女性が出てくる以上に不思議なことなんて、あなたがウィルとのセラピーを再開したことくらいよ」と、突っ込むアラナ。ウダウダ言い訳をするハンニバルを、
「ウィルは(ハンニバル殺院未遂で)心の内なる扉を開いてしまった気がするの。それで、誰もそれを閉じることができないんじゃないかって心配だわ」と、さらに猛追。
すると、「だから、優れた精神科医とセラピーを再開するのがいいんだ」と、満足げに微笑むハンニバル。本当に、どうしようもない自信家です。
ハンニバルのためにオシャレするウィル
FBIのラボ。死体の女性は馬のトリマーであるサラ・クレイバーだと判明します。
そして、何故か死体から聞こえてくる心臓の鼓動のような音。胸を切開すると心臓が打っている。不気味!と思ったら、その裏側から飛び出してくる駒鳥。駒鳥が死体の中に閉じ込められていたのですね。
場面代わって、現場復帰して厩舎を訪れるウィル。前回に引き続きオシャレになってます。第1シーズンでは、ブカブカなジャケットで寒さを凌いでいましたが、仕立ての良いツィードのコートに、シブいマフラーなんか巻いてます。
ウィル役のヒュー・ダンシーの説明では、ハンニバルと対等に渡り合うポジションになったことを衣装で表したってことなんですけど。ハンニバルのお衣装に比べたら、まるっきり格落ちしてましょう。オートクチュールとツルシぐらいには差がありますよ。
ヒューは、小ハンニバルにならないよう気を付けたって言ってますが、この格差に対等感はありません。対等っていうより、ハンニバルの美意識に少しでも添うように、ウィルのお給料が許す範囲で精一杯おめかししてるって見えますよ。
だから誘惑するためって言ってくれた方がスッキリするんですけど。ヒュー・ダンシーのインタビューって優等生的で遠慮がち、マッツみたいな傍若無人なバカ正直感がなくてつまらない。
でも、ウィルとして見るとこの精一杯感がいじらしいんですよね。
その見立ては、
I hope that the forces of death and biology will bring you rebirth.
私は死と生物学的な反応があなたの再生を可能にすることを願う。
It was a coffin birth.
これは棺の中の誕生だ。
Decomposition builds up gasses inside the putrefying body,
分解が腐敗する体内をガスで満たし
which force the dead fetus out of its mother's corpse.
それで死んだ胎児が母親の死体から押し出される。
It's really more of a prolapse than a birth.
誕生というより、むしろ脱出だ。
馬の死体から死んだ女性が再生する、2重の死による再生というなんとも不気味なイメージです。
とはいえ、これが殺人というより嘆きであり、出産間近な馬の死産とサラの両方を知る人物がこの仕掛人だとウィルは推理します。
聖なる人、ピーターとの出会い
ウィルの推理から、馬もいる、古びれた動物救援施設にいる元厩舎員のピーターが浮かび上がります。『ロスト』のジェレミー・デイビスが演じるピーターはやせ細り、貧相で神経を病んでいるような繊細な人物。馬に頭部を蹴られてトラウマで神経障害を負い、ストレスがかかる状況では、見ることと触ることが同時にできなくなっています。
ピーターは死んだサラと馬のことを悲しく思い、死体に閉じ込められた駒鳥を案じ、「自分が救えるのは鳥だけ」って言います。殺された人のことも動物の生死も同じ水準で心にかける、一般人からしたら不思議な人物。
ピーターのフルネームはPeter Bernardoneです。peterはイタリア語だとPietro。ここからピーターはアッシジの聖フランチェスコ(本名はGiovanni di Pietro di Bernardone)をモデルにして造られたキャラであることが分かります。
アッシジの聖フランチェスコといえば、"裸のキリストに裸でしたがう"ことを旨としたイタリアの守護聖人。贅沢な遊蕩生活から改悛し、自分の財産を貧者に与えてしまい、ボロ布を着て肉体労働で日々の糧を得て粗末な小屋に住んで病人の世話をしながら布教していました。あらゆる神の被造物を兄弟姉妹として愛することを説き、鳥や動物津に説法したという逸話も有名です。
ピーターの行動は改悛以降のフランチェスコと重なります。
ウィルはピーターが犯人であるという断定は避けます。
「僕の手で殺すのを夢見てる」とウィルは言う
ウィルとハンニバルの治療が再開します。
当然のことながら死体から生まれた、鳥という心臓を与えられた死体にハンニバルは言及します。ここでの会話はあまりにも重要なので詳しく抜き書きしていきますかと...
Hannibal:Her soul given wings. 彼女の魂には翼が与えられた。
WILL:Rebirths can only ever be symbolic. シンボリックな再生にすぎないでしょ。
HANNIBAL:You've been reborn. 君は再生したではないか。
WILL:Wasn't that the goal of my therapy? それが僕のセラピーの目標でしょう?
ハンニバルが望むのは何重もの死から産み出されるウィルの再生。でも、ハンニバルに健康も精神も人生も壊されかけて、彼が信じられないウィル。2人の思いの食い違いを見事に描くシーンです。
WILL:I don't expect you to admit anything. You can't.
ウィル:あなたが事実を認めるなんて期待してません。無理だと分かっています。
But I prefer sins of omission to outright lies, Dr. Lecter. Don't lie to me.
でも、真っ赤な嘘より省略という罪の方がいい。僕には嘘をつかないで欲しい。
核心に近い心情を露わにしてしまうウィル。カニバル殺人鬼であることは認められないハンニバル。かれの本心が見えないことに苦しめられているというのがウィルの本音なのですね。だから、嘘だけはやめて欲しいと。
やっぱり、裏切られた恋人みたいな心情でしょう。だから、ハンニバルはかすかに勝利の笑みを浮かべるのだと、納得する一視聴者。
そして、シーズン1第4話の「明かりが灯された家」のくだりのように、ウィルが本音を言う時ハンニバルはいつも"殺人への勧誘"みたいなことを始めます。
「 私を殺す夢をみたりするかい?」というハンニバルの質問にうなづくウィル。
「どうやって?」
「僕の手で...でも、もう殺す気はありません、レクター博士。やっとあなたが興味深くなったところですから」
この言葉は第1シーズン第1話の「あなたには興味がない」「そのうち興味がわくさ」という、2人の初めて朝食の会話に呼応しています。こうなると、総てはハンニバルの思惑通り。だからハンニバルの微かな笑みが、満面の笑みに代わります。
セラピーでのウィルの告白、囮捜査の餌とは思えません。なぜなら、ウィルの眼が潤んで、恨みがましく見えるから。
相手や状況に合わせて意見がコロコロ変わる嘘つきウィル。なので、この回以降、彼の場合は言葉よりも表情を読んでいこうと決意したアタシでした。
大いな残虐行為を犯す可能性は万人にある
サラ・クレイバーに付着した土から、今回の殺人犯が彼女を死体を埋葬していた場所がみつかります。掘り起こされた墓の周りには、大量の遺体が埋葬されて、連続殺人の疑いもでてきました。
ピーターに事情聴取するというウィルに、「まだ彼が犯人だと疑っているのか」と尋ねるジャック。
そこにハンニバルの「大いな残虐行為を犯す可能性は万人にある」という言葉が被ります。事件捜査に対する意見に聞こえますが、これはハンニバルがマーゴのセラピーで語った言葉でした。
エピソードの繋ぎが、うますぎです!
マーゴは、家族はすでにメイスンを"改悛した罪人""帰ってきた放蕩息子"としてゆるしており、自分の方が変人(weird)と見られていると、淡々と語ります。
ハンニバルは自分は輪をかけた変人と自称し、「自分の役割は(マーゴを)信じることではなく、(マーゴが)何を信じているか理解させることにある」と、言います。
患者が潜在的に何を信じ、何がしたいのか、何になりたいのか?それを認識させ、常識の枷から解放するのがハンニバルのセラピーであることが、アタシにも見えてきました。
メイスンの暴力はこれからも止まらないと腹の底に抱えているマーゴの怒りを引き出して、「彼を自分で殺す必要はない。代理をみつければよい」と忠告さえします。
美人で狡猾なマーゴが気に入っている様子のハンニバル、彼女をなんとしても殺人犯にしたいようです。
連続殺人鬼の民生委員
「自分はもうFBIの人間じゃない」と、ピーターが心配していた駒鳥を証拠品から盗んで、みやげにに持って彼を訪れるウィル。
そういえば、現場で行動分析課の元同僚ゼラーから、殺人犯と疑ったことへの謝罪を聞かされても、無感動でした。ハンニバルの捜査を続ける便宜上、FBIに協力しているだけなのですね。本当に、ハンニバルのことしか考えていない奴です。
心を許して、「自分は殺していない。死体の場所は駒鳥が教えてくれた」と告白するピーター。やっぱり小鳥と話していたのね。もう、聖フランチェスコそのものじゃないと、感動してみたりする視聴者。
「鳥たちが我々の魂を来世へと運ぶと、あらゆる社会が一度は考えた」と文化人類学的考察をするウィルに
「この小鳥がサラだって俺が信じてるって考えてるの?サラは逝っちゃった。だから何処にもいないし、何処にでもいる…サラに何か美しいものをあげかったんだ」と答えるピーター。知識人ではないピーターは、ハンニバルやウィルのように言葉を飾って事実を捻じ曲げない。その分直感の英知みたいなものがあって、人生の奥深い真を素直に感じられるのだと思います。
「君は彼女の死を嘆いている。君は彼女を救えなかったけれど、その死に詩をもたらすことはできた」と、共感を表すウィルに
「あんたに俺を見つけて欲しかったんだ...そしたら、あんたがヤツを見つけてくれるに違いないから...俺が言っても誰も信じてくれないから」と、ついに真犯人がいることを語り出すピーター。ここからのウィルの言葉は…
Do you have a shadow, Peter? 君には影がいるのかい、ピーター?
Someone only you can see. 君にしか見えない誰かが。
Someone you considered a friend. 君が友人だと思ってる奴だ。
He made you feel less alone. 奴は君のさびしさを軽減してくれた。
Until you saw what he really is. 奴が本当は何者か君が気づくまでは。
第1~2行では、精神不安定なピーターに別人格があるのかと、まだウィルは疑っているようです。別人格が犯行を行った可能性ですね。第3行以降は、ピーターと真犯人の関係に自分とハンニバルの関係を重ねている。そうすることで、ウィルはピーターが被害者であると理解し、強い共感と哀れみ(sympathy)を持ち始めるのですね。
アビゲールやジョージアもそうでしたが、ウィルがシンパシーを感じる相手って、社会からはじき出される弱者ですね。強くなったように見えても、やっぱり彼は弱者自認、被害者意識から逃れられないアウトサイダーなのですね。
多分、ウィルの言葉を信じたピーターの訴えで、彼を担当する民生委員のクラーク・イングラムが16人の女性殺人容疑者としてFBIに召喚されます。
困窮している人への心労もなく、民生委員の仕事をエンジョイしていると言い、訊問室でも不安や焦燥を見せず、作り笑顔を崩さないイングラムはハンニバルの無表情よりもゾッとします。
ピーターに関する記録を改ざんし、認識障害による混乱にパラノイアや怒りを結びつけ、犯罪者となる傾向が読み取れるよう書き込んでいるようです。「殺した証拠はないのだから、帰らせてもらう」と、自分で結論を出しさえします。
ブラックミラーの影で、「イングラムは典型的なサイコパス」とか診断してるハンニバル。憎しみを募らせるウィル。
「ピーターは精神的な障害を抱えているから操られ、利用されてしまった。彼の民生委員として、この男は信頼される立場にいた。こいつはその信頼を裏切ったんだ」
民生委員を精神科医に代えれば、これはウィルから見た自分とハンニバルの関係。これはむしろ、ハンニバルへの恨み言。
隣のハンニバルは、「またかい」みたいな顔をしています。
ピーターの元を訪れたイングラムは、保護動物を皆殺し。動物たちの死を嘆き悲しむピーターを殺人犯に仕立てようと恫喝します。
「面倒見てやったのに、何てことしたんだ?...お前みたいな奴は、近しい人間で恨みを晴らす。自滅だな。サラ・クレイバーはお前が無能だって、痛いほどに分からせる存在だろ。それに、こいつはお前の頭を蹴った馬だろ。お前は女をものにできないからって、16人も殺したんだ」
「このこは怯えていただけ...殺したのはあんただ」と殺された馬を庇い反論するピーター。自分に障害を負わせた馬の面倒まで看ていたのですね。
「もし殺したのが私だとしたら、それは、あの女たちが私に相応しかったからだ」と、歪んだ愛増を告白するイングラム。
多分、殺人の濡れ衣を着せておいてピーターを殺し、正当防衛を訴えるつもりなのですね。
ここで、アッシジのフランチェスコが頭をよぎりました。13世紀に生きたフランチェスコは列聖されましたが、効率と市場価値ですべてを判断する現代に生きていたら~~
列聖されるどころか、ピーターのように精神に障害をきたしていると判断され、生活不能な弱者として嘲られ、蔑まれ、利用されるだけではないでしょうか?
現代人て、とんでもなく酷薄な社会に住んでいるのだと、恐ろしくなりました。。
憎める君がうらやましい
ピーターの身を案じて、暗い夜道で車を走らせるうぃる。同乗するハンニバル。
このシーンに被る音楽は、ガブリエル・フォーレの『レクイエム:天国にて』。美しいボーイソプラノが、天使や聖人たちが死者を迎えるさまを歌い上げる、浮遊感漂作品。
多分、ハンニバルにとって2人だけの時間が天上の至福なんですね。
車中で始まるいつもの禅問答。
「ピーターを救うことで、(ハンニバルになってしむことから)自分も救えると思っているのではないかね?」というハンニバルの問いに続くのは
Will:I'm afraid I need to be saved from who you perceive me to be.
ウィル:いえ、あなたが僕だと思ってる人間になることから、自分を救う必要を感じてるだけです。
Hannibal:Many troublesome behaviors strike when you are uncertain of yourself.
ハンニバル:自分で自分に確信が持てないときに、多くの問題行動が起きるんだ。
Peter Bernardone lies in the same darkness that holds you.
ピーターは君を包んでいるのと同じ闇の中にいる。
ウィルはハンニバルの企みに気づいている、そこから逃れたいのですね。だったら、離れてればいいのに!
「違う。僕は闇の中で独りぼっちなんだ」とウィルが言い返すと、
「君はひとりじゃないよ、ウィル。私が君の隣にいるよ」と答えるハンニバル。
"闇の中でひとりぼっち"は、第1シーズン第5話でウィルがジャックに告げた嘆き「たった一人で殺人者を見つめているんだ」に対応するものです。あの時、ジャックからは何の反応も得られませんでした。
同じ言葉で拒絶を示しても、ハンニバルからは孤独なウィルが一番聞きたい"共にある"という意思表示が帰ってきます。どんなに拒絶しても、例え裏切り行為を犯しても、ハンニバルこそがウィルの影であり、信頼すべき友なのですね。これは悩ましい。
ウィルとハンニバルが動物保護施設に到着すると、死んだ馬に帝王切開の痕を縫い付けているピーターがいました。
Is your social worker in that horse? 君の民生委員は馬の中なのかい?
と、思わず爆笑する名セリフをウィルが言うシーン。沢山のミームができてますね。
「以前は、何かを傷つけてしまうんじゃないかといつも怖れてた。
でも、彼が恐怖心を克服するのを助けてくれたんだ。
すごく異様な感じがする... でも、彼は死に値する」と、ピーターは言います。ピーターはイングラムに殺されることなく、反対に罰を与えていたんですね。
いかにも神経が参っている様子のピーターを興味深そうに眺めて
「異様な状況に異様な反応をするのは、いたって通常の行動」と、無責任な感想を述べるハンニバル。ほんとに思いやりがない人。
「君が殺す必要はない」と、興奮しているピーターを庇って別室に連れていくウィル。「君に対する彼の仕打ちは残酷のための残酷だ」と、また自分を投影するウィルに
「彼がにくい」と答えるピーター。
「憎める君がうらやましい。どう感じているか分かれば、簡単になるだろう...殺すのが」と、どうしても、ハンニバルと自分の関係の話になってしまうウィル。
ハンニバルを憎みたくても憎めないのは知ってましたよ。殺したくても殺せないと。でも、自分が彼をどう思っているか?ウィルはそれさえ分からないんですね。困った奴。
ここで、ピーターはイングラムを殺していないと告白します。
I just wanted him to understand what it's like to suffocate and to experience the destiny that he created.
彼に、窒息するのどんなものか、彼が決めた運命に従わせられるのがどんなだか、分からせたかっただけだ。
ピーターの言葉を聞いて、ウィルは困惑した表情になります。それはそうでしょう。ハンニバルへの愛憎に眼が眩んでいるのに、殺意に凝り固まろうとしている自分。
一方、イングラムを憎むと言いながら殺意などないピーター。死んだ馬の胎内で他者に与えた苦しみを再体験させるということは、イングラムはまたそこから出てくる可能性も与えられている。改悛と再生の可能性すら、ピーターはイングラムに与えているのです。これって、自分の憎しみさえ克服する行為と言えるのではないでしょうか?
ピーターの聖人度を一段と感じたシーンでした。
ウィルはといえば、おめかししてハンニバルの身辺でウロチョロ。誘惑して復讐してやるなんて思いながら、面と向かって恨み言を言い続けるばかり。で、やたらにやさしいハンニバルから離れられない。あなったて、乱心してるのね、としか言いようがないのです。
ピーターに自分を重ねて同情するより、ピーターから生き方を学んだ方がいいんじゃないの?じゃないと闇落ちするよと、呆れたアタシでした。
ウィルの意想外な孵化
ウィルとピーターの苦悩をよそに、のんびりヤギに餌なんか与えているハンニバル。あうると、馬の体内から這い出してくる民生委員イングラム。
ハンマーを手にしてピーターに反撃しようとするイングラムに、「馬の中に戻った方がいんじゃないか」なんて、楽しそうなハンニバルの背後には銃を構えたウィルが。
かなり迷いながら、ピーターに代わって無罪放免になろうとしているイングラムにハンマーを握らせ、正当防衛で殺そうとしています。
「(イングラムを)殺しても、自分を殺すかわりにはならない...君はピーターにできるだけのことはした...だが、彼のために殺す必要はない。殺すなら、自分のために殺すべきだ」と、ウィルを止めに入るハンニバル。
Will, this is not the reckoning you promised yourself.
ウィル、これは君が君自身に誓った"完成"ではない。
ハンニバルは本当にウィルを理解しています。「自分の手でハンニバルを殺す」と言っていたのに、愛憎で混乱しているからハンニバルを下位互換したみたいなイングラムを銃で殺す。って、情念的にウィルを満足させる代償行為にはなりません。
ハンニバルがウィルに臨む"栄えある完成”でもありません。
跪いてづるイングラムにハンマーを持たせても、弾道検査でウィルの過剰防衛はあきらかになってしまいます。これまでの行状に鑑みて、イングラムを撃ったら精神病院に逆戻りなのも目に見えています。
いろいろな意味で、ハンニバルはウィルを救ったわけです。
撃鉄を起こした銃を取り上げて、ハンニバルはウィルの耳元で囁きます。
With all my knowledge and intrusion I could never entirely predict you.
私のあらゆる知識と君への介入をもってしても、君の行動を完全には予測できない。
I can feed the caterpillar, I can whisper through the chrysalis, but what hatches follows its own nature and is beyond me.
幼虫に餌をやり、サナギに囁き続けても、虫の本性に従う孵化は私の手にはあまる。
ハンニバルは、大事に大事に育ててきて、意想外に開花したウィルの殺人本能に感嘆しているのですね。ウィルを愛撫するようにうなじを抱えるハンニバルの、「喰っちまいたい」みたいに愛しそうな眼差しと微笑み。疑り深そうに見返すウィル。
このシーンを突き刺すために、アラナやマーゴという美女たちとハンニバルのシーンはひたすら抑制されていたという。またまた、トンデモなブライアン・フラーの作戦。
今週の殺人の決着、イングラムは有罪にできるのかどうかなんて、途中でほおり出されてみえないままですが、描きたいのは揺れ動く心の機微なんだから、まあいいかと。
大メロドラマですねえ。危うい囮捜査。危ういハンニバルとウィルの関係。再生するのは、やっぱり、ハンニバルとウィルの"聖なる愛"なんでしょうねえ。
もう、次回がどうなるのかドキドキです!